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第2部
フェーズ8-22
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聞きなれたアラームの音がする。最初は遠くで小さく聞こえていたのがだんだんはっきりとしてきて、私は目を覚ました。
「おはよう」
肩肘をついて涼が私を見つめていた。私より先に起きていたらしい。窓から朝日が差し込んでいる。私がいるのはベッドの上だ。どうしてここに? 記憶を呼び起こそうとしたとき、頭にズキンと痛みが走った。思わず手で頭を押さえる。
「大丈夫か?」
「頭が痛い」
昨夜は涼と一緒にチョコを食べながらワインを飲んでいた。途中から記憶がない。いつベッドに入ったのかもわからない。
「今日は弁当いいよ。コンビニで買うから。もうしばらく休んでな」
頭がズキズキと脈打っている。お弁当を作れる体調ではなさそうだ。お言葉に甘えることにした。
「ごめんね」
「いいよ、俺も飲ませすぎた」
初めて涼と一緒に過ごしたバレンタイン、作ったチョコは好評でワインもおいしかった。あとはこの頭痛さえなければ……。記憶がよみがえってきたところではっとする。バレンタインの翌日、つまり――。
「誕生日おめでとう!」
今日は涼の三十一歳の誕生日だ。
「サンキュ」
涼が微笑んで、私の頭を撫でた。起き上がってベッドから出ていく。
「コーヒー淹れるよ」
涼がコーヒーを淹れてくれている間、私はベッドで反省しながら休んでいた。情けない。誕生日なのにお弁当を作ってあげられないなんて。誕生日仕様にするつもりだったのに。夜はしっかり作ろう。
少し休んだらなんとか起き上がれるようになった。顔を洗ってキッチンへ移動する。コーヒーの良い香りが漂っていた。
「私、昨夜お風呂入ったっけ?」
コーヒーの入ったカップを受け取りながら涼に訊ねる。
「チョコ食べる前に入ったろ」
そうだった。
「寝る前に歯磨いたっけ?」
「俺がうとうとしてるお前を起こして磨かせた」
よかった。チョコを食べて歯を磨かずに寝たら虫歯になる。ちゃんと磨かせてくれた涼に感謝だ。
カウンターテーブルで、涼が淹れてくれたコーヒーに口をつけた。頭痛が和らぐ気がする。
「お前、他の男と酒飲むの禁止な」
隣で適当に朝食を摂っていた涼に言われた。
「記憶なくすほど飲んじゃったもんね。危ないよね」
「それもあるけど、他の男の前であんなことされたら困る」
私は慌てた。
「なんで!? どういうこと!? 昨日何かした?」
まったく憶えてない。酔った私は何かやらかしてしまったのだろうか。いや、してしまったんだろう。だから涼はこんなことを言うんだ。
「したって言うか、まあ……」
涼は言葉を濁した。言えないようなことなの? 脱いだとか、迫ったとか。目が覚めたとき服はちゃんと着ていた。それは涼も同じで、しかも朝のシャワーを浴びていないから、昨夜は何もしていないはずだ。
結局教えてくれないまま、涼は出勤してしまった。
気になるけど気にしている暇はない。第一、涼がいなくては知りようもない。今日は忙しい。実家に行き、スーパーで買い物をし、いつもの花屋で誕生日用に花を買い、帰ってきてケーキと誕生日ディナー作りだ。体調がもう少し回復したら、出かけなければ。
開けたワインは飲み切れずに余ってしまった。涼もそんなに飲まなかったようだ。私とは違い涼はしっかり自制している。今夜は入籍した日にも作ったローストビーフを作るつもりだったけど、予定を変更して牛肉のワイン煮込みを作ることにした。
実家にオレンジピールのチョコを届けるついでに、母に作り方を教えてもらってきた。二日酔いの中きたことと今日の予定を母に伝えたら、
「がんばりすぎはよくないわよ。無理はせずに、ほどほどにやりなさい」
と、以前にも言われた忠告を再度受けた。でも今日は結婚して初めての誕生日だから、ちゃんとお祝いしたいの。そのためにカフェのアルバイトもあらかじめ休みにしておいた。
帰ってきてさっそく料理を始めた。煮込んでいるときはワインの香りが強くて、また酔ってしまいそうだった。そのうちにアルコールは飛び、母に教えてもらって入れたハーブのおかげで風味がよくなった。
完成した牛肉のワイン煮込みは、思っていたより茶色が濃くて失敗作に見えなくもない。華やかさなんて皆無な見た目だった。真っ白なお皿に盛りつけてパセリを散らしたら、なんとかそれらしくなってほっとした。
