上 下
25 / 136
第1部

フェーズ2-6

しおりを挟む
 日曜日は涼が当直で会えなかった。記者がまたマンション前で張ってるだろうから都合がよかった。涼のところにはいまだに現れてないようだ。手術や急な対応などで帰る時間はいつもバラバラ、深夜になることも多い。なかなか捕まりにくいのかもしれない。それとも何か別の手を考えているのか。このままあきらめてくれるとは思えない。嵐の前の静けさのようで少し不気味だった。
 一学期の最終日、終業式が終わって帰ろうとしているときだった。涼から着信があった。珍しい時間帯の着信に、嫌な予感がした。
「もしもし?」
「彩、悪いんだけど自宅の電話番号を教えてくれないか」
「何かあった?」
「例の記者がきた。記事の原稿を持って、院長室に」
 一気に胸がざわつく。でも続きを話す涼の声は落ち着いている。
「大丈夫だ。婚約してることを話したら、そそくさと退散したよ。彩の両親に婚約が本当かどうか確かめるらしい。彩の家に行くはずだから、その前に俺から事情を説明しておきたい」
「今はパートの時間だから、家は留守だし携帯にも出られないと思う」
「あとでかけてみるか。彩もまだ帰らないほうがいい。今日、終業式だろ」
「どこかで時間つぶして、夕方に帰るよ」
 途中から電話のやり取りを見守っていた愛音が、うんうんと頷く。
「愛音がいてくれるから、心配しないで」
「そうか。とにかくもう片づくはずだ。何も心配しなくていい」
 忙しそうな涼からそれ以上聞くことはできなくて、自宅と母の電話番号を伝えて終話した。私は心配そうにしてくれている愛音に事情を説明し、一緒に教室をあとにした。

 ファミリーレストランにランチにきた。大学はまだ試験期間中だ。今日は帰りの時間が合わないから、送迎はなしということになっていた。店に入る前に私からも母の携帯電話にかけてみたけれど、やっぱり出なかった。
「巻き込んでごめんね。まだ怪我が治り切ってない瀬谷さんまで」
 さっきの涼の話だと一応解決したようなので、私は改めて愛音に詫びた。詳しいことは夜に電話して聞くつもりだ。
「気にしないで。ちょっと楽しかったからね」
 そう言ってもらえると救われる。もう追われることも、怯える必要もないんだよね。一応、移動するときに周囲を警戒した。誰かにつけられている感じはなかった。
 注文したランチセットが運ばれてきた。
「これで夏休みは先生と悠々過ごせるね。旅行でもしたら? また何かあったとしても、婚約してるんだから無敵じゃん?」
「旅行はちょっと難しいかな。涼は忙しいから」
 フォークでサラダに手をつけながら答えた。
「デート中に病院から呼び出されるなんてこともあったりする?」
「うん、ある。デートといってもほとんどおうちデートだけど。最初の頃に出かける予定が急にダメになったことがあったから、家で過ごすことが多いんだ」
「付き合いたてでドタキャンなんて、最悪じゃん」
 会うようになって間もない頃の、ゴールデンウィークのことだ。水族館に行く予定だった。初めての外でのデートに私はわくわくしていた。ところが当日の朝、私が自宅で出かける支度をしているところへ涼から電話がかかってきた。「行けなくなった」と。
「でも、出かける前でむしろよかった」
「怒った?」
「怒らないよ。仕事だから仕方ない。涼が忙しいのは、最初からわかってたし」
「そういうところ彩は大人だよねえ。だからうまくいってるのかもね」
 大人かどうかはわからないけど、怒ることではないと思っている。医者は患者が第一だ。患者を放って私と一緒にいるような人だったら、それこそがっかりするだろう。
「帰ってきてから優しくしてくれるし」
 愛音がハンバーグを口に運ぶ途中で固まった。
「優しくって……」
 にやついている。勘違いをされているようだ。私は慌てて否定した。
「そういうことじゃなくて、おいしいご飯食べに連れていってくれたり、夜景を見に連れていってくれたり」
「なんだ、そっちか」
 何を想像していたのか。呆れる私をよそに、愛音は懲りずに続けた。
「でも、あっちも優しいでしょ?」
「まだ、してない」
 私は小声になって答えた。
「え、なんで? 婚約したんだし、とっくに済ませてるかと思った」
「きっと、私が高校生だから。今回の件もそれが原因だし」
 初めて一緒にベッドで昼寝したとき、「まだ何もしない」って言ってたもの。でもあの頃と今とでは状況が違う。今は婚約している。両親に婚約を許してもらえた日に襲われそうになったけど、冗談だったのかあれからは何もない。そもそも、麗子さんとのキス事件と今回のことで、最近はそれどころではない。
「大事にされてるんだ。彩とそういう話もできると思ったんだけどなあ」
「何か悩んでるの?」
「そういうわけじゃないけど。ほら、情報交換をね。話せるのは彩くらいだから」
 確かに、そんなこと親友相手でなければ話せない。でもごめんね。わからないことだらけで、何を話したらいいかさえ今はわからない。
「先生って、うまそうだよね」
 唐突に変なことを言う。私は飲んでいたドリンクを吹き出しそうになった。
「医学的に気持ちよくなるテクニックとか知ってそう」
 愛音はうっとりした表情を浮かべている。
「昼間のファミレスでする話じゃないから!」
 思わず周囲の視線が気になって見まわした。幸い、ランチタイムの店内はざわついていて私たちの会話に耳を傾けてそうなお客さんはいなかった。
 テクニックなんて全然知らない。初めてだから誰かと比べようもない。涼とそうなったとしても、上手かどうかなんて私にはわからない。でもあのキスの感じだと経験は豊富そう。私は複雑な思いがした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

好きすぎて、壊れるまで抱きたい。

すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。 「はぁ・・はぁ・・・」 「ちょっと待ってろよ?」 息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。 「どこいった?」 また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。 「幽霊だったりして・・・。」 そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。 だめだと思っていても・・・想いは加速していく。 俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。 ※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。 ※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。 ※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。 いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。

お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。

すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!? 「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」 (こんなの・・・初めてっ・・!) ぐずぐずに溶かされる夜。 焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。 「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」 「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」 何度登りつめても終わらない。 終わるのは・・・私が気を失う時だった。 ーーーーーーーーーー 「・・・赤ちゃん・・?」 「堕ろすよな?」 「私は産みたい。」 「医者として許可はできない・・!」 食い違う想い。    「でも・・・」 ※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。 ※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 それでは、お楽しみください。 【初回完結日2020.05.25】 【修正開始2023.05.08】

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

処理中です...