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仮装

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「ふたりとも、後ろの人が見えないだろうからちょっと離れよう。ほら、リーフレット」
「さすが畑瀬」
「ありがとう。昔と変わらず気が利くね」
「どうも」

 螢一君は呆れ返ったようにお礼を言って、わたしを見た。「どう思う?」と暗に聞かれているような気がして、苦笑いしか返せなかった。
 チケット売り場にわかりやすくリーフレットが置かれていたのに、ふたりはそれに目もくれずゲートへと向かって行ってしまった。
 あのときの螢一君は若干引きながらも、ふたり分のリーフレットをさっと取っていた。
 夏世はリーフレットを広げて現在地を指差した。
 
「いい? 最初はこのジェットコースターを攻めて、次にここ。こう行って、こういう順路で行きます。仮装したら絶叫系は乗れないし、先に全部まわります」
「仮装?」

 螢一君は目を丸くした。

「そう。ここの遊園地、イベント限定で衣装の貸し出しがあるの。事前に予約しなきゃいけなくて、貸し出しから返却までの時間も決まってるんだ」
「ちょ、ちょっと夏世、本気? 螢一君と大石君がいるんだよ。キャンセルしようよ」
「えぇ~、一ヶ月前から予約しているんだよ。お金だって払ってるし、もったいないって」
「それはそうだけど。夏世しか見ないと思ったから、やろうと思っただけで」

 螢一君に仮装した姿を見られるのは、すごく恥ずかしい。まだ着替えていないというのに顔が熱くなるし、変な汗まで出てくる。

「俺は夏世の仮装を見るために来たんだ」
「やだ、大石。変なところでドヤ顔しないでよ。海央、お願いだから一緒に仮装して! 四人で行動して、わたしだけ仮装してるって相当浮くから。悪目立ちしちゃうから。お願い、この通り!」
「悪目立ちという点では、もうすでに手遅れな気がするんだけど」

 ため息まじりに螢一君はそう言って、わたしを見た。

「本当に嫌ならキャンセルしてもいいんじゃないか? 俺は、海央が楽しめないんじゃ意味がないと思う」
「本当に嫌ってわけじゃ……ただ、ものすごく恥ずかしいと言いますか」

 見られたときの反応を想像し、あまりの居た堪れなさに思わず口を手で覆ってしまう。
 そんなわたしの気持ちなどお構いなしに、夏世はぽんっと手を打った。

「それなら、仮装の受付時間になるまで考えてみたらどう? 楽しくなったらやりたくなるかも」

 夏世はどこまでもポジティヴだ。どう見られるかじゃなく、やりたいと思ったことをやっていく。そういう姿勢がいつも羨ましいと思った。
 迷いなくできたらいいのだけれど、見せる相手が元カレなだけに躊躇してしまう。
 ひとまず、夏世の提案を受け入れてアトラクションをまわることにした――のだけれど。

「海央、海央ってば!」

 夏世に肩を揺さぶられて、ハッと顔を上げた。

「えっ、なに?」
「なにじゃないよ。衣装の貸し出し時間。というか、もう衣装部屋の前だからね」

 わたしと夏世はファンシーな建物のなかに足を踏み入れていた。振り返れば、建物の外で待機している螢一君と大石君の姿があった。ふたりは楽しそうに話をしていて、口元に笑みを浮かべていた。
 こうして見ると、学生時代にタイムスリップした気分になる。

「ほんと、海央って悩むことに関してはプロだよね」
「どういう意味」
「だって、ジェットコースターに乗ってるときは楽しそうだったのに、降りたらすぐに悩み出すんだもん。他の乗り物でもそう。器用過ぎて、畑瀬君も大石も苦笑いしてたよ」
「ウソ、やだ! ごめんね。そんなつもりは」
「で、どうするの。着るの、着ないの?」

 ここまで悩んで三人に気を遣わせて、それで着ませんでしたっていうのは、どうなんだろう。
 これで咎めるような人たちじゃないとわかっているけれど、今日が終わったとき、わたしは後悔しないだろうか。ちゃんと楽しんでいる姿を見せておけばよかったって、思う気がする。もう二度とこの四人で集まれないかもしれない。
 だったら、恥ずかしくても、思い出のひとつくらい残してもいいんじゃないか。
 わたしは緊張を飲み下して、夏世を見た。

「着る」
「そうこなくちゃ! すみませーん、予約していた者ですがー」

 衣装部屋に通されて、ずらりと並ぶコスプレ衣装に圧倒される。

「やっぱり、コスプレするほうが後悔する気がしてきた」
「もう遅いです。男子を待たせてるんだから、ちゃっちゃと着替えるよ。あ、当初の予定通り、海央は天使ね。わたしは、キュートな小悪魔ちゃん」
「あぁ……、あぁ……」

 顔から火が出そうとは、まさにこのこと。
 白い長袖のワンピースをまとい、腰には白いレースのリボンを結ぶ。防寒用の白いケープを羽織るまではよかったけれど、背中についた小ぶりな天使の翼にソワソワした。いい大人がつけていいものじゃない。こういう衣装はこどもが着るから可愛いのであって、大人が着たら痛いだけだ、絶対。
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