幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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最終章 勇者として

決戦④

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 運営本部は騒然としていた。ルイナー亜種に蹂躙される未来しか思い描けなかったというのに、現状はまるで予想し得ない事態となっている。

「ルイナー亜種が……討伐される……」
 瞬く間に削られていくルイナーの体力値。セイクリッドサーバーに集いし、廃人プレイヤーたちは一斉にカウンター攻撃を繰り出していた。

「ルイナーの基礎体力値ゼロです!」
 敷嶋は頷きを返している。もう間違いないと思う。懸念された一般プレイヤーの攻撃が先に片付いたのだ。

 セイクリッドサーバーに君臨する勇者は二人。どのサーバーに送り込んだとしてトップの勇者になるだろう二人がし損じるなど考えられない。

「メテオバスターの範囲攻撃にて神聖力ダメージ臨界値へ到達!!」
 戦闘勘が違いすぎると思う。仮に猛攻撃を凌ぎ、カウンター攻撃を連発していたとしても、ルイナーの体力値は確認できないのだ。迷いなくSランク剣技を繰り出した勇者ナツに敷嶋は溜め息を吐く。

「こうも圧倒されると悔しいわね……」
 それは製作者としての本音であった。プレイヤー側の勝利を願っていたけれど、用意した最強のモンスターが倒されてしまうのは何だか癪に障るような気がしてしまう。

「セレブレーションイベントの準備を。報酬は所属外でも受け取れるようにね」
「いや、しかしまだ……」
 気の早い敷嶋に大村が返す。風前の灯火とはいえ、まだルイナーは健在なのだ。猛攻撃により勇者二人が死に戻る可能性も考えられるのだから。

「デ、ディバインパニッシャーがルイナーに突き刺さりました!!」

 敷嶋は何も言わず視線を大村へと向ける。如何にも自分が正しいと言いたげであった。

「ここまで来て彼らが取りこぼすはずがないわ。セイクリッドサーバーはいつだって予想を超えてきたもの。盛大に祝ってあげましょう。何しろ取り返しのつかない私たち運営のミスを大成功に導いてくれたのだから……」

 実況放送は大賑わいを見せている。会員以外は追い出されるほどのアクセスがあり、尋常ではない数の祝賀コメントが流れていた。

 運営の設定ミスでさえも乗り越えてしまった者たちに対する惜しみない賛辞。絶え間なく書き込まれていくコメントはイベントの大成功を確信できるものであった。

「さあ、もう一仕事頑張りましょうか! 実況は延長。祝賀会まで放送しちゃいましょう」
 ネタバレにもなるのだが、敷嶋は放送の延長を決めた。ここまで反響があるのなら、最後まで見せてしまおうかと。

 しかしながら、大村は問いを返す。なぜならセレブレーションイベントは所属ごとに行われるのだ。どこに参加しても良かったものの、三大国だけでなく、中立国家アルカナも例外ではない。

「敷嶋さん、一体どこのイベントを実況するのでしょう?」
 ここまでは大成功。従って大村は指示を仰ぐ。最後の最後でやらかさぬようにと。

「馬鹿ね? 前進・宿命・幸運を表す大アルカナ『運命の輪』を引いた彼のところよ。彼の所属先……」
 フフッと声を出して敷嶋は笑っている。聞くまでもない話だと言いたげであった。
 だからこそ簡潔に。冗談も皮肉も含まれない回答を口にしている。

「聖王国よ――――――」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 諒太のディバインパニッシャーがルイナーに突き刺さっていた。大トリを飾る勇者の神雷が暗黒竜を貫いている。

 弱々しく声を上げたあと、ルイナーは火口へと落下していく。
 プレイヤーたちは割と緊張していたけれど、火口へと消えていくルイナーに歓喜の声を上げていた。

『ルイナー討伐作戦が達成されました――――』

 刹那に届くクエスト完遂通知。これによりセイクリッドサーバーは先んじてゲームクリアとなっている。生き残った者たちは元より、実況放送を見ていたプレイヤーたちも大歓声を上げていた。

 このあとランキングが発表となっている。一般プレイヤーの貢献度一位はアアアアであった。続く二番手はチカ。彼女はエリアヒールがかなり評価された格好である。三番手に彩葉が続き四番手はタルト。先陣を切っていたマヌカハニー戦闘狂旗団が上位総なめという結果となっている。

