3 / 4
止められない想い
しおりを挟む
できるだけ"その時間"が来るのを遅くするため、浴槽にお湯を溜め、ゆっくりと浸かった。
(ちょっと落ち着こう)
月翔に好きと告白された。なのに、純粋に喜べない自分がいる。驚きが半分と疑いが半分。月翔が言う通り最後まではしていないが、いつか性欲を満たすためだけの関係になるんじゃないかと疑ってしまう。
(月翔くん、本気なのかな。もし本気だったら、私は月翔くんとどうなりたいんだろう)
自問を繰り返しても答えはでなかった。いや、答えは出ているが、それは答えとして相応しくない。この欲望は、認めてはいけないものだ。だから、何年も見ないふりをしてきたのではないか。
問題を起こしたくない、平穏でいたい。修羅場は両親の離婚劇で充分だ。当事者になんて、なりたくない。
「はー……」
七星は自嘲ぎみにため息をついた。
(もうとっくに、手遅れなところまで来てる)
キスを許した時点で、この関係をやめられないことは理解できていた。
最後までしなければ大丈夫。親に関係がバレなければ大丈夫。そんなふうにごまかして、嘘をついて、現実から目をそむけてきた。
(やっぱりこのままじゃダメだ)
部屋着に着替えてリビングに行くと、台所の換気扇のしたでタバコをふかす月翔の姿があった。部屋が暖まってきたためか、上着はソファに置かれていた。
「なに見てんの」
「吸ってるから」
七星が咎めるような調子で返せば、月翔はどこ吹く風。
「親戚付き合いでストレス溜まってんの」
「禁煙しないの」
「付き合ってくれたらやめる」
「そうやって条件をつけて解決を先送りする人はやめないと思う」
今まさに自分がそうであるように、やめる気のない者は結局やめられない。
月翔はふっと勢いよく紫煙を吐き出して、タバコの先端を灰皿にグリグリとこすりつけた。
静かな部屋に換気扇の音がやけに響いて聞こえる。
月翔はいつも、タバコのにおいが落ち着くまで換気扇を回したままにしている。換気が済むのを待つ間、腕を組み壁に背をもたれた体勢で七星をじっと見つめた。
「キスして」
有無を言わせぬ声。
換気扇が回っていてよかった。もっと静かな部屋で言われていたら、この空気に引っ張られていたことだろう。
七星は逃げるように視線を下ろした。
「やだ。タバコの味とにおい、嫌い」
月翔はふっと笑った。
「さっきからやだやだばっかり」
パチン、と換気扇の運転スイッチが切られる。
スリッパがフローリングをする音とともに月翔の気配が近づいてきた。
なにをされるのだろうと身構えるが、頭をポンポンと軽く叩かれるだけで終わった。
「風呂入ってくる。俺の部屋で待ってて」
やだ、と言いかけて口をつぐむ。
七星の心を見透かしたように「逃げんなよ?」と言い残して、月翔は立ち去ってしまった。
三十分後――リビングのソファでスマホをいじっていたところに月翔がやってきて、無言のまま唇を奪われた。
隣に座った月翔に肩を抱かれるような体勢でキスをされる。
(唇が冷たい)
自分と同じ歯磨き粉の香りがする。爽やかなミントの香り。家族だから、同じ香り。いつだって、背徳感よりもいやらしい気持ちが勝ってしまう。
息を吸いたくて開けた口に、冷たい舌が滑り込んでくる。ひんやりとした舌が、七星の舌を絡めとるようにゆったりと動いた。
「あっ……んんっ……」
「キスだけでそんな声出すなよ」
執拗に舌を絡められて、吸われる。
いつもよりも激しいキスに七星は困惑しきりだった。頭を振ってキスから逃れると、月翔に見つめられた。
「なんで部屋に行かなかった?」
「ハッキリさせなくちゃと思って」
「俺たちの関係を?」
七星はこくりと頷いた。
顔が熱い。今から告白しようと思うと、緊張で手も唇も震えてしまう。
「わ、私、ずっと月翔くんのこと……い、異性として好きだった」
「んなの知ってるよ。バレバレだって」
バレバレ――七星は目を丸めた。
「お、親にもバレてるかな」
「たぶんな。俺の気持ちはバレてないだろうけど」
「なんで?!」
「だって」
月翔ははっと短く笑って、七星の両頬を包んだ。
「俺と七星じゃ演技力が違いすぎるだろ。七星はすぐ真っ赤になるし、いつも顔面から感情がダダ漏れだよ」
「ダダ漏れ……」
「七星って、俺の顔すごい好きじゃん? いっつも見つめてくるし。その辺りは他の女子と一緒だな、鬱陶しいなとしか思わなかった」
容赦なく突き刺してくる言葉の刃に、七星はうっとうめいた。
美男子は何言っても許されるのか。
「けど、俺のこと家族として見ないとって、すっごい勢いで引いていってさ。俺のこと好きで好きでしょうがないって顔するのに、一生懸命なんともないフリしている姿を見てたら、なんつーか、すげー愛しくなって、ムラッと来た」
「は? え?」
なぜそこでムラッとされたのか。
理解しがたい内容に、素っ頓狂な声が出てしまう。
「正直、俺って性欲ないほうで、アダルト系のアレコレにはまったく興味なかったんだけど。俺に翻弄される七星を見てたら、ムラッと来るんだよ。意地悪したいけど、甘やかしたい。七星に『これ以上はダメ』って言われると、ゾクゾクして止めらんない」
「でも、最後まではしなかったよね」
「挿れてっておねだりされるのを待ってた」
「なんで?」
「言ってくれたらさ、俺の恋人になってくれる覚悟ができたのかなって思うじゃん。一応言っておくけど、挿れる前に告ろうとは思ってたよ」
「あの日、キスする前に言ってくれたら」
「七星は真面目だし、正攻法じゃ落とせないって思ったからだよ。つか、高校のときに散々それっぽいこと言っても受け付けなかったの、そっちだからな」
それっぽいことが全然浮かんでこない。
一体いつ、どのタイミングで。記憶を辿ってみても、なにひとつ思い当たる出来事がなかった。
「分かりにくいよ」
「はあ? あれでも結構、頑張ったっつの」
「もっとストレートに表現してくれても」
「思春期男子に少女漫画みたいな展開を求めんなよ」
七星ははぁと息をついた。月翔の本心を知ったことで、ふっと力が抜けてしまった。
両想いであることに嬉しさはあるが、だからと言ってこの先のことを考えると憂鬱だ。付き合っていることを両親に隠し続けて生活をするのか、打ち明けて許しをもらうまで説得をするのか。
「それは、俺たちがちゃんとお互いのことを思いやって、この先もずっと付き合っていけるって確信したら伝えよう」
「解決の先送りじゃ」
「俺たちの関係に俺たちが自信を持てなきゃ、説得できるものもできないだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
「とりあえず今は」
月翔は七星をぎゅっと抱きしめて囁いた。
「俺がどれだけ七星を想っているか、伝えさせて」
(ちょっと落ち着こう)
月翔に好きと告白された。なのに、純粋に喜べない自分がいる。驚きが半分と疑いが半分。月翔が言う通り最後まではしていないが、いつか性欲を満たすためだけの関係になるんじゃないかと疑ってしまう。
(月翔くん、本気なのかな。もし本気だったら、私は月翔くんとどうなりたいんだろう)
自問を繰り返しても答えはでなかった。いや、答えは出ているが、それは答えとして相応しくない。この欲望は、認めてはいけないものだ。だから、何年も見ないふりをしてきたのではないか。
問題を起こしたくない、平穏でいたい。修羅場は両親の離婚劇で充分だ。当事者になんて、なりたくない。
「はー……」
七星は自嘲ぎみにため息をついた。
(もうとっくに、手遅れなところまで来てる)
キスを許した時点で、この関係をやめられないことは理解できていた。
最後までしなければ大丈夫。親に関係がバレなければ大丈夫。そんなふうにごまかして、嘘をついて、現実から目をそむけてきた。
(やっぱりこのままじゃダメだ)
部屋着に着替えてリビングに行くと、台所の換気扇のしたでタバコをふかす月翔の姿があった。部屋が暖まってきたためか、上着はソファに置かれていた。
「なに見てんの」
「吸ってるから」
七星が咎めるような調子で返せば、月翔はどこ吹く風。
「親戚付き合いでストレス溜まってんの」
「禁煙しないの」
「付き合ってくれたらやめる」
「そうやって条件をつけて解決を先送りする人はやめないと思う」
今まさに自分がそうであるように、やめる気のない者は結局やめられない。
月翔はふっと勢いよく紫煙を吐き出して、タバコの先端を灰皿にグリグリとこすりつけた。
静かな部屋に換気扇の音がやけに響いて聞こえる。
月翔はいつも、タバコのにおいが落ち着くまで換気扇を回したままにしている。換気が済むのを待つ間、腕を組み壁に背をもたれた体勢で七星をじっと見つめた。
「キスして」
有無を言わせぬ声。
換気扇が回っていてよかった。もっと静かな部屋で言われていたら、この空気に引っ張られていたことだろう。
七星は逃げるように視線を下ろした。
「やだ。タバコの味とにおい、嫌い」
月翔はふっと笑った。
「さっきからやだやだばっかり」
パチン、と換気扇の運転スイッチが切られる。
スリッパがフローリングをする音とともに月翔の気配が近づいてきた。
なにをされるのだろうと身構えるが、頭をポンポンと軽く叩かれるだけで終わった。
「風呂入ってくる。俺の部屋で待ってて」
やだ、と言いかけて口をつぐむ。
七星の心を見透かしたように「逃げんなよ?」と言い残して、月翔は立ち去ってしまった。
三十分後――リビングのソファでスマホをいじっていたところに月翔がやってきて、無言のまま唇を奪われた。
隣に座った月翔に肩を抱かれるような体勢でキスをされる。
(唇が冷たい)
自分と同じ歯磨き粉の香りがする。爽やかなミントの香り。家族だから、同じ香り。いつだって、背徳感よりもいやらしい気持ちが勝ってしまう。
息を吸いたくて開けた口に、冷たい舌が滑り込んでくる。ひんやりとした舌が、七星の舌を絡めとるようにゆったりと動いた。
