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第1部

フェーズ6-9

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 翌日は外来で涼の診察を予約してある日だった。昨日、涼に言われて思い出した。お泊まりのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
 いつものように学校が終わってからそのまま病院にやってきた。再来受付と検査を済ませて外科の待合室で待つ。いつもはただ涼に会えるという意味でドキドキしていた。今日は別のドキドキだ。これから会うのは、彼氏としてではなく医者としての涼だ。あんなことをしてしまった今、主治医の顔をまともに見られるだろうか。
 しばらくして外来受付の女性事務員が、「神河先生の患者さん、いらっしゃいますか」とあたりに呼びかけた。どうしたんだろう。手を挙げると、事務員は私の元までやってきて、かがんで申し訳なさそうに説明し始めた。
「ごめんなさいね。神河先生なんですが、緊急の対応で病棟へ行ってらっしゃって、診察が中断してしまっているんです。しばらくお待ちいただくことになってしまうんですが、お時間は大丈夫ですか?」
 涼のことならいくらでも待ちます。
「はい、大丈夫です」
 忙しいんだ。大丈夫かな。しばらくかかりそうだから、私は院内のコンビニにでも行ってみようと席を立った。
 病院の中には大手のコンビニエンスストアが入っている。規模は小さいものの、普通の店舗にも売られている日用品や食料品などはもちろん、介護用品が特に充実していて、入院に必要なものもここで買うことができる。お弁当も種類が豊富だ。毎日お見舞いにきている人や、病院で働くスタッフが飽きないように配慮されているのかもしれない。涼も昼ご飯はいつもここで買ってるんだと思う。一緒に暮らすようになったら作ってあげようかな、お弁当。
 病院の通路に面した書籍コーナーへ回る。ちょうどお弁当のレシピ本があった。パラパラとページをめくってみる。自分のお弁当ならいつも適当に作っている。涼の分となるとそうはいかない。バランスをちゃんと考えなければならない。激務なんだから、しっかり栄養を摂ってもらいたい。私に作れるだろうか。それも毎日だ。おかずは最低でも二~三品は必要だよね。前日の晩から下準備をしておき、朝は火を通すだけにすればいけるかな。さらに朝ご飯も用意しなきゃならないのか。忙しいな。脳内でシミュレーションをしていたら、コンビニのそばのエレベーターが開いて涼の姿が見えた。
「あ」
 目が合って、涼がこちらに向かってくる。待って、ちょっと待って。昨日、一昨日とほとんど裸しか見てなかったから、久しぶりの神聖な白衣姿に動悸がしてきた。恥ずかしくて顔が見られない。私、この人と何度も抱き合ったんだ。特に昨日は一日中繋がってた。
「なに下半身見て赤くなってんだ」
「ち、ちがっ……見てな……」
 本当は一瞬だけ見てしまったけど、否定するしかない。ただでさえ恥ずかしいのにそんなことまで言われたら、もうどうしていいかわからない。
 取り乱す私の反応を楽しむように涼はくすりと笑い、
「すぐ呼ぶから」
 と言って外来の診察室へ向かっていった。今のうちに少し落ち着こう。
 ほどなくして呼ばれ、涼の待つ診察室へ入った。彼は「お待たせ」と微笑んだ。バッグを荷物置き用のワゴンに入れ、丸椅子に腰を下ろす。すると、私が何も言わないうちから真顔で、
「何? 腰が痛い? 奇遇だな、先生も痛い」
 と勝手に言った。実際に腰は痛いのだけど、今ここで涼に言うつもりはこれっぽっちもなかった。それなのにこの男は~~~! またしても赤面してしまう。絶対にそんな私を見て楽しんでるんだ。
「激しい運動でもした?」
「は!?」
 思わず聞き返した。机の上にはプリントアウトされた私の血液検査の結果がある。涼はその検査項目のひとつを、ボールペンの先端で示しながら説明した。
「運動後に増える体内の老廃物」
 今すぐに担当医を変えてもらっていいですか。
「俺もあとで調べてみるか」
 冷ややかな目で見ていると、ぼそりとそう呟いた。
「体はなんともない?」
 ちらりと私の下半身に目をやった。何を言いたいのかはわかる。昨日、無理をしたから大丈夫かという意味だろう。
「なんとも、ない、です」
「ならよかった」
 血液検査の用紙を渡される。
「今回も異常なし。また風邪引かないようにな」
 それもたぶん、昨日はほとんど裸で過ごしていたためだろう。どの会話も、壁の向こうにいる看護師さんたちが聞いていたとしても、ごく自然な医者と患者のやり取りでなんら問題はない。動揺しているのは私だけ。
「ありがとう、ございます」
 心を搔き乱されて、素直にお礼を言う気になれない。
「次回で最後だから」
 もうすぐ手術してから一年だ。退院後は一年間、定期的に通院して経過を診ると説明されていた。三カ月ごとに外来で涼に診てもらってきたけど、それが次回で最後となる。
「いつもありがとうございます、先生」
 本来なら涼とは次の診察でお別れになるはずなんだ。異常がなければそれきりもう二度と、一生会えなくなる人だった。それが今では、これから一生をともにしようとしている。
「お大事に。気をつけて帰って」
 席を立って診察室を出ようとする私に、涼が付け加えた。
「あ、腰もお大事に」
 私は軽く睨んでから廊下へ出た。


 雪が降りそうなほどの厳しい寒さのせいで、今日の昼休みは中庭に出る人はいなかった。暖房の効いた教室で昼食を済ませる人が多い。私と愛音もその一人だった。
 昨日の診察を思い出していた。なんなの、あれは。私の反応を見て楽しんでるんだから。あんな会話、看護師さんに聞かれたらどうするの。って、聞かれても通じないように言ってるのだから、たちが悪い。私はため息をついた。
 涼はエロエロ魔人だ。今日も今ごろは病院で白衣を着て聴診器を首からかけて、キリっとした顔で患者を診てるんだろう。それが私の前で一旦スイッチが入ると、いつかの澄先生が言っていたようにケダモノと化す。まじまじと見られて舐められて弄られる。嫌ではないけど、すごく恥ずかしい。
 みんな、ああいうことしてるの? 目の前の愛音も? その前に、涼自身も今までしてきたからするんだ。きっと、麗子さんにも私にしたのと同じことを……。ああ、なんだかものすごく落ち込んできた。
「どうしたの? 百面相でおもしろいんだけど」
 気づくと愛音がもぐもぐと口を動かしながら、おもしろおかしそうに私を見ていた。聞いてみたいけど、そんなこと聞けるわけがない。ところが愛音は薄々気づいているみたいで、
「もしかして、ついに先生としちゃった?」
 と、にやつきながら訊いてきた。
「なんで、わかったの?」
「今のでなんとなく。尋常じゃなく赤面してたから。っていうか卒業まで待つなんて、普通に無理でしょ。だからそろそろかなーって」
 バレたなら仕方ない。
「ねえ、二人はいつも、どんな感じ?」
「うーん、普通だと思うんだけどね」
 その普通がよくわからない。
「で、どうだった? よかった?」
「ここではちょっと、口に出せないかな」
 まわりにクラスメイトが大勢いる教室で話す勇気はない。
「とりあえずすっごく幸せそう。最近いつも頬が緩んでるもん。よかったね、彩。おめでとう」
「ありがとう」
 幸せであることは間違いない。ときどき思い出して浸ってしまうくらいには、満たされている。顔には出さないように気をつけよう。
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