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第3部 アニメ・特撮総合史
クレしん映画の実験と挑戦~ヤキニクロードから踊れアミーゴまで~
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オトナ帝国で昭和レトロという高めの年齢層に向けた題材を取り入れ、戦国大合戦では大人の恋模様と侍の悲しき末路を描く…この伝説的2作で大きな実験を立て続けに行い、結果として新たな魅力を引き出すことに成功し大きく市民権を得たクレしん映画。翌年以降も実験的要素を取り入れていく。
2003年公開の栄光のヤキニクロード。前作、前々作と続いたシリアス強めの感動路線から一変し、クレヨンしんちゃんという作品の原点に戻ったドタバタ劇に180度方向転換した作品。前2作からの落差に当時とまどったファンも少なからずいたようだが、クレしんは本来ギャグアニメであることを忘れてはならない。
ストーリーは夕飯に高級焼き肉を控えた高揚感の中、突如野原一家が指名手配されてしまい、一家は逃亡生活を送る羽目になってしまう…というもの。タイトルからして焼肉がテーマかと思いきや、焼肉が出てくるのは冒頭と後半の美化された野原一家の妄想シーン、そして一番ラストの無事に我が家にたどり着いた後に念願の焼肉を囲むシーンのみ。
クレしん映画の中でも1,2を争うほどギャグ成分強めなことで知られる本作。野原一家の罪名でいきなり笑わせてくれる。
ひろしは「異臭物陳列罪」しんのすけは「幼児変態罪」。架空の罪名だがこれほど彼らにぴったりの罪名はないだろう。
みさえは「年齢詐称」。これはふだんでもやっているので納得。
そしてひまわりはなぜか「結婚詐欺」、シロもなぜか「集団暴走及び飲酒運転」。そもそもひまわりは赤ん坊、シロにいたっては犬なのに指名手配という…
…と出だしから笑わせてくれたと思いきや意外に前半はちょっとゾッとする場面も多い。春日部の住人たちの豹変っぷりだ。指名手配のニュースが流れるやいなやよしなが先生は野原一家に向かって泣きながら「信じてます!自首してください!」と訴えたり、ヨシりんミッチーは懸賞金目当てで鬼の形相で野原一家に襲いかかり(でもある意味いつもの彼らかもしれない)、ななこおねいさんはしんのすけに冷たく「来ないで!」とあしらい、双葉商事はひろしの解雇を決定し、川口も「あんな人の部下だったと思うとゾッとする。見損ないましたよ野原元係長!」とニュースのインタビューで怒りをあらわにする…
ついにはアクション仮面も番組内でしんのすけの逮捕への協力を視聴者に訴え、しんのすけを「破廉恥なヤツ」とののしる始末…これには当然しんのすけ大ショック。味方だった住人たちに拒まれる野原一家の戦い…と考えるとオトナ帝国でのかすかべ防衛隊のシーンに通じるかもしれない。
一方かすかべ防衛隊は当初はお菓子で買収されてマサオの密告によりしんのすけを狙うものの、途中で目覚めてしんのすけの味方になってくれた(だが裏切りの元凶のマサオは改心後もしんのすけから終始裏切り者扱いされていたが)。
それと「トラックの男」のくだりもこの映画を語るうえで忘れてはならない。観客の目線からすれば野原一家がいつ捕まってもおかしくないという緊張感が特に走っていたタイミングであのギャグシーンだからある意味彼は「観客に爆笑というひとときの安らぎを与える天使」なのかもしれない。
クライマックスの舞台は熱海。漢字の読めないしんのすけも「熱海」という字をしっかり覚えて標識を見て確認していた。
春日部から熱海というのもなかなかの移動距離。それも1日の中の話。突然朝に指名手配されて我が家を逃げ出してあれよあれよと熱海に赴き、スウィートボーイズの本部にたどり着くころにはすっかり空は真っ暗。まさに「野原家の一番長い日」だ。
そしてボスとの最終決戦。クレしん映画と言えば印象的な挿入歌が多いが、ボスの歌う「古代ローマ帝国風呂衰亡史」はクレしん映画挿入歌史に残る名曲。彼のバックグラウンドにある壮絶な過去を歌という形で説明クサくなくわずかな時間で説明できている。回想ではなく歌で過去を説明というのもなかなか斬新。
