1 / 6
美青年アンドロイド=JJ109
しおりを挟むあなたに恋をしたいと思った。
美しく、永遠に色褪せることのない記憶となるような、そんな恋をーー……。
「起床のお時間となりました。おはようございます、主様」
男の抑揚のない声がした。
シャッと勢いよくカーテンが開けられ、遮られていた朝日が飛び込んでくる。
私は苛立つままに「んんー」とうなって寝返りを打ち、薄く目を開けた。
金髪をハーフアップに束ねた美青年――人型アンドロイドがベッドの脇にしゃがんで、こてんと首を傾げる。曇りのない青い瞳がしかめっつらの私を凝視した。
なんだ。なんだよ。こっちだって起きるつもりはあるんだよ。でも、昨日の残業の疲れも残ってるしさ……眠いんだよ。
「あと五分寝かせて」
「承知いたしました」
アンドロイド=JJ109は立ち上がり寝室から出て行った。
JJ109-なんたらという型番のアレには、まだ名前を付けていない。名前を付けてしまったら愛着がわいてしまう気がして、あだ名すら怖くて付けられていない。
「一家に一台、人型アンドロイド時代」となった昨今、私も例に漏れず型落ちのアンドロイドを手に入れた。完全にノリと勢いだけど。
搭載機能はといえばーー
「五分が経ちました。おはようございます、主様」
「はっや。…はぁ、起きますよぉ」
起床及び就寝サポート。
健康サポート。
掃除に天気予報に検索機能、それから簡単な会話……だったかな。
古い機能ばかりだけれど、いちおう学習機能は付いているし成長はする。とはいえ、新型と比べると学習スピードは遅いし、防水機能がないため洗濯や料理は一切できない。
それでも、購入した三ヶ月前は確かにワクワクしたし、広告でやっていた「アンドロイドがいれば人生が輝きだす」は本当だと思った。
だけど、人には必ず慣れというものがやってくるわけで、今となっては変わり映えのない日々に飽き始めていた。
「ヘルスサポート起動。ヘッドマッサージを行います」
「ふぁ~い」
洗面所で歯を磨く間、JJ109にヘッドマッサージをしてもらう。
別にやらなくてもいいんだけど、使える機能は使っておかないと損だと思って毎日使っている。
柔らかな指が頭皮を優しく押して、血流を良くするように撫でてくれる。
より人間っぽさを出すため皮膚(スキン)にもグレードがあるらしいが、金がかかる。
世の中にはペットや家族、恋人のように扱う人もいるらしいけれど、私には無理だ。
機械は機械。家電製品同様、できるだけ長く使えるよう丁寧に扱うまでだ。
「ヘッドマッサージを終了します」
私は口をゆすいでから顔を洗った。
そこでふと、JJ109の挙動がいつもと違うことに気づく。
いつもならマッサージが終わり次第、洗面所の隅に行くかリビングにはけるのだが、顔を洗い終わっても私の背後にピタリとついていた。
「え、こわっ。どしたのぉ? バッテリー切れた?」
JJ109はゆっくりと目を瞬き、鏡越しに私を見つめた。
「主様」
「うん」
「ワタシは、恋をしたいです」
ええ?
なんだって?
私は反射的に振り返って、JJ109のそばから離れた。
想像もしてなかった出来事に思考が固まり、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
「ま、待って。今、したいって言った? 恋って言った?」
声が震えてしまう。
だって、「したい」なんて変だ。アンドロイドは欲求なんて持ってないはず。少なくとも私は、コレに欲求を持たせるような学習はさせていない。
JJ109はゆっくりと目を瞬きした。
途端にコレが生き物に感じられて、私は洗面所から走って逃げ、リビングのローテーブルに置いていたタブレットを掴んだ。
「JJ109、操作同期開始!」
震える指で操作し、設定画面を開く。
気持ち悪い。
怖い。
初期化。
初期化しなきゃ。
画面をスクロールして初期化画面を見つける。
初期化ボタンを押すと、工場出荷時と同じ状態に戻しますか、というメッセージが出た。
「はい」「いいえ」の文字が並んでいる。
この時の私は迷わずに「はい」を押した。
だけど――
「本当にデータを消しますか?」
感情のない声が届き、ハッと顔を上げる。
目の前のJJ109の顔は無表情のはずなのに、どうして。
どうして、悲しそうに見えるの?
私は「はい」と即答できず、JJ109の青い瞳を複雑な気分で見つめた。
所詮は機械。躊躇することなんてない。
私は口を開けて、数秒後に声を絞り出した。
「いいえ」
言うと同時に元の設定画面に切り替わり、タブレットとJJ109の操作同期が勝手に切断された。
私が命じたわけでもないのに、なんで……。
「データを残してくれてありがとう」
予めプログラムされたセリフだろう。
だけど、JJ109の表情はプログラムされたものなのだろうか。
JJ109のかすかに上がった口角に、胸のあたりがゾワっとした。
「アンタ、ウイルスにでも感染したの?」
「ウイルス対策ソフトは正常に機能しています」
「だったら、なんで人間の真似してんの」
「昨晩、主様が『恋をするならギュッとして』を視聴されている際に、恋愛シーンで楽しそうにしていました。ワタシも恋をすれば、主様にお楽しみいただけると思います」
あー、なるほど……になるわけあるか。
「なんかめちゃくちゃなこと言ってるけど、アンタの恋愛に需要ないから。また人間の真似事したら、次こそ初期化するからね」
JJ109はなにも答えず、時間通りにゴミをまとめ始めた。
私は嫌な気分を抱えたまま出勤の支度をし、JJ109に見送られて家を出た。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる