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第2部
フェーズ7.9-5
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月曜日の出勤前に結婚指輪を外すのはわかっていた。涼は外科医だから、衛生的につけていられないことは理解してる。それでも指輪が外される瞬間は、少しだけ寂しく思ってしまった。外した指輪はリングピローに戻されるかと思いきや、涼は指輪を持ったまま私の左手を取った。
「預かってて」
外した指輪が私の左手の親指にはめられた。
「うん」
気持ちはここにある、そう言われているようで心が温かくなった。指輪に残ってる涼の体温が愛しい。もう大丈夫、寂しくなんかない。
結婚式は表立って挙げないし、結婚指輪もしない。涼が結婚したことをどうやって病院の人たちに知らせるんだろう。澄先生や麗子さんには伝えるはずだから、そこからまずは医局内に広まって、さらに病院中にという具合か。バレンタインに涼がもらったチョコレートの数を考えると、ショックを受ける人が何人かいるかもしれない。
一緒に住むようになってからの私の一日はルーティン化している。「行ってらっしゃい」のキスで涼を送り出したら、キッチンの片づけをして洗濯や掃除などの家事を一通りこなす。済んだらパソコンを起動し、撮影したお弁当の写真をSNSに投稿する。そのまま昼頃までパソコンの前で過ごし、昼食を適当に食べたら晩ご飯の献立を考えながら買い物へ。帰宅して夕方に洗濯物を取り込んでアイロンがけをしたら、晩ご飯の支度をして彼の帰りを待つ。
結婚後の初出勤だったこの日、涼は結婚祝いをもらって帰ってきた。
澄先生からはルームフレグランスをいただいた。エッセンシャルオイルが入ったガラスボトルに、線香のような細いスティックを差すことで香りが広がるタイプのものだ。シックな印象のおしゃれなボトルは、ホテルにでも置いてありそうな高級感あるデザインだ。
驚いたのはもうひとつの贈り物だった。
「鷹宮先生が彩に、って」
「私に?」
元恋人の妻に結婚祝いだなんて、私だったら同じことができるだろうか。麗子さんは器が大きい。涼が好きになったのも頷ける。
中身はオーガニックハーブティーのセットだ。『美を追求してブレンドされた究極のハーブティー』と説明が添えられていて、茶葉の入った缶からバラのような上品な香りがほのかに漂っている。
「麗子さんって、私のこと嫌いじゃないのかな」
「なんで?」
「だって、麗子さんからしたら私は、涼を盗った嫌な女だと思うよ」
「盗るとか盗られるとかそういうのじゃないよ。もうとっくに終わってるんだから」
私を安心させるように、涼が穏やかに言ってくれた。
去年の夏の泥酔キス事件のとき、てっきり麗子さんは涼のことがまだ好きなんだと思った。そうでないのならやっぱり、いわゆるワンナイトラブというやつを狙ったものだったのかな。あのとき涼も「遊びだろう」って言ってたし。
「だから彩にって、それをくれたんだろ」
「そうだね」
信じよう。涼のことも、麗子さんのことも。
「涼も何かもらったの?」
「いや。『あんたにじゃないわよ、奥様によ』だってさ」
強い。なんとなくその場面が想像できて、私は笑った。私にと言いながら、化粧品や涼が苦手なお菓子などではなく、二人で飲めるハーブティーをくれるんだから、麗子さんは優しい人なんだと思う。ついでに私の勝手なイメージでは、さっぱりしていて、ちょっとだけ女王様気質?
「お礼を伝えておいてね」
澄先生も麗子さんも、ありがとうございます。
「預かってて」
外した指輪が私の左手の親指にはめられた。
「うん」
気持ちはここにある、そう言われているようで心が温かくなった。指輪に残ってる涼の体温が愛しい。もう大丈夫、寂しくなんかない。
結婚式は表立って挙げないし、結婚指輪もしない。涼が結婚したことをどうやって病院の人たちに知らせるんだろう。澄先生や麗子さんには伝えるはずだから、そこからまずは医局内に広まって、さらに病院中にという具合か。バレンタインに涼がもらったチョコレートの数を考えると、ショックを受ける人が何人かいるかもしれない。
一緒に住むようになってからの私の一日はルーティン化している。「行ってらっしゃい」のキスで涼を送り出したら、キッチンの片づけをして洗濯や掃除などの家事を一通りこなす。済んだらパソコンを起動し、撮影したお弁当の写真をSNSに投稿する。そのまま昼頃までパソコンの前で過ごし、昼食を適当に食べたら晩ご飯の献立を考えながら買い物へ。帰宅して夕方に洗濯物を取り込んでアイロンがけをしたら、晩ご飯の支度をして彼の帰りを待つ。
結婚後の初出勤だったこの日、涼は結婚祝いをもらって帰ってきた。
澄先生からはルームフレグランスをいただいた。エッセンシャルオイルが入ったガラスボトルに、線香のような細いスティックを差すことで香りが広がるタイプのものだ。シックな印象のおしゃれなボトルは、ホテルにでも置いてありそうな高級感あるデザインだ。
驚いたのはもうひとつの贈り物だった。
「鷹宮先生が彩に、って」
「私に?」
元恋人の妻に結婚祝いだなんて、私だったら同じことができるだろうか。麗子さんは器が大きい。涼が好きになったのも頷ける。
中身はオーガニックハーブティーのセットだ。『美を追求してブレンドされた究極のハーブティー』と説明が添えられていて、茶葉の入った缶からバラのような上品な香りがほのかに漂っている。
「麗子さんって、私のこと嫌いじゃないのかな」
「なんで?」
「だって、麗子さんからしたら私は、涼を盗った嫌な女だと思うよ」
「盗るとか盗られるとかそういうのじゃないよ。もうとっくに終わってるんだから」
私を安心させるように、涼が穏やかに言ってくれた。
去年の夏の泥酔キス事件のとき、てっきり麗子さんは涼のことがまだ好きなんだと思った。そうでないのならやっぱり、いわゆるワンナイトラブというやつを狙ったものだったのかな。あのとき涼も「遊びだろう」って言ってたし。
「だから彩にって、それをくれたんだろ」
「そうだね」
信じよう。涼のことも、麗子さんのことも。
「涼も何かもらったの?」
「いや。『あんたにじゃないわよ、奥様によ』だってさ」
強い。なんとなくその場面が想像できて、私は笑った。私にと言いながら、化粧品や涼が苦手なお菓子などではなく、二人で飲めるハーブティーをくれるんだから、麗子さんは優しい人なんだと思う。ついでに私の勝手なイメージでは、さっぱりしていて、ちょっとだけ女王様気質?
「お礼を伝えておいてね」
澄先生も麗子さんも、ありがとうございます。
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