 勇者の二人は神聖力ダメージの括りで分けられていた。ただし、順位付けはされず、二人の合計ダメージが表示されているだけのよう。

『勇者の二人すげぇ……』
『アアアアさんの八倍も与えてるし……』

 感嘆の声がエリアチャットに響く。
 それは二人合わせたダメージであったものの、一位であったアアアアを軽く超える圧巻の内容であった。どうやら二人は勇者の名に恥じない活躍を見せたようだ。

 最後に報酬の受け取りについて説明が流れ、これにて最終クエストは幕を下ろす。

「皆の者、ご苦労であった! このあとはセレブレーションイベントだ! 存分に楽しむがいい!」
 タルトがエリアチャットを介してクエストの慰労を伝えた。ルイナーを倒した今、プレイヤーは自由行動となる。所属先の君主から褒美を貰っても良いし、フレンドの所属先で褒美を貰うのも良し。正教会を加えた四カ所で行われるセレブレーションイベントのいずれかに参加することになるだろう。

「今一度、勇者ナツと勇者リョウを称えよ! 二人は最後まで勇者として走りきったのだ! 我らが一番乗りを果たせたのも、全ては勇者二人が優れていたからである!」
 ここでタルトはゲームクリアの主役である勇者に惜しみない賛辞が必要だと話す。
 これには諒太も夏美も困惑していたけれど、プレイヤーたちは彼の指示通りに二人への称賛を口にしている。

『勇者ナツ、勇者リョウありがとう!』
『セイクリッドサーバーの勇者こそ最強の勇者!』
『超絶ラッキーエンジェルと災厄を喚ぶアンラッキーにセイクリッド神の祝福あれ!』

 冗談も入り混じっていたけれど、諒太と夏美はプレイヤーたちから温かい声をかけられていた。

 夏美は手を振って歓声に応えている。諒太は気恥ずかしそうにしていたものの、タルトに促され、遂には右腕を高く掲げていた。

 永遠にも続くかと思われた万雷の拍手だが、タルトが話し始めることでプレイヤーたちは彼の声に耳を傾けている。

「これより凱旋である! 分かるな? 我らはこれよりパーティータイムなのだ! 存分にはしゃげ! 目一杯に楽しめ!」
 再び歓声が巻き起こる。セイクリッドサーバーの脅威は去ったのだ。待ち受けるものはセレブレーションイベントのみである。

『プレイヤーの皆様、セレブレーションイベントの準備が整いました。アクラスフィア王国王城、スバウメシア聖王国聖王城、ガナンデル皇国皇王城、正教会大聖堂が会場です。どの会場に向かわれても問題ありません。豪華景品を用意しておりますので、皆様ご参加いただけますようお願いいたします』

 タイミング良くセレブレーションイベントの通知が流れた。プレイヤーたちはようやく落ち着きを取り戻し、次なるタルトの指示を待った。

「セイクリッドサーバープレイヤーの皆様、本当にお疲れさまでした! 僕はタルトとして復活しましたけど、温かく迎えていただいたことには感謝しかありません。アルカナⅡでもよろしくお願いします!」

 タルトはロールを止め、感謝を口にしている。拒絶されても仕方ない立場であったけれど、セイクリッドサーバーはタルトを受け入れたのだ。どれだけ謝辞を並べたところで足りないとすら考えている。

『タルトさん、続編も頼みます!』
『俺はサーバーリーダータルトを支持するぞ!』

 返される温かい声にタルトは笑みを浮かべた。やはり最高の仲間たちが揃っていたことを改めて知らされている。
 一つ息を吸ったあと、タルトは声高に叫んだ。

『皆の者! 家に帰るまでが遠足である! おやつは三百ナールまで! 無論のことバナナは含まれん! 今宵はパーティーであるが、気を引き締めていけ! 次なる戦いはもう始まっておるのだ!』

