5 / 10
食事会
しおりを挟む
それから数日のうちに、オフィーリアはハイウェルの屋敷に招かれた。まさか、ハイウェルと共に馬車で宿舎から屋敷まで移動するとは思わなかった。久しぶりに袖を通したドレスは既に流行遅れのものだったが、ハイウェルは「新鮮だ」と微笑むだけだった。
「部下でいるときの君ばかり見ているせいか、貴族の令嬢だということを忘れてしまうな。お詫びに、今日はエスコートさせていただこう」
「エスコートだなんて、そんな。いつものように部下でいさせてください」
「いいや。軍服を脱いだら君もひとりの女性だ。そして私もまた、ひとりの男でしかない。今夜は夕食を楽しもう」
ハイウェルは上機嫌なのか口の端を持ち上げていたが、オフィーリアはぎこちなく笑みを作るばかりだ。
互いに心の距離を一歩詰めたからと言って、オフィーリアにとってハイウェルは上官でしかない。
(た、楽しめるかしら……)
どこかクラクラする心持ちで、滑らかな手の甲を撫でた。ハイウェルからもらった保湿剤のおかげで、手荒れはわずかながらも落ち着いてきた。玉のような肌を取り戻すことはもう叶わないだろう。だが、生気を取り戻した肌を見るのは気分がいい。
ハイウェルの屋敷で振る舞われた夕食は、なにかのお祝いかと思うくらい豪華だった。いや、質素な食事に慣れすぎたせいかも知れない。緊張をごまかすためにワインを口にして、その渋さに眉を寄せた。
「大丈夫か?」
「はいっ、ゴホッコホンッ」
むせるオフィーリアを見て、ハイウェルは苦笑しながら給仕を呼んだ。
「お湯でワインを薄めてあげなさい」
給仕は恭しく頭を下げ、そうかからないうちに命じられたものを用意した。
「無理せず少しずつ飲むといい」
「ありがとうございます。ごめんなさい。久しぶりに飲んだものですから」
「いったいいつぶりだ?」
「社交界に出たのが十八歳のときですから、もう六年も前ですね」
ハイウェルは少々驚いたようだった。
「それが最後なのか」
「はい。そのあと割とすぐに、魔法士団に志願して訓練を始めましたから」
その訓練のあとになにがあったのか想像できないハイウェルではないだろう。
幾分、複雑な表情をしてワインを一口飲んだ。
「君には兄がいるのだろう。なぜ、君が志願したんだ」
「兄は嫡子で、唯一の男子でしたから。名誉のために騎士になる道もありましたが、家を継ぐことを希望したのです。家の名誉を守るためには戦費を出すしかありません。ですがあの頃、カクーンとの小競り合いが増えたことで徴収される税も増えていきました。私の領土は肥沃ではありませんし、税収を増やせば領民の心が離れます」
「だから、君が魔法士団に入り家の名誉を守ったと」
「はい」
兄のことは恨んではいない。彼のように繊細で優しい性格の人間が戦地へ行けば、真っ先に散るか、心を病んで廃人になっただろう。そう考えると、行ったのが自分でよかったとすら思う。
「ミーフィズでの日々は、君のような令嬢にとって過酷だっただろう」
「……あれは誰にとっても過酷です」
オフィーリアは戦争の記憶を無理やり塞いだ。
思い出すにはあまりにも辛い日々だった。
「すまない」
「なぜハイウェル様が謝るのです?」
「私は……いや、思い出させて申し訳なかった。楽しい夕食にしようと言ったのは私なのに」
オフィーリアは暗くなりつつある空気をどうにか盛り上げようと、「あ!」と声を弾ませてみた。
「楽しい話かわかりませんが、こんなお話はどうでしょう」
特別面白い話を持っているわけではない。だが、魔法士団の仕事を彼はあまり多くは知らないだろう。そう思って、仕事の話を聞かせてみた。幸い、ハイウェルは出会った頃からオフィーリアの仕事について興味を持ってくれている。そして思った通り、ハイウェルは質問を投げかけ、順調に会話を繋いでいくことができた。
初めての食事会はまずまずといった具合で終わり、ハイウェルはわざわざ馬車に同乗して宿舎まで送ってくれた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。気を遣わせて申し訳なかった。次こそ、楽しい食事会にしてみせる」
(次こそ……か)
これがハイウェルではない男から言われたセリフだったなら、社交辞令と受け取ったことだろう。しかし、ハイウェルだから「次」があることを期待してしまう。この人は、向き合う相手に誠実であろうとするから。
ハイウェルはオフィーリアが宿舎の扉を閉めるまで馬車を出さなかった。