自らの過去から熱海を恨み、熱海サイ子で自分自身が熱海になろうとするボスに対してひろしがはなった「アンタが熱海ラブならこっちは春日部ラブだぁ~!」からはひろしの、そして野原一家のかすかべへの愛がしっかり伝わってくる。
そして熱海サイ子を使って周りの人間がいろいろな姿になるシーンはなかなかに壮大。ポリゴンになったり、便器になったり、目まぐるしく変わる様子は見ていて楽しい。
そしてトドメはそれを奪ったしんのすけによる全員ぶりぶりざえもん化。ぶりぶりざえもんが大量発生した光景はある意味壮大。かつクレしんらしい展開と言えよう。
最終的にしんのすけは熱海サイ子を使って熱海サイ子の存在自体を消したことによりこれまでの騒動も野原一家の指名手配もすべてが白紙になりめでたしめでたし。しんのすけが熱海サイ子で暗示をかけるシーンはやさしい語り口なのがなかなか印象的。自分たちが指名手配される羽目になった元凶に対し暗示をかけるのにも恨み節のような口調ではない。ここは野原しんのすけが心の奥に持つ優しさがしっかりにじみ出ている。
前作、前々作以来の感動路線を期待した方にはがっかりだったかもしれないが、クレしんの原点に立ち直ったこちらも感動路線とはまた別に評価されているのもまた事実。改めてクレしんという作品の持つ魅力を引き出し、改めて根本的な魅力を再認識させるきっかけになったのではないか。
続いて2004年の「夕陽のカスカベボーイズ」。西部劇映画の世界に迷い込んだ野原一家とかすかべ防衛隊が元の世界への帰還を目指す、再び感動要素を強めた作品だ。
映画シリーズで初めてかすかべ防衛隊がメインになったことでも特筆すべき作品だが、最も特筆すべきはなんといってもヒロイン・つばきの存在だろう。
つばきは14歳。女子高生以上(ケツだけ爆弾や原作・アニメの一部回では20歳以上と説明されることも)を恋愛対象とするしんのすけにとっては本来恋愛対象でないはずだが、彼女に好意を抱くどころか本気で恋愛感情を抱いている。映画でしんのすけの本気の恋が描かれるのはこれが初であり、原作やアニメを含めてもななこおねいさんを除けばしんのすけが初めて本気の恋をしたことになる。
この作品で特にキーとなるのが「記憶」。映画の世界に入り込んだ人たちは次第に映画の世界に染まり、元の世界での記憶を失ってしまう。野原一家とバラバラに過ごしていたかすかべ防衛隊もネネちゃんとマサオくんは夫婦となり、風間くんにいたっては悪役のジャスティスに従うなど映画の世界に染まりつつあった。
そんな中で押し寄せる忘却の波。ひまわりは突然しんのすけにおびえはじめ、ボーちゃんはまつざか先生のことを忘れてしまうなどしんのすけの周辺の人物にもその傾向が現れ始め、ついにはしんのすけもぶりぶりざえもんの描き方を忘れてしまうなどその波が次第に強くなっていく。
「知ってる人が知ってる人でなくなってしまい、やがて自分も自分でなくなってしまうかもしれないという恐怖」。わからない脱出方法を探る中で早くそれを見つけないと野原一家が野原一家でなくなり、かすかべ防衛隊もかすかべ防衛隊でなくなってしまう。観客にとってもどこか恐怖を覚えさせる設定であるうえ、西部劇という異世界的な世界観をより演出している。
また、悪役が歴代の中でも特に残忍に描かれているのも特徴的。
ジャスティスをはじめとする悪役による労働の手を休める一般市民へのムチ打ちなどの暴力行為、悪役たちはしんのすけにも容赦なくムチをふるい極め付きは友情に目覚めた風間くんをひき殺そうとするなどその残忍さは歴代トップクラス。これも西部劇という題材だからこそ当時の西部開拓時代の厳しい社会格差等を落とし込んでより野原一家は西部劇の世界にやってきたというリアリティを出すことに成功している。
ラストに描かれるのはしんのすけの悲恋。
「カスカベに戻ったら結婚を前提に…」とつばきに本気のプロポーズをしていたしんのすけ。しかし無事「おわり」の文字を出現させて戻ってこれた元の世界には彼女の姿はなかった。彼女は映画の人物だったからだ。
