恋する幼馴染

散りぬるを

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 気を取り直して、エレベーターから降りて会社を出る。蒸し暑い空気に顔をしかめ、鞄からスマートフォンを取り出した。
 冬馬に折り返しの電話をかけながら、駅の方へと歩く。

「もしもし。うん、遅くなってごめんね。それで、話ってなに?」
『実はお願いがあって』
「どうしたの?」
『今晩、泊めてほしいんだ』
「えっ」
『俺の家のエアコンが故障したんだ。それで』

 雪が一人暮らしをしているアパートと、冬馬が通う大学は同じ市内だった。そして、彼が一人暮らしをしていることは知っていた。
 冬馬の話では、エアコンが経年劣化で故障し、新しい物と交換してもらえるまで、友人の家を転々としているらしい。今日泊まるはずだった友人宅は、その家主の彼女が来るらしく、泊まることができなくなったそうだ。
 まだ夏休みに入っていない為、大学の授業とバイトの都合で、県外の実家にも帰れず困っているとのこと。
 連日の熱帯夜では、クーラー無しでは地獄だろう。下手をしたら熱中症になり、危険な状態になるかもしれない。
 だがしかし、今夜は冬馬を家に上がらせるわけにはいかない。今の自分は発情中なのだ。帰宅後すぐにこの疼きから解放されたい。

「ごめんね、冬馬。今夜はちょっと都合がつかないかな」
『あ……彼氏?』
「いたら苦労しないよ」
『ん?』
「あ、いや。なんでもない、こっちの話。ビジネスホテルに泊まったらどう?」
『……やっぱり、迷惑だよな』
「そんなことない!」

 冬馬の落胆する様子が電話を通して伝わってくる。「冬馬の危機」と「自分の性欲」を天秤にかけたことに罪悪感を覚え、とっさにそう答えてしまった。

「全然、迷惑ってわけじゃ。ほら急だし! 家の中が散らかっていて見せるの恥ずかしいな~って」
『散らかってるの? あの几帳面な雪が? なんか、想像できないな』
「あ、いや、その……」

 実家で暮らしていた時は、お互いの家が隣同士ということもあり、アポなしで部屋を行き来していたくらいだ。正直なところ、どんなに散らかっていようが、いまさら恥ずかしがる理由はない。

『雪』
「ん?」
『会いたい』
「っ……」

 絞り出すように、けれど、真っ直ぐに放たれた言葉に、あの日の告白が蘇る。あの日も今と同じ声音で想いを伝えられた。

『男として見れないって言われたこと、ちゃんと覚えてる。だから、雪が想像するようなことはしないし、絶対、嫌がることはしない。ほんとに泊めてほしいだけ。ただ、会いたいだけなんだ。……振られた後も連絡したかったんだけど、連絡したら嫌われると思ってしないようにしてた。けど、すごく寂しかった。雪は俺にとって昔も今も大切な人なんだ。だから……その、昔みたいな仲に戻りたい』
「振っておいて言うのも変だけど、私も寂しかったよ。私にとっても、冬馬は大切な人だから」

 あの日、冬馬が未成年じゃなかったら付き合っていたかもしれない。あの頃には、少なからず冬馬を"一人の男性"として意識していたから。
 でも、当時の彼は未成年だった。雪には、未成年に手を出す勇気も覚悟もなかった。冬馬が成人したら付き合える、と伝えることも考えたけれど、彼の時間や気持ちを縛る気がして、それもできなかった。

 気まずさから互いに距離を置くようになると、心にポッカリと穴が空いたような気分になった。
 会いたい、話したい、そばに居たい。
 冬馬を振っておきながらそんな思いを伝えられるはずはなくて、気持ちに蓋をした。
 仕事に精を出し、いくつか恋愛もして、心の穴を別のもので埋めてきた。

「あのね、冬馬の言葉が信じられないわけじゃないんだ」

 冬馬のことは今でも好きだ。四つも歳が離れているのに話は合うし、居心地も良い。この世で一番信頼できる人間だと思っているから、冬馬を泊めることに抵抗感はない。

「むしろ信用できないのは自分の方っていうか」
『え、どういうこと?』
「ん? んー……なんでもない」

 目下最大の障害は、自身の"爆発しそうな性欲"だ。冬馬は成人してしまった。成人男性と一つ屋根の下で、しかも一晩過ごすというのは大丈夫だろうか。あわよくばと考えやしないだろうか――自分が。

(しっかりしろ、如月雪。冬馬のこと、本当に大切に思っているなら、誠意を見せなきゃ)

「よし、分かった! そこまで困っているなら、泊まりにおいで!」
『ありがとう、雪』

 冬馬はホッとしたように声を漏らした。
 雪の住むアパートの最寄駅を教え、そこで落ち合う約束をした。
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