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第1部
フェーズ1-2
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涼の住むマンションは病院と同じ臨海地区にある。病院まで車で二分、徒歩で十五分の好立地で、何かあればすぐ病院に駆けつけられる。彼の部屋は最上階の八階にある。
会えるのは主に日曜日だ。基本的には土日が休みなのだけど、土曜日は手術をしたばかりの患者を診るために出勤し、なんだかんだで忙しくてそのまま夕方まで病院にいることが多いみたい。唯一まともに会えるはずの日曜日も、当直や学会などで会えないこともある。
涼は早い段階で合鍵を私に渡してくれた。「いつでもきていい」と。でも、毎日忙しくて疲れているはずの彼に、私の気分ひとつで会いにくるわけにはいかなくて、結局くるのは今のところ日曜日のみだ。
毎週日曜日の午前中に私はマンションを訪れる。車で家まで迎えにいくと言ってくれたけれど、バスに三十分ほど乗れば着くからと断った。休日は少しでもゆっくりしてもらいたい。
多忙な若手医師は、疲れて昼近くまで寝ているときもある。私はいつも合鍵を使って勝手に部屋に入る。今日はすでに起きていて、ソファで難しそうな本を読んでいた。
「おはよう」と挨拶をして隣に座った私は、まず当たり障りのない天気の話題を振った。続いて外来での診察のお礼をひと言、そのあとでようやくこの数日間ずっと気になっていた本題を切り出した。
「そういえばあの女の先生、なんで涼のこと呼び捨てなの?」
本当は嫉妬している。それを悟られたくなくて、できるだけ自然に、さりげなく。嫉妬なんて子どもっぽいと思われる。
「鷹宮先生?」
鷹宮先生っていうんだ。涼は呼び捨てにしてないのかな。
「医大が一緒だったんだ」
読んでいる本に目線を落としたまま涼は答えた。愛音の予想が当たった。
「それだけ?」
「それだけ」
それにしては随分と親しげに見えたのだけど。愛音の言った通り同志だからかな。医大も職場も一緒だと、そういうものかもしれない。
「あの先生、初めて見た気がする。私が入院してたときもいた?」
「彩が退院した直後だったかな、転勤してきたの」
どうりで見覚えがないわけだ。私が退院した直後というと四月の上旬で、ちょうど異動が多い時期だ。
「きれいな人だね」
涼は読んでいた本を閉じて私を見た。
「心配しなくていいよ。ただの同僚だ」
バレてた。私は何も言い返せなかった。
もうあの美人先生のことは忘れよう。自分と比べて卑屈になるだけだ。白衣を着た涼が三割増しでかっこよく見えるのと同じで、女性もきっと美人に見えるんだ。白衣とはそういうものなのだと自分に言い聞かせ、私は別の話題を振った。
「休みの日って今までは何してたの?」
今はこうして毎週私と過ごしてくれている。涼にとっては貴重な休日だ。他にやりたいことがあったりしないだろうか。
「読書とか映画とか、そこの公園を散歩したり、車で気分転換したり」
そこの公園というのは、マンションの前にある臨海公園という広大な公園のことだ。ふーんと思いながら聞いていたけど、はっとした。読書はいいとして、映画、公園を散歩、そしてドライブ。どれも恋人とすることばかり。しまった、墓穴を掘った。前の彼女との思い出なんて聞きたくない。そんな私の心を見透かしたかのように涼が言った。
「どれも一人で」
さらに私の肩を抱いて続ける。
「彩が久しぶりだから」
意外なことを言う。
「言い寄ってくる人、たくさんいそうだけど」
実際、私が入院している間にもいたもの。看護師さんからお弁当を受け取ってるところを目撃したことがある。
「だいたいは医者としての俺に寄ってきてるだけ」
胸がチクリと痛む。私も同じだ。涼が医者でなかったら出会うことも好きになることもなかった。するとまたしても見透かされた。
「ステータスや金目当てってことだ。彩は違うだろ」
ついでに顔も、では。私はもし涼が医者でなくなったとしても、きっと気持ちは変わらない。肩書きにもお金にも興味ない。一緒にいられるだけで幸せだから。
「そもそも忙しくてそれどころじゃないのよ。それなのにあの日、お前が屋上で俺と離れたくないって泣きわめくから」
若干の誇張が含まれているようだ。私の恥ずかしい記憶が思い起こされる。必死だったとはいえ、よくあんなことができたものだと我ながら感心する。
あれは退院を間近に控えた四月初めの肌寒い日だった。もう涼のことが好きでたまらなくなっていた私は、屋上にいれば風邪を引いて退院が延びるかもしれないと考えた。いてもたってもいられなかったのだ。このまま退院するのは嫌だった。浅はかだとわかっていた。そんなことをしたらみんなに迷惑をかける。病院にも先生にも看護師さんにも。毎日お見舞いにきてくれている母にも余計な心配をかけてしまう。それでもそうする他どうしようもなかった。手の届かない人、高嶺の花、身のほどをわきまえろ。自分に何度も言い聞かせたのに。