映画を完結させた今ではもう二度と彼女に会うことはかなわない…これまでも何度も別れを経験してきたしんのすけだが、本気で恋した相手との永遠の別れなのだからショックはとても大きかった。
そしてラストのシーンでファンの間で生まれたのが「つばき=シロ説」。
つばきがいないショックに打ちひしがれたしんのすけの前に慰めるように突然現れたのが映画の世界にはいなかったシロ。さらに映画の世界ではつばきは常にはだしであったことを裏付けとして多くのファンが「つばきの正体はシロだったのではないか」という考察が広まっていた。
だがこれは水島努監督の口から後に否定されている。もともとラストは「ショックに暮れるしんのすけが何らかのきっかけで立ち直る」というざっくりとしたくだりは決めていたそうだが、かなり後々になって立ち直るきっかけがシロとなり、あのような結末になったのだという。
シロはしんのすけにとって野原一家の中で特に特別な存在。もちろん家族全員を大事に思っているのは間違いないだろうが、シロは家族でもあり友達でもありおもちゃでもある特に特別な存在であろう。そんなシロが映画の世界にはいなかった。だが野原一家と防衛隊が必死に頑張ったのにシロを活躍させずに物語は終われないだろう。僕はシロをしんのすけが立ち直るきっかけにしたのは正解だったと思う。
そしてエンディングはつばきとしんのすけのダンス。観客の涙を誘うなんて粋なエンディングなのだろう。今なお涙腺崩壊EDとして語り継がれている。
次は2005年公開の「3分ポッキリ大進撃」。感動路線から再び娯楽路線へ。野原一家と次々現れる怪獣との戦いを描く。
ここまで複雑な人間関係やキャラクターのバックグラウンドなどいろいろぎっしりと内容がつまっていたが本作の内容はえらくシンプル(別に内容が薄いと言いたいわけじゃない)。
「3分後の世界に怪獣が出現→3分後の世界にいって怪獣を倒す→しばらくしてまた3分後の世界に怪獣が出現…」これを1時間半以上繰り返すというこれまでにないシンプルさだ。
これまでの複雑なストーリーやヒューマンドラマ的要素になれたファンの中には「同じことを延々と繰り返すだけ」とうんざりした方もいるかもしれないが僕はこういったクレしん映画もありだと思う。シリアスな感動とか苦手な子はこういうので十分だろうし、長編映画に慣れてない小さい子供にとっては「怪獣を倒す」ことでいったん区切りがつくので息つく暇ができて最後まで疲れずに見ることができる「クレしん映画の入門編」としてとらえることができるだろう。
本作の魅力は何といっても野原一家の変身。しかも主人公のしんのすけを差し置いてひろしとみさえには3形態も用意されている。
ひろしが変身する野原ひろしマンは第1形態が全身タイツに初心者マークの飾りといういかにもギャグっぽい格好で、第2形態はスーパーマン風のステレオタイプなヒーロー像、第3形態は競泳水着のような全身タイツ。ギャグやステレオタイプなヒーロー像のパロディ的要素が強いが、ある意味カッコよくしない、パッとしすぎないところがひろしらしいというべきか。ひろしに大事なのは中身のカッコよさだから。
だが最も気合の入ってるのがみさえの変身。ひろしと違って形態ごとに名前がついている。しかもどれも知らない人が姿だけ観たら天地がひっくり返ってもみさえとは一切思わない変貌っぷり。
第1形態の「プリティミサエス」はメガネとツインテールがトレードマークの魔法少女。いきなり思いっきり若返った見た目のキャラだが驚くべきはそれだけじゃない。この変身だけ声が福圓美里さんに変わる。キュアハッピーに先駆けて福圓さんが初めて演じた変身ヒロインであった。
第2形態の「セクシーみさえX」はプリティミサエスとは打って変わって名前から察せる通り大人の女性の魅力を全面に押し出したメイド×魔女キャラ。露出度も高め。こちらも魔法攻撃を主体とする。
第3形態の「マーメイドミサエリアス」はその名の通りの人魚。故にセクシーみさえX以上に露出度は高い。人魚故に水中戦が得意で水属性系の技を使う。
