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第2部

フェーズ8-15

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 翌朝にまた私は病院を訪れた。今日は帰れると言っていたけど、朝のうちに退院手続きできるかな。それとも午前中は様子を見て、退院するのは午後になるかもしれない。休めるのは今日だけだろうか。私としては二、三日は心配だから、安静にしていてほしい。とはいえ本人もまわりも医者だらけ。彼らの判断にまかせよう。
 昨夜とは違って病室のドアはどこも開け放たれている。涼の病室に近づくと、また中から声が聞こえた。
「神河先生はやっぱり白衣がお似合いですね」
 白衣? どういうことかと思いながら病室を覗いた。昨夜謝っていた看護師さんが涼に白衣を羽織らせているところだった。
「あ、おはようございます」
 看護師さんが私に気がついて会釈と挨拶をした。
「おはようございます」
「では、私はこれで……」
 そそくさと看護師さんが病室から出ていくと、私は涼に訊ねた。
「なんで白衣着てるの?」
「今日は外来だから」
「休まないの!?」
「オペはできないけど、診察はできる」
 開いた口が塞がらない。
「大丈夫? 頭も打ったのに」
 昨日の今日で包帯もまだ取れていない。この状態で診察したら涼のほうが患者に心配されそうだ。
「もうふらつきもないし、問題ないよ。何かあってもここは病院なんだから大丈夫だ。脳外科の先生もすぐ隣の診察室にいるからな」
 確かに外科同士、外来の診察室は隣り合っている。
 一緒に帰るつもりだったのにがっかりだ。私が気落ちしている理由はもうひとつある。白衣のことだ。着るのなら私が着せたかった。
「よかったね、美人の看護師さんにお世話してもらって」
 だからこんな小言のひとつも言いたくなる。
「妬いてんの?」
 涼が呆れたように笑った。
「この病院ってきれいな人多いよね」
 麗子さんを筆頭に、前に涼を誘惑してた二面性のある看護師さんもそう。私が入院していたとき、週替わりで私の担当をしてくれた看護師さんたちもきれいな人ばかりだった。ルックスで採用しているのではと思うくらいだ。
「患者もな。そのうちの一人に今も夢中だけど」
 ん? 患者? 今も夢中? もしかして私? 自惚れていると壁際に押しやられて抱きしめられた。死角になっていて廊下からは見えない位置だ。
「俺にはお前しか見えてないよ」
 消毒液の匂いは不思議と私を落ち着かせてくれる。私もそっと抱きしめ返した。
「うん」
 この人と付き合う前の私は、こうされることを夢見ていた。気軽に触れられるようになった今でもドキドキする。あの頃も今も、私は白衣姿の涼が一番好きだ。
 離れて、持ち帰る荷物を渡された。本当に仕事なんてして大丈夫なのだろうか。
 廊下から足音が近づいてきて、ノックの音が聞こえた。病室のドアは開放されている。ノックしたのは私と涼を気づかせるためだ。振り向くと病室の入口に麗子さんが立っていた。目が合い、お互いに軽く会釈を交わした。
「大丈夫なの?」
 麗子さんは涼の頭、骨折した右手、再び頭の順で視線を走らせてから訊ねた。
「ああ」
「私、代診やれるけど」
「大丈夫だ」
「そう……。無理はしないように」
 二人のやり取りを見守っていると、麗子さんが私を見た。
「ええと、彩さん、でしたよね。神河先生のことは私が気にかけておきます。何かあったらすぐに休ませますから、ご安心ください」
「はい、よろしくお願いします」
 私は麗子さんに深々と頭を下げた。
「今日は早めに帰るよ。昨夜言ってたやつ、用意して待ってて」
 しょうが焼きのことか。私は頷くと、涼を麗子さんに託して病室を出た。一階の外来に移動するのも麗子さんが付き添ってくれるそうで安心だ。

 本当にいつもより早く帰ってきた。頭の包帯がまだ痛々しいものの、ふらつきなどはなく、顔色も問題ないみたいだ。
「どうやって帰ってきたの?」
 出迎えた私は涼に訊ねた。
「普通に運転して」
「左手だけで? 危ないよ」
「ギプスが取れるまで病院の駐車場に置きっぱなしにしておくのも心配だから。明日からは歩くよ」
 つくづく病院と家が近くてよかった。私が車を運転できれば送り迎えをしてあげられるんだけど。こういうときのためにも免許を取ろうかな。
「先にお風呂にする?」
 昨夜は病院でお風呂に入ってないはずだ。
「あとでいい。それより腹減った。朝は入院食のサンドイッチで、昼はコンビニのパンだけだったから」
 パンは片手で食べられるけれど、それだけではお腹が空いてしまうよね。明日からのお弁当も食べやすいように工夫するつもりだ。
「じゃあすぐ用意するね。その前に着替えないと」
 着替えを手伝ってから昨日話した豚肉のしょうが焼きをすぐに作り、味噌汁とご飯、他のおかずとともにカウンターテーブルに並べた。今日からしばらくダイニングテーブルではなくこちらで食べることにする。向かい合って座るよりも都合がいいからだ。
 並んでカウンターテーブルに座り、食事を始める。お皿を持って箸でお肉を一切れつまむと、
「あーん」
 と言って涼の口に近づけた。涼が照れたように笑う。
「食わせてくれるのか」
「左手じゃ食べられないでしょ?」
「怪我も悪いことばかりじゃないな」
 まんざらでもない様子で口に入れた。一応、スプーンとフォークも用意してあるのだけど、今日の献立は箸のほうがよさそう。それに「あーん」って一度やってみたかった。
「沁みる」
「沁みる!? 口の中も切ってた?」
 慌てたものの、そうではないらしい。
「いや、腹が減ってるのと、あんなことがあった上での二日ぶりの彩の手料理なのと、食べさせてもらってるのとで、いつもの何倍も沁みてうまい」
 大げさに言うからちょっと笑ってしまった。
 ときどきそうして手助けしながら晩ご飯を食べた。食事を終え、お皿をキッチンに運びながら涼に伝える。
「お風呂の準備できてるから、片づけたら一緒に入ろうね」
「一緒に?」
 普段は私から一緒に入ろうなんて言わないから驚いている。
「片手しか使えなくて不便だろうから」
 涼がゆっくりと口を歪めて笑った。いちゃいちゃするためではなくて、介助するために一緒に入るのだけど、あきらかに何か期待している顔だった。
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