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第1部
フェーズ2-5
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翌日から私には正木さんの護衛がついた。朝から家にバイクで迎えにきてくれて、後ろに乗せてもらって登校した。下校時には、正木さんに加えて先日退院した瀬谷さんまでもが門の外で待っていた。私の友人という理由で愛音も狙われるかもしれないからと。瀬谷さんはまだリハビリ中なのに、私のせいでみんなを巻き込んでしまっている。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
帰宅した私は、キッチンで晩ご飯の支度をしている母に訊ねた。
「私が最初に涼を連れてきたとき、どう思った?」
「どうって、そりゃあ驚いたわよ」
「神河先生だったから?」
「そうよー。会ってほしい人がいるって言うから、お付き合いしてる人を紹介してくれるんだとは思ったけど、まさかあの神河先生だとは夢にも思わないじゃない。あのときは驚いたわあ。最初は一瞬、神河先生のそっくりさんかと思ったわよ。でもあんないい男、そうはいないだろうし、診察室や病室で見た顔と同じだったからね」
白衣姿しか見たことのない涼の私服姿は新鮮だろう。私も最初はそうだった。
「似合わないとか、不つり合いとかは?」
「なあに、歳の差のこと気にしてるの? 十二歳差でしょう? それくらい、歳を取れば気にならなくなるわよ」
ということは、今は多少は不つり合いということかな。
「相手が涼じゃなかったら、絶対反対だったでしょ?」
「そりゃそうよ。高校生の男の子を連れてきて『結婚したい』なんて言われても、許せるはずないでしょう。神河先生だから、お父さんもお母さんも安心して彩を任せられると思ったのよ。最初の診察のときからずっと、信頼できるいいお医者様だったからね」
両親の涼に対する信頼は絶大だ。
「どうしたの。マリッジブルー?」
浮かない顔をしている私に、母が訊ねた。
「そうじゃなくて、私、未成年だからやっぱりまずいのかな、って。そのせいで涼に迷惑をかけるかも」
「遊びだったらまずいでしょうね。先生はそんなことないでしょう? 彩との結婚を許してほしい、って先生が頭を下げたとき、すごく真剣に見えたわよ」
涼も前に言ってたっけ。「悪いことはしてないんだから、堂々としていればいい」って。
「またご飯食べにきてもらいなさい。お忙しいでしょうから、なかなか難しいでしょうけど」
「うん」
家族は私と涼のことを、温かい目で見守ってくれている。それが私には救いだ。
護衛は何日続くんだろう。もうすぐ夏休みだ。夏休みに入ってしまえばみんなに迷惑をかけることはない。早く、早くきて夏休み。
「そっちは問題ない?」
帰りがけに愛音に訊ねた。どこかで記者の目が光ってるかと思うと、外で愛音と親しげにするのも気が引ける。もう遅いだろうけど、愛音と瀬谷さんをこれ以上巻き込みたくない。正木さんも、ごめんなさい。
「うん、平気。もうあきらめたんじゃん?」
そうだろうか。逆に、もう証拠が集まってあとは記事にするだけの段階かもしれない。やっぱり黙ってないで何か弁解するべきだったかな。怖いけど、公園でもらった名刺の連絡先に連絡してみようか。「全部誤解なんです」って。信じてもらえるかはわからないけど。
「それより彩のほうこそ、正木さんと二人きりで大丈夫? 襲われたりしてない?」
「大丈夫だよ。正木さんはそんな人じゃ……」
言いかけて、やめた。そういえばキスされそうになったんだった。それもあの公園で。すっかり忘れていた。一応、唇だけは守っておこうか。警戒しつつも甘えてるなんて、最低だ、私。今は、正木さんがいてくれないと怖くて外を歩けない。
今日も正木さんがバイクで家まで送ってくれる。学校から家に向かう途中、誘われてカフェに入った。
「俺と付き合えばあんなのにつきまとわれることはないし、こうやって学生らしく放課後デートもできるのに」