会えるのは主に日曜日だ。基本的には土日が休みなのだけど、土曜日は手術をしたばかりの患者を診るために出勤し、なんだかんだで忙しくてそのまま夕方まで病院にいることが多いみたい。唯一まともに会えるはずの日曜日も、当直や学会などで会えないこともある。
涼は早い段階で合鍵を私に渡してくれた。「いつでもきていい」と。でも、毎日忙しくて疲れているはずの彼に、私の気分ひとつで会いにくるわけにはいかなくて、結局くるのは今のところ日曜日のみだ。
毎週日曜日の午前中に私はマンションを訪れる。車で家まで迎えにいくと言ってくれたけれど、バスに三十分ほど乗れば着くからと断った。休日は少しでもゆっくりしてもらいたい。
多忙な若手医師は、疲れて昼近くまで寝ているときもある。私はいつも合鍵を使って勝手に部屋に入る。今日はすでに起きていて、ソファで難しそうな本を読んでいた。
「おはよう」と挨拶をして隣に座った私は、まず当たり障りのない天気の話題を振った。続いて外来での診察のお礼をひと言、そのあとでようやくこの数日間ずっと気になっていた本題を切り出した。
「そういえばあの女の先生、なんで涼のこと呼び捨てなの?」
本当は嫉妬している。それを悟られたくなくて、できるだけ自然に、さりげなく。嫉妬なんて子どもっぽいと思われる。
「鷹宮先生?」
鷹宮先生っていうんだ。涼は呼び捨てにしてないのかな。
「医大が一緒だったんだ」
読んでいる本に目線を落としたまま涼は答えた。愛音の予想が当たった。
「それだけ?」
「それだけ」
それにしては随分と親しげに見えたのだけど。愛音の言った通り同志だからかな。医大も職場も一緒だと、そういうものかもしれない。
「あの先生、初めて見た気がする。私が入院してたときもいた?」
「彩が退院した直後だったかな、転勤してきたの」
どうりで見覚えがないわけだ。私が退院した直後というと四月の上旬で、ちょうど異動が多い時期だ。
「きれいな人だね」
涼は読んでいた本を閉じて私を見た。
「心配しなくていいよ。ただの同僚だ」
バレてた。私は何も言い返せなかった。
もうあの美人先生のことは忘れよう。自分と比べて卑屈になるだけだ。白衣を着た涼が三割増しでかっこよく見えるのと同じで、女性もきっと美人に見えるんだ。白衣とはそういうものなのだと自分に言い聞かせ、私は別の話題を振った。
「休みの日って今までは何してたの?」
今はこうして毎週私と過ごしてくれている。涼にとっては貴重な休日だ。他にやりたいことがあったりしないだろうか。
「読書とか映画とか、そこの公園を散歩したり、車で気分転換したり」
そこの公園というのは、マンションの前にある臨海公園という広大な公園のことだ。ふーんと思いながら聞いていたけど、はっとした。読書はいいとして、映画、公園を散歩、そしてドライブ。どれも恋人とすることばかり。しまった、墓穴を掘った。前の彼女との思い出なんて聞きたくない。そんな私の心を見透かしたかのように涼が言った。
「どれも一人で」
さらに私の肩を抱いて続ける。
「彩が久しぶりだから」
意外なことを言う。
「言い寄ってくる人、たくさんいそうだけど」
実際、私が入院している間にもいたもの。看護師さんからお弁当を受け取ってるところを目撃したことがある。
「だいたいは医者としての俺に寄ってきてるだけ」
胸がチクリと痛む。私も同じだ。涼が医者でなかったら出会うことも好きになることもなかった。するとまたしても見透かされた。
「ステータスや金目当てってことだ。彩は違うだろ」
ついでに顔も、では。私はもし涼が医者でなくなったとしても、きっと気持ちは変わらない。肩書きにもお金にも興味ない。一緒にいられるだけで幸せだから。
「そもそも忙しくてそれどころじゃないのよ。それなのにあの日、お前が屋上で俺と離れたくないって泣きわめくから」
若干の誇張が含まれているようだ。私の恥ずかしい記憶が思い起こされる。必死だったとはいえ、よくあんなことができたものだと我ながら感心する。
あれは退院を間近に控えた四月初めの肌寒い日だった。もう涼のことが好きでたまらなくなっていた私は、屋上にいれば風邪を引いて退院が延びるかもしれないと考えた。いてもたってもいられなかったのだ。このまま退院するのは嫌だった。浅はかだとわかっていた。そんなことをしたらみんなに迷惑をかける。病院にも先生にも看護師さんにも。毎日お見舞いにきてくれている母にも余計な心配をかけてしまう。それでもそうする他どうしようもなかった。手の届かない人、高嶺の花、身のほどをわきまえろ。自分に何度も言い聞かせたのに。
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