町内会は面白いか?

東海林会計

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第九話 空き家対策

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第九話 空き家対策

 九月も半ばというのに真夏と変わらない暑さが続いている。虫に刺されるのが嫌で、長袖シャツなんぞを着ているからなおさらだ。

「…なあマサよ。なんで俺たちは日曜の朝からこんな暑い思いをしなくてはならんのだ?」
―ジャキッ!
「…俺に聞くなよ。そこで笑ってる腹黒メタボに聞けよ」
―バキッ!
「ハハハハ。まあまあ、これも町会業務だからしょうがないよ。お昼には堀北部長や浅井さんたちがなんかおいしいもの準備しといてくれるらしいからさ」
―ガサッ。

 そうだ、このメタボから「悪いけど日曜の午前中、手を貸してもらえないか?お礼に浅井さんと堀北部長たちがおいしいものを食べさせてくれるから」という電話をもらい、喜んで了承した俺が馬鹿だった。「少々片付けするから長袖長ズボンで」と言われたときに、なんで俺は怪しいと思わなかったのだろうか。
 数日前に堀北部長の住むブロックの住民から堀北宅に「隣の空き家の植木が伸び放題で毛虫だらけだ。雑草も伸び放題。空き缶などのゴミまで投げ込まれている。伸びた枝や草やゴミがうちの敷地に入り込まないよう、町会でなんとかしろ」という苦情が寄せられた。堀北は環境福祉部長に連絡をとり、環境部長は市役所に相談したのだが、市役所ではその空き家の所有者が管理すべきことなので勝手に処分はできないと言われてしまった。その旨を苦情申告者に報告したところ「住民が困っているのに町会は何もしないのか」と怒られてしまった。困ってしまった堀北と環境部長は町会長のハカセに相談して、ハカセが空き家の所有者をなんとか調べ上げ、その所有者の了解を得て俺たちがその空き家の庭の整理をしているということなのだ。

「そもそも所有者がやらなくてはいけないことなのに、なんで町会がやらねばならんのだ?」
―バキッ!
マサは伸びきった植木の枝を高枝切バサミで切りながらハカセに問う。
「所有者は以前ここに住んでいた住民の娘。でもって現在は嫁いでいて長崎県五島列島在住。管理しなくてはならないことは分かっているけれども、遠すぎて千葉まではいけない。建物以外はどうしてもらってもいいので、申し訳ないが町会さんでなんとかしてくれないかと」
―ガサッ。
落ちた枝をハカセが束ねながら答える。
「な、なんという無責任な!お前もお前でお人よし過ぎる!」
―ジャキッ!
俺は低木の枝や伸びた雑草の茂みを刈込鋏で刈り込みながら吠える。
「まあまあ、思っていたより庭の中は荒れていなかったからさ、すぐ終わるよ。ハハハハ」
―ガサッ!
「ハハハハじゃねぇよ!文句つけてきた隣の住人とやらは手伝いに来ないのかよ!」
―ジャキッ!
「お、おい、ショウちゃん、声でかいって!」
―ガサッ!
「ハカセ、ショウ君はわざとでかい声出してんだよ。俺も申告者はどうかと思うぞ。顔も出さんのだからな」
―バキッ!
「そうだぞ。町会はなんでも屋ではないのだよ。そのうち『隣の井上さんのオヤジのうがいの音がでかい。キモイ。なんとかしろ』とか言ってくるぞ。実際うるさいんだよ、あの親父…」
―ジャキッ!
「あー、あるよねぇ、きっと。実はすでに四菱OB野球部恒例の公園宴会がうるさい、なんとかしろっていう苦情があるんだよねぇ」
―ガサッ。
「あれは確かに異常な日常風景だ。日曜の公園は浅草の煮込屋じゃないんだからな」
―バキッ!
「まあ、それについては文書と一緒に墨田さんに改善を申し入れてあるから、あとはあの人に任せちゃうけどね。ハハハ」
―ガサッ。
「墨田といえば墨田がいないではないか?こんな仕事こそ野球部の奴らに任せちまえばよかったのによ」
―ジャキッ!
「最初に『野球部さん手伝って』って墨田さんに声かけたよ。そしたらさ、その日は野球部のゴルフコンペだから無理だってさ」
―ガサッ。
「またゴルフかよっ!野球部なんだから野球しろよ!あの爺ども、ホント役立たねぇな。じゃあ、堀ちゃんと浅井先生は?」
―ジャキッ!
「毛虫が怖い」
―ガサッ。
「ふ、ふざけんなっ!なにカマトトぶってんだ!環境福祉部のばば、じゃない奥様方もこうやって草刈したりゴミ拾いしてるではないか」
―ジャキッ!
「だからふるさと会館でお昼ご飯を用意してくれるということだ」
―バキッ!
「マサ、テメェも了解したのか!なんということだ。じゃあ俺もヤブ蚊が怖い!怖いから笠井酒店で冷たいビール買ってな、涼しい会館で飲みながらお前ら待ってるわ!」
―ジャキッ!
「子供かよ、こいつは…」
―バキッ!
「子供はビール飲まねえよ」
―ジャキッ!
「ハハハハ」
―ガサッ。
「笑い事ごとじゃねぇよ、だいたいお前らはよ…」

