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第1部
フェーズ2-6
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日曜日は涼が当直で会えなかった。記者がまたマンション前で張ってるだろうから都合がよかった。涼のところにはいまだに現れてないようだ。手術や急な対応などで帰る時間はいつもバラバラ、深夜になることも多い。なかなか捕まりにくいのかもしれない。それとも何か別の手を考えているのか。このままあきらめてくれるとは思えない。嵐の前の静けさのようで少し不気味だった。
一学期の最終日、終業式が終わって帰ろうとしているときだった。涼から着信があった。珍しい時間帯の着信に、嫌な予感がした。
「もしもし?」
「彩、悪いんだけど自宅の電話番号を教えてくれないか」
「何かあった?」
「例の記者がきた。記事の原稿を持って、院長室に」
一気に胸がざわつく。でも続きを話す涼の声は落ち着いている。
「大丈夫だ。婚約してることを話したら、そそくさと退散したよ。彩の両親に婚約が本当かどうか確かめるらしい。彩の家に行くはずだから、その前に俺から事情を説明しておきたい」
「今はパートの時間だから、家は留守だし携帯にも出られないと思う」
「あとでかけてみるか。彩もまだ帰らないほうがいい。今日、終業式だろ」
「どこかで時間つぶして、夕方に帰るよ」
途中から電話のやり取りを見守っていた愛音が、うんうんと頷く。
「愛音がいてくれるから、心配しないで」
「そうか。とにかくもう片づくはずだ。何も心配しなくていい」
忙しそうな涼からそれ以上聞くことはできなくて、自宅と母の電話番号を伝えて終話した。私は心配そうにしてくれている愛音に事情を説明し、一緒に教室をあとにした。
ファミリーレストランにランチにきた。大学はまだ試験期間中だ。今日は帰りの時間が合わないから、送迎はなしということになっていた。店に入る前に私からも母の携帯電話にかけてみたけれど、やっぱり出なかった。
「巻き込んでごめんね。まだ怪我が治り切ってない瀬谷さんまで」
さっきの涼の話だと一応解決したようなので、私は改めて愛音に詫びた。詳しいことは夜に電話して聞くつもりだ。
「気にしないで。ちょっと楽しかったからね」
そう言ってもらえると救われる。もう追われることも、怯える必要もないんだよね。一応、移動するときに周囲を警戒した。誰かにつけられている感じはなかった。
注文したランチセットが運ばれてきた。
「これで夏休みは先生と悠々過ごせるね。旅行でもしたら? また何かあったとしても、婚約してるんだから無敵じゃん?」
「旅行はちょっと難しいかな。涼は忙しいから」
フォークでサラダに手をつけながら答えた。
「デート中に病院から呼び出されるなんてこともあったりする?」
「うん、ある。デートといってもほとんどおうちデートだけど。最初の頃に出かける予定が急にダメになったことがあったから、家で過ごすことが多いんだ」
「付き合いたてでドタキャンなんて、最悪じゃん」
会うようになって間もない頃の、ゴールデンウィークのことだ。水族館に行く予定だった。初めての外でのデートに私はわくわくしていた。ところが当日の朝、私が自宅で出かける支度をしているところへ涼から電話がかかってきた。「行けなくなった」と。
「でも、出かける前でむしろよかった」
「怒った?」
「怒らないよ。仕事だから仕方ない。涼が忙しいのは、最初からわかってたし」
「そういうところ彩は大人だよねえ。だからうまくいってるのかもね」
大人かどうかはわからないけど、怒ることではないと思っている。医者は患者が第一だ。患者を放って私と一緒にいるような人だったら、それこそがっかりするだろう。
「帰ってきてから優しくしてくれるし」
愛音がハンバーグを口に運ぶ途中で固まった。
「優しくって……」
にやついている。勘違いをされているようだ。私は慌てて否定した。
「そういうことじゃなくて、おいしいご飯食べに連れていってくれたり、夜景を見に連れていってくれたり」
「なんだ、そっちか」
何を想像していたのか。呆れる私をよそに、愛音は懲りずに続けた。
「でも、あっちも優しいでしょ?」
「まだ、してない」
私は小声になって答えた。
「え、なんで? 婚約したんだし、とっくに済ませてるかと思った」
「きっと、私が高校生だから。今回の件もそれが原因だし」
初めて一緒にベッドで昼寝したとき、「まだ何もしない」って言ってたもの。でもあの頃と今とでは状況が違う。今は婚約している。両親に婚約を許してもらえた日に襲われそうになったけど、冗談だったのかあれからは何もない。そもそも、麗子さんとのキス事件と今回のことで、最近はそれどころではない。
「大事にされてるんだ。彩とそういう話もできると思ったんだけどなあ」
「何か悩んでるの?」
「そういうわけじゃないけど。ほら、情報交換をね。話せるのは彩くらいだから」
確かに、そんなこと親友相手でなければ話せない。でもごめんね。わからないことだらけで、何を話したらいいかさえ今はわからない。
「先生って、うまそうだよね」
唐突に変なことを言う。私は飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。
「医学的に気持ちよくなるテクニックとか知ってそう」
愛音はうっとりした表情を浮かべている。
「昼間のファミレスでする話じゃないから!」
思わず周囲の視線が気になって見まわした。幸い、ランチタイムの店内はざわついていて私たちの会話に耳を傾けてそうなお客さんはいなかった。