「二日酔いは治った?」
「お昼頃にはだいぶよくなったよ」
「あんまり無理するな。彩の気持ちは伝わってるから」
母と同じようなことを言われた。そんなに無理したつもりはないんだけどな。飲みすぎたことで心配をかけてしまった。心配してくれる人のためにも、ほどほどにやろう。
「昨夜のことなんだけど、私、何したの?」
料理を食べ進める涼の顔をじっと見つめ、反応をうかがった。
「めちゃくちゃかわいかった」
あれ? てっきり強引に迷惑なことでもしたのだとばかり思っていた。
「ほっぺた赤くしてとろんとした目で、『私のこと好き? どれくらい好き?』って」
何を言ってるの、私。かわいくなんかない。ただのうっとうしい酔っ払いだ。
「『どれくらいって、彩はどうなんだ』って聞き返したら、『世界中の人に会ったわけじゃないけど、会ったとしても絶対に世界で一番好き。頭のてっぺんから足のつま先まで全部好き。生まれ変わってもまた結婚したい』だと」
かなり恥ずかしいことを言ってる。普段の私ならとても口に出せない。でもそれだけでよかったと安心している部分もある。
「エッチなことじゃなくてよかった」
もっとすごいことをしてしまったのかと考えていたから。
「エッチだったぞ」
「!?」
「服を一枚脱いだ状態で胸を押しつけながら言ってくるんだからな。さらにキス迫ってきたし」
やっぱり迫ってた!
「酔うと求愛モードになる上に、キス魔だな」
涼が楽しそうに言う。
「うう、ごめん」
「あんまり好き好き言うからその場で押し倒そうと思ったけど、酔ってるからやめておいた。すでに眠そうだったし」
穴があったら入りたい。キス魔だなんて、これでは二十歳になってから実家でお酒飲むこともできない。両親や花の前で何をするかわかったものではない。前に気分が悪くなったとでも説明して、人前で飲むのは避けよう。
「ああ、そうだ」
まだ何か言われるのかと、私は恐る恐る涼を見た。
「俺も世界中の人間に会うまでもなく一番好きだし、頭のてっぺんから足のつま先まで周りの空気も含めて全部好きだし、生まれ変わっても必ずまたお前と結婚するよ」
私を見つめて涼が微笑んだ。私が言ったことよりもすべてパワーアップしている。沸騰しそう。涼の愛のほうが大きいのか。そんなことはない。私だって絶対に負けてない。
「おはよう」
肩肘をついて涼が私を見つめていた。私より先に起きていたらしい。窓から朝日が差し込んでいる。私がいるのはベッドの上だ。どうしてここに? 記憶を呼び起こそうとしたとき、頭にズキンと痛みが走った。思わず手で頭を押さえる。
「大丈夫か?」
「頭が痛い」
昨夜は涼と一緒にチョコを食べながらワインを飲んでいた。途中から記憶がない。いつベッドに入ったのかもわからない。
「今日は弁当いいよ。コンビニで買うから。もうしばらく休んでな」
頭がズキズキと脈打っている。お弁当を作れる体調ではなさそうだ。お言葉に甘えることにした。
「ごめんね」
「いいよ、俺も飲ませすぎた」
初めて涼と一緒に過ごしたバレンタイン、作ったチョコは好評でワインもおいしかった。あとはこの頭痛さえなければ……。記憶がよみがえってきたところではっとする。バレンタインの翌日、つまり――。
「誕生日おめでとう!」
今日は涼の三十一歳の誕生日だ。
「サンキュ」
涼が微笑んで、私の頭を撫でた。起き上がってベッドから出ていく。
「コーヒー淹れるよ」
涼がコーヒーを淹れてくれている間、私はベッドで反省しながら休んでいた。情けない。誕生日なのにお弁当を作ってあげられないなんて。誕生日仕様にするつもりだったのに。夜はしっかり作ろう。
少し休んだらなんとか起き上がれるようになった。顔を洗ってキッチンへ移動する。コーヒーの良い香りが漂っていた。
「私、昨夜お風呂入ったっけ?」
コーヒーの入ったカップを受け取りながら涼に訊ねる。
「チョコ食べる前に入ったろ」
そうだった。
「寝る前に歯磨いたっけ?」
「俺がうとうとしてるお前を起こして磨かせた」
よかった。チョコを食べて歯を磨かずに寝たら虫歯になる。ちゃんと磨かせてくれた涼に感謝だ。
カウンターテーブルで、涼が淹れてくれたコーヒーに口をつけた。頭痛が和らぐ気がする。
「お前、他の男と酒飲むの禁止な」
隣で適当に朝食を摂っていた涼に言われた。
「記憶なくすほど飲んじゃったもんね。危ないよね」
「それもあるけど、他の男の前であんなことされたら困る」