―おーい、おじちゃーん!
麦わら帽子をかぶった可愛らしい少女と可愛らしい幼女がやってきた。
「おう、有希ちゃんと舞ちゃんではないか。どうした?」
「ママたちがおじさんたちのお手伝いしてきなさいって。有希も舞ちゃんも頑張るよ」
「うん、がんばる」
…くそぅ。あいつら姑息な手を使いやがって。これではおじさんは頑張るしかないではないか…。

 少女と幼女にも手伝ってもらって、と言っても二人は遊んでいただけだったが、昼前にはどうにか片付け終わった。けっこうな量となったゴミは明日の月曜に市で持って行ってくれるらしい。
 すっかり汗だらけになった俺たちは一度自宅に帰ってシャワーを浴びてから、会館に集まった。堀北たちの用意してくれたものはカレーライスに野菜サラダ、酒のツマミのつもりでどこかのスーパーで仕入れてきたオードブルセット。集まった十五人ほどで楽しむには十分の量だ。
「うははは、俺はカレーにはいささかうるさいのだ。うーん、少々甘すぎないか、このカレーは。だいたいカレーというものはな」
「まいちゃんもゆきちゃんとカレーつくるの、おてつだいしたんだよ。おじさん、おいしい?」
「甘いけどおいしいねぇ。カレーは甘くなくっちゃねぇ」
「うん、まいちゃんはあまいカレーがすき!」
「そうか、そうか。おじさんももう年寄りだから刺激物はいかんのだよ。甘いカレーがいちばん!」
「なに爺様ごっこしてんだよ、ショウ君…」
「うるさい!マサもつべこべ文句言わないで、この甘いカレーを食え!」
「…文句言ってんのはお前だろうが」
「ハハハハ、でも本当においしいね。お腹減ってるから何でもおいしいや」
「あ、会長さぁん、それはひどいですよぉ。全然褒めてないですよぉ」
「ふふふふ、珍しく堀北部長たちの前で本音が出たな。腹黒メタボが」
「…ハ、ハハハ。ハハハハ」
「うははは。笑ってごまかすなよ。その気持ちの悪い大汗をコレで拭きなさい」
「ハハハ、今日も暑いねぇって、これ台ふきじゃないか?」
「お前なんかそれで十分だ」