テクニックなんて全然知らない。初めてだから誰かと比べようもない。涼とそうなったとしても、上手かどうかなんて私にはわからない。でもあのキスの感じだと経験は豊富そう。私は複雑な思いがした。
一学期の最終日、終業式が終わって帰ろうとしているときだった。涼から着信があった。珍しい時間帯の着信に、嫌な予感がした。
「もしもし?」
「彩、悪いんだけど自宅の電話番号を教えてくれないか」
「何かあった?」
「例の記者がきた。記事の原稿を持って、院長室に」
一気に胸がざわつく。でも続きを話す涼の声は落ち着いている。
「大丈夫だ。婚約してることを話したら、そそくさと退散したよ。彩の両親に婚約が本当かどうか確かめるらしい。彩の家に行くはずだから、その前に俺から事情を説明しておきたい」
「今はパートの時間だから、家は留守だし携帯にも出られないと思う」
「あとでかけてみるか。彩もまだ帰らないほうがいい。今日、終業式だろ」
「どこかで時間つぶして、夕方に帰るよ」
途中から電話のやり取りを見守っていた愛音が、うんうんと頷く。
「愛音がいてくれるから、心配しないで」
「そうか。とにかくもう片づくはずだ。何も心配しなくていい」
忙しそうな涼からそれ以上聞くことはできなくて、自宅と母の電話番号を伝えて終話した。私は心配そうにしてくれている愛音に事情を説明し、一緒に教室をあとにした。
ファミリーレストランにランチにきた。大学はまだ試験期間中だ。今日は帰りの時間が合わないから、送迎はなしということになっていた。店に入る前に私からも母の携帯電話にかけてみたけれど、やっぱり出なかった。
「巻き込んでごめんね。まだ怪我が治り切ってない瀬谷さんまで」
さっきの涼の話だと一応解決したようなので、私は改めて愛音に詫びた。詳しいことは夜に電話して聞くつもりだ。
「気にしないで。ちょっと楽しかったからね」
そう言ってもらえると救われる。もう追われることも、怯える必要もないんだよね。一応、移動するときに周囲を警戒した。誰かにつけられている感じはなかった。
注文したランチセットが運ばれてきた。
「これで夏休みは先生と悠々過ごせるね。旅行でもしたら? また何かあったとしても、婚約してるんだから無敵じゃん?」
「旅行はちょっと難しいかな。涼は忙しいから」
フォークでサラダに手をつけながら答えた。
「デート中に病院から呼び出されるなんてこともあったりする?」
「うん、ある。デートといってもほとんどおうちデートだけど。最初の頃に出かける予定が急にダメになったことがあったから、家で過ごすことが多いんだ」
「付き合いたてでドタキャンなんて、最悪じゃん」
会うようになって間もない頃の、ゴールデンウィークのことだ。水族館に行く予定だった。初めての外でのデートに私はわくわくしていた。ところが当日の朝、私が自宅で出かける支度をしているところへ涼から電話がかかってきた。「行けなくなった」と。
「でも、出かける前でむしろよかった」
「怒った?」
「怒らないよ。仕事だから仕方ない。涼が忙しいのは、最初からわかってたし」
「そういうところ彩は大人だよねえ。だからうまくいってるのかもね」
大人かどうかはわからないけど、怒ることではないと思っている。医者は患者が第一だ。患者を放って私と一緒にいるような人だったら、それこそがっかりするだろう。
「帰ってきてから優しくしてくれるし」
愛音がハンバーグを口に運ぶ途中で固まった。
「優しくって……」
にやついている。勘違いをされているようだ。私は慌てて否定した。
「そういうことじゃなくて、おいしいご飯食べに連れていってくれたり、夜景を見に連れていってくれたり」
「なんだ、そっちか」
何を想像していたのか。呆れる私をよそに、愛音は懲りずに続けた。
「でも、あっちも優しいでしょ?」
「まだ、してない」
私は小声になって答えた。
「え、なんで? 婚約したんだし、とっくに済ませてるかと思った」
「きっと、私が高校生だから。今回の件もそれが原因だし」
初めて一緒にベッドで昼寝したとき、「まだ何もしない」って言ってたもの。でもあの頃と今とでは状況が違う。今は婚約している。両親に婚約を許してもらえた日に襲われそうになったけど、冗談だったのかあれからは何もない。そもそも、麗子さんとのキス事件と今回のことで、最近はそれどころではない。
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「何か悩んでるの?」
「そういうわけじゃないけど。ほら、情報交換をね。話せるのは彩くらいだから」
確かに、そんなこと親友相手でなければ話せない。でもごめんね。わからないことだらけで、何を話したらいいかさえ今はわからない。
「先生って、うまそうだよね」
唐突に変なことを言う。私は飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。
「医学的に気持ちよくなるテクニックとか知ってそう」
愛音はうっとりした表情を浮かべている。
「昼間のファミレスでする話じゃないから!」
思わず周囲の視線が気になって見まわした。幸い、ランチタイムの店内はざわついていて私たちの会話に耳を傾けてそうなお客さんはいなかった。
テクニックなんて全然知らない。初めてだから誰かと比べようもない。涼とそうなったとしても、上手かどうかなんて私にはわからない。でもあのキスの感じだと経験は豊富そう。私は複雑な思いがした。
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