ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第1部

フェーズ6-10

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 会う日は涼が家まで迎えにきてくれるようになった。家の前で待ち、目の前に停まった彼の車に乗り込んだ。
 まず買い物をしてから、マンションに連れていってもらおう。でないとまた離してくれなくてデリバリーを頼むはめになりそうだ。
 ところが涼の考えはまったく違った。
「また卒業まで我慢しようか」
 ああ、先週はいっぱいしちゃったし、さすがに。
「反省?」
「言った通り、止まらなかったろ」
 二人して苦笑いをする。
「今さら遅いけど、やっぱり大事にしたい」
「うん」
 その気持ちがうれしい。
「あと一カ月もないから余裕だろ」
 卒業式まであと一カ月を切っている。その間、涼に会える日曜日は数回だ。お泊まりはしないようにして、キスもなるべく控えよう。触れ合えなくても愛されてる実感があるから、きっと大丈夫だ。
「家にいるとしたくなるから、今日はこのまま出かけよう」
 先週も先々週もちょっと不健全だったものね。外でデートするのは久しぶりだし、ちょうどいい機会だ。

 海沿いをドライブする。冬は空気が澄んでいるから、海の色も空の色もきれいだ。のんびりと散歩をしている人や、ランニングやサーフィンをする人の姿が見える。
「愛音ちゃんと卒業旅行しないの?」
 窓の外を眺めていたら、涼が訊ねた。
「彼氏と行くって。アリバイ協力を頼まれた」
 行き先は二泊三日で京都と言っていた。愛音の家はそういうことに厳しいようで、私と行くことにしてあるらしい。
「卒業旅行になるのか」
 前を向いたまま涼がふっと笑った。
「大学生も春休みだから、仕方ないよ」
 大学生の春休みはすごく長いみたい。きっと毎日一緒なんだろうな。その上、二人で旅行なんてうらやましい。私もいつか涼と旅行してみたい。
「じゃあ、俺と行く?」
 まさかの提案に驚いた。私の心を読まれたかのようだ。
「ほんと!?」
「ただ、今からだと長い休みを取るのは難しい。一泊くらいで近場になるけど」
「どこでもうれしい!」
 私は声を弾ませて言った。
「お前はアリバイとか言わないで、ちゃんと両親の許可もらってこいよ」
 涼と旅行できるの? 本当に? 今から楽しみで仕方ない。問題は両親の許可だ。婚約してるからお泊まりは許してもらえてるけど、旅行は確認してみないとわからない。今日、帰ったら話してみよう。

 港にある商業施設にやってきた。デートスポットとしても人気の場所で、中にはおしゃれなレストランにカフェ、アパレルショップや雑貨店などたくさんの店舗が立ち並ぶ。周囲には海の見える公園や夜景スポットなどもあって、一日たっぷりと過ごせる。
「結婚指輪も今日見にいくか」
 立ち止まったアクセサリーショップで涼が言った。
「これがあるからいらない」
 指輪のはまった左手を見せる。
「またそんなこと言って。それは婚約指輪だろ」
「結婚指輪があったらこっちの出番がなくなっちゃう。涼だって指輪つけられないでしょ?」
 医者でしかも外科医なんだから、衛生的に指輪はつけられないはず。
「休みの日につけるよ」
「じゃあ、二千円くらいので。ほら、ここにあるよ」
 店頭に並ぶシルバーリングを指差した。
「二千円て……高校生のペアリングでももっと高いだろ」
 涼が呆れたように見る。
「てっきり女避けにつけさせたがると思った」
「逆に指輪が引き寄せちゃうなんてことも――」
 言いかけて、人混みの中に見覚えのある顔を見つけた。
「変なこと知ってるね、お前」
 この間、彼氏とできなくて悩んでたクラスメイトだ。その彼氏らしい人と手を繋いで仲睦まじく歩いている。目が合い、お互いにはにかんだ笑顔で目礼を交わした。
「友だち?」
 その様子を見ていた涼が言った。
「うん。この前話した同じクラスの、ええと……」
 説明に困って言い淀んでいると、すぐに思い出してくれた。
「ああ、入口を間違えられてる子ね」
 すっかり決めつけている。二人はあれからどうなったんだろう。とりあえず仲良さそうで安心した。
「見せつけようか」
 繋いでいた手を離して腰に回され、ぐいっと体を引き寄せられた。
「恥ずかしいよ」
「気にしない気にしない」
 完全に涼のペースだ。人前でいちゃいちゃするの慣れてない、というか初めてだからこれだけで心臓がバクバクだ。
「とにかく指輪、また同じブランドでいい?」
「じゃあ、一番安いので」
「一番高いので」
「ダメ!」
 一生ものの指輪をいただいたのだから、本当に結婚指輪はいらないんだけどな。でも、こんなにダイヤがたくさんついててキラキラしてる指輪を日常的につけるのは気が引ける。やっぱり結婚指輪もあったほうがいいのかな。去年、指輪を見にいったときの記憶を呼び起こす。婚約指輪の隣に結婚指輪のショーケースがあった。あそこに書かれていた値段は、ペアの価格だっけ? それとも単体だっけ? あのときは婚約指輪を見たあとだったから金銭感覚がおかしくなっていたけれど、けっして、けっしてお安くはない。

 母がいるダイニングのテーブルの上に、おみやげのスティックケーキの詰め合わせを置いた。交渉道具というわけではないけれど、手ぶらではなんとなくお願いしづらくて。
「あら、おみやげ買ってきてくれたの? ありがとう」
 スーパーのチラシを広げている母の向かい側に、椅子を引いて座った。
「来月、涼と旅行に行ってきていい?」
「婚前旅行?」
「そうじゃなくて、卒業旅行に連れてってくれるって」
「別にかまわないけど。それよりいつ入籍するの?」
 その話はまだ全然だ。結婚指輪のことなら話して、今日実際に店へ行って見てきた。婚約指輪のときと同じでまたすぐには選べなくて、カタログを持ち帰ってきた。
「わからない」
「卒業したとたんに婚約解消されて逃げられるなんてことがないようにね」
 なんてことを言うのか。そんなことあるわけないよね、たぶん。結婚指輪だって涼から買おうって言ってくれた。
 旅行の件はあっさり許してもらえてよかった。自分の部屋に戻ってから、涼に報告するため電話をかけた。
「旅行の許可取れたよ」
「じゃあ、三月の終わり頃に休みを取っておく。行きたいところ考えといて」
「うん。あと、訊くの忘れてたんだけど、バレンタイン、甘いもの苦手だからもらっても困る?」
 もうすぐバレンタインだ。この前買っていったプリンは食べてくれた。チョコはどうなんだろう。
「彩が作ってくれたなら食う」
 つまり私は手作りを要求されているようだ。お菓子作りは好きだから、もともとそのつもりではいた。何を作ろうか。クリスマスと同じで、初めて彼氏がいるバレンタインだ。こうして考えるだけで楽しい。
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