 最後はまたもロールにて締めた。恐らくは照れ隠しであったのだろうが、全員が理解をし、そして最後の指示にも威勢のいい返事を返している。

 ようやく運命のアルカナが幕を下ろす。しかしながら、プレイヤーたちはやる気に満ちていた。新たな冒険が始まるまで、その牙を研ぎ続けるだけだ。

 再び歓喜の輪に加われるようにと――――。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 プレイヤーたちはダリヤ山脈の頂上にて解散となっていた。各々がワイバーンにて去って行ったのだが、マヌカハニー戦闘狂旗団は転移魔法により聖王国へと一足早く戻っている。

「いやぁ、まだ興奮してるぜ! 俺は貢献度一位だし、アルカナⅡでも使える素敵なアイテムが下賜されるだろうな!」
 アアアアが自慢げに言うと、
「ふん、一位も五位も変わんないって。同じアイテムだったら笑ってやる!」
 彩葉が不満げに返している。夫婦になったはずが、二人の関係は相変わらずであった。

「タルト、セレブレーションイベントに参加するんだろ?」
 ここで諒太が聞いた。改変前の世界においてタルトは褒美の一つも受け取りにこなかったとの話。しかしながら、既に女王陛下とは迷子イベントにて対面していたし、諒太はあまり不安視していない。

「うむ、我たちはクリアしたのだ。堂々と参加しよう」
 諒太は頷きを返している。死に戻った世界線でも不参加の世界線でもない。この今は明確に新しい世界線であった。

「一番乗りやねん!」
 チカがセレブレーション会場の扉を開いた。そこは迷子イベントの打ち上げがあった場所。聖王城が誇る巨大なパーティールームに他ならない。

「わああ! すっごい飾り付けされてる!」
 夏美が感嘆の声を上げた。それはそのはず、パーティールームは目に眩しいくらいに派手な飾り付けが施されていたのだ。

「これはアガるやつだわ。主役感ハンパないって!」
 彩葉もはしゃいでいる。走り出しては並べられた料理を摘まんでいた。

「ふはは! 誰から褒美を受け取る?」
 壇上ではセシリィ女王とロークアットが待っている。NPCである彼女たちは呼びかけることなく待つだけだ。

「タルトが一番に行くべき……」
 諒太が意見した。タルトはリーダーであるのだし、諒太には特別な感情もある。だからこそ最初を飾るのはタルトであるべきだと思う。

 全員が同意見のよう。次々と返される頷きを見るや、タルトは壇上へと上がっていく。

「マヌカハニー戦闘狂旗団タルトよ、よくぞ暗黒竜を討伐した。其方の貢献に対し褒美を与えよう」
 言ってセシリィ女王は指輪を取り出していた。かつては謎の指輪を贈られた彼女だが、奇しくも最後の場面で同じように指輪を下賜している。

「ありがとう。お変わりないようで……」
「迷子の折は世話になった。これからもよろしく頼む……」
 何気ない会話であり、繋がってもいない話であったものの、タルトは満足していた。次なる世界でも彼女がいることを願いつつ、タルトは礼をして御前を離れる。

 しかし、タルトは腕を引っ張られていると気付く。まだ壇上を去ってはならないということだろう。視線を向けた先には幼いエルフがいた。

「タルトさま、わたくしからはこれを……」
 どうやら報酬は女王陛下と王女殿下から貰うらしい。ロークアットはスクロールのようなものを取り出している。

「ほう、これは参加賞だろうか?」
「違います。わたくしからです」
 タルトとしては参加賞で間違いないと考えていたけれど、ロークアットは違うと返す。彼女からのプレゼントであるという設定なのだろう。

【移行の秘術書】
【用途】所有者がアルカナⅡに移行する場合、好きなアイテムを一点のみ所有したまま移行できる。

 やはりこの秘術書は討伐の報酬に違いない。トッププレイヤーだけでなく、今はまだ弱いプレイヤーにも有用だからだ。持って行くに相応しいアイテムをドロップしようと更なるプレイを促すだろう。

「有り難く受け取っておく。アイスクリームはいるか?」
 どうしてかタルトは雑談的に話を続けた。アイスクリームを取り出して、ロークアットに見せている。ロークアットのAIがアイスクリームを覚えているかどうかも分からなかったというのに。

「ありがとう。わたくしはお礼に王家の紋章を差し上げます」
 どうやら交渉成立のよう。こういったプレゼントは交渉が上手く行けばお返しをくれる。これによりタルトの好感度は少しばかり上昇したはずだ。

 タルトが去るとアアアアに続いて彩葉も壇上へと向かう。
「さあ見せて貰おうか! 一位のゴミ報酬を!」
「チビんなよ? アルカナⅡでも有能なアイテムが貰えるはず!」
 言ってアアアアが謁見。期待していたアアアアだが、結果はタルトと同じ指輪である。

【救世の指輪】
【効果】名声値+10%
【備考】アルカナⅡへの移行条件なし。アルカナⅡのみ効果を発揮する。

 どうやらアルカナⅡのアイテムである。名声値という聞き慣れないステータスは恐らく続編に追加される要素であろう。また救世の指輪は秘術書の選択アイテムには含まれず、データ移行すれば必ず持って行けるようだ。

「ウシシ! 上位者は全部同じ! ウケる!!」
「うるせぇ! 俺はこの指輪が欲しかったんだよ!」
 最後まで騒がしいアアアアと彩葉。ロークアットから秘術書を受け取り、壇上をあとにした。

 このあとチカが同じ報酬を貰って、いよいよ勇者の番となる。

「あたしが先に行くよ! ネタバレごめんだし!」
「それだと俺がネタバレ喰らうじゃねぇか……」
 夏美が壇上へと向かう。どうせネタバレとなるのだし、諒太も彼女に続いた。

 次の瞬間、パーティー会場に多くのプレイヤーがなだれ込んでいる。どうやらポータルを使って飛んできたらしい。

『おお、間に合った!』
『ナツさんとリョウさんが報酬を受け取ってるぞ!』

 諒太としては静かに受け取りたかったというのに、野次馬的なプレイヤーがやって来てしまう。まあしかし、報酬を受け取るだけだ。何の問題もないだろう。

「勇者ナツ、其方の功績は計りしれないものだ。勇者としての働き、感謝する」
 言ってセシリィ女王はどうしてか移行の秘術書を取り出している。それはロークアットがプレゼントしてくれるはずのアイテムであったというのに。

「おお! アルカナⅡに二つ持って行けるよ!」
 夏美の声にギャラリーが沸く。流石に勇者は違うなと全員が羨むような顔をしている。

 諒太もまた同じ移行の秘術書であった。そもそも勇者の二人はランキングされていない。同じアイテムになるのは分かりきっていたことだ。

 夏美に続いて諒太もロークアットの前へと向かう。この世界線では教育係である。何かしら異なるアイテムが貰えそうな予感。

「あっ……」
 ここで諒太は思い出している。そういえばクエストがまだ途中であったこと。ロークアットが欲しがった黄金のブローチを見つけていないことを。

「ちいっとばかしズルだが、しょうがねぇな……」
 夏美が移行の秘術書を受け取っている間に諒太は錬成を始める。壇上ではあったものの、気にすることなく、上位変換を施していた。

『おお、すげぇ!』
『リナンシーの上位変換じゃん!』
『初めて見たよ!』

 ギャラリーたちが沸き返る。やはりリナンシーの加護を持つ錬金術はゲーム内でも有名であるらしい。完全に同質化したアルカナの世界でも諒太は優秀な錬金スキルを持っていた。

 夏美のあと、諒太はロークアットの前に立つ。
「リョウさま、ご機嫌よう。わたくしからはこれを……」
 同じような台詞にて移行の秘術書を受け取る。しかし、諒太の本番はこれからであった。

「姫殿下、ならば俺からはこれをあげよう……」
 ニコリと微笑み錬成した黄金のブローチを手渡す。クエストが完了するかどうかは不明であるけれど、諒太は約束を守ろうと思った。

 錬成したばかりの黄金のブローチ。諒太はかつて二度約束していた。前世界線のロークアットとこの幼い彼女に。クエストの続きではなく、ただ単に約束を果たすため小さな彼女の手に握らせている。

「わたくしに……これを?」
「ああ、約束してただろ?」
 諒太が返事をすると、ロークアットは真っ直ぐに諒太を見つめた。
 話が通じたのかは分からない。何しろ現状の彼女はNPCに違いないのだ。だから諒太のプレゼントは自己満足かもしれない。

