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第1部

フェーズ3-5

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「何もない」
 ベッドの下を覗き込みながら、私は呟いた。
 今日は涼の部屋に初めてお泊まりさせてもらう日だ。彼がまだ帰ってきてないからって、こんな日に何をやってるんだろうと自分でも思う。思春期の男子じゃあるまいし、私が掃除する可能性のあるベッド下には隠さないだろう。怪しいとすれば、クローゼットや書斎机の引き出しの中、そして机の上に置かれたノートパソコンだ。どれも勝手に見るわけにはいかない。そもそも徹底的に探し出すつもりもない。見てたら見てたでいい。今はまだ。もうやめよう。私は考えを振り払うように頭を横に振った。
 AVの存在より気になるのは、キスの続きを中断されたあの日のことだ。自分の胸を寄せて持ち上げてみる。そんなに小さいわけではないけれど、あの人と比べたらまるでお話にならない。あの人というのは麗子さんではなく、私が入院していたときに同部屋の二人部屋に入院していた巨乳の人妻だ。あの人も涼の患者だった。涼は回診でよく服を脱いだあの人を診察していた。診察の内容には触診も含まれていたはずだ。どこを触ったかは知らないけど。回診のたびに、私は隣のベッドからカーテン越しに聞き耳を立てて二人の様子をうかがっていた。気になりすぎて変な夢を見てしまったほどだ。もし涼の好みがあれくらいのサイズだとしたら、絶望しかない。

 玄関が開く音がして涼が帰ってきた。キッチンで晩ご飯の支度をしていた私は、カウンター越しに声をかけた。
「おかえりなさい。お疲れさま」
「ただいま」
 涼がちょっとうれしそうに見える。何かいいことでもあったのだろうか。
「彩、あれ言って。『ご飯? お風呂? それとも私?』ってやつ」
 それって新婚さんが言うやつじゃない。照れくさいけど、予行練習だと思って応えてみる。
「ご飯にする? 先にお風呂にする?」
「最後のは?」
「言うわけないでしょ」
 わざとムッとして返した。それでも涼は相変わらずうれしそうで、
「着替えてくる」
 と言って寝室に入っていった。いいことがあったというより、もしかしたら私がいることがうれしいのかもしれない、と自惚れてみる。私だってこうして仕事から帰ってきた涼を出迎えるのは幸せだ。
 着替えた涼がキッチンに入ってきた。自分で冷蔵庫からペットボトル入りのお茶を取り出してグラスに注ぐ。
「手伝おうか」
「大丈夫。涼は休んでて」
 日曜日なら手伝ってもらうこともある。今日は仕事終わりの土曜日だからゆっくりしててほしい。涼はグラスを持ってカウンターテーブルのスツールに腰を下ろした。
「何作ってんの」
「肉じゃが」
 母に料理を教えてもらって煮物も作れるようになってきた。煮くずれすることもなく、見た目も味も上々の出来だ。ほうれん草のお浸しと味噌汁も作った。
 あのこと、訊いてみようかな。もやもやしたままではきっとよくない。
「涼は、大きい胸のほうが好き?」
 涼のお茶を飲む手が止まった。
「どうした、急に」
「この前、途中で止めたから」
「ああ……」
 なんのことかすぐにわかったらしい。
「説明した通りだよ。卒業まで待つって言ったろ。それだけだ。何気にしてんの?」
「入院してたとき、私の隣にいたすごく大きい人の触ってたから、ああいうのが好きなのかなって」
 涼は今度は少し考えた。たくさんの患者を診てるから、すぐには思い出せないみたいだ。
「あれは、診察してただけだろ」
 困ったように言って、さらに続けた。
「あれと比べてるなら基準がおかしい。彩はけっこうある。それに……」
 言い淀んだので「それに?」と続きを促した。
「思い出すと触りたくなるからやめとく」
 すでに思い出しているのでは。何を言おうとしたんだろう。ともかく、特に巨乳好きというわけではないようで安心した。
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