スパルタ上司と甘くとろけるチョコレートキス

散りぬるを

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「その人のことになると、時々思い悩んでしまう自分がいるんだ。俺の言い方のせいで、知らないところで泣いているんじゃないかと。できるものなら甘やかしたいけど、仕事に私情は挟みたくない。立場を考えると、公平に接しなければならないから」

 それは、どれほど苦しいことだろう。
 恋人同士ならまだしも、片想いの相手には事情を話すわけにもいかない。本心では甘やかしたいと伝えることもできない。もどかしいだろうなと同情してしまう。

「とは言いつつ、一番目を掛けてしまっているんだけどね」
「ふふっ、部長でもそうなっちゃうんですね。恋をすると」
「大園は、俺を何だと思っているのかな」

 仕事は器用に何でもそつなくこなすのに、意外なところで不器用だ。

(それにしても、相手は誰なのかな)

 他人ひと様の悩みだというのに、米山部長の想い人が誰なのか気になって仕方がない。何人かの社員の顔が浮かぶ。全員ありそうで、なさそう。
 そこでふと思考が止まる。重大なことに気付いてしまった。

「部長、なんでわたしなんか乗せてるんですか! その好きな人を車で送れば良かったのに。今日みたいな日は絶好の株上げポイントじゃないですか!」

 前を見ていた米山部長の視線が、私の方へとゆっくり流れてくる。
 妖艶な眼差しに、ドキッと心臓が高鳴った。色気にあてられて頬が熱くなってくる。

「だから、乗せたんだよ。君を」
「へ……?」

 鼓動が速くなる。
 なんだか急に、車内の空気が変わってしまった気がした。そんなことは、絶対にあり得ないはずなのに。米山部長の香りを強く意識してしまう。

「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! この流れでその発言は勘違いしちゃうので、分かりやすく教えてください!」
「勘違いしてくれて構わない」

 困惑するわたしから視線を逸らして、米山部長は再び前を見た。ごめん、とこぼして。

「忘れて」

 ――米山部長の心が、急にスゥーッと引いていく。なぜ、急に。

「なんで、ですか……」
「気持ちを伝えるつもりなんてなかった。押し付けるつもりも。ただ、自分でも驚くくらい舞い上がっていたみたいだ。仕事以外で君と二人きりになれたことに。一方的に、しかもこんな状況で伝えるべきことではなかった。すまない」

 急に熱くなって、あっという間に冷めていく。
 わたしだけがドキドキして。なんだか、取り残された気分だ。

(ずるい……)

 納得できないけれど、ここで食い下がるほど子供じゃない。
 諦めて前を向きかけたところで、米山部長がわたしの顔色を窺ってきた。

「やっぱり、これはセクハラかな。……訴える?」

 あまりにも不安げに尋ねてくるから、強張った気持ちが緩んでしまった。

「……ぷっ。あはは、ノーカンにしておきます」
「ありがとう。そうだ。ラジオでもつけようか」

 眉を下げて微苦笑する米山部長。
 空気を変えようと焦る姿に、新鮮なものを感じた。もうこの人のことは怖くないかも。仕事では緊張すると思うけど、苦手とは感じないだろう。そんな予感がした。
 ラジオからは、バレンタインデーということもあってか、ラブソングばかり流れてくる。
 フロントガラスには、気まずい顔をした上司と部下の顔が映っていた。
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