 食事も終わり大人たちは酒盛り、子供たちは二階の和室で遊んでいる。
「だけどよ、今日みたいな空き家の問題はこれから増えていくんだろうなぁ。うちの並びにも一軒、空き家があるもんな」
「そうだね、この町会内に空き家は二十一軒あるけど所有者がはっきりしない家が約半数あるらしい。今日の空き家はたまたまご近所の人がお嬢さんの連絡先を知ってたから良かったけど、所有者が分からなければどうすることも出来ないからねぇ」
「うちの裏の空き家は草木はたいしたことないけど、ボロボロになった車がカーポートに置きっぱなしでな。そのうちガソリンとかオイルが漏れ出すんじゃないかとおふくろが心配している」
「マサんちの裏の家といえば書道の先生の家ではないか。ガキの頃ハカセとかよっていたことがある。言葉通り三日坊主で辞めてしまったけどな、うははは」
「東海林さぁん、その書道塾辞めなければよかったのに。そうすればぁ、きっとあんな幼稚な字にはならなかったですよぅ」
「しっ失礼な!堀ちゃん、俺の字は幼稚ではなく個性的なだけなのだ。君は年配者にはもっとこう優しくな、気を使ってだな…。と、ともかく、書道の先生の家は空き家になっているのか?」
「ああ、数年前に先生は亡くなってな。奥さんはその前に亡くなっているからな。確か息子がいたはずだが消息不明だそうだ。先生のご葬儀も入院先近くの斎場で家族だけで行ったらしくてな。近所の人間はあの家がどうなるのか、今誰が管理しているのか何も分からんのだ」
「マサちゃんの言うそのパターンが一番困るんだよねぇ、連絡先が分からないと動きようがないからね。不動産屋とかに売却していれば、その不動産屋が管理してくれるんで助かるんだけどさ」
「なるほどなぁ。この町内の空き家は今のところ比較的ボロっちい空き家はないみたいだけど、将来的には廃屋と呼ばれるようなものに進化するからな」
「…東海林さん、それって進化って言うんですか?」
「ふふふふ、浅井さん、こいつはツッコミを期待してわざとボケたこと言うから、気にしないほうがいい」
「えぇ?もう素でボケちゃってるんじゃないですかぁ?」
「きっ、君に言われたくないな、堀ちゃん」
「ハハハハ、ともかく防犯上よろしくないからね。防災防犯部のパトロールでも空き家は必ずチェックしてもらっているんだよ。なにしろ去年みどり町で空き家に空き巣が入ってさ、中に残っていた電化製品と着物が盗まれたという犯罪があったからねぇ。盗難だけならまだしも、火でも点けられたりしたら大変だよ」
「火を点けるって、なんで火を点けられるんですかぁ?放火とかですかぁ?」
「いいか、堀ちゃん。例えばマサが空き巣に入って、その家に目ぼしい物が何もなかったとする」
「…おい」
「せっかく苦労して侵入したのに金目の物がないことに怒ったマサは、『くそぅ!こんな家燃やしてやるわっ!』と言って持っていたライターで襖に火を点ける」
「なるほどぉ、小西さんならアリかも」
「…おい」
「それからな、犯罪を犯したマサが職を失い浮浪者になったとする」
「…おい」
「寒い冬の日だ。北風もきついしどこかで暖を取ろうと空き家に忍び込んだマサは、『うう寒い。こんなんじゃ眠れねぇぜ。どうせ空き家だ。この板の間でたき火でもするか』と言って持っていたマッチでシュッと」
「なるほどぉ、小西さんなら」
「いいかげんにしろよ、お前ら」
「ハハハハ、ともかく空き家があったとしても不動産屋とか所有者がさ、キチンと管理していてくれれば何の問題もないんだけどねぇ」
「これからも今日のようなことが増えて、町会が振り回されるんでしょうね」

