媚薬恋愛〜堅物女隊長は貴公子顔の部下から一途に愛され落ち着かない〜

散りぬるを

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美しき白亜たち

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 青と茜が入り混じる秋の夕空に、黄金色の光が射す。目に染みるほどの陽光がトルダナの町を照らし、色なき風が収穫祭の飾りを揺らしていった。
 収穫祭は昨夜から始まっていた。収穫作業を終えた夜は悪魔に仮装し、飲んで食べて歌い、悪魔に目をつけられないように身を守るのが習わしであった。二日目の今日は、朝から神に祈りを捧げ、慎ましく過ごすというしきたりなのだが――見物客も訪れるほどの賑わいをみせ、祈りを捧げるような静粛さはない。町中が収穫物で装飾され、屋台が立ち並び、ランタンが煌々と輝いていた。
 収穫祭を楽しむ市民と外から来た見物客でごった返す大通りを、異様な空気をまとった一団が迷いのない足取りで進んでいた。

白亜はくあだ」
「天使さまたちだ」
「なんて美しい人……」

 ヒソヒソと市民が囁き、天使協会の構成員に道を空ける。
 先頭に立って颯爽と歩くシエラ・オルコックは、今年で二十六歳になる。
 白銀の髪は肩のあたりで切り揃え、髪の上半分だけを結っていた。
 みずみずしい唇に、薔薇色の口紅をすこしの乱れもなくひいているところに、彼女の美意識が表れている。
 煉瓦道をコツコツと小さな音を立てて歩くブーツはよく磨かれており、目立った汚れはなかった。麻色のローブの下に着ている白いシャツも、茶色のベストとスラックスも全て皺ひとつない。肩がけにした空のずた袋さえも大切に扱われていることがわかる。
 緑色の瞳を隠すように垂らした前髪の下、彼女の凛として冷たい目は、収穫祭に賑わう人混みへと鋭い視線を送っていた。

 シエラの後ろに続く天使協会の構成員はみな一様に真珠のように白い肌をもち、白銀の髪、緑色の瞳をしていた。もとはこの国を形成する民族らしく茶色の髪と瞳をしていたが、人間離れの能力に目覚めたとき、このような姿に変わり果てた。
 クリステ教会の聖女の話は民衆に知れ渡っていたものの、いつしか人々はこの変異を「大天使の祝福」ではなく「白亜化」と呼んだ。白亜と聞けば、すべての民がありがたがったのは過去の話。いまでは、白亜は蔑称だ。天使協会の構成員というだけで「天使さま」と言う者もいるが、どちらかというと、白亜と呼ばれることのほうが多い。
 シエラは白亜と呼ばれるたびに、感情こそ表に出さなかったが、内心ひどく不快で、己の身を忌々しく思った。

「シーエーラ、さん」

 視界の端にひょっこり現れた長身の男、ウルク・ティレットがシエラの顔を覗き込み首をかしげる。

「もっとゆっくり歩こうよ。というか、顔が怖いよ? どうしたの、緊張してる?」

 鋭くも甘やかな目元が、面白がるような色を浮かべた。
 シエラと同じ白亜だというのに、この男のクセの強い短髪はときおり虹色の光沢をみせた。瞳の色もどこか他の者とは違う。見た目が特別だと目覚めた能力も特別なのか――魔法など何百年も前に失われた力だというのに、この男は自由に空を舞い、飛べるのだ。白亜で同じ能力に目覚めたものは他にいないと聞く。
 そんな自分が特別だと理解してか、それとも、礼節というものを教わってこなかっただけなのか。
 いずれにせよ、ウルクは二十一歳と年下にも関わらず、やけに砕けた調子で接してくる。付き合いはかれこれ三年近くになるが、親しくするような間柄ではない。この男になにを言ったところで無駄だと悟った――二年前に。
 シエラはウルクを一瞥いちべつし、ふんと鼻を鳴らした。

「そんなわけないだろう」
「じゃあ、お腹すいた? さっきから風に乗って良い匂いが……あ、そうだ。ウィッチを捕まえたあと、一緒に屋台巡りしようよ」
「そんな暇、あるわけないだろう」
「暇があったら一緒に行ってくれるんだ」
「行かない」
「即答しないで、もっとよく考えてよ」

 魔術師集団を名乗るウィッチという組織の壊滅。それが、フルーア大公国の国王より天使協会に命じられた任務であった。
 魔法が失われたいま、魔術師集団とは名ばかり。ウィッチは依存性の高い怪しい薬を製造しては、国内にばら撒き金を集める犯罪組織だ。
 シエラたちは二ヶ月前にヨンパルト伯爵に招喚され、トルダナで流通し始めた薬について調べるよう依頼を受けた。ヨンパルト伯爵曰く、おそらくウィッチが関わっているであろうとのこと。
 聞き込みや被害者の証言を得ていくうちに、その薬は媚薬だと判明した。即効性が高く、持続時間も長い。服用後に交合セックスをすれば、想像を絶するほどの快楽を得ることができるという。薬物自体の依存度は低いが、あの快楽を知ったら借金をしてでも手に入れたくなるらしい。
 
 シエラたちはウィッチと繋がる売人を何人か確保したが、奴らは逃げる際に必ず媚薬の入った瓶を割ってから逃げた。乳白色の液体は、シエラたちの目の前で一滴残らず霧散した。
 売人の間では、揮発性の媚薬について、その性質から《マーメイド》と呼ばれていた。《マーメイド》はトルダナにじわじわと広がり、風紀を乱すだけでなく廃人を生み出していた。
 揮発性の媚薬などどうやって生み出せるというのか。まさか、彼らは本当に魔術師なのか。その製造方法とは。
 幾つも浮かび上がる疑問と山積する問題を解決するため、シエラたちは今日までウィッチを追っていた。
 そして今日は、追跡班が突き止めたウィッチの隠れ家を叩く日であった。すべての真相を暴くため、シエラはウルクを含めた五人の仲間を引き連れて、隠れ家へと向かっていた。
 それなのに。

(こいつはなぜこうも気の抜けたことばかり)

 シエラはため息に苛立ちをにじませた。

「ねぇ、シエラさん」
「この祭りは嫌いだ」
「え? なんで」

 収穫祭はトルダナだけではなく、国内の各地で行われている。いまごろ、シエラの故郷も収穫祭で賑わっていることだろう。平民は平民らしく、貴族は貴族らしく、祭りを楽しんでいるはずだ。
 
「詮索するな、話す気もない。嫌いなものは嫌いなんだ。……女を連れて歩きたいなら他をあたれ。お前と並んで歩きたい女なら、いくらでもいるだろう」

 ウルクの見てくれは悪くない。むしろ、どんな男も敵わぬほどに整った面立ちをしている。例えるなら、おとぎ話の貴公子といったところか。しかし、性格も所作も貴公子とはかけ離れている。粗暴で無責任。気の向くままに行動し、命令に納得できなければ従わないような男だ。
 シエラは、協会の上層部から目をつけられたウルクの監督官に任じられ、問題行動を起こさないよう監視するよう命じられていた。要は面倒ごとを押し付けられたのだ。
 外見がいくら良くとも内面を知った現状で、この男にときめくような心は持ち合わせていない。

「俺はシエラさんがいいの。三年前からずっとそう言っているでしょう? ね、俺って一途で、誠実だと思わない?」
「誠実だと……?」

 ――どの口が。

「私情を挟まず任務をやり遂げる男のほうが好みだ」
「シエラさんと組んでから真面目にやってるよ、俺」

 非常に気に食わないが、これは事実だ。作戦中にシエラが命じればウルクは素直に従った。まるで忠犬のような従順さであったが、相手はシエラに対してだけ。シエラが不在となれば、勝手気ままな行動をとる。
 懐かれるだけならまだしも、この男はシエラを好きだと言う。好意を抱かれるような出来事などあっただろうかと頭を巡らせるが、なにひとつ思い当たらなかった。それに、いつもおどけた調子で笑って好意を伝えてくるので、どこまでが本心かはわからない。だから、相手にはしないし、じゃれているだけと認識することにした。

「だったら、祭りのことは後にしてよく目を光らせておけ。ウィッチどもが潜んでいるかもしれないからな」
「あ、シエラさん」
「なんだ」
「ちょっとじっとして」
「はあ? いい加減にしろ、ウルク・ティレット」

 シエラは足を止めて振り返った。

「いつもいつも、お前の戯れに付き合っている暇は」

 ウルクはニコッと爽やかな笑みを浮かべ、自らの右側頭部を指差した。

「羽虫がついてるよ、頭に」
「キャアッ」

 ちいさな悲鳴が衆目を集めた。
 羽虫の四足が自分の髪に埋まっていくと思うとおぞましくてたまらない。追い払いたいのに触れるのも汚らわしく、頭を振ることしかできなかった。集まる視線にカッと頬が熱くなる。
 
「キャア、だって。可愛い」
「取れ! 誰か早く取ってくれ!」
「いま追い払ってあげるから、じっとして」

 首をすくめて固まるシエラにそっと近づくウルク。
 しっしと羽虫を手で追い払ったあと、流れるような自然さで、長い指がシエラの乱れた髪を撫でつけ丁寧に整えた。
 予想もしなかったことに瞠目したシエラは、優しい手つきにどう反応すればいいのかわからず、礼を言うだけにとどめた。
 どういたしまして、と声が降ってくる。
 どうせあの憎たらしい笑みを見せているのだろうと顔を上げれば、柔らかい微笑みがそこにはあった。
 シエラが呆気に取られて硬直したことで、ふたりの間に奇妙な空気が流れた。
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