町内会は面白いか?

東海林会計

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第二話 南田米店にて

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第二話 南田米店にて

 現町会長・墨田の言うところの俺たち「仲良し三人組」は、次期町会長ハカセに誘われてハカセの自宅兼店舗である南田米店に向かっている。雪はいつの間にか止んだらしいが、ずいぶん積もった。
 うちの婆さんの話によると、この米屋はハカセの父親が二十五年くらい前に四菱製作所を定年退職してから始めたそうだ。始めたのはいいが、開店して何年かしてすぐにハカセの父親は亡くなり、一人息子のハカセが後を継いだのだ。母親も後を追うように亡くなって、今はハカセ夫婦二人で切り盛りしているらしい。
「ハカセいいのか、こんな時間にお邪魔して?」
「うちは奥さんしかいないから大丈夫だよ。それに今のうちにショウちゃんとマサちゃんに、いろいろ話しておいたほうがいいと思ってさ」
「いろいろって何だよ?」
「まぁ、うちの中で話そう。入ってよ。」
 そこには、俺たちが子供の頃よく遊びにきていたなつかしいハカセの家はすでになく、一階が米穀店とその事務所、二階が居住スペースとなっている俺の知らない家が建っていた。

 ハカセは二階に案内しようとしたんだが、俺とマサは遠慮して一階の事務所で話すことにした。俺たちこれでも大人だからな。
 小柄なハカセの奥さんに挨拶されて、酒とつまみまで出してもらった。俺たちは大人だから遠慮したのだが、
「たいしたものじゃないですから」
とまで言われたのでありがたく頂戴した。役員選考会のぐだぐだで、のども乾いていたし腹も減っていたのだ。
「ちょっと遅くなると思うから先に寝ていいから」
「あら、そう。じゃ、ごゆっくり」
という夫婦の会話をしてから、奥さんは二階に上がっていった。
 お互い久しぶりに再会したのだが、あらためて挨拶するのもなぜか気恥ずかしい。ハカセとマサもそうみたいで、俺たちは黙って乾杯した。
「じゃあ、本題に入るかな。二人とも役員初めてだろ、僕はこれでも三回目だからね。二人が思っている以上に大変だよ、町会役員」
「そうなのか、俺は金数えてりゃいいんじゃないのか?」
「あれは墨田さんの嘘だ。そもそも集金する町会費だけで年間いくらだか、ショウちゃん知らないだろ?」
そう言うとハカセは事務所の机の引き出しから「定時総会議案書」なる小冊子を取り出した。
「ええっと。ざっとだけどさ、約五百世帯分で三百万だ」
「えっ?そんなにあんのかよ」
「それに市役所なんかからの補助金等が百五十万で、合わせて約四百五十万円が町会の収入となる。その収入で、各部の活動費、夏祭り等の行事費、それから各種募金や協賛金、ふるさと会館の光熱費や維持費、それに町内防犯灯の電気代等、その他諸々の支出を賄うんだ。この収支を一人で管理するのが、この町会の会計さんの主な仕事だ。大変だと思わないかい?」
おい、大変に決まってんじゃねぇか…。
「それにね、金の関わる会議なんかは必ず出席しなくちゃなんないし、各部行事への参加協力ということで大きな行事にも必ず参加だよ」
おいおい、声も出ないぞ…。
「ふふふ、ショウ君こりゃ大変だ」
「ふふふじゃないよ、マサちゃん。お前も大変なんだぞ」
「なんでだよ」
「ぶっちゃけ総務広報以外の部は部長さんがそこそこ忙しいだけだ。自分たち主幹の行事のときだけ頑張りゃいい。でも総務広報は違うんだ。毎月の定例役員会の準備・開催、町会広報紙の作成・発行、各種回覧物の配布・掲示、そしてなんといっても町会二大イベント、夏の祭りと年度末の定時総会、こいつの準備・開催がある。当然、部長さんだけじゃ無理。他の部員も分担することになるのさ」
「うははは、マサこりゃ大変だ」
「それに加えて、総務広報は他の部が主幹となる行事の補助までやる。名目上は他部の行事だけどね、実質は総務広報が主幹になっている行事すらある。年中ヒマなし」
「うははは、マサこりゃ大変だ」
「お前はうるさいよ。おいハカセ、それにしてもよく知ってるな」
「僕は初めて役員やったとき総務広報部員でね、二回目は会計さんやった。だから分かる」
…えらいなこいつは。
「まぁ心配するなよ。経験者の僕が二人を一年間サポートしてあげよう」
「おお、南田会長、安い発泡酒で申し訳ないっすけど、まぁ一杯」
「おい、うちのだぞハハハハ」
俺は素直な性格だから素直に喜んだが
「なぁ、お前のやる町会長って意外と楽なのか?」
マサはガキの頃から素直じゃない。
「馬鹿言うなよ。大変に決まってんだろ、町会長だぞ」
「何が大変なんだ?ショウ君や俺より大変なのか?」
「そりゃ一番大変だ。いいかい、まず町会長の仕事で一番大変なのは外部団体の会議や行事に、町会を代表して参画しなくてはならん」
「それがそんなに大変なのか?」
うん、たいしたことなさそうだがなぁ。
「あのね、参加じゃなく『参画』だぞ。市が組織する自治会連合会っていうのがあってね、まぁこのへんの町会の集まりみたいなものだ。その組織の中には社会福祉協議会とか交通安全委員会とか防犯防災委員会とかいろいろあってさ、その委員とか理事とかやらされるんだよ。毎月なんらかの会議やら行事がいっぱいあってさ、その企画・運営までするらしい」
「ほうほう」