私は慌てた。
「なんで!? どういうこと!? 昨日何かした?」
まったく憶えてない。酔った私は何かやらかしてしまったのだろうか。いや、してしまったんだろう。だから涼はこんなことを言うんだ。
「したって言うか、まあ……」
涼は言葉を濁した。言えないようなことなの? 脱いだとか、迫ったとか。目が覚めたとき服はちゃんと着ていた。それは涼も同じで、しかも朝のシャワーを浴びていないから、昨夜は何もしていないはずだ。
結局教えてくれないまま、涼は出勤してしまった。
気になるけど気にしている暇はない。第一、涼がいなくては知りようもない。今日は忙しい。実家に行き、スーパーで買い物をし、いつもの花屋で誕生日用に花を買い、帰ってきてケーキと誕生日ディナー作りだ。体調がもう少し回復したら、出かけなければ。
開けたワインは飲み切れずに余ってしまった。涼もそんなに飲まなかったようだ。私とは違い涼はしっかり自制している。今夜は入籍した日にも作ったローストビーフを作るつもりだったけど、予定を変更して牛肉のワイン煮込みを作ることにした。
実家にオレンジピールのチョコを届けるついでに、母に作り方を教えてもらってきた。二日酔いの中きたことと今日の予定を母に伝えたら、
「がんばりすぎはよくないわよ。無理はせずに、ほどほどにやりなさい」
と、以前にも言われた忠告を再度受けた。でも今日は結婚して初めての誕生日だから、ちゃんとお祝いしたいの。そのためにカフェのアルバイトもあらかじめ休みにしておいた。
帰ってきてさっそく料理を始めた。煮込んでいるときはワインの香りが強くて、また酔ってしまいそうだった。そのうちにアルコールは飛び、母に教えてもらって入れたハーブのおかげで風味がよくなった。
完成した牛肉のワイン煮込みは、思っていたより茶色が濃くて失敗作に見えなくもない。華やかさなんて皆無な見た目だった。真っ白なお皿に盛りつけてパセリを散らしたら、なんとかそれらしくなってほっとした。
「二日酔いは治った?」
「お昼頃にはだいぶよくなったよ」
「あんまり無理するな。彩の気持ちは伝わってるから」
母と同じようなことを言われた。そんなに無理したつもりはないんだけどな。飲みすぎたことで心配をかけてしまった。心配してくれる人のためにも、ほどほどにやろう。
「昨夜のことなんだけど、私、何したの?」
料理を食べ進める涼の顔をじっと見つめ、反応をうかがった。
「めちゃくちゃかわいかった」
あれ? てっきり強引に迷惑なことでもしたのだとばかり思っていた。
「ほっぺた赤くしてとろんとした目で、『私のこと好き? どれくらい好き?』って」
何を言ってるの、私。かわいくなんかない。ただのうっとうしい酔っ払いだ。
「『どれくらいって、彩はどうなんだ』って聞き返したら、『世界中の人に会ったわけじゃないけど、会ったとしても絶対に世界で一番好き。頭のてっぺんから足のつま先まで全部好き。生まれ変わってもまた結婚したい』だと」
かなり恥ずかしいことを言ってる。普段の私ならとても口に出せない。でもそれだけでよかったと安心している部分もある。
「エッチなことじゃなくてよかった」
もっとすごいことをしてしまったのかと考えていたから。
「エッチだったぞ」
「!?」
「服を一枚脱いだ状態で胸を押しつけながら言ってくるんだからな。さらにキス迫ってきたし」
やっぱり迫ってた!
「酔うと求愛モードになる上に、キス魔だな」
涼が楽しそうに言う。
「うう、ごめん」
「あんまり好き好き言うからその場で押し倒そうと思ったけど、酔ってるからやめておいた。すでに眠そうだったし」
穴があったら入りたい。キス魔だなんて、これでは二十歳になってから実家でお酒飲むこともできない。両親や花の前で何をするかわかったものではない。前に気分が悪くなったとでも説明して、人前で飲むのは避けよう。
「ああ、そうだ」
まだ何か言われるのかと、私は恐る恐る涼を見た。
「俺も世界中の人間に会うまでもなく一番好きだし、頭のてっぺんから足のつま先まで周りの空気も含めて全部好きだし、生まれ変わっても必ずまたお前と結婚するよ」
私を見つめて涼が微笑んだ。私が言ったことよりもすべてパワーアップしている。沸騰しそう。涼の愛のほうが大きいのか。そんなことはない。私だって絶対に負けてない。
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