一方しんのすけの変身はウルトラマン風の「しんのすけマン」。ウルトラマンカラーの全身タイツに誰もが一度はやった赤白帽のウルトラマンかぶり(帽子のツバを縦にしてかぶるアレ)、カラータイマーに見立てた金色の玉が増産の部分についているというこれまたしんのすけらしいシンプルながらギャグ色の強い変身だ。
ひまわりとシロの変身は固有名詞なし。ひまわりはおまるの乗り物に乗って戦うが、シロはただ大型犬のようになるだけ。
また、変身と怪獣がテーマなだけあって、古今東西の特撮のパロディが入ってるのは特撮マニアならニヤリとしてしまうこと間違いなし。
例えば3分後の世界に怪獣が出現というのは言うまでもなくウルトラマンのタイムリミットである3分間からきており、最初に戦った怪獣「クリラ」はゴジラの名前の由来を逆にした(ゴジラがゴリラの”ゴ”とクジラの”ジラ”から来ているのに対し、こちらはクジラの”ク”とゴリラの”リラ”から来ている)もの、怪獣を生み出す繭はウルトラQの「カネゴンの繭」が元ネタと思われる。
子供たちは野原一家の戦いに燃え上がり、大人たちは随所に詰め込まれた特撮ネタにニヤリとする…「親子で楽しめる映画」をしっかりと体現できている。
終盤では野原家と戦った怪獣がアクション仮面、カンタムロボ、ぶりぶりざえもん(これのみなぜか紙に描かれた絵)の姿に生まれ変わって野原一家に助太刀するという胸アツ展開が。本人ではないとはいえこの3人が助太刀するのはヘンダーランド以来(といってもあちらもしんのすけがトランプで召喚したのであって本人ではないが)だ。
ラスボスはしんのすけマンそっくりの「にせしんのすけマン」。この戦いでひろしたちの攻撃で東京タワーに激突しかけるがしんのすけによって救われる。
敵であるはずのにせしんのすけマンを助けた理由は「強い人は弱い人を助けるもんだが強い人も弱い人も関係なくお助けできればいいと思って」の事。敵をも助けるという「真の正義とは何か」を説いたシーンだ。
そして最後は生々しい暴力的な手段ではなく。みさえのグリグリ攻撃で倒される(でもこれもある意味暴力か)という最期を迎えた。しんのすけ型の敵ならビームとかじゃなくてみさえのグリグリで倒されたほうがしっくりくる。にせしんのすけマンはニセでもしんのすけな部分はしんのすけなのだ。
最後は2006年公開の「踊れアミーゴ」。シンプルなバトル路線の次は思いっきりホラー。クレしん映画史に残るトラウマ映画として名高い作品だ。
「コンニャクローン」というクローン人間が登場し、春日部の住人たちがクローンと入れ替わってしまうという「本物がニセモノにとってかわられてしまう」というSFホラーなテーマを扱っている。
なんといってもそのクローンの描写がトラウマ。特にトラウマシーンと名高い口裂け女のようなニセ風間ママのシーンに、ぐにゃっとなるニセ川口…挙げだしたらきりがない。
クレしんと言えば原作やアニメでもたびたびホラー回を描いてきたのだからホラーは隠れたお家芸ともいえる。映画でもヘンダーランドなどでホラー描写を取り入れてきた。長年のホラー描写のノウハウの決定版ともいえるだろう。
だが終盤は打って変わってアクション要素とギャグが盛りだくさん。諸悪の根源、仮面に身を隠した謎の女性「アミーガスズキ」のアジトでクローンの討伐が描かれる。
しんのすけたちはクローンを溶かす液体で戦うのだが、しんのすけはそれをお尻につけて、ボーちゃんは鼻水につけるというイレギュラーな作戦。これもクレしんらしさ全開だ。
そして騒動の張本人であるアミーガスズキはジャッキーとのサンバ対決にやぶれたのち素顔があらわになるが、その素顔はなんとジャッキーそっくり。
…と思いきや実はコンニャクローンで身を固めており、その中身すなわち真の正体はなんと男、しかもジャッキーの父だ。
素顔で驚かせたと思ったら実はそれが素顔じゃなくて本当は男。まさかの二段攻撃に当時どれだけの子供たちが驚いただろうか。僕もそのひとりだ。