「それだけじゃないんだ。このへんの幼稚園・小学校・中学校の入学式と卒業式と運動会には来賓として必ず出席せねばならん。町会長だから、当然町会行事は全て完全参画だ。町会内で会員の誰かが死んだら葬式にはもれなく参列だ。ね、大変だろう?」
額の汗を拭きながらハカセは熱弁を振るう。たしかにこの町会も高齢化が進み、年寄りばかりで毎月のように葬式だぞ。そりゃいやだな。
「…おい、そんな大変なものに立候補したのはどんな魂胆だ?正直に言ってみろ」
「いやだなぁ、マサちゃん、魂胆なんかないよ、ハハハハ」
「嘘だな。お前は昔から心にやましいことがあると汗をかく。見ていて気持ちが悪くなるくらい汗をかく。ほれ、正直に言ってみろ」
「………」
そうだ、思い出した。こいつはそういう奴だった。一見温厚だが腹黒い。
「…分かったよ。話すよ。やっぱりマサちゃんにはかなわないなぁ」
俺にはかなうのか。くそぅ、ハカセのくせに。
「例年町会の三役と総務広報部長はね、前年度の役員たちが次年度の役員名簿の中からあらかじめ適任者を見つけてね、そいつらに事前に根回ししておくんだ」
「適任者?」
「前回の経験者とかやりたい奴だよ」
「やりたい奴なんているのか?」
「いるんだなこれが。高校の生徒会でもいただろ?生徒会長とか生徒会活動が好きな奴。とくにな、町会長は一種の名誉職みたいに考えているのがけっこういるんだよ。とくに年配者にはね」
「…そうなのか?」
「そうなんだよ。ところが今年度はなんの巡り合わせか、そういうのがいなかったんだね。なにしろ次期役員中ショウちゃんやマサちゃんみたいな役員初めてっていう人がほとんどでさ、副会長二人はなんとか頼み込んだけど、肝心の町会長と会計、総務広報部長がなかなか決まらない」
「小松崎と伊藤の二人だな」
「呼び捨てかよ。まあいいか、副会長なんて三役とはいえ実はたいしたことないからね」
たいしたことないのかよ。事前にそれ教えてよ、頼むから。俺がなるから。
「墨田会長たち現役員幹部は困ってしまってね。そんで総務広報と会計の経験のある僕んとこに相談しにきたわけだ、次期町会長やってくれ、ついては会計と総務広報部長の人選にも協力してくれってね」
「そうなんだ」
「うん、そんで名簿みたら二人の名前見っけてね、『小西君と東海林君と一緒なら町会長やってもいい』って言ったんだ、ハハハ」
「おい、ちょっと待て。修学旅行の旅行委員じゃないんだぞ。それにうちのおふくろには話しに来たようだけど、俺は何も聞いてないぞ。おいショウ君、お前んとこは?」
「来てねぇよ。どういうことだ?ハカセ!」
「いやぁ、墨田会長がね『あいつら二人なら俺の言うこと何でもきく。大丈夫だ、任せておけ』って言うもんだから」
はぁ、なんだ墨田のその根拠のない自信は?くそぅあの鼻毛男、自分を何様だと思っているんだ?
「…ふふふショウ君、これから墨田の家に行くぞ」
「おう、討ち入りだな。ちょうど雪だしな。それとも火ぃ点けにいくか?」
「まあまあ二人とも落着けって。もう夜も遅いんだからさ」
「なにがまあまあだ。お前も許さん。俺たちは関係ないだろ!」
「よし、まずはこの店に火ぃ点けるか?」
「物騒なこと言うなよ。悪かったって。謝るからさぁ」
「あたりまえだ、もっといい酒出せ!」
「分かったよ」
「あっ、俺にはなんか甘いもんも下さい」
「ハハハ、ちょっと待っててね」
ハカセは事務所の奥からエビスとでっかい箱に入った福井の水羊羹、お歳暮のあまり物らしいカニ缶とシャケ缶を持ってきた。
「なんだよ、この組み合わせは…。醤油と箸も欲しいな」
「スプーンもお願いします」
「はぁ、はいはい」
「早く取ってこいよ。それよりショウ君、墨田のチビは許せんな」
「うん。どうしてくれようか。火を点けるのは無理でも、夜中の無言電話くらいならいいんじゃないか?」
「いや、もっとこう、大衆の面前で恥をさらすような、くやしくてくやしくて泣いちゃうような、生きているのがいやになっちゃうような…」
俺より陰湿だな…。こいつだけは敵に回したくない。
「ハハハハ、そのへんにしておけよ。ともかく二人の仕事は僕が手伝うからさ」
「あたりまえだってーの。…それよりお前、よく町会長やる気になったな?この店、はやってないから時間はありそうだけどよ」
「失礼だなショウちゃん。実はね、この店意外ともうかってんだぜ」
「嘘つけ。見栄をはるな。客など見たこともない」
マサも失礼だな。
「ホントだって。確かに来店の小売はたいしたことはないよ。でも配達の注文はけっこうある。それより今うちの商売の主体はね、学校の給食センターとか老人ホームとかの契約なんだよ。マサちゃんとこの有料老人ホーム『さわやかホーム』さんも取引先だぞ」
「えっ、そうなのか?知らなかった」
「それでね、僕の仕事は注文先に米なんかを配達するだけなんだ。店のこととか経理とかはほとんど奥さんがやってる。だから時間はたっぷりあるんだ、ハハハ」
「いいなぁ、たっぷりあんのか?」
「うん。それにね、町会長になって他の町会とか市の関係者とか知り合いになれば、うちの販路も広がるかもしれないしね」
「…そんな打算が働いていたとはな。この野郎、お前んちは良くても、俺たちにはなんのメリットもねぇぞ」
「まあまあ。それにしてもマサちゃんを総務広報部長に出来なかったのは想定外だったなぁハハハハ」
「ふざけんな、この野郎!ほんとにうちは大変なんだ。嫁はいないし、おふくろは呆けてるし」
「おばさん、そんなに呆け進んでるのか?」
「……。実はそれほどではない。たまにボーっとしてたりするけど、わざと呆けてるふりをしたりしてな、年の割にはまだまだ元気」
同じような婆がうちにもいます。

「想定外といえば、結果として各部の部長さんが全員女性になったね」
「そうなのか?総務広報の堀北さんは覚えているけど」
「そうだよ。そもそも二十七人中十五人が女だったからね、しょうがないか…」
「なんでそんなに男が少ない?」
「ただ単に女性の寿命が長いから寡婦が多いのは仕方ないけどね」
「おお、こんな大雪のときは出動が多いな」
「ショウ君、そりゃJAFだ。酔ったのか、お前は?」
「ハハハ、それにな、よっぽどの高齢者じゃなければ男が役員になるとね、いやでも部長とか総務広報とかにさせられる。マサちゃんたちみたいにね。それを避けるためにわざと旦那は役員にならないで、奥さんに役員やらせるからね」
「な、なんと狡猾な…」
「だけど今回はその手は関係なかったみたいだな。部長四人全員女というのは、町会史上初めてだけどね」
「ふふふ、旦那たちの目論見が外れたわけだ。ざまぁみやがれ」
本当に陰湿な男だ。人の事は言えないけど。
「でも総務広報の堀北さん以外、三人とも寡婦だよ」
「おお、こんな大雪のときは」
「しつこいよ、お前は。でもそうなのか?」
「うん。ああ、今の総務部長の浅井さんも寡婦だよ」
「なんだと!あの人の場合は未亡人と言え!いいなあ、未亡人…、昭和のかほりが…」
「…酔ったな。それとも俺たちが知らないショウ君の人生の中で、変態的な何かがあったのかも知れんな」
「ハハハ、浅井さんは未亡人じゃないよ、離婚したんだよ、ハハハ」
「ハハハじゃねぇよ。笑って言うなよ。それに寡婦イコール未亡人だぞ、馬鹿」
「ああ、美味かったな水羊羹。余計、腹減ったな。こんだはカップラーメン下さい」
「…おい、一人であのでっかい水羊羹食ったのか?ビール飲みながら…。気味が悪いなこいつは。俺はペヤングがいいな」
「ハハハ、二人とも相変わらず人使いが荒いなぁ。ちょっと待っててよ、あったかなぁペヤング」
「マサ、ペヤングはないわ。湯切りがめんどくさいでしょ。少しは遠慮しろよ」
「お前に言われたくない」

