ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第1部

フェーズ3-1

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 マンションのエントランスに入る前に、振り返って背後を警戒した。大丈夫、もうつけられてはいない。
「タイミング的にも恐らく、テレビ番組への出演依頼をしてきたあのプロデューサーの仕業だろう。メディアの人間同士、繋がってる週刊誌の記者に情報を流したんだろ。屋上でのあれを見られたんだろうな。一階からつけられてたのかもしれない」
 ソファの背もたれに寄りかかりながら、涼がそう分析した。あのキスを見られていたなんて。屋上のドアが開く音がして振り向いたとき、涼とは離れていたから大丈夫だと思った。でも今思えばあのドアはあんなに音がしただろうか。その前からそーっと覗かれていて、タイミングを見計らってわざと音を立てて入ってきたとも考えられる。
「あの日は制服だったから、余計にまずかったな」
「そうだったね」
 学校帰りにそのまま瀬谷さんのお見舞いにいったから、あの日の私は制服を着ていた。医者と制服姿の女子高生が二人きりで屋上にいたら、目をつけられて当然だ。
「彩が言う通りやめておくべきだった。男はすぐムラムラして本当に愚かな生き物だ」
 これは、反省してるということでいいのかしら。私が未成年であることに責任を感じて落ち込んでたから、あえて明るく言ってくれてるのかもしれない。
「今回はたまたま運が悪かったんだよ」
 メディア関係者があの場にいたなんて。そうあることではない。気をつけるに越したことはないけど。
「そうだな。じゃあ次はもっとすごいことしようか。立ちバックとか。それとも――」
 涼がふざけるから、私は横にあったクッションをその顔に押しつけて口を塞いだ。
「彩ちゃん、立ちバックって何か知ってるの」
 そろそろとクッションをずらしながら涼が訊ねる。
「知らない!」
 むきになって答えた。すると涼は真面目に戻って、
「とにかく悪かったよ。今後は気をつける」
 と謝った。でもあのときは私もまわりが見えなくなっていた。それくらいキスに夢中になっていたなんて、とても恥ずかしくて言えない。
「写真の中に、俺と鷹宮先生が写ってるのがあったろ」
 もう呼び捨てにするのはやめたのかな。
「うん」
 記者が、涼の本命は麗子さんだと勘違いをした、肩を抱いてる写真のことだ。今思えば、私の反応を見るためのはったりだったのかもしれない。でも、婚約指輪を贈った相手も麗子さんだと思い込んでたんだっけ。
「飲みに行った日、店を出てあいつを家に送ったときだ。あの日以外は外で会ってないから」
「そうだと思った」
 ちゃんとわかってた。やっぱりあの場所は麗子さんのマンションだったのね。二人の親密な様子には少し妬けてしまったけど、介抱してたんだから仕方ない。キスのことも、唇が一瞬触れただけの事故のようなもので、それ以上のことはなかったと信じる。
「あのときのこと、もう許してくれた?」
 涼が私の顔を覗き込む。麗子さんとのことで揉めたあの日、私は彼のキスを拒んだ。麗子さんの顔が浮かんでしまったからだ。ここで頷けば、きっとあのときしなかったキスをしてくれるんだろう。
 もう怒ってない。私は返事の代わりに自分からキスをした。涼みたいに長いキスではなく、短く軽く触れただけ。涼はちょっと驚いているみたいだった。私からしたのは初めてだから。
「そういうことをされると……」
 え、何、ダメだった? と思った次の瞬間、ソファに押し倒されて唇を奪われた。屋上のときと同じようにまた涼の舌が入ってくる。あのときは優しかったのに、今日は激しめだ。
「あの男とはもう会うなよ」
 答えるより前に、また唇を塞がれた。絡め取られて、吸われて、官能的な動きに息が上がってくる。今までしてきたキスがまるでお遊びのよう。これが涼の本領発揮?
 涼の唇が首筋に下りていった。驚いたのとくすぐったいような感覚がして、体が一瞬、ビクンと小さく跳ねた。同時に彼の手が服の上から私の胸を包み込む。
「っ……」
 優しく揉まれて、吐息に交じって思わず小さく声が出てしまった。もしかして、このまましてしまうの? 婚約して、トラブルも解決して、もうなんの問題もない。それに、やっぱり私は涼のことが大好きなの。今回のことでよくわかった。だから、このまま――。
 急に唇の感触が消え去り、胸に触れていた手も離れてしまった。ゆっくりと目を開けると、涼は私を組み伏せたまま思いとどまっているようだった。
「このまま俺のものにしたいけど……」
 緊張しながら次の言葉を待つ。
「お前を、男とヤリまくってる高校生にはしたくない。だから、長いけど卒業するまで待つよ」
 涼が体を起こした。私も起き上がる。やっぱり今のはただのキスではなかった。その先に続く行為を理解して急に恥ずかしくなった。
「そんなに、する?」
「一度したらきっと止まらない」
 照れてもう何も言えない。
「あいつらが想像してる関係とは真逆だな」
 涼が鼻を鳴らした。「あいつら」というのは取材にきた週刊誌の記者と、その記者に情報を流したあのプロデューサーだろう。私と涼のことを体だけの淫らな関係だけだと決めつけて、記事にしようとした。実際はこうして大事にしてくれてるのに、そんなことは考えもせずに。
 ドキドキが治まらない。あなたはどうしてそんなに余裕なの。こんなときでも落ち着いていて、あんなに激しいキスをしておきながら途中でやめることができる。もしかしていつものおふざけで、本当は最初からする気がなかったのではと思ってしまう。
「涼はこんなときでも余裕でずるい。私ばかりドキドキしてる」
「余裕じゃないよ」
 私の手を取り、涼の首筋に触れさせた。頸動脈が通る位置だ。指に彼の拍動が伝わってくる。
「な?」
 脈が速くなっていた。私は納得して頷いた。いつも平常心に見えるのは、外科医だからかもしれない。涼が取り乱してる姿なんて想像できない。大人で、どんなときも冷静で、頼りになる。そんなところが私は大好き。
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