「あっ……んんっ……」
「キスだけでそんな声出すなよ」
執拗に舌を絡められて、吸われる。
いつもよりも激しいキスに七星は困惑しきりだった。頭を振ってキスから逃れると、月翔に見つめられた。
「なんで部屋に行かなかった?」
「ハッキリさせなくちゃと思って」
「俺たちの関係を?」
七星はこくりと頷いた。
顔が熱い。今から告白しようと思うと、緊張で手も唇も震えてしまう。
「わ、私、ずっと月翔くんのこと……い、異性として好きだった」
「んなの知ってるよ。バレバレだって」
バレバレ――七星は目を丸めた。
「お、親にもバレてるかな」
「たぶんな。俺の気持ちはバレてないだろうけど」
「なんで?!」
「だって」
月翔ははっと短く笑って、七星の両頬を包んだ。
「俺と七星じゃ演技力が違いすぎるだろ。七星はすぐ真っ赤になるし、いつも顔面から感情がダダ漏れだよ」
「ダダ漏れ……」
「七星って、俺の顔すごい好きじゃん? いっつも見つめてくるし。その辺りは他の女子と一緒だな、鬱陶しいなとしか思わなかった」
容赦なく突き刺してくる言葉の刃に、七星はうっとうめいた。
美男子は何言っても許されるのか。
「けど、俺のこと家族として見ないとって、すっごい勢いで引いていってさ。俺のこと好きで好きでしょうがないって顔するのに、一生懸命なんともないフリしている姿を見てたら、なんつーか、すげー愛しくなって、ムラッと来た」
「は? え?」
なぜそこでムラッとされたのか。
理解しがたい内容に、素っ頓狂な声が出てしまう。
「正直、俺って性欲ないほうで、アダルト系のアレコレにはまったく興味なかったんだけど。俺に翻弄される七星を見てたら、ムラッと来るんだよ。意地悪したいけど、甘やかしたい。七星に『これ以上はダメ』って言われると、ゾクゾクして止めらんない」
「でも、最後まではしなかったよね」
「挿れてっておねだりされるのを待ってた」
「なんで?」
「言ってくれたらさ、俺の恋人になってくれる覚悟ができたのかなって思うじゃん。一応言っておくけど、挿れる前に告ろうとは思ってたよ」
「あの日、キスする前に言ってくれたら」
「七星は真面目だし、正攻法じゃ落とせないって思ったからだよ。つか、高校のときに散々それっぽいこと言っても受け付けなかったの、そっちだからな」
それっぽいことが全然浮かんでこない。
一体いつ、どのタイミングで。記憶を辿ってみても、なにひとつ思い当たる出来事がなかった。
「分かりにくいよ」
「はあ? あれでも結構、頑張ったっつの」
「もっとストレートに表現してくれても」
「思春期男子に少女漫画みたいな展開を求めんなよ」
七星ははぁと息をついた。月翔の本心を知ったことで、ふっと力が抜けてしまった。
両想いであることに嬉しさはあるが、だからと言ってこの先のことを考えると憂鬱だ。付き合っていることを両親に隠し続けて生活をするのか、打ち明けて許しをもらうまで説得をするのか。
「それは、俺たちがちゃんとお互いのことを思いやって、この先もずっと付き合っていけるって確信したら伝えよう」
「解決の先送りじゃ」
「俺たちの関係に俺たちが自信を持てなきゃ、説得できるものもできないだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
「とりあえず今は」
月翔は七星をぎゅっと抱きしめて囁いた。
「俺がどれだけ七星を想っているか、伝えさせて」
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
雨音。―私を避けていた義弟が突然、部屋にやってきました―
入海月子
恋愛
雨で引きこもっていた瑞希の部屋に、突然、義弟の伶がやってきた。
伶のことが好きだった瑞希だが、高校のときから彼に避けられるようになって、それがつらくて家を出たのに、今になって、なぜ?

スパルタ上司と甘くとろけるチョコレートキス
散りぬるを
恋愛
2月14日バレンタインデー。その日、大園紗和(26)は朝から頭を悩ませていた。
物腰柔らかな口調とは裏腹に、妥協を許さないスパルタ上司ーー米山将彦(34)にチョコを渡すかどうかで。
それは「日頃のお礼として」用意したチョコだったのだが、米山に対して苦手意識を持つ紗和は、昼休みになっても渡せずにいた。しかし、ふいに訪れた2人きりの時間。そしてまさかの、米山からの告白。
会社では見せることのない米山の意外な一面に、紗和はドキドキしてしまって……?
最初から最後まで甘い、バレンタインデーをテーマにした短編です。
※ムーンライトノベルズからの転載です。

鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。


練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる