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第2部

フェーズ7.9-18

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 二十一時だ。この時間ならもうホテルに戻ってるだろう。私は携帯電話を握りしめて自分の部屋に入った。涼の番号を表示させ、恐る恐る通話ボタンを押す。お願い、出て。祈るような気持ちで待った。
「彩?」
 三コールで出てくれた。まずはほっとした。
「涼、今どこ?」
「さっきホテルに戻ってきたところ」
 声が反響して聞こえる。
「部屋にいるの涼だけだよね?」
「誰か連れ込んでるって? そんなわけないだろ。ビデオ通話にしようか?」
 携帯電話を耳から話して画面を見る。ビデオ通話に切り替わった。映し出された映像を見て、声が反響していた理由がわかった。
「お風呂?」
「ああ。出てから電話するつもりだったんだけど、その前に彩からかかってくるかもと思って、風呂場に携帯持ち込んで正解だったな」
 裸の涼がお湯に浸かったまま浴室内を映してくれた。ユニットバスではなく、お風呂とトイレが別のセパレートタイプのバスルームだ。バスタブも大きくてゆったりしてる。二人でも入れそうな広さだが、映っているのは涼のみだ。隣に誰かいたらビデオ通話になんてするはずはないか。
「誰もいないだろ? もちろんベッドでも誰も待ってないよ」
 いつもなら笑うところかもしれない。今はそんな気分ではない。
「どうした?」
 私の様子がおかしいことに気づいた涼が訊ねた。
「今朝、固定電話にへんな電話があったの。女の人から」
「へんな電話?」
「こないだの当直だった夜に、当直室で涼とした、って」
「何を?」
「そんなの決まってるでしょ」
 涼が戸惑いながら笑う。
「まさか、エッチなことじゃないだろ?」
「そう」
 私が答えるといよいよ笑えなくなったようで、涼の表情が曇った。
「なんだそれ」
「その人もそっちに行くって言ってた。今夜も涼といっぱいするんだって」
 画面の向こうで涼が考え込んでいる。何を考えてるの? 私になんて答えようか? どうやって切り抜けようか?
「ただの悪ふざけだろ。気にするな。本当に部屋には誰もいないし、当直の日もそんなことはしてない」
「そう、だよね」
 欲しかった言葉をくれて、ひとまず安心する。涼が隣にいて私を抱きしめながら言ってくれたのなら、もっと安心できるのに。彼が今いるのは遠い大阪だ。この距離が私を不安にさせる。
 ふいに階段の下から花が呼ぶ声がした。
「お姉ちゃーん、お風呂空いたよー」
 大きな声で「はーい」と返事をしてすぐビデオ通話に戻った。画面の中の涼が言う。
「通話したまま一緒に入る?」
「無理……」
 今は実家だし、いちゃいちゃとリモート混浴する気にはなれない。
「気にしなくていいって。俺が見たい裸はお前だけだよ」
 あまり気にしている様子もなく、涼はいつもと変わらない。私だけがまだ不安だ。
「明日、終わったらすぐ帰るから。それまでは考えるのやめとけ」
「うん」
 「おやすみ」と挨拶を交わして電話を切り、私はお風呂へ向かった。

 涼はああ言ってくれたけれど、お風呂に入っているとどうしても嫌なことばかり考えてしまう。まさかとは思いつつも、考えれば考えるほど思い当たる点が出てきてしまった。それもひとつではなく、いくつか。
 当直だった日というと、あのときだ。帰ってきたばかりの涼と久しぶりにしたとき。私とする前日の晩に他の人ともしたということになる。それも仕事中にだ。涼はそんな不潔で不埒なことはしないと信じたいけど、可能か不可能かで考えたら、時間は空いているのだから可能だと思う。
 涼が携帯電話を家に置き忘れて私が病院に届けた日には、愛人からの電話を気にしていた。あのときは冗談だと思った。本当だったのかもしれない。学会の準備と言って帰りが遅かった日が何日かあった。その愛人とホテルで会っていたりして。
 だって涼があんなに何日もしなかったのはおかしい。休みの日に一日中してたこともあるくらいなのに。本当に単に忙しかったからなの? どこかで別の人と発散していたとしたら、納得だ。
 そろそろ私に飽きて、他の人としたいと思ってるのかもしれない。本気ではないにしても、ほんの遊びのつもりで。私、もう飽きられちゃったのかな。涙が溢れ、湯船の中にぽたりと落ちた。
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