ホラーな前中盤から激しいアクションとサンバの後半…かなりの落差がある作品だが違和感なく作品に入り込むことができる。これもスタッフの力量あってのことだ。
2003年公開の栄光のヤキニクロード。前作、前々作と続いたシリアス強めの感動路線から一変し、クレヨンしんちゃんという作品の原点に戻ったドタバタ劇に180度方向転換した作品。前2作からの落差に当時とまどったファンも少なからずいたようだが、クレしんは本来ギャグアニメであることを忘れてはならない。
ストーリーは夕飯に高級焼き肉を控えた高揚感の中、突如野原一家が指名手配されてしまい、一家は逃亡生活を送る羽目になってしまう…というもの。タイトルからして焼肉がテーマかと思いきや、焼肉が出てくるのは冒頭と後半の美化された野原一家の妄想シーン、そして一番ラストの無事に我が家にたどり着いた後に念願の焼肉を囲むシーンのみ。
クレしん映画の中でも1,2を争うほどギャグ成分強めなことで知られる本作。野原一家の罪名でいきなり笑わせてくれる。
ひろしは「異臭物陳列罪」しんのすけは「幼児変態罪」。架空の罪名だがこれほど彼らにぴったりの罪名はないだろう。
みさえは「年齢詐称」。これはふだんでもやっているので納得。
そしてひまわりはなぜか「結婚詐欺」、シロもなぜか「集団暴走及び飲酒運転」。そもそもひまわりは赤ん坊、シロにいたっては犬なのに指名手配という…
…と出だしから笑わせてくれたと思いきや意外に前半はちょっとゾッとする場面も多い。春日部の住人たちの豹変っぷりだ。指名手配のニュースが流れるやいなやよしなが先生は野原一家に向かって泣きながら「信じてます!自首してください!」と訴えたり、ヨシりんミッチーは懸賞金目当てで鬼の形相で野原一家に襲いかかり(でもある意味いつもの彼らかもしれない)、ななこおねいさんはしんのすけに冷たく「来ないで!」とあしらい、双葉商事はひろしの解雇を決定し、川口も「あんな人の部下だったと思うとゾッとする。見損ないましたよ野原元係長!」とニュースのインタビューで怒りをあらわにする…
ついにはアクション仮面も番組内でしんのすけの逮捕への協力を視聴者に訴え、しんのすけを「破廉恥なヤツ」とののしる始末…これには当然しんのすけ大ショック。味方だった住人たちに拒まれる野原一家の戦い…と考えるとオトナ帝国でのかすかべ防衛隊のシーンに通じるかもしれない。
一方かすかべ防衛隊は当初はお菓子で買収されてマサオの密告によりしんのすけを狙うものの、途中で目覚めてしんのすけの味方になってくれた(だが裏切りの元凶のマサオは改心後もしんのすけから終始裏切り者扱いされていたが)。
それと「トラックの男」のくだりもこの映画を語るうえで忘れてはならない。観客の目線からすれば野原一家がいつ捕まってもおかしくないという緊張感が特に走っていたタイミングであのギャグシーンだからある意味彼は「観客に爆笑というひとときの安らぎを与える天使」なのかもしれない。
クライマックスの舞台は熱海。漢字の読めないしんのすけも「熱海」という字をしっかり覚えて標識を見て確認していた。
春日部から熱海というのもなかなかの移動距離。それも1日の中の話。突然朝に指名手配されて我が家を逃げ出してあれよあれよと熱海に赴き、スウィートボーイズの本部にたどり着くころにはすっかり空は真っ暗。まさに「野原家の一番長い日」だ。
そしてボスとの最終決戦。クレしん映画と言えば印象的な挿入歌が多いが、ボスの歌う「古代ローマ帝国風呂衰亡史」はクレしん映画挿入歌史に残る名曲。彼のバックグラウンドにある壮絶な過去を歌という形で説明クサくなくわずかな時間で説明できている。回想ではなく歌で過去を説明というのもなかなか斬新。
自らの過去から熱海を恨み、熱海サイ子で自分自身が熱海になろうとするボスに対してひろしがはなった「アンタが熱海ラブならこっちは春日部ラブだぁ~!」からはひろしの、そして野原一家のかすかべへの愛がしっかり伝わってくる。
そして熱海サイ子を使って周りの人間がいろいろな姿になるシーンはなかなかに壮大。ポリゴンになったり、便器になったり、目まぐるしく変わる様子は見ていて楽しい。
