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第1部

フェーズ1-4

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 うちの高校には学食も購買もあるけれど、私と愛音はいつもお弁当を持参している。学食組と違い、弁当組はその日の気分で好きな場所に移動して食べられるのが利点だ。パンを求めて購買の行列に並ぶ必要もない。
 今日はいい天気なので、私たちは中庭に出た。木を囲ったベンチでお弁当を広げる。私は愛音に、昨日正木さんと偶然会って食事に誘われたことを話した。
「見た目を裏切らない軽さね」
 引き気味に愛音がコメントした。
「学園祭のときも、彼氏いるか訊かれたの」
「いるって答えたんでしょ?」
「年上とだけ」
「あんまり詳しくは話せないもんね」
 事情をわかってくれている友だちがいるのは心強い。
「気にしなくていいんじゃない? きっと誰にでも声かけてるよ」
「そうだといいんだけど」
 また正木さんに会ってしまったら困るな。
「ああ、そうか。昨日は先生と会えなかったんだっけ」
「うん。学会があって」
「学会って、よくあるの?」
「年に何回かあるみたい。今回のは特に大きな学会なんだって」
「日曜日しか会えないのに、寂しいよねえ。しかも付き合い始めたばかりなのに。甘えられるときにはちゃんと甘えてる? 彩はそういうの我慢しそうなタイプだから」
 図星だった。甘えるのは苦手だ。だって甘え方がわからない。
「甘えるって、どうしたら?」
「素直に『会えなくて寂しかった』って、くっつけばいーの」
 私から、くっつく。まだなんとなくぎこちなくて、自分からそういうことをするのは勇気がいる。触れてくるのはいつも涼からだ。でも私だってあの人に触れていいんだ。
 それにしてもこの二週間、涼には会えてないのに正木さんとは二回も会ってしまった。学生同士で付き合っていればきっと毎日会うことも可能なんだろう。愛音たちのように。うらやましい。今はとにかく、早く涼に会いたい。


 二週間ぶりに涼に会える日曜日だ。指折り数えてこの日を待っていた。
 石川でおみやげを買ってきてくれていた。キッチンカウンターの上にお菓子の箱が二つ並んでいる。
「好きなほう選んで。もうひとつは医局に持ってくから」
 カウンターの向こう側のキッチンで涼がコーヒーを淹れてくれている。おみやげはどちらも和菓子で、おまんじゅうともなかのようだ。私はおまんじゅうのほうを選んだ。家に持って帰って母たちになんて説明しようか。涼と付き合っていることはまだ話していない。友だちにもらったとでも伝えよう。
「あの人、鷹宮先生も一緒だった?」
「……ああ。同じ医局だし。でもすみ先生もいたから、二人きりだったわけじゃない」
 今、間があったような。気のせいかな。
 やっぱり一緒だったんだ。平日も毎日顔を合わせていて、今回は土日までも。毎日涼に会えるあの人がうらやましい。
 澄先生は涼の上司にあたる外科部長さんだ。入院していたときに私も何度か会ったことがある。年齢は四十代半ばくらいだろうか。
 コーヒーを淹れ終えた涼が、二つのコーヒーカップを持ってリビングのソファへ移動した。あとを追って隣に座り、私の前に置いてくれたコーヒーに口をつける。
 「素直にくっつけばいい」、愛音の言葉を思い出す。ちょっとだけ甘えてもいいかな。テーブルの上にカップを置いて、涼の腕に抱きついた。
「悪かったな、二週間も会えなくて。寂しかった?」
「うん。すごく」
 これだけで泣きそうになってしまう。本当に寂しかったから。今はこうして触れていたい。涼も少しでも寂しく思ってくれていたのならうれしい。
 涼もカップを置いた。抱きついていた腕が抜かれ、私の肩に回される。顔を上げると涼がキスをしてきた。寂しかった心をなぐさめるような、優しくて長いキス。涼のキスはまるで外国映画のよう。唇で唇を挟むように覆ったり、下唇を優しく吸ったりする。初めてキスをした相手が涼で、キスの仕方を知らない私はいつも彼に任せっきりだ。
「平日でも会いにくればよかったのに」
 唇を離して涼が言った。
「帰り遅いでしょ? 待つのはいいんだけど、私が遅くなるとお母さんが心配するから。病気のことがあったから、これ以上あまり心配かけたくなくて」
「そうだな」
 私のこと面倒くさいって思ってないかな。私が大人だったらもっと自由に会えるのに。私が高校生のせいでいくつかの制約がある。まわりの目も気にしなければならない。私の心配を包み込むかのように、涼は私を抱き寄せて頭を撫でてくれた。
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