こうやって、と言われても、これはデートではない。頬杖をつく正木さんが続ける。
「せっかくだから、付き合ってるふりしちゃう? そうすればあのオッサンもあきらめるかもよ」
「そういう問題じゃないです。私がマンションに出入りするところを撮られてしまっているので」
「ああ……」
正木さんは急に落ち込んだようになって、アイスコーヒーの氷をストローでかき混ぜ始めた。
「マンション……そりゃあ行くよな。付き合ってんだから。ってか婚約してんだもんな」
いじけたようにぼそぼそと呟く。申し訳ないことを言ってしまった。
「ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ。わかってたことだし」
また傷つけてしまった。私は心の中で何度も正木さんに謝った。
「私、記者さんに連絡して説明したほうがいいでしょうか」
どうしたらいいかわからなくなっている私は、正木さんに相談してみる。
「ダメダメ! 余計なことはしないほうがいいよ。どうせああいう連中は、あることないこと書くに決まってるんだから」
あることないこと書かれるのを、黙って待ってるしかないのかな。
「先生がなんとかしてくれるって。あっちにも何かしら確認するだろうしさ。こういうのはどう見たって大人のほうが悪い……」
と、言いかけた正木さんが慌てて口をつぐんだ。
「ごめん、失言だった。そういうのじゃないもんな。ちゃんと好き合って、婚約までしてるんだもんな」
気まずい空気が流れる。私は話題を変えた。
「あの、大学の授業とかバイトとかはいいんですか?」
「ああ、今は試験期間中で早く終わんの。試験だからもともとバイトも入れてなかったし」
「試験!?」
私の護衛なんてしている場合ではないのでは。
「全然へーき。ヨユー、ヨユー」
ピースサインを見せられた。ものすごく怪しい。本当に大丈夫なのだろうか。愛音の彼氏の瀬谷さんもだ。どうしよう。本当にすごく迷惑をかけてしまっている。
「すみません。大事な時期に迷惑かけて」
改まって頭を下げる。
「いいんだって。それに彩ちゃんは悪くないんだから。あんな、人のプライベートを嗅ぎまわって金稼いでる連中が悪い」
見た目は軽い人っぽいけど、正木さんの言葉には救われる。こんなに優しくしてもらってるのに、私は彼の気持ちに応えることはできない。胸がちくりと痛んだ。
帰宅した私は、キッチンで晩ご飯の支度をしている母に訊ねた。
「私が最初に涼を連れてきたとき、どう思った?」
「どうって、そりゃあ驚いたわよ」
「神河先生だったから?」
「そうよー。会ってほしい人がいるって言うから、お付き合いしてる人を紹介してくれるんだとは思ったけど、まさかあの神河先生だとは夢にも思わないじゃない。あのときは驚いたわあ。最初は一瞬、神河先生のそっくりさんかと思ったわよ。でもあんないい男、そうはいないだろうし、診察室や病室で見た顔と同じだったからね」
白衣姿しか見たことのない涼の私服姿は新鮮だろう。私も最初はそうだった。
「似合わないとか、不つり合いとかは?」
「なあに、歳の差のこと気にしてるの? 十二歳差でしょう? それくらい、歳を取れば気にならなくなるわよ」
ということは、今は多少は不つり合いということかな。
「相手が涼じゃなかったら、絶対反対だったでしょ?」
「そりゃそうよ。高校生の男の子を連れてきて『結婚したい』なんて言われても、許せるはずないでしょう。神河先生だから、お父さんもお母さんも安心して彩を任せられると思ったのよ。最初の診察のときからずっと、信頼できるいいお医者様だったからね」
両親の涼に対する信頼は絶大だ。
「どうしたの。マリッジブルー?」
浮かない顔をしている私に、母が訊ねた。
「そうじゃなくて、私、未成年だからやっぱりまずいのかな、って。そのせいで涼に迷惑をかけるかも」
「遊びだったらまずいでしょうね。先生はそんなことないでしょう? 彩との結婚を許してほしい、って先生が頭を下げたとき、すごく真剣に見えたわよ」
涼も前に言ってたっけ。「悪いことはしてないんだから、堂々としていればいい」って。