そしてトドメはそれを奪ったしんのすけによる全員ぶりぶりざえもん化。ぶりぶりざえもんが大量発生した光景はある意味壮大。かつクレしんらしい展開と言えよう。
最終的にしんのすけは熱海サイ子を使って熱海サイ子の存在自体を消したことによりこれまでの騒動も野原一家の指名手配もすべてが白紙になりめでたしめでたし。しんのすけが熱海サイ子で暗示をかけるシーンはやさしい語り口なのがなかなか印象的。自分たちが指名手配される羽目になった元凶に対し暗示をかけるのにも恨み節のような口調ではない。ここは野原しんのすけが心の奥に持つ優しさがしっかりにじみ出ている。
前作、前々作以来の感動路線を期待した方にはがっかりだったかもしれないが、クレしんの原点に立ち直ったこちらも感動路線とはまた別に評価されているのもまた事実。改めてクレしんという作品の持つ魅力を引き出し、改めて根本的な魅力を再認識させるきっかけになったのではないか。
続いて2004年の「夕陽のカスカベボーイズ」。西部劇映画の世界に迷い込んだ野原一家とかすかべ防衛隊が元の世界への帰還を目指す、再び感動要素を強めた作品だ。
映画シリーズで初めてかすかべ防衛隊がメインになったことでも特筆すべき作品だが、最も特筆すべきはなんといってもヒロイン・つばきの存在だろう。
つばきは14歳。女子高生以上(ケツだけ爆弾や原作・アニメの一部回では20歳以上と説明されることも)を恋愛対象とするしんのすけにとっては本来恋愛対象でないはずだが、彼女に好意を抱くどころか本気で恋愛感情を抱いている。映画でしんのすけの本気の恋が描かれるのはこれが初であり、原作やアニメを含めてもななこおねいさんを除けばしんのすけが初めて本気の恋をしたことになる。
この作品で特にキーとなるのが「記憶」。映画の世界に入り込んだ人たちは次第に映画の世界に染まり、元の世界での記憶を失ってしまう。野原一家とバラバラに過ごしていたかすかべ防衛隊もネネちゃんとマサオくんは夫婦となり、風間くんにいたっては悪役のジャスティスに従うなど映画の世界に染まりつつあった。
そんな中で押し寄せる忘却の波。ひまわりは突然しんのすけにおびえはじめ、ボーちゃんはまつざか先生のことを忘れてしまうなどしんのすけの周辺の人物にもその傾向が現れ始め、ついにはしんのすけもぶりぶりざえもんの描き方を忘れてしまうなどその波が次第に強くなっていく。
「知ってる人が知ってる人でなくなってしまい、やがて自分も自分でなくなってしまうかもしれないという恐怖」。わからない脱出方法を探る中で早くそれを見つけないと野原一家が野原一家でなくなり、かすかべ防衛隊もかすかべ防衛隊でなくなってしまう。観客にとってもどこか恐怖を覚えさせる設定であるうえ、西部劇という異世界的な世界観をより演出している。
また、悪役が歴代の中でも特に残忍に描かれているのも特徴的。
ジャスティスをはじめとする悪役による労働の手を休める一般市民へのムチ打ちなどの暴力行為、悪役たちはしんのすけにも容赦なくムチをふるい極め付きは友情に目覚めた風間くんをひき殺そうとするなどその残忍さは歴代トップクラス。これも西部劇という題材だからこそ当時の西部開拓時代の厳しい社会格差等を落とし込んでより野原一家は西部劇の世界にやってきたというリアリティを出すことに成功している。
ラストに描かれるのはしんのすけの悲恋。
「カスカベに戻ったら結婚を前提に…」とつばきに本気のプロポーズをしていたしんのすけ。しかし無事「おわり」の文字を出現させて戻ってこれた元の世界には彼女の姿はなかった。彼女は映画の人物だったからだ。
映画を完結させた今ではもう二度と彼女に会うことはかなわない…これまでも何度も別れを経験してきたしんのすけだが、本気で恋した相手との永遠の別れなのだからショックはとても大きかった。
そしてラストのシーンでファンの間で生まれたのが「つばき=シロ説」。