(勘違いしちゃいそうになる。でも、あくまで私は主治医として求められているだけ。勘違いしちゃダメよ)
「部下でいるときの君ばかり見ているせいか、貴族の令嬢だということを忘れてしまうな。お詫びに、今日はエスコートさせていただこう」
「エスコートだなんて、そんな。いつものように部下でいさせてください」
「いいや。軍服を脱いだら君もひとりの女性だ。そして私もまた、ひとりの男でしかない。今夜は夕食を楽しもう」
ハイウェルは上機嫌なのか口の端を持ち上げていたが、オフィーリアはぎこちなく笑みを作るばかりだ。
互いに心の距離を一歩詰めたからと言って、オフィーリアにとってハイウェルは上官でしかない。
(た、楽しめるかしら……)
どこかクラクラする心持ちで、滑らかな手の甲を撫でた。ハイウェルからもらった保湿剤のおかげで、手荒れはわずかながらも落ち着いてきた。玉のような肌を取り戻すことはもう叶わないだろう。だが、生気を取り戻した肌を見るのは気分がいい。
ハイウェルの屋敷で振る舞われた夕食は、なにかのお祝いかと思うくらい豪華だった。いや、質素な食事に慣れすぎたせいかも知れない。緊張をごまかすためにワインを口にして、その渋さに眉を寄せた。
「大丈夫か?」
「はいっ、ゴホッコホンッ」
むせるオフィーリアを見て、ハイウェルは苦笑しながら給仕を呼んだ。
「お湯でワインを薄めてあげなさい」
給仕は恭しく頭を下げ、そうかからないうちに命じられたものを用意した。
「無理せず少しずつ飲むといい」
「ありがとうございます。ごめんなさい。久しぶりに飲んだものですから」
「いったいいつぶりだ?」
「社交界に出たのが十八歳のときですから、もう六年も前ですね」
ハイウェルは少々驚いたようだった。
「それが最後なのか」
「はい。そのあと割とすぐに、魔法士団に志願して訓練を始めましたから」
その訓練のあとになにがあったのか想像できないハイウェルではないだろう。
幾分、複雑な表情をしてワインを一口飲んだ。
「君には兄がいるのだろう。なぜ、君が志願したんだ」
「兄は嫡子で、唯一の男子でしたから。名誉のために騎士になる道もありましたが、家を継ぐことを希望したのです。家の名誉を守るためには戦費を出すしかありません。ですがあの頃、カクーンとの小競り合いが増えたことで徴収される税も増えていきました。私の領土は肥沃ではありませんし、税収を増やせば領民の心が離れます」
「だから、君が魔法士団に入り家の名誉を守ったと」
「はい」
兄のことは恨んではいない。彼のように繊細で優しい性格の人間が戦地へ行けば、真っ先に散るか、心を病んで廃人になっただろう。そう考えると、行ったのが自分でよかったとすら思う。
「ミーフィズでの日々は、君のような令嬢にとって過酷だっただろう」
「……あれは誰にとっても過酷です」
オフィーリアは戦争の記憶を無理やり塞いだ。
思い出すにはあまりにも辛い日々だった。
「すまない」
「なぜハイウェル様が謝るのです?」
「私は……いや、思い出させて申し訳なかった。楽しい夕食にしようと言ったのは私なのに」
オフィーリアは暗くなりつつある空気をどうにか盛り上げようと、「あ!」と声を弾ませてみた。
「楽しい話かわかりませんが、こんなお話はどうでしょう」
特別面白い話を持っているわけではない。だが、魔法士団の仕事を彼はあまり多くは知らないだろう。そう思って、仕事の話を聞かせてみた。幸い、ハイウェルは出会った頃からオフィーリアの仕事について興味を持ってくれている。そして思った通り、ハイウェルは質問を投げかけ、順調に会話を繋いでいくことができた。
初めての食事会はまずまずといった具合で終わり、ハイウェルはわざわざ馬車に同乗して宿舎まで送ってくれた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。気を遣わせて申し訳なかった。次こそ、楽しい食事会にしてみせる」
(次こそ……か)
これがハイウェルではない男から言われたセリフだったなら、社交辞令と受け取ったことだろう。しかし、ハイウェルだから「次」があることを期待してしまう。この人は、向き合う相手に誠実であろうとするから。
ハイウェルはオフィーリアが宿舎の扉を閉めるまで馬車を出さなかった。
(勘違いしちゃいそうになる。でも、あくまで私は主治医として求められているだけ。勘違いしちゃダメよ)
5
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる