スパルタ上司と甘くとろけるチョコレートキス

散りぬるを

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 結局、渡すタイミングを見失ったまま帰宅時間を迎えた。
 奏はわたしのことを気にかけつつも、早々に帰宅した。今日は誰も彼もが、足早に帰っていく。
 わたしは悩んだまま、会社の窓から外を眺めていた。
 時刻は十九時過ぎ。しんしんと降り続ける雪に、予想通り電車が運休となり、交通麻痺が起きている。
 どうせ急いで会社を出ても、タクシーだろうとバスだろうと長蛇の列に並んで待たなければならない。それならいっそ、もうすこしだけ悩んでいこうと思った。
 窓ガラスに映る自分を見ながら、胸元に垂れる茶色の髪を指先でもてあそんだ。終業時刻を迎えてすぐに髪をほどいたから、頭皮の違和感とはおさらばしている。
 スッキリとした心地で改めて考える。

(デスクにそっと置いて帰るか。それだと、感謝の気持ちが伝わらないかな。あと十分して部長が戻って来なかったら帰ろう。戻ってきたら、どう渡そう……。あ、お菓子はそんなに好きじゃないのか。それなら缶コーヒーにするか。うん、無難だよね)

「大園」
「ひゃ!」

 急に肩を叩かれて、口から心臓が飛び出るかと思った。
 勢いよく振り返ると、そこには米山部長が驚いた顔で立っていた。
 ふわりと香る米山部長の甘い匂いに、何とも言い難い緊張が喉元に迫り上がってくる。

「う、あ、ぶ、ぶちょぉ……」
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」

 バクバクと高鳴る胸を押さえて、数歩、米山部長から距離を取る。
 米山部長は怪訝けげんそうに首を傾げた。

「何度呼びかけても返事がないから、なにか悩んでいるのかと思って。もしかして、帰りのこと? 電車が止まっているんだってね」
「え? あぁ、はい。そうみたいですね」
「…………、違うのか。終業時間はとっくに過ぎているし、この悪天候で皆もすぐに帰ったから誰かと待ち合わせというわけでもないだろう」
「はい……」
「じゃあ、仕事の悩み?」
「いえいえ、部長のおかげで万事上手くいっています。ありがとうございます」
「そう? それなら良いんだ。悩んでいないなら、それで……」

 なにか含むような言い方に引っかかったが、それどころではなかった。
 この流れで渡してしまおう。
 そう心に決めた時、米山部長から思わぬ発言が飛び出してきた。

「良かったら、家まで送っていこうか?」
「へ?」
「車で来ているから、送れる。渋滞にはまる可能性はあるけど、寒いなかバスやタクシーを待つより良いだろう」
「いや、でも」

 無理にとは言わない。
 そう言い終えてデスクへと向かっていく米山部長。

「ご迷惑でないなら、喜んで!」

 大きな背中に伝えてしまった。
 完全に勢いで返していた。

(あー、本当に何やってんだろ、わたし。苦手な人と車内で二人きりになるとか、なんでそんな地獄を選ぶんだろ。雑談すらしない人と、いったい何を喋れば良いんだ)

 誰からも嫌われたくなくて、愛想よく、とりあえず良い返事をしておく、というわたしの性格が裏目に出た瞬間だった。

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