眠れずの騎士団長と夢結びのセイレーン

散りぬるを

文字の大きさ
2 / 10

眠れない騎士団長

しおりを挟む
 ハイウェルは執務室の机に頬杖をつき、丁寧な字で綴られた「安眠を得るための十箇条」に目を通していた。
 差出人はオフィーリア・バークスだった。
 手紙に添えられていた茶葉については、悩んだ末に捨てた。毒を盛るような人には見えなかったが、立場上、安易に口にするわけにもいかなかった。

「手紙にはなんと?」

 ハイウェルをオフィーリアに引き合わせた張本人、副官のランスが離れたところから声をかけてくる。ハイウェルの補佐として、彼もまた自身の机で報告書に目を通していた。

「なんてことはない。生活習慣を見直すことや、酒を控えるようにと書かれている。まぁ、今の私にはそれすらもできそうにないが」

 ハイウェルが自嘲ぎみに笑うのに対し、ランスは咎めるような視線を送った。

「お言葉ですが、ハイウェル様。もっと真面目に仕事量を調節してください。あなたの副官はそんなに無能ですか?」
「有能だと思っているし、私は君たちの働きに満足している」
「でしたら、我々を信用してすこしは休息を取ってください。試しにその手紙に書かれていることを実践してみたらどうです」

 実際、ランスを含む副官たちは有能だ。ハイウェルに万が一のことが起きても、騎士団の運営は問題ないだろう。自分が数日休んだところで、支障はないこともよくわかっている。
 ハイウェルはただ、自身が生み出した苦悩から逃げるために仕事をしているのだ。

「だが、守らなくてはいけない項目が十個もある。それに、この手紙には不眠症の治療には時間がかかるとも書いてある。そこまでの時間はかけられない」

 目眩の予感がして目を閉じる。目頭を揉んでやり過ごし、額を押さえて肘をついた。

「最も効率的な解決法があるというのにな」

 オフィーリアのことを思い出し、深くため息をつく。
「ミーフィズのセイレーン」と聞いて、勝手に絶世の美人を想像していた。しかし、きわだって美人というわけではなかった。
 おっとりとした顔立ちで、毒に冒されたらたちまち死んでしまいそうな儚さがあった。ローブをまとった身体の線が、細く頼りなかったせいかもしれない。

 彼女は暗い金髪をひとつ結びにして、背中へと垂らしていた。サラサラと流れるような艶のある髪に何度も目が留まった。自分には持ち得ないものだからか、目がそちらに行ってしまうのだ。指を通したらどんなだろうかと、指間を滑る髪を想像して、胸の奥が浮き上がる感じがした。
 外見ばかり意識していたハイウェルだったが、実のところ彼女に魅力を感じていた。それも、心の最も深いところで強く惹かれるものがあった。理由は自分でもわからなかった。

 ハイウェルはオフィーリアと会ったあと、なぜ彼女があの時間に仕事をしているのか気になり、魔法士団長に尋ねてみた。
 年老いた彼は、山羊髭のような枯れ枝色の髭を撫でながら虚空を仰いだ。

『歌うためです』
『歌うため? 彼女は歌えないと言っていましたが……。では、噂は本当に』
『ミーフィズのセイレーンというやつですかな』
『ええ。眠れない兵士たちを歌で眠らせたとか』

 魔法士団長は深く頷いた。

『オフィーリアの歌声に魔力が秘められているのは確かです。彼女は小さいながらも歴史ある伯爵家の生まれで、セイレーンの血を引いている、あるいはセイレーンの呪いを受けているという言い伝えが残っているそうです。歌わなければ悪夢を見てしまい、眠れない日々を過ごして衰弱したのち、命を失ってしまうのです。部屋で歌うにしても宿舎の壁は薄い。しかし、彼女には自由に歌える時間が必要でした。ですから、外出規則に触れないよう薬草管理の仕事を与えました。明け方の畑には誰もおりませんから』

 彼女はハイウェルが立ち去ったあとに歌ったのだろうか。激戦地で兵士の心を支えたという歌声は、どんなものなのか。
 オフィーリアに会うまで彼女に興味はなかったが、歌えないと言われると、たちまち気になって仕方がない。

「魔法士団長の話を聞く限り、彼女は歌えるようだ。だが、頑なに依頼を引き受けてくれなかった。なぜだろう」
「シンプルに、仲良くないからじゃないですか」
「なに?」

 柔和な顔立ちに似合わず、容赦ない言葉を投げつけられた。

「彼女の立場からして、あなたに臆してしまうのもわかります。それに、相手は年頃の女性ですよ? 仲良くない相手に、なんでそこまでしなくちゃいけないのって思っているのかも」

 ハイウェルは指を絡めて組み、妙に納得した気分でランスを眺めた。

「彼女と仲を深めて歌ってもらうようお願いした方が、時間がかからないかもしれませんね」
「歌わせるために親しくなるのは不誠実じゃないか?」
「誠実に親睦を深めていけばいいんです」

 ふむ、と一考し改めてランスを見る。

「君の協力が必要だ」
「またですか!? その女性に対する苦手意識、どうにかなりません? 私はもうセイレーンに会いに行くためだけに早起きなんてしませんからね」

 そうして、ハイウェルはオフィーリアと親睦を深めるために動き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
【全16話+後日談5話:日月水金20:00更新】 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

処理中です...