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第1部

フェーズ3-10

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 昨日からなんとなく体調が悪かった。秋が深まり、朝晩が冷え込むようになったせいだ。喉の痛み、鼻づまり、倦怠感。風邪だ。せっかくの日曜日なのに、涼に会える日なのに、どうして今日なのか。
 涼には絶対に風邪をうつしてはいけない。たくさんの患者を抱えていて外来もある。手術の執刀予定もある。熱が出ても簡単に休むわけにはいかないだろう。もし彼から患者にうつってしまったらさらに大変だ。
 会うわけにはいかない。いつもなら家を出る時間、私は携帯電話を手に取り、涼に発信した。
「もしもし? 起きてた?」
「今起きた」
「ごめん、起こしちゃったね」
「いいよ。彩のモーニングコールで目が覚めるのは悪くない」
 そんなうれしいことを言われると、余計に会いたくなってしまう。
「風邪引いた?」
 まだ少ししか会話してないのに気づくなんて、さすがだ。
「うん、そうみたい。だから今日は会うのやめておくね」
「熱は?」
「微熱。だるい~」
「これから上がるかもしれないな。咳や鼻水は?」
 問診のような質問が続く。
「どっちも出る。喉も痛い」
「明日は外来にくる日だろ。そのときに診るよ。今日はゆっくり休め」
 明日はちょうど通院の日で、涼の外来を予約してある。
「会いたい」
「明日会えるよ」
「診察室でじゃなくて……」
 病院で会っても、秘密だから恋人同士のようには振る舞えない。具合が悪いせいか、なんだかいつも以上に触れ合って甘えたい気分なのに。
「でも、今日は我慢する」
「そうだな。無理しないほうがいい」
 会わないのは、自分がしんどいからではなくてあなたのため。会いたいけど風邪をうつしたくないから我慢してるってこと、わかってくれてるのだろうか。もどかしい。何か言いたい。たまらず私は、
「大好き」
 と最後に一方的に告げて電話を切った。照れくさくて面と向かっては伝えたことのない言葉だ。電話でなら言える。それでも恥ずかしくてすぐに切ってしまった。
 きっと二度寝してるだろう。いい機会だ。たまには一人で一日ゆっくり休んでほしい。私も寝よう。寒気がする。


 電話で涼が言ってた通り、昨日あれから熱が上がってしまった。今朝はまた微熱まで下がっていたものの、大事を取って学校は休んだ。いつも放課後に病院に向かうから、外来は夕方に予約を取ってある。その時間に合わせて支度をして家を出た。
 診察は時間通りに呼ばれることが多い。ところが今日は珍しく遅れていて、すでに予約の時間を二十分ほどすぎている。新規や時間のかかる患者が多かったのかもしれない。
 待合室で呼ばれるのを待つ私に、外来担当の看護師さんが声をかけてきた。
「伊吹彩さん、ですか?」
「はい、そうです」
「神河先生が、伊吹さんは熱があるだろうから、つらかったら別室で休むようにとおっしゃっています。お呼びするまでまだお時間がかかるそうなんですが、どうなさいますか?」
 涼ったら、そんな指示出しちゃって。看護師さんはきっと不思議に思ってる。私に熱があることを診察前の涼がどうして知ってるんだろう、って。それに、看護師さんは私の顔と名前が一致していないはずなのに、呼び出しをすることなく直接私の元にやってきた。きっと涼が「髪が長い十八歳の女の子」とでも教えたんだろう。十代の患者は珍しいから、それだけでも十分私を特定できるはずだ。
「大丈夫です」
 お使いをさせられた看護師さんにお礼を言って、私はそのまま待合室で待った。
 診察室に呼ばれたのは、予約時間から一時間後のことだった。
 すぐに熱を測らされた。計測して体温計を涼に渡す。数値を確認したとたんに彼が眉間にしわを寄せた。
「全然大丈夫じゃねえ」
 熱は三十八度もあった。
「今朝はこんなになかったんだけど」
「ぶり返してるじゃないか」
 病院にきて熱が上がってしまったらしい。どうりでさっきからだるさが増しているわけだ。涼に会えるのがうれしくて、身支度に時間をかけたせいかもしれない。昨夜はお風呂に入らずに寝たから、出かける前にシャワーも浴びた。怒られるからそのことは内緒にしておく。
「待たせた俺も悪いんだけど」
「りょ……先生は悪くないです」
 患者の病状は様々なのだから、複雑な症状や問題が見つかるなどして診察時間が予定よりも延びることもあるだろう。「ちゃんと休憩してる?」「いつもお疲れさま」と言いたい。
 涼にマスクを外された。
「あーってして」
 口を開けて声を出す。喉の診察だ。続いて涼が聴診器を取り出した。服を脱ぐように促される。
「え……脱ぐの?」
「持ち上げるだけでいいよ」
 診察なのだから我慢だ。私は上着を脱ぎ、緊張しながら服を持ち上げた。ブラジャーが丸見えになるのは恥ずかしいから、半分くらいまで。涼が私の服の中に手を突っ込む。ひんやりと冷たい聴診器が肌に触れた。ドキドキしてるのがバレる。こうダイレクトに心音を聞かれてはごまかしようがない。好きな人に服の中に手を入れられて、平常心でいられるはずがない。私はこんなにドキドキしてるのに、涼は平然としてる。完全に医者の顔だ。
「送ってくから、空き部屋で休んでて」
 聴診器を外し、カルテを入力しながら涼が言った。
「え~」
「主治医の言うこと聞く」
「はい……」
 迷惑をかけるから嫌だったのだけど、仕方なく了承した。
 空き部屋とはすぐ隣の診察室だった。私はそこの診察台で横になった。すべての診察室は壁で仕切られているが、奥の通路で繋がっている。診察中は主治医との会話や看護師たちの話し声などでかき消されて、隣の診察室の声はほとんど聞こえない。それがこうして空いている静かな診察室にいると聞こえてくる。たくさんの声がしていても、涼の声だけは拾える。他の患者とはこうやって話すんだ。当然だけど付き合う前の私に対する話し方と同じだ。懐かしさを感じながら、私はしばらく休ませてもらうことにした。
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