ノーカットで迫られ、愛され、溶かされて

散りぬるを

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翻弄される夜

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 若手イケメン俳優、大鶴おおつるナツキのマネージャーとなって早や三年――藤野ふじのつかさは、年内最後の番組収録を終えたナツキを車に乗せて運転していた。向かうは、ナツキの自宅。セキュリティ完備のマンションは、週刊誌やマナーのないファンから彼を守る城だった。

 後部座席にいるナツキは、キャップを深く被ったままシートに身を預けていた。車に乗ってからというもの、ずっとワイヤレスイヤホンをつけて目を閉じている。

 昨年、新人俳優賞を受賞したことをきっかけに名が広がり、今や売れっ子俳優として活躍しているナツキ。
 映画の撮影のため金髪にイメチェンしてからより一層メディアに注目され、「王子様フェイス」というワードとともに紹介されることが増えた。
 ハードスケジュールをこなす彼は、二十四歳といえど体力には限界があり、車に乗ると電池切れを起こしたように黙る。
 こういうとき、つかさはナツキに声をかけない。移動中は王子様の仮面を外せる時間だからだ。

 多忙なのはナツキだけじゃない。マネージャーにとってもハードスケジュールであることには違いなく、つかさ自身も疲労が溜まっていた。二十七歳はまだまだ若いと言われるが、やっぱりこたえる。
 つかさはあくびをかみ殺し、涙目で外の景色を眺めた。

(この道路の混みよう。みぞれの影響か、それとも年末だからか。ナツキくんを家に送り届けて、事務所に戻って……)

 ナビについている時計をチラリと確認する。現在の時刻は二十二時を過ぎようかというところ。

(ダメだ。どう考えても家に着くの0時過ぎる)

 車が進んだと思ったら、またすぐに赤信号に引っかかる。

(混雑の少ない道を選んだつもりだったのに)

 つかさは鼻からため息を漏らした。どうせ信号が青に変わるまで時間がかかるからと、背もたれに寄りかかる。
 握ったハンドルを人差し指でトントンと叩いて、時間が過ぎるのを待っていると、後部座席で動きがあった。

「つかささんって、他人ひとが使ったイヤホンって使える人?」
「基本はいやかな。あーでも、相手によるかも」
「じゃあ、俺のは?」
「綺麗に使ってそうだから、使えるかも」

 ナツキのクスクスという忍び笑いに、つかさも含み笑いをしつつ「急になんで?」と問い返す。

 バックミラー越しに目でナツキを捉えると、キャップを外したナツキが身を乗り出すところだった。
 視界の端に見えた指が、つかさの左耳をかすめる。いきなり耳穴が塞がったと思ったら、音楽が再生された。

「ティッシュで拭いてあるから、ご心配なく」
「お気遣いどーも」
三角みすみさんがハマってるアーティストなんだって。このまえ教えてもらった曲が結構良くて、俺もハマった」

 俳優、三角みすみ四郎しろうの顔を思い出しながら、相槌を打つ。年齢は三十歳だったか。ドラマで初共演して以来、友人関係にまで発展したようだ。

「へぇ、洋楽なんだ」

 ゆったりとしたテンポで始まった曲は、ちょっと暗くて大人な雰囲気があった。黙ってイヤホンから流れてくる曲に耳を澄ませ、切り替わった信号にアクセルを踏む。

 英語が苦手な自分でも、歌詞の意味を掴むことはできた。『俺を見て』『もっと見て』『俺だけを感じて』といった歌詞に始まり、意味深な単語が続く。
 陽気な性格の三角と正反対な雰囲気の曲に、若干戸惑う。

「なんか……なんというか、セクシーな感じだね」
「吐息が色っぽいよね。これ、男性が女性を誘惑する歌なんだって」
「あ、ああー、なるほど」

 前方の車のブレーキランプに合わせてブレーキを踏み、イヤホンを外した。返すという意味でイヤホンを摘む手を振ると、ナツキはつかさの指を撫でるようにしてイヤホンを取った。

(っ!?)

 肌がソワソワすると同時に、完全な不意打ちにドキッとした。気取られないようにさっと手を引っ込め、ハンドルを握り直す。

「低い声、いいよな。すごく憧れる」
「ナツキくんの声、高いって思わないけど。それでも憧れるんだ?」
「んー。ハスキーボイスっていうのかな。セクシーで大人っぽくて、深いところで響く感じに憧れるんだ」
「そう。まぁねぇ、誰でも憧れの一つや二つや、三つ四つくらいあるよ」
「ふはっ、煩悩が増えてってる」

 つかさにも憧れはある。髪型はショートだと決めているし、ボーイッシュな服装を好んで身につけている。でも、甘くて可愛い雰囲気のファッションに憧れる日もある。
 可愛い服を着た女性を自然と目で追ってしまうし、楽しそうにデートをしているのを見ると、「可愛いっていいな。羨ましい」と切ない気持ちが込み上げることもある。
 自分には「可愛い」ものが似合わない。身につけたら身につけたで居心地が悪くなるに決まってる。だけど、いいなと思う気持ちは消えない。
 ないものを羨ましいと思う心は、きっと捨てられないんだろう。

「憧れる気持ちは止められないだろうけど、私はナツキくんの声、好きだよ」
「っ……ほんとに?」
「うん。だから、無理に低くしようとしたり、喉を潰してハスキーボイスに寄せたりしないで、今の声を大事にしてほしいな」

 言った自分が思うのも変だが、だいぶクサイ台詞を吐いてしまった。気恥ずかしさからバックミラーを見れず、視線を真正面に固定する。
 すると、後部座席からカチッとシートベルトの外れる音がした。どうしたのかと目を瞬いているうちに、今度はヘッドレストにナツキの気配を感じる。つかさがハッとした時には、耳に吐息が触れていた。

「つかささん」

 甘く、低い声が耳の奥へと広がっていく。

「もっと教えて。俺の好きなところ、もっと言って」
「っ!?」

 ゾクリと、耳裏から首筋にかけて不思議な感覚が走った。
 胸の奥が甘く疼き、心がトロンととろけてしまいそうになる。

(今は運転中。事務所の宝を運んでる最中なんだから、気を引き締めないと)

 泳いでいた目を落ち着かせるように何度も瞬き、トンと座り直す。
 その様子を見て、ナツキは面白くなさそうに鼻を鳴らして後部座席に戻った。

「ほらみろ。俺がこんなふうに囁いてもドキドキしない」
「マネージャーがドキドキしたらダメでしょう」
「つかささんがドキドキしてくれたら、自分の声に自信が持てるんだけどな。はぁーあ、低い声が羨ましい」
「ドキドキした! ドキドキしましたよー、胸キュン!」

 本心を冗談っぽく塗り替えて伝える。
 バックミラー越しに見たナツキは、目端がちょっと吊り上がった可愛い猫目をすこし細めて、柔らかく笑んだ。
 カメラに向けられるファンの心を射止める微笑み――よりももっと懐っこくて、甘い笑みに見えた。
 
「その喧嘩買ったよ、大根役者さん」

 つかさは目をそらし、熱くなる頬を無視して鼻をスンと鳴らした。
 ナツキの笑みにドキドキが止まらない。

(こんな気持ち、マネージャーとして失格だ。もっと冷静に、客観的に、大鶴ナツキを捉えなきゃ)

 担当している俳優に惚れるなんて間違い、あってはいけない。自分とナツキの間には、越えてはいけない一線があるのだから。
 つかさは深呼吸をして、運転に集中した。
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