「わたくし、気に入りました……」
 顔を赤らめるロークアット。間違いなく好感度が上がったサインである。
 頷いた諒太は軽く手を挙げて、この場を去って行く。

「お待ちください!」
 ところが、諒太は呼び止められてしまう。どうしてかまだ話があるのかもしれない。クエスト完遂の通知がないというのに、ロークアットは諒太に用事があるという。

「わ、わたくしからはこれを!!」
 ロークアットはNPCらしく同じような話をした。既に諒太は移行の秘術書を受け取っていたというのに。

「これは……?」
 諒太は固まっていた。正直に驚いている。
 なぜならロークアットが取り出したものは誓いのチョーカーであったからだ。

「受け取ってくださいまし!」
 今頃になって諒太は気付いている。ずっと装備していたはずのチョーカーがなくなっていたこと。いつ頃から消失したのか分からなかったけれど、現在の首元には何も装備されていない。

「ひょっとしてクエストを受注したときか……?」
 何だか笑ってしまう。世界線を移行したところで、諒太が行き着く未来は同じであった。
 やはりセイクリッド神の加護はアルカナにおいて中途半端だ。諒太は改変を受け、新たな世界線に当て嵌められたイベントを消化することになっている。この世界線における誓いのチョーカーはセレブレーションイベントにて受け取ることになっていたらしい。

「これは何かな?」
 諒太はからかうように聞いた。返答を予想しながら。返ってくる台詞はどうしてか理解できた。

「それは遠隔通話の魔道具です――――」

 思わず笑みを浮かべる。幼いロークアットと諒太が知るロークアットは確かに同一人物のよう。顔を真っ赤にしながらも、平静を装う。果てには気持ちを隠そうとしているようだ。

「殿下、時には素直になることも大切ですよ? とりあえずこれは預かっておきます」
 どこまで通じるか分からなかったものの、諒太は誓いのチョーカーを受け取り、笑顔を返している。

 すると、
『うおお! 軟派士リョウが姫殿下を落とした!』
『やっべ! 王族確定かよ!?』
『やっぱリョウさんの魅力値壊れてんじゃない!?』
『災厄を喚ぶロリコン勇者とかあり得ねぇし!』

 ギャラリーが盛り上がっていた。彼らは壇上に並ぶことなく、勇者二人の報酬受け取りを眺めているだけだ。

「リョウちん、いつかやると思ってたけど……」
 夏美が薄い目をしている。リナンシーを陥落させた諒太だ。NPCに求婚されるくらいは十分にあり得た話だというのに。

「しょうがねぇだろ? 俺は教育係だし、好感度が上がってたんだろ……」
 諒太は意に介す様子もなく壇上を去る。タルトとロークアットの会話だけでなく、黄金のブローチについても約束を果たした。もう何もこの世界でやり残したことはないのだと。

 割れんばかりの拍手。夏美は手を振って応えていたけれど、諒太は俯き加減に階段を下りる。気まずさを感じながらも、マヌカハニー戦闘狂旗団の元へと戻っていく。

「リョウ、まさかロークアットを口説いちまうとかな? このオッサンがお義父さんになるんだぞ?」
「アアアア、ふざけるな。我はタルト。ロークアットの父親ではない」
 予想した通りにからかわれているのだが、悪い気はしなかった。
 全てをやり終えた諒太は清々しさに満ちている。何を言われようと気になることなどない。

「それでこれからどうするん? ドロップマラソンしかやることないんやけど……」
「ふむ、アルカナⅡを如何に上手く滑り出せるかは移行アイテムにかかっている。それぞれ希望があれば言ってくれ」
 チカの問いにタルトが答えた。全員が好きなアイテムを持って行けるのだ。しかし、勇者ではないものは一つだけ。よって慎重に選ばなくてはならない。

「あ、俺はもう落ちるわ。ドロップマラソンはまた今度な?」
「うわー、リョウちん君ってまた足並みを乱す! ちいっとは私に貢いでくれんかね?」

「まあ、まだ続編の発売まで二週間からあるだろ? その間に手伝ってやるよ……」
 諒太としてはいち早くセイクリッド世界を確認したかった。何もかもが好転していると信じていたけれど、やはり自分の目で確認したい。

 再度、諒太は五人に謝ってから、ログアウトしていく。

 ゲームと化した三百年前から現在のセイクリッド世界へと。少なからず不安を覚えながら、聖域へと戻っていった……。
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