幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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エピローグ

満月に照らされて

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 聖域を出た諒太。大聖堂には松明が焚かれていたけれど、光量としてはか細いもので全体を照らしきっていない。
 月明かりが差し込む窓の方が明るいくらいであった。

「最後に外の景色を見ておくか。持ち帰るアイテムも決めなきゃだし……」
 諒太は大聖堂の外へと向かう。月明かりに導かれるように。
 夜空には大きな丸い月がでていた。見上げる諒太は何だか感慨深い気持ちになってしまう。

「とても綺麗なお月様ですね……」

 不意に諒太は背後から声をかけられている。またその柔らかい声はよく知るもの。どうしてかエルフの国の姫殿下が大聖堂にいた。

「ロークアット……?」
 月明かりを受けて輝く銀髪。透き通るような白い肌は月光を溶かし込んだかのようだ。
 サンテクトで初めて出会った記憶と重なる。ファンタジー世界の幻想を全て詰め込んだような彼女がなぜか大聖堂にいた。

「はい……。ミーナ様よりご連絡をいただきまして、参上しております……」
 いきなりログアウトしなくて良かったと思う。声をかける間もなく消えてしまっては彼女の見送りが無駄になるところであった。

「本当に綺麗な月だな。これが最後だと思うと何だか心に染みる……」
 何を話せばいいものか。諒太は悩んでいる。既に諒太がセイクリッド世界を去ることはロークアットも知っていることなのだ。

「見送りなんか良かったのに……」
「ああいえ、お見送りに来たわけではございません……」
 礼儀的な諒太の話に返答があった。どうやらロークアットは引き留めようとしているのかもしれない。諒太がセイクリッド世界に残るようにと。

「幼き日にお渡しした誓いのチョーカー。それを返してもらおうと思いまして……」
 ところが、諒太の予想とは異なる。この世界線において誓いのチョーカーはセレブレーションイベントにてロークアットから貰っていた。今も装備しているそれをロークアットは回収しようとしているらしい。

「ああ、そうだったな。遠隔通話の魔道具は返さないと……」
 現実世界に持って帰るリストの最上位であったけれど、誓いのチョーカーは将来を約束した者へと贈るものだ。異界へ戻ってしまう諒太に預けたままなのは彼女としても不本意であったのだろう。

「意地悪ですわね? 間違ってはおりません。確かに遠隔通話の魔道具であるのですし」
「そういうことにしとくよ。それよりまだあのブローチを大事にしてくれてたんだな?」
 ロークアットの胸元には黄金のブローチが輝いていた。諒太的には昨日の出来事であったけれど、ロークアットからすれば三百年が経過していたのだ。

「わたくしの宝物ですからね。リョウ様にいただいた大切なものです」
「しかし、黄金のブローチの対価として誓いのチョーカーをくれたんだろ? 俺が誓いのチョーカーを返すのなら、ロークアットもそれを返すべきなんじゃ?」
 誓いのチョーカーを手渡しながら、諒太は冗談を口にする。恐らくは膨れ面の彼女が見られるはずと。

「もう! リョウ様は昔から意地悪です! これはわたくしのものであって、リョウ様がどうこうできません! それに……」
 予想通りに頬を膨らませたロークアット。誓いのチョーカーを受け取るや、アイテムボックスを操作している。

 しまい込むだけかと思いきや、ロークアットは代わりのアイテムを取り出していた。
 幼き日に貰ったものとは明確に異なる。青い宝石が施された豪華な首飾り。ロークアットが新たに取り出したアイテムは明らかに誓いのチョーカーであった。

「改めて貰ってくださいまし。わたくしの想いは三百年前から少しも変わっておりません」
 差し出されたそれは随分と精巧な作りをしていた。錬成が苦手だと話していた彼女だが、諒太のために作り直したのだと思われる。

「俺は異界に帰ってしまうんだぞ?」
「構いません。わたくしの想いは未来永劫、枯れることも尽きることもございません。だからこそ、ここで改めて誓おうと思います……」
 ロークアットは真っ直ぐに諒太を見つめている。

「お慕い申し上げます――――――――」

 刹那にロークアットの頬を涙が伝う。明確な告白であったというのに、彼女の表情はそれに相応しくない。

 一方で諒太は戸惑っていた。セイクリッド世界にやって来てから幾度となく好意を向けられていたけれど、ロークアットは明言を避けていたのだ。全ての世界線を含めても、告白はこれが初めてであった。