つばきがいないショックに打ちひしがれたしんのすけの前に慰めるように突然現れたのが映画の世界にはいなかったシロ。さらに映画の世界ではつばきは常にはだしであったことを裏付けとして多くのファンが「つばきの正体はシロだったのではないか」という考察が広まっていた。
だがこれは水島努監督の口から後に否定されている。もともとラストは「ショックに暮れるしんのすけが何らかのきっかけで立ち直る」というざっくりとしたくだりは決めていたそうだが、かなり後々になって立ち直るきっかけがシロとなり、あのような結末になったのだという。
シロはしんのすけにとって野原一家の中で特に特別な存在。もちろん家族全員を大事に思っているのは間違いないだろうが、シロは家族でもあり友達でもありおもちゃでもある特に特別な存在であろう。そんなシロが映画の世界にはいなかった。だが野原一家と防衛隊が必死に頑張ったのにシロを活躍させずに物語は終われないだろう。僕はシロをしんのすけが立ち直るきっかけにしたのは正解だったと思う。
そしてエンディングはつばきとしんのすけのダンス。観客の涙を誘うなんて粋なエンディングなのだろう。今なお涙腺崩壊EDとして語り継がれている。
次は2005年公開の「3分ポッキリ大進撃」。感動路線から再び娯楽路線へ。野原一家と次々現れる怪獣との戦いを描く。
ここまで複雑な人間関係やキャラクターのバックグラウンドなどいろいろぎっしりと内容がつまっていたが本作の内容はえらくシンプル(別に内容が薄いと言いたいわけじゃない)。
「3分後の世界に怪獣が出現→3分後の世界にいって怪獣を倒す→しばらくしてまた3分後の世界に怪獣が出現…」これを1時間半以上繰り返すというこれまでにないシンプルさだ。
これまでの複雑なストーリーやヒューマンドラマ的要素になれたファンの中には「同じことを延々と繰り返すだけ」とうんざりした方もいるかもしれないが僕はこういったクレしん映画もありだと思う。シリアスな感動とか苦手な子はこういうので十分だろうし、長編映画に慣れてない小さい子供にとっては「怪獣を倒す」ことでいったん区切りがつくので息つく暇ができて最後まで疲れずに見ることができる「クレしん映画の入門編」としてとらえることができるだろう。
本作の魅力は何といっても野原一家の変身。しかも主人公のしんのすけを差し置いてひろしとみさえには3形態も用意されている。
ひろしが変身する野原ひろしマンは第1形態が全身タイツに初心者マークの飾りといういかにもギャグっぽい格好で、第2形態はスーパーマン風のステレオタイプなヒーロー像、第3形態は競泳水着のような全身タイツ。ギャグやステレオタイプなヒーロー像のパロディ的要素が強いが、ある意味カッコよくしない、パッとしすぎないところがひろしらしいというべきか。ひろしに大事なのは中身のカッコよさだから。
だが最も気合の入ってるのがみさえの変身。ひろしと違って形態ごとに名前がついている。しかもどれも知らない人が姿だけ観たら天地がひっくり返ってもみさえとは一切思わない変貌っぷり。
第1形態の「プリティミサエス」はメガネとツインテールがトレードマークの魔法少女。いきなり思いっきり若返った見た目のキャラだが驚くべきはそれだけじゃない。この変身だけ声が福圓美里さんに変わる。キュアハッピーに先駆けて福圓さんが初めて演じた変身ヒロインであった。
第2形態の「セクシーみさえX」はプリティミサエスとは打って変わって名前から察せる通り大人の女性の魅力を全面に押し出したメイド×魔女キャラ。露出度も高め。こちらも魔法攻撃を主体とする。
第3形態の「マーメイドミサエリアス」はその名の通りの人魚。故にセクシーみさえX以上に露出度は高い。人魚故に水中戦が得意で水属性系の技を使う。
一方しんのすけの変身はウルトラマン風の「しんのすけマン」。ウルトラマンカラーの全身タイツに誰もが一度はやった赤白帽のウルトラマンかぶり(帽子のツバを縦にしてかぶるアレ)、カラータイマーに見立てた金色の玉が増産の部分についているというこれまたしんのすけらしいシンプルながらギャグ色の強い変身だ。
ひまわりとシロの変身は固有名詞なし。ひまわりはおまるの乗り物に乗って戦うが、シロはただ大型犬のようになるだけ。
