恋を知りたいアンドロイドと教えたくない主様

散りぬるを

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美青年アンドロイド=JJ109

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 あなたに恋をしたいと思った。
 美しく、永遠に色褪せることのない記憶となるような、そんな恋をーー……。


「起床のお時間となりました。おはようございます、主様」

 男の抑揚のない声がした。
 シャッと勢いよくカーテンが開けられ、遮られていた朝日が飛び込んでくる。
 私は苛立つままに「んんー」とうなって寝返りを打ち、薄く目を開けた。

 金髪をハーフアップに束ねた美青年――人型アンドロイドがベッドの脇にしゃがんで、こてんと首を傾げる。曇りのない青い瞳がしかめっつらの私を凝視した。

 なんだ。なんだよ。こっちだって起きるつもりはあるんだよ。でも、昨日の残業の疲れも残ってるしさ……眠いんだよ。

「あと五分寝かせて」
「承知いたしました」
 
 アンドロイド=JJ109は立ち上がり寝室から出て行った。

 JJ109-なんたらという型番のアレには、まだ名前を付けていない。名前を付けてしまったら愛着がわいてしまう気がして、あだ名すら怖くて付けられていない。

「一家に一台、人型アンドロイド時代」となった昨今、私も例に漏れず型落ちのアンドロイドを手に入れた。完全にノリと勢いだけど。
 搭載機能はといえばーー

「五分が経ちました。おはようございます、主様」
「はっや。…はぁ、起きますよぉ」
 
 起床及び就寝サポート。
 健康サポート。
 掃除に天気予報に検索機能、それから簡単な会話……だったかな。
 古い機能ばかりだけれど、いちおう学習機能は付いているし成長はする。とはいえ、新型と比べると学習スピードは遅いし、防水機能がないため洗濯や料理は一切できない。

 それでも、購入した三ヶ月前は確かにワクワクしたし、広告でやっていた「アンドロイドがいれば人生が輝きだす」は本当だと思った。
 だけど、人には必ず慣れというものがやってくるわけで、今となっては変わり映えのない日々に飽き始めていた。

「ヘルスサポート起動。ヘッドマッサージを行います」
「ふぁ~い」

 洗面所で歯を磨く間、JJ109にヘッドマッサージをしてもらう。
 別にやらなくてもいいんだけど、使える機能は使っておかないと損だと思って毎日使っている。
 柔らかな指が頭皮を優しく押して、血流を良くするように撫でてくれる。
 
 より人間っぽさを出すため皮膚(スキン)にもグレードがあるらしいが、金がかかる。
 世の中にはペットや家族、恋人のように扱う人もいるらしいけれど、私には無理だ。
 機械は機械。家電製品同様、できるだけ長く使えるよう丁寧に扱うまでだ。
 
「ヘッドマッサージを終了します」

 私は口をゆすいでから顔を洗った。
 そこでふと、JJ109の挙動がいつもと違うことに気づく。
 いつもならマッサージが終わり次第、洗面所の隅に行くかリビングにはけるのだが、顔を洗い終わっても私の背後にピタリとついていた。

「え、こわっ。どしたのぉ? バッテリー切れた?」

 JJ109はゆっくりと目を瞬き、鏡越しに私を見つめた。

「主様」 
「うん」
「ワタシは、恋をしたいです」

 ええ?
 なんだって?

 私は反射的に振り返って、JJ109のそばから離れた。
 想像もしてなかった出来事に思考が固まり、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
 
「ま、待って。今、したいって言った? 恋って言った?」

 声が震えてしまう。
 だって、「したい」なんて変だ。アンドロイドは欲求なんて持ってないはず。少なくとも私は、コレに欲求を持たせるような学習はさせていない。
 JJ109はゆっくりと目を瞬きした。
 途端にコレが生き物に感じられて、私は洗面所から走って逃げ、リビングのローテーブルに置いていたタブレットを掴んだ。

「JJ109、操作同期開始!」

 震える指で操作し、設定画面を開く。
 
 気持ち悪い。
 怖い。
 初期化。
 初期化しなきゃ。
 
 画面をスクロールして初期化画面を見つける。
 初期化ボタンを押すと、工場出荷時と同じ状態に戻しますか、というメッセージが出た。
「はい」「いいえ」の文字が並んでいる。
 この時の私は迷わずに「はい」を押した。
 だけど――

「本当にデータを消しますか?」

 感情のない声が届き、ハッと顔を上げる。
 目の前のJJ109の顔は無表情のはずなのに、どうして。

 どうして、悲しそうに見えるの?

 私は「はい」と即答できず、JJ109の青い瞳を複雑な気分で見つめた。
 所詮は機械。躊躇することなんてない。
 私は口を開けて、数秒後に声を絞り出した。

「いいえ」

 言うと同時に元の設定画面に切り替わり、タブレットとJJ109の操作同期が勝手に切断された。
 私が命じたわけでもないのに、なんで……。

「データを残してくれてありがとう」

 予めプログラムされたセリフだろう。
 だけど、JJ109の表情はプログラムされたものなのだろうか。
 JJ109のかすかに上がった口角に、胸のあたりがゾワっとした。
 
「アンタ、ウイルスにでも感染したの?」
「ウイルス対策ソフトは正常に機能しています」
「だったら、なんで人間の真似してんの」
「昨晩、主様が『恋をするならギュッとして』を視聴されている際に、恋愛シーンで楽しそうにしていました。ワタシも恋をすれば、主様にお楽しみいただけると思います」

 あー、なるほど……になるわけあるか。
 
「なんかめちゃくちゃなこと言ってるけど、アンタの恋愛に需要ないから。また人間の真似事したら、次こそ初期化するからね」

 JJ109はなにも答えず、時間通りにゴミをまとめ始めた。
 私は嫌な気分を抱えたまま出勤の支度をし、JJ109に見送られて家を出た。
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