「美味いな、ペヤング。ところでなんの話してたんだっけ?」
「未亡人の話だ」
「違うだろショウちゃん、部長がみんな女だという話だよ」
「そうだった。それでハカセよ、チビの墨田も言ってたが総務広報部長も大変なんだろ?うちの堀北新部長は大丈夫なのかな」
「そうだ、若妻の話だった!」
「うるせぇよ。お前は黙ってラーメン食ってろよ」
「ハハハ、大丈夫だと思うよ。僕も手伝うしさ、顧問の浅井さんもいるしね」
「やっぱ未亡人の話じゃないか」
「お前もう飲むなよ。そうか、ハカセはともかく浅井先生がいればなんとかなるか」
「いいな!その浅井先生という響き!先生というより『せんせえ』だな。チョークぶつけてくんないかなぁ」
「何言ってんだこいつは…。訳分かんねぇよ。こんなのが会計で大丈夫なのか?」
「ハハハ、大丈夫だよ。僕もいるしさ。ショウちゃん、土日は休みなんだろ?」
「なんで知ってる?」
「前におばさんから聞いてるよ。町会活動は基本、土日がメインだし、平日は僕が代行すればいい」
「おお、南田会長、エビスです。まあ一杯どうぞ!」
「おいショウ君、こいつにハメられたの忘れてるよ…。ハカセ、俺は土日が休みとは限らん。大丈夫か?」
「マサちゃんも任せておけって。休めないときは僕が代行するからさ」