「またご飯食べにきてもらいなさい。お忙しいでしょうから、なかなか難しいでしょうけど」
「うん」
家族は私と涼のことを、温かい目で見守ってくれている。それが私には救いだ。
護衛は何日続くんだろう。もうすぐ夏休みだ。夏休みに入ってしまえばみんなに迷惑をかけることはない。早く、早くきて夏休み。
「そっちは問題ない?」
帰りがけに愛音に訊ねた。どこかで記者の目が光ってるかと思うと、外で愛音と親しげにするのも気が引ける。もう遅いだろうけど、愛音と瀬谷さんをこれ以上巻き込みたくない。正木さんも、ごめんなさい。
「うん、平気。もうあきらめたんじゃん?」
そうだろうか。逆に、もう証拠が集まってあとは記事にするだけの段階かもしれない。やっぱり黙ってないで何か弁解するべきだったかな。怖いけど、公園でもらった名刺の連絡先に連絡してみようか。「全部誤解なんです」って。信じてもらえるかはわからないけど。
「それより彩のほうこそ、正木さんと二人きりで大丈夫? 襲われたりしてない?」
「大丈夫だよ。正木さんはそんな人じゃ……」
言いかけて、やめた。そういえばキスされそうになったんだった。それもあの公園で。すっかり忘れていた。一応、唇だけは守っておこうか。警戒しつつも甘えてるなんて、最低だ、私。今は、正木さんがいてくれないと怖くて外を歩けない。
今日も正木さんがバイクで家まで送ってくれる。学校から家に向かう途中、誘われてカフェに入った。
「俺と付き合えばあんなのにつきまとわれることはないし、こうやって学生らしく放課後デートもできるのに」
こうやって、と言われても、これはデートではない。頬杖をつく正木さんが続ける。
「せっかくだから、付き合ってるふりしちゃう? そうすればあのオッサンもあきらめるかもよ」
「そういう問題じゃないです。私がマンションに出入りするところを撮られてしまっているので」
「ああ……」
正木さんは急に落ち込んだようになって、アイスコーヒーの氷をストローでかき混ぜ始めた。
「マンション……そりゃあ行くよな。付き合ってんだから。ってか婚約してんだもんな」
いじけたようにぼそぼそと呟く。申し訳ないことを言ってしまった。
「ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ。わかってたことだし」
また傷つけてしまった。私は心の中で何度も正木さんに謝った。
「私、記者さんに連絡して説明したほうがいいでしょうか」
どうしたらいいかわからなくなっている私は、正木さんに相談してみる。
「ダメダメ! 余計なことはしないほうがいいよ。どうせああいう連中は、あることないこと書くに決まってるんだから」
あることないこと書かれるのを、黙って待ってるしかないのかな。
「先生がなんとかしてくれるって。あっちにも何かしら確認するだろうしさ。こういうのはどう見たって大人のほうが悪い……」
と、言いかけた正木さんが慌てて口をつぐんだ。
「ごめん、失言だった。そういうのじゃないもんな。ちゃんと好き合って、婚約までしてるんだもんな」
気まずい空気が流れる。私は話題を変えた。
「あの、大学の授業とかバイトとかはいいんですか?」
「ああ、今は試験期間中で早く終わんの。試験だからもともとバイトも入れてなかったし」
「試験!?」
私の護衛なんてしている場合ではないのでは。
「全然へーき。ヨユー、ヨユー」
ピースサインを見せられた。ものすごく怪しい。本当に大丈夫なのだろうか。愛音の彼氏の瀬谷さんもだ。どうしよう。本当にすごく迷惑をかけてしまっている。
「すみません。大事な時期に迷惑かけて」
改まって頭を下げる。
「いいんだって。それに彩ちゃんは悪くないんだから。あんな、人のプライベートを嗅ぎまわって金稼いでる連中が悪い」
見た目は軽い人っぽいけど、正木さんの言葉には救われる。こんなに優しくしてもらってるのに、私は彼の気持ちに応えることはできない。胸がちくりと痛んだ。
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