ドクターダーリン【完結】

桃華れい

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第1部

フェーズ2-3

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 瀬谷さんが退院したから、今日は愛音と一緒に下校する。昨日のことは昼休みに愛音に打ち明けた。キスのことも、麗子さん、つまり涼の元恋人が、一緒に働いていることも気の毒に思ってくれた。私の気持ちは、ずっと晴れない。今こうしている瞬間も、涼と麗子さんは病院で親しげに話しているかもしれない。
「本当にキスだけだったと思う?」
 昇降口で靴を履き替えながら、愛音に問いかける。
「先生はギラギラしてないから本当なんじゃない? 頭の中がそういうことでいっぱいの高校生だったら、ちょっと信じられないけど」
「瀬谷さんだったら?」
 愛音は少し考えてから答えた。
「あやしいかもなあ」
「ほらー」
 大学生の瀬谷さんも、私から見たら落ち着いているように見える。正木さんは、そうでもないけど。
「大学生といってもうちらと一コしか変わらないんだから、高校生寄りだよ。先生はもっと大人で、落ち着いてるでしょ」
 落ち着いているからこそ、そういうことをするのは涼にとってたいしたことではないかもしれない。キスだって手が触れたようなものだと言ってるのだから、その延長で一緒に食事をするような感覚だったりして。しかも相手は元恋人だ。すでに越えたことのあるはずの一線を、再び越えるのはたやすいことのように思える。
「婚約したばかりなんだし、彩を悲しませるようなことはしないと思うよ?」
「だったらなおさら、必死に隠そうとするんじゃないの」
「それもそうか」
 あっさり納得されてしまった。涼が私に隠し事をしたり嘘をつくなんて、考えたくない。どうしたらこの気持ちはすっきりするんだろう。
 正門までくると、愛音が立ち止まった。
「じゃあ、シンプルに、彩は先生がそんなことすると思う?」
 つまり、私が涼を信じてるか信じてないかだ。もちろん、信じたい。
「しないと思いたいけど、その日はお酒飲んでたみたいだから……」
 愛音が頭を抱える。
「酒かあ。先生ってお酒弱いほう?」
「わかんない。一緒にいるときは飲まないから」
 婚約を祝ってもらう席で、主役だから飲んだんだろう。普段から呼び出しに備えて気をつけている涼のことだから、泥酔するまでは飲んでないはずだ。酔った勢いで、なんてことはないと思いたい。お酒の匂いは少し残っていたものの、記憶ははっきりしているようだった。
「とりあえず信じてあげたら」
 正門を出たところで電車通学の愛音と別れた。駅はバス停の反対方向だ。私は一人で公園の先のバス停に向かって歩く。
 キスしかしていないと誓ってたしな。お酒の影響もなさそうだし、信じてもいいのかな。
 公園を通り過ぎようとして、中から出てきた男性に声をかけられた。
「ちょっと、すみません。お話をうかがいたいのですが」
 真っ先に目に入ったのは、首に下げられたカメラだ。目深にキャップを被り、肩からは大きめのショルダーバッグを掛けている。いかにも不審者だ。無視しようとしたが、そうしなかったのは彼が私をフルネームで呼んだからだ。
「伊吹彩さん、ですよね。自分はこういう者なんだけど」
 誘導されて公園内に入り、有名な写真週刊誌のロゴが入った名刺を差し出された。
「週刊誌の記者さんが私に何か」
 彼はショルダーバッグの中に手を突っ込んで、写真を取り出した。見せられたものに目を見張る。写っているのは、ひまわりの小振りな花束を手にして涼のマンションに入っていく私だ。
「臨海総合病院の神河涼先生のことは知ってるよね? 先生とはどういう関係なの?」
 とたんに胸がざわついた。どうして私と涼のことを知ってるの? しかも週刊誌の人が。激しい動悸がこみ上げてくる。
「これ、あなただよね? 場所は神河先生の自宅マンション」
 別の写真を見せられた。今度は同じ日の帰りだ。涼の車で家に送ってもらうため、マンションの地下駐車場から出てきたところを正面から撮影されている。
「先生とはいつから? 君が先生の患者というのは本当? きっかけは何だったのかな?」
 早口でまくし立てられて恐怖を覚える。私が涼の患者であることまで知ってるんだ。何て答えれば正解なんだろう。マンションに出入りする様子をはっきり撮られていて、言い逃れなんてできるのだろうか。変に答えたら余計に状況を悪くしてしまいそう。
「彩ちゃん? どうしたの?」
 声をかけられて振り向いた。公園の入口から正木さんが駆け寄ってきた。すかさず記者が正木さんに興味を示す。
「彼氏? こっちが本命? 先生のほうにも別の女性がいることは知ってる?」
 さっきとはまったく違う写真を見せられた。今度は後ろ姿で、たぶん涼と麗子さんだ。周囲が暗いから場所ははっきりしないけど、涼のマンションとは別のマンションのエントランスのように見える。涼が麗子さんの肩を抱いて中に入っていくところだ。
「あなたと会うところを張っていたら、彼はいきなりこの女性と会っていた。お互いに本命は別にいて、遊びってことなのかな」
「何なんだよ、これ。オッサン、彼女が怖がってるからやめろって。彩ちゃん、行こう」
 怯える私の肩を抱き、正木さんがその場から連れ去ってくれた。背後で記者が舌打ちするのが聞こえた。
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