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第1部

フェーズ1-13

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 きらきらと輝く指輪が、ショーケースの中に並んでいる。値段を見て私は絶句していた。婚約指輪ってこんなにするの? 数万円か高くても十万円くらいだと思っていた。そんな値段で買えるものはひとつたりともない。中には桁が違うものもある。
「そのダイヤが並んでるのはどう?」
 固まっている私に事も無げに涼が勧めたのは、並んでいる中でも高価格の部類に入る指輪だった。涼の月収がいくらなのか知らないけれど、確実に一カ月分よりは高いはずだ。
 どうしてそんなリング部分にまで小さなダイヤが並んでるものを選んでるの。中央に一粒あればあればいい。それも小さな一粒でいい。
「それとも、もっとシンプルなデザインにして石のサイズを上げるか」
 私の考えとは真逆の、とんでもないことを言い出す。
「ちょっと、すぐには決められないかな。どれも素敵だから迷っちゃう」
 引きつった笑顔で棒読みになって言った。にこやかに見守ってくれている店員を目の前にして、「高すぎる」とは口に出せない。
「よろしければ、ご試着できますよ」
 すっかり恐縮している私の代わりに、涼が先ほど勧めてくれた指輪の試着を店員に頼んだ。準備してくれている間、私はあたりを見回す。
 ダイヤがないタイプのものならどうだろう。隣のショーケースに、なんの宝石もついていないシンプルな指輪を見つけた。でもそれらはすべてペアリングで、添えられたプレートには「Marriage Ring」と表記されている。
「こっちのは?」
 スーツのジャケットを脱いでワイシャツ姿の涼の袖を引っ張る。
「それは結婚指輪。そっちは来年な」
 マリッジリングとエンゲージリングの違いは私もわかってる。結婚するんだから、結婚指輪でいいんじゃないの。どうして結婚前に贈る婚約指輪のほうがはるかに高いの。婚約指輪は結婚したらつけなくなってしまうかもしれないのに。だから「こっちも見て」の意味で隣の結婚指輪のケースに気を引かせてみたのだけど、全然見てくれない。
 黒い手袋をはめた店員が、豪華で高価な指輪を出してくれた。恐る恐る指にはめながらふと思った。サイズが合っている。指輪を買うのが初めてで、私自身も知らない指輪のサイズを、なぜこの店員はわかったのだろう。私の指を見ただけでだいたいのサイズがわかったのか。接客のプロだ。なんて感心している場合ではない。
「いいんじゃん、それで。似合ってるよ」
 簡単に言ってくれる。ぶら下がった値札に並ぶゼロの数を見て、あらためて怯む。この人はちゃんとこれを見ているのか。
 世の男性たちは女性に結婚を申し込むために、みんなこれを買ってるの? ドラマや映画では、いきなり指輪を差し出してプロポーズするシーンがある。何十万円もする指輪を用意して、受け取ってもらえなかったらどうするんだろう。実際にそんなことをする人はいるのだろうか。ドラマはやっぱりフィクションなんだと思った。
 いくつか試着をさせてもらい、サイズをきちんと計測してもらい、カタログをもらって店を出た。外に出ると急に呼吸が楽になった気がした。私には場違いすぎて、がちがちに緊張してしまっていたのだ。

 マンションに帰ってくるなり、私はすぐに異議を唱えた。
「あんなに高いのじゃなくていい!」
 高校生が身につけられる代物ではない。もちろん、学校に指輪をつけていくつもりはないけれど、あんなとんでもない値段の指輪をもらってしまったら、一生金庫で保管しておきたくなる。ところが涼は平然とした顔で、
「未成年に手を出すんだからそこはちゃんとする」
 と答えた。
「でも、いくらなんでも……。婚約中にもし気が変わったらどうするの」
 着替えるために寝室に入ろうとしていた涼が足を止めた。
「変わりそう?」
「私じゃなくて、涼が」
「俺? ないない」
 鼻で笑われた。なぜそう言い切れる。
 ジャケットとネクタイを寝室のベッドの上に放り投げ、シャツのボタンを外している。寝室で着替えると思いきや、涼はリビングに戻ってきた。暑いからまずはシャワーかなと思っていたら、ソファに座ってカタログを広げ始めた私を押し倒した。
 突然のことに目をぱちくりさせる私を、涼が楽しそうに見つめている。ボタンを外したシャツがはだけ、胸元が覗いて見える。
「婚約を許してもらえたことだし、しようか」
「な、ななな何を?」
 わかってるけど返事に困って思わず訊き返してしまった。
「愛を確かめ合う行為」
 それはつまりというか、やっぱり、そういうことだ。はっきりとわかって取り乱してしまう。私だってタイミング的にそろそろかな、なんてちょっと予感はしていた。でも今はまず指輪の話を……。なのに涼はおかまいなしにゆっくりと顔を近づけてくる。私はぎゅっと目を閉じた。
「ああ、でも……」
 キスする直前に、涼が顔を離して言った。
「さっき彩のお父さんに、『大事にする』って言っちまったんだよな」
 そういえばそんなこと言ってましたね。
「さすがにその日にするのはまずいか。まあ、いつでもできるし、楽しみはとっておいたほうがいいしな」
 独り言のように言って納得し、起き上がってソファから離れた。
「汗かいたからシャワー浴びてくる。指輪のことはゆっくり考えよう」
「う、うん」
 涼は寝室に入って着替えを取ると、バスルームに行った。ほどなくして勢いのいい水音が聞こえてきた。私の心臓の鼓動はずっと速く打ちっぱなしだった。きっと顔も真っ赤だろう。押し倒されてしまった。そして、はだけた胸元、「愛を確かめ合う行為」、「楽しみ」、とどめに「いつでもできる」ときた。どれも私には刺激的すぎた。これが涼の言う誘惑なのか。心臓がもたない。

 車で送ってもらって家に帰ってきた。そくざに母と妹がリビングから出てきて、芸能リポーターのごとく突撃された。
「もっと詳しく説明しなさい?」
「え?」
「あれだけじゃよくわかんないよ。神河先生だよ? いつ何がどうなってそうなったわけ?」
「お母さん、メールでお父さんに報告することになってるの」
 母は携帯電話を握りしめている。父はすでに単身先に戻り、家にはいない。
「まず着替えてくるから、そのあとでね」
 二人を一旦なだめ、部屋に戻って着替えた。
 リビングに入るとソファに座らされた。両隣を母と妹に囲まれていて逃げられない。
「あら? 指輪、買ってもらったんじゃないの?」
「すぐには決められなくて」
 その場で決めたとしても、発注して手元に届くのは数週間から一カ月後だ。自分も持ってるのだから知ってるでしょうに。
「それよりもまさか彩にそんな一面があったなんて。あの先生を相手に自分からなんてねえ」
「お姉ちゃんはいつから先生のこと好きだったの? もしかして最初から? 一目惚れ?」
 涼と初対面したときの私は、これからどんな診断がくだされるのだろうと気が気でなくて、あの端正な顔立ちは目に入っていなかった。だから一目惚れではない。彼を意識したのはもう少しあとのことだ。
 私はため息をつき、仕方なく話し始めた。
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