「そういえば、とうとう郵便ポスト立ったじゃないか」
「あれ可愛いですよねぇ、赤くて」
「…堀ちゃん、郵便ポストは普通赤いぞ」
「ハハハハ、昨日設置に来たんだよ。使用開始は来週の月曜からだって」
「私も昨日立ち会いましたけどぉ、墨田さんがはしゃいでましたねぇ。拍手なんかして『ヒロシ、でかした!へへ』とか言っちゃって。ちょっと引いちゃいましたぁ」
「堀ちゃん、今の微妙に似てたな」
「ふん、あいつはみどり町じゃなくてうちの町内に立ったのがよほどうれしいんだろうよ」
「ハカセよ、みどり町の大竹町会長は何も言ってこないのか?あ、まだ知らないのか」
「ああ、知ってるみたいだよ。設置工事の立会にきた郵便局の人が大竹さんに、菱町町内に立つことになりましたって電話したんだってさ。相当ショックだったみたいで、電話でグジグジとゴネられて困ったって郵便局の人が言ってたよ、ハハハハ」
「ああ、またこうやって菱町はみどり町に怨まれていくわけだ」
「怨むなら流川郵便局だよ。うちの町会は関係ないよ、ハハハハ」
「こんな狡猾な男が相手なんだから、みどり町の大竹も可哀そうだな」
「それにしても最近のポストは差出口が大きいですよね」
「浅井先生、あれはレターパックとかスマートレターとか郵便局で売っている自社製品をだな、差し出しやすいように改良しているのだ」
「へえー、そうなんですか。でも集める郵便屋さんも大変ですよね。一個一個ポストの鍵を開けて、中の郵便物取り出して」
「そうでもないのだ。そもそもこのあたりは郵便局員がポストを開けたりしない。下請けの会社に委託して開けてもらっている。まあ、田舎のほうではまだ郵便局員が配達しながらポストを開けてるところもあるけどな」
「そうなんですか。知らなかった」
「ついでに言うと、基本的に一本の鍵で自分が開けるポストが全て開けられるようになっているのだ。それにポストの中から郵便物を取り出すというより、ポストの中に吊るされている郵袋という郵便物の入った袋をな、そのまま入れ替えるだけなのだ。猿でも出来る」
「猿は出来ないだろう」
「ハハハハ、ショウちゃん、貯金屋さんなのによく知ってるね?」
「俺はそもそも郵便局に採用されたときは郵便課という郵便のお仕事をする所に配属されたのだ。しかし上司の言うことを素直に聞かず、屁理屈ばかりこねるので八か月で貯金課に異動させられてしまった。だから少しは郵便の仕事も知っているのだよ。これでも苦労をしたのだ、うははは」
「…苦労したのはその上司だろうな」

「あ、そうだ。一度聞いてみようと思ってたんですけどぉ」
「なんだい?堀北さん」
「墨田さんの病気ってぇ、結局何だったんですかぁ?病気って伺ったんですけどぉ、お祭りのときとかお元気そうだったじゃないですかぁ。ご本人に聞いたら『いや、まあ、へへへ』っとか言ってハッキリ教えてもらえなかったんですよぉ」
「………ハハハハ」
「…堀北部長、墨田本人に聞いたのか。たいしたもんだ」
「うははは、堀ちゃん墨田のマネ、なかなか上手いぞ。そうかそうか、聞きたいか?そうかそうか」
「堀北さん、個人のご病気のお話だから、やめておきましょう?」
「うははは、堀ちゃん、カイチュウって知ってるか?」
「おい、ショウ君、やめておけ。食事中だぞ」
「食事中だといけない病気なんですかぁ?」
「いやいや、病気に食事中もクソもあるもんか。カイチュウだけに、うははは」
「マサちゃん、マズイよ。ショウちゃんにこの手の話させるのは」
「ああ、こいつは子供の頃とちっとも変っとらんのか…」
「なあ、カイチュウって知ってるか?」
「懐中電灯?懐中時計?」
「うははは、近いな。回る虫と書いてカイチュウと読む」
「何が近いんだよ。よせって、その話はよ」
「ムシ?虫なんですか?」
「堀北さん、やめなさいって」
「そうなんだよ、堀ちゃん。じゃあ、ギョウチュウって知ってるか?」
「ギョウチュウ?ギョウチュウって、あっ、あのギョウ虫?まさか回虫って、ギョウ虫のお友達…」
「うははは、『お友達』!回虫とギョウ虫がお友達!うはははは!たまらん、これはたまらん!」
「堀北さん……」
「あわわわっ!いいです、いいですぅ。東海林さん、もう分かりましたぁ!」
「うははは、お友達ではないなぁ。では詳しく回虫とギョウ虫の違いについて教えてあげよう。そもそも回虫とギョウ虫では太さで説明すると稲庭うどんと極細のソーメンくらい」
「いいかげんにしろっ!」
「分かった、分かった。悪かった、悪かったって。でも、うははっ、回虫電灯か。うはは、だったらギョウ虫電灯…。うはは、うははは」
「あのなぁ…」
「だったら懐中汁粉なる飲み物はそれが入ったお汁粉か、お湯を注いで…。うははは、すっげぇなぁ」
「おいっ!…ダメだこいつは」
「…どうせだったらこの話題は、さっきカレー食ってたときに」
「ショウ君!」
「東海林さん!」



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