また、変身と怪獣がテーマなだけあって、古今東西の特撮のパロディが入ってるのは特撮マニアならニヤリとしてしまうこと間違いなし。
例えば3分後の世界に怪獣が出現というのは言うまでもなくウルトラマンのタイムリミットである3分間からきており、最初に戦った怪獣「クリラ」はゴジラの名前の由来を逆にした(ゴジラがゴリラの”ゴ”とクジラの”ジラ”から来ているのに対し、こちらはクジラの”ク”とゴリラの”リラ”から来ている)もの、怪獣を生み出す繭はウルトラQの「カネゴンの繭」が元ネタと思われる。
子供たちは野原一家の戦いに燃え上がり、大人たちは随所に詰め込まれた特撮ネタにニヤリとする…「親子で楽しめる映画」をしっかりと体現できている。
終盤では野原家と戦った怪獣がアクション仮面、カンタムロボ、ぶりぶりざえもん(これのみなぜか紙に描かれた絵)の姿に生まれ変わって野原一家に助太刀するという胸アツ展開が。本人ではないとはいえこの3人が助太刀するのはヘンダーランド以来(といってもあちらもしんのすけがトランプで召喚したのであって本人ではないが)だ。
ラスボスはしんのすけマンそっくりの「にせしんのすけマン」。この戦いでひろしたちの攻撃で東京タワーに激突しかけるがしんのすけによって救われる。
敵であるはずのにせしんのすけマンを助けた理由は「強い人は弱い人を助けるもんだが強い人も弱い人も関係なくお助けできればいいと思って」の事。敵をも助けるという「真の正義とは何か」を説いたシーンだ。
そして最後は生々しい暴力的な手段ではなく。みさえのグリグリ攻撃で倒される(でもこれもある意味暴力か)という最期を迎えた。しんのすけ型の敵ならビームとかじゃなくてみさえのグリグリで倒されたほうがしっくりくる。にせしんのすけマンはニセでもしんのすけな部分はしんのすけなのだ。
最後は2006年公開の「踊れアミーゴ」。シンプルなバトル路線の次は思いっきりホラー。クレしん映画史に残るトラウマ映画として名高い作品だ。
「コンニャクローン」というクローン人間が登場し、春日部の住人たちがクローンと入れ替わってしまうという「本物がニセモノにとってかわられてしまう」というSFホラーなテーマを扱っている。
なんといってもそのクローンの描写がトラウマ。特にトラウマシーンと名高い口裂け女のようなニセ風間ママのシーンに、ぐにゃっとなるニセ川口…挙げだしたらきりがない。
クレしんと言えば原作やアニメでもたびたびホラー回を描いてきたのだからホラーは隠れたお家芸ともいえる。映画でもヘンダーランドなどでホラー描写を取り入れてきた。長年のホラー描写のノウハウの決定版ともいえるだろう。
だが終盤は打って変わってアクション要素とギャグが盛りだくさん。諸悪の根源、仮面に身を隠した謎の女性「アミーガスズキ」のアジトでクローンの討伐が描かれる。
しんのすけたちはクローンを溶かす液体で戦うのだが、しんのすけはそれをお尻につけて、ボーちゃんは鼻水につけるというイレギュラーな作戦。これもクレしんらしさ全開だ。
そして騒動の張本人であるアミーガスズキはジャッキーとのサンバ対決にやぶれたのち素顔があらわになるが、その素顔はなんとジャッキーそっくり。
…と思いきや実はコンニャクローンで身を固めており、その中身すなわち真の正体はなんと男、しかもジャッキーの父だ。
素顔で驚かせたと思ったら実はそれが素顔じゃなくて本当は男。まさかの二段攻撃に当時どれだけの子供たちが驚いただろうか。僕もそのひとりだ。
ホラーな前中盤から激しいアクションとサンバの後半…かなりの落差がある作品だが違和感なく作品に入り込むことができる。これもスタッフの力量あってのことだ。
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翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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