「それにしても墨田はどうして、俺たちを意のままに動かせると思い込んでんだかなぁ」
「そう、それだ。あの自信はどこからくるのかなぁ。俺たち小学生の頃からあからさまに、あいつのこと馬鹿にしてたよなぁ。親父たちの前ではやたらペコペコしてさぁ、俺たちにはいばりくさりやがって…。『チビ』とか『鼻毛男』とか陰口たたいてたな」
「いやな小学生だったな、二人とも。でもチビは分かるけど、鼻毛男ってなんだっけ?」
「ほら俺たちの二年下だった墨田んちの息子がいただろ、猿によく似た」
「あぁ、いたいた。歩君だっけ?」
「確かそんな名前だったな。当時ひまわり幼稚園で飼っていたカニクイ猿にそっくりだったから、俺とショウ君で『カニクイ猿』って呼んでたら学校中ではやっちゃって、親父の墨田が学校に怒鳴り込んできたことがあったじゃないか」
「あぁ、あったあった、そんなことあったね。そうだ、それから墨田さんのこと『鼻毛男』って言いだしたんだ!でもなんで墨田さんは直接マサちゃんやショウちゃんちに行かなかったんだろうな?」
「それが小物の墨田の墨田たる所以だ。奴は俺たちの親父には死ぬまで頭が上がらなかったからな。敷居が高かったんだろうよ」
「そうだよ、あの時校長室に俺とショウ君が連行されてさ、墨田の親父から説教されてたんだけど、あいつの鼻毛がぼうぼうでそいつがおかしくておかしくて一生懸命我慢してたんだよ。そしたらショウ君が下向いて『鼻毛男』って言ったんだ。もう我慢出来なくてな、二人で腹抱えて笑ってたら、墨田は真っ赤になって激怒するし、担任や校長はあわてて墨田に謝るし…。俺は教師に殴られたのはあの時が初めてだった。ほんとにこいつはひどい奴だ」
「ハハハハ、そんなことあったねぇ」
「なにを言う。マサだって怒ってた墨田に『確かに僕とショウ君は歩君のことをカニクイ猿と言いましたが、学校中にはやらそうとしたのではありません。はやってしまったのは、みんなが僕たちと同じように歩君はカニクイ猿に似ていると思ったからです。似ている歩君が悪いと思います。そもそもそっくりなお父さんも悪いと思います』とか屁理屈言ったときはおかしくておかしくて死ぬかと思ったぞ。殴られて当然だ」
「ハハハハ、ひどい話だねぇ。昭和四十年頃の話だからいいけど、今だったらいろんな意味でダメダメな話だね」
「あのカニクイ猿はどうしてる?」
「歩君は高校生の頃までは生息が確認されていたけど、そういえば全く見てないな。絶滅でもしたかな?」
「…ハカセもなにげにひどいな。まあ猿のことはほっといて、鼻毛男の魂胆が分からん。俺たちがあいつの思い通りにはならんということは、いくらあいつが馬鹿でも分かると思うんだが…」
「あれから五十年近く経つんだよ、さすがにショウちゃんとマサちゃんも大人になってると思ったんじゃないかな」
「大人だろうが、立派な大人だよ!」
「立派な大人は年長者をチビとか鼻毛男とか言わないよ…」
「こいつ生意気な、ハカセのくせに…。あっ、分かった!マサ、これは鼻毛男の俺たち三人に対する嫌がらせだ!」
「…なるほど。町会のやっかいな仕事を俺たちに押し付けて、子猿のかたきを討ってやろうということか」
「三人じゃなくて二人だろ?」
「いつも一緒にいたんだ、お前も奴から見れば悪の一味の構成員だよ。いいかハカセよ、鼻毛は次期役員名簿を見た。おや、なんの巡り合わせか東海林・小西・南田の馬鹿息子どもが揃っているではないか。あのかわいい子猿の憎っくきかたきどもだ。これは千載一遇のチャーンス!」
「うーん、可能性としてはアリだな。事実、奴の思惑どおり事は進んでいる。ハカセは町会長、ショウ君は会計、ちょっとズレたけど俺は総務広報部員になっちまった。…ふふふハカセよ、お前の罪は重いぞ。もっといい酒持ってこい!」
「そこに戻るのかよ」
「すいません、俺には胃薬を。あぁ、胃がもたれる。できれば太田胃散、…いい薬だから」

 こんな馬鹿話をしていたらとっくに夜中の二時を回り、酔っぱらってしまった俺はマサとハカセに肩を借りて家まで帰ったらしい。よく覚えてない。
 翌朝、妻から
「アナタがあそこまで酔うなんて珍しいよね。お友達に会えてよっぽどうれしかったのね」
とか言われてしまった。ちょっと恥ずかしいが否定できなかった。あいつらとは何十年も話すことはなかった。チラっと姿を見かけたり、婆さんから噂話を聞くことはあっても、関心を寄せることなどなかったのにな。自分でも不思議に思う。
 これから始まる町内会活動のことを考えると憂鬱ではあるのだが、あの二人がいれば面白いことも起こりそうだ。朝飯を食いながらそんなことを考えていたら

「正志!うちの前だけ雪かきしてない!お前は痴呆症か!」
…忘れてた。うるさい婆だ。
「雪かきは忘れるし、三役は引き受けてくるし…。一度お医者さんに診てもらったら?今はね、痴呆を遅らすお薬があるんですって…」
…うるさい嫁だ。
 それから始めた雪かきは今朝の冷え込みで雪が固まってしまい、硬くて硬くて泣きたくなった。

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