「ありがとう……」
 そう返すのが精一杯だ。幾つもの涙腺を頬に残すロークアットへ断りの言葉を投げるなんてできない。諒太が決意をして召喚陣の消去を申し出たのと同じくらい、彼女も覚悟を決めて言葉にしているのだ。優しい言葉はかけられても、傷つける言葉など口を突かない。

「ロークアット、泣くな。俺は人族なんだ。君は俺が三百年間生きていると考えているだろうが、実際は百年も生きられない。だから俺は君が生きている間に死ぬはずだ」
 何を言っているのか自分でもよく分からない。しかし、大泣きする女性の宥め方なんて、余計に分からないのだ。だからこそ、諒太は自分なりの言葉で彼女の涙を止めようと思う。

「次はきっとセイクリッド世界に転生するよ。そして俺は再び君の前に現れる……」
 改変が起きる以上はどちらかの世界しか選べないのだ。諒太はあるべき世界を選んでおり、水無月諒太の人生においてロークアットと歩む時間はない。

「返事はその時にしよう……」
 言って諒太は誓いのチョーカーを受け取っていた。
 もしもセイクリッド神がこの話を聞いていたとしたら。諒太はそう願わずにはいられない。ロークアットが泣き止むのであれば、本気で転生したいと思う。

「転生……ですか……?」
 ロークアットがようやく口を開く。頬を流れる涙も数を減らし、ぎこちない笑みが返されていた。

「それはズルいですよ。わたくしがそれまで独身でいられるかは分かりませんし……」
「生憎と俺はズルい人間だと評判なんだ。それにセイクリッド神は俺に言った。どのような願いであろうと叶えてくれると。だったら俺は転生できるはず。もしも百年待っても俺が現れなければ、セイクリッド神を恨んでくれ……」

 笑い声が木霊する。諒太のちょっとした冗談はロークアットを笑顔にした。確かにセイクリッド神が諒太の願いを叶えてくれるとすれば、転生が成されるような気がしている。

「分かりました。リョウ様がセイクリッド世界に戻られる日をお待ちしております……」
 やはりロークアットには笑顔が一番だと思う。どうしようもない宥め方であったけれど、諒太もロークアットと同じ気持ちである。セイクリッド神はこの願いを叶えてくれるのではないかと。

「もしも俺がドワーフに転生したとしても大丈夫か?」
「ソレルによく言っておきます。リョウ様がドワーフになって戻られてもお通しするようにと。それにドワーフになられたとして、わたくしの想いは変わりません……」
 冗談には冗談が返ってくる。ロークアットは自身の気持ちが容姿に左右されるものではないと付け加えた。

「そうか。じゃあ、俺はセイクリッド神に願うよ。もしも俺が死んだあと。俺の魂と記憶をセイクリッド世界に戻してくれるように……」
 その刹那、夜空に星が流れた。諒太が祈るように手を合わせた瞬間に。

「リョウ様、流れ星です! きっとセイクリッド神様が願いを叶えてくれるんですよ! ほら!!」
 幾つもの流れ星が夜空に煌めいている。尋常ではないその数は本当にセイクリッド神が願いを聞き遂げてくれたように思えてならない。

「願ってみるもんだな?」
「ええ、そうですね……」
 言ってロークアットは諒太に一層近付いて、不意打ちをする。
 かつて積極的だった彼女が乗り移ったかのように、諒太と唇を重ねていた。

「これは長々と待たせる迷惑料です。くれぐれも先ほどの約束をお忘れなきようお願いしますね?」
 呆気にとられていたけれど、諒太は頷いている。まさか人生で二度目の相手もロークアットだとは考えもしないことだ。鼻に残るいい匂いは諒太の記憶にあるままであった。

「迷惑料にしてはありがたいものだよ? 約束する。俺は勇者ではなく、一人の人間として君の前に現れると……」
 完全な妄想でしかなかったけれど、二人共が同じ未来を見ていた。本当に叶うのではないかと。再びこの地で出会えるはずと。

「ロークアット、俺は行くよ。またな?」
「はい。ずっとずっとお待ちしております……」

 諒太の英雄譚がこれで幕を下ろす。勇者として奔走した日々が終わるのだ。ログアウトを選択するだけで、彼はこの世界において記憶の中だけの存在となる。

 薄れゆく視界。こんなにもログアウトが悲しく感じたのは初めてだ。諒太は彼女を見つめたまま世界を去る。記憶に彼女を焼き付けながら、現実世界へと戻っていった。
 最後にセイクリッド神への願いごとを口にしながら……。

『俺は誓いのチョーカーを持って帰るよ……』
 失われつつある視界に諒太は願いごとを続ける。

 さっきの願いは叶えてくれよ?――――――と。
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