ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第2部

フェーズ7.9-16

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 今夜は涼が当直だ。バイトを終えた私はマンションではなく実家に帰ってきた。
「ただいま」
 ちょうど母も帰宅したばかりのようで、スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫にうつしているところだった。
「おかえり。お疲れさま。カフェのお仕事はどう?」
「うん、なんとかやれてる」
「せっかく通院が無事に終わったのに、またあの病院に通うことになるなんてねえ」
「家から近くて楽だし、通い慣れたところだからいいと思って」
「それと、先生に会えるからでしょ」
 母がにやりとしながら言った。バレバレだった。
 マンションでも今ではすっかり自分の家として気がねなく過ごさせてもらってるけど、やはり実家は落ち着く。何より母の手料理が身に染みる。家を出るまでは毎日当たり前のように食べていたのが、今は月に数回だ。私が作る料理は母に教わったものが多いが、同じく作っても不思議と母の料理のほうがおいしく感じる。
 夜になってリビングでくつろいでいるところへ、花が声をかけてきた。
「ねえ、お姉ちゃんが病院のカフェでバイトを始めたのって、もしかして先生を監視するため?」
「監視?」
「看護師の愛人とかいるかもしれないじゃん」
 「愛人」という言葉にぴくりと反応する。携帯電話を届けたときに涼の口から出たためだ。まさかね。
「そんなことあるわけないって顔してるよ。余裕だねえ」
「そういうわけじゃないけど」
 ちゃんと愛されてる実感はある。だからきっと大丈夫。
「お姉ちゃんのお見舞いにいったときに見たけど、あの店いつも混んでるからそんな余裕ないか」
「うん。けっこう忙しいよ」
「肝心な先生はきてくれんの? 監視ではないにしても、目的はそれでしょ?」
 花にもバレている。
「毎日ではないけど、週に数回は」
「監視されてるのはお姉ちゃんのほうだったりしてね」
「そんなわけないでしょ。女性スタッフばっかりなんだから」
 同じ時間帯にいつも一緒に働いているのは女性スタッフのみだ。だから働きやすい。長く続けられたらいいと思う。始めたばかりで給料はまだ入っていないが、入ったら両親と花に何かプレゼントしよう。もちろん涼にも。

 実家に泊まり、実家からバイトへ向かった。いつも通りの勤務を終えて、夕方にマンションに帰宅した。
 今日はカフェで涼に会えなかった。帰りはまた遅いんだろう。当直の翌日くらい早く帰れたらいいのに、今日も普段と変わらず夜までの勤務だ。人の命を預かる仕事なのだから仕方ないとはいえ、これでは医者のほうが倒れてしまいそう。
 先日、医者の過労死のニュースを見た。数年前に勤務中に心筋梗塞を起こして亡くなった男性医師の遺族が起こした裁判で、男性医師の死亡と勤務状況に因果関係があることが認められたという内容だった。つまり過労死だ。その男性医師は、涼と同じ外科医だった。
 亡くなった医師の時間外労働は、月百時間を超えることもあったらしい。私の知る限り、涼はそこまでではない。結婚して彼の勤務時間を把握できるようになったのはよかった。付き合っていた頃、休日のたびに死んだように寝てるから、いつも心配だった。そういえば、結婚してからは休日でも朝から起きていることが多くなった。私に合わせて無理をしているわけではなさそう。普通に起きて朝食を食べ、公園を散歩したり買い物をしたりと、休日をのんびり楽しんでいるように見える。
 涼が帰ってくるまでまだ時間がある。晩ご飯の準備を終えた私は、少し休憩しようと寝室に入った。深いため息をつきながらベッドに倒れ込む。いつも涼が寝てる側だ。
 最近、してないな。涼は学会前で忙しい日が続いている。わがままは言いたくないから私も我慢してる。そして今日も、当直明けで疲れてるからしないはずだ。学会は今週末だ。きっと終わるまではできないんだろうなあ。
 涼の匂いがする。初めてこの部屋に連れてきてもらったとき、病院の消毒液の匂いを含まない本当の彼の匂いがした。あのときから大好きな匂いだ。だからシャンプーとボディーソープは、涼と同じのを使わせてもらってる。
 恋しさのあまり涼が寝てる場所に横たわってみたけれど、いろいろ思い出してしまって余計にしたくなってきた。あんまりそっちには暴走しないでほしい。この心地いい匂いに包まれて、安心したいだけなの。涼の枕に顔を埋めて、息を吸い込む。ちょっと変態ちっくだ。
 気づいたら、私は涼に肩を揺さぶられながら呼びかけられていた。
「彩、どうした? 大丈夫か?」
「あれ? 寝てた?」
「寝てただけか?」
「うん」
「具合悪くて倒れてるのかと焦ったよ。電話にも出ないし。布団もかけずに、風邪引くぞ」
 いつの間にか涼が帰宅している。あれ? そういえば、電話は? いつも帰る前に連絡をくれるから鳴ったはずだ。気がつかなかった。あ、キッチンに置きっぱなしだ。
「ちょっと横になってたらうとうとしちゃった。ごめんね」
 体を起こしながら答えた。
「初めてのバイトで彩も疲れてるだろ。無理しなくていいよ」
「大丈夫だよ。ひと眠りしたらすっきりしたし。涼のほうこそ、お疲れさま」
「ところで、なんで俺のところで寝てんの」
 涼の枕を抱えるようにしてうつ伏せで寝ていた。怪しさ満点だ。
「な、なんとなく?」
 匂いを嗅いでたなんて言えない。
「ご飯にするね。準備はできてるから、すぐできるよ」
 連絡に気づかなかったせいで、まだ料理が完成してない。急いでキッチンに向かおうとベッドから立ち上がろうとしたら、押し倒された。
「もしかして、いろいろ思い出してた?」
「違うよ。何も思い出してなんか……あっ!」
 胸を揉まれて、敏感に反応してしまった。
「そう?」
 意地悪そうな顔、気づいてる。
「早く、ご飯にしないと。当直明けで疲れてるんだから」
 私に跨ったまま、涼は自分のワイシャツのボタンを外していく。
「しばらくしてなかったからな、俺も今すぐしたい。彩が疲れてなければだけど」
「私は大丈夫だけど……」
 困ってるうちに唇を塞がれた。いきなり舌が入ってくる。こんなキスを交わすのも何日ぶりだろう。いつも朝晩の挨拶の軽いキスしかしてなかった。同時に服が脱がされ、下を触られた。
「あれ? もう準備できてる?」
 一瞬にして顔が茹でダコになる。さっきいろいろ想像してしまっていたのと、今の熱いキスのせいだ。
「ほら」
「やっ……」
 ごまかしようのない湿った音が、涼の指の動きに合わせて聞こえてくる。
「何を想像してた?」
 そんなの、いろいろ想像してたに決まってる。今日だけではない。昨夜もその前も、ずっとだ。私は目をそらすと、観念して正直に答えた。
「涼に……いっぱい、されてるところ」
「いっぱい、何を?」
 恥ずかしすぎて泣きそう。きっと涼は今、あの意地悪そうな笑みを浮かべてる。
「ちょっと今日は、いじめてる余裕がない」
 愛撫の必要がないと判断したようで、すべての服を脱いでからすぐにコンドームをつけた。
「お望み通りにしてやるよ」
 渇望していたものがいきなり体内に深く埋められた。
「あっ!!」
「ああ、すごいな」
「だ、だめ……」
「何がダメ? ……これ、あんまりもたないかも。中がうねっててたまらない」
 勢いをつけて最奥を何度も突かれる。したらいけないのに、すぐ休ませなきゃいけないのに、理性とは裏腹に私は涼にしがみついていた。

 終わって冷静になった私は、後悔の念に駆られた。ベッドの縁に座って処理をする涼の背中に抱きついた。
「ごめん、ごめんね」
「なんで彩が謝るんだ」
「過労死しないで」
「過労死?」
 唐突に出た不穏な単語に、涼は驚いているようだった。
「もしかして、こないだのニュース?」
 私は頷いた。涼もあのニュースのことを知ってるんだ。
「俺はちゃんと休めてるよ。今日は患者も少なめだったし、大丈夫だ」
 ぎゅうっとしがみついている私の腕を緩めて、涼は私をベッドに横たわらせた。涼も隣に片肘をついて横になり、私を安心させるように言った。
「何より、いつも彩が愛情込めた栄養満点の料理作ってくれてるからな」
「私、役に立ててる?」
「役に立ってるとかじゃなくて、支えてもらってるよ」
 柔和な笑みが私にだけ向けられている。
「心配性」
 頬を軽くつねられた。
「心配するに決まってるでしょ。一番大事な人なんだから」
「一番大事とか言われると、うれしくなってもう一回したくなる」
 つねった手を私の頬に添えて、顔を近づけてくる。私はそれをかわし、起き上がった。
「ダメ、ご飯にするの」
 ベッドから出て、脱がされた服を拾い上げて身につけていく。涼はまだ片肘をついたまま動こうとしない。
「当直明けはしたくなるんだよ。だから彩は気にしなくていいよ」
「そうなの?」
「解放感からなのか、それか生命の危険を感じて本能が剝き出しになるのか」
「生命の危険!? ほら、やっぱり早く休まなきゃ」
「彩に癒してもらったから大丈夫だ。さっきより元気だし。お前、俺に生気吸い取られて早く年取っちゃうかもよ」
「私から吸い取って涼が元気になるなら全然いいよ」
 涼がくすくすと笑った。
「いや、吸い取ってるわけじゃないか。きっと恩恵を受けてるんだ。お前の若さに」
 もしそうなら十二歳の差がうれしく思える。
「ご飯、すぐできるから早くきてね」
 早く食べさせて休ませよう。服を着た私は寝室を出て足早にキッチンへ向かった。
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