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エピローグ
平凡な高校生
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翌日は日曜日である。諒太は何をするでもなく過ごしていた。しかし、ずっと考えてしまう。セイクリッド世界のこと。自身が勇者として戦った世界のことを。
「これで良かったはず……」
ゲーム世界を模していたからこそ戦えた。ゲームキャラであったからこそ諒太は召喚された。水無月諒太としては評価されておらず、リョウというキャラクターが勇者になっただけだ。
「俺は平凡な高校生……」
あの世界との対比が諒太を落胆させてしまう。セイクリッド世界であれば最強の勇者であったというのに、現実は有象無象の一員。一介の男子高校生にすぎない。
ベッドに寝転がり、人知れず悩んでいると不意にスマホが鳴る。どうせ夏美だろうと手を伸ばすとそこには一通のメールが届いていた。
【クレセントムーンが入荷しました】
今さらではあったものの、そういえば諒太は予約していたのだ。夏頃になると聞いていたというのに、キャンセルが出たのか諒太の予約分まで順番が来たらしい。
「これを買えば召喚陣を残せる……」
今になって諒太の決意が揺らぐ。セイクリッド世界に残ることはセイクリッド神でさえ望んでいること。諒太が頼めば召喚陣はそのままになるだろう。
予約の有効期限は一週間。悩むに十分な時間があったけれど、生憎とセイクリッド神と会うのは本日の夜十時だ。諒太は今日中に決断しなければならない。
昼ご飯を食べて、ベッドに横たわったまま考え事をしていた諒太。満腹感からか眠気に襲われ、いつの間にか眠っている。晩ご飯だと起こされるまで一度も目覚めることはなかった。
風呂に入って部屋に戻り、再び考え事を始めるけれど、明確な決定には至らない。
気付けば時計は夜の十時を指している。ミーナ曰く時間厳守。諒太は曖昧な結論のままログインしていった。
約一日ぶりのセイクリッド世界。諒太はセイクリッド神との約束通りに聖域へとやって来た。
「リョウさま、ちょうど十時ですね?」
「君が待っているなら僧兵は関係なかったな?」
聖域の前にはミーナしかいなかった。正教会の人間として勇者を見送ろうとしているのかもしれない。
「セイクリッド神さまによろしくお伝えください。私はもう部屋に戻ります」
意外にもあっさりとしたミーナ。引き留める言葉をもらうのかと考えていたけれど、どうしてか彼女は既に諒太の決断を受け入れてしまっている。
少なからず揺れていた諒太であったものの、ミーナの反応は迷いを消す。やはり自分は異界人なのだと思い直していた。
「ああ、世話になった。セイクリッド世界に恒久の平和が訪れるように願っているから」
諒太の返答には頷きを返している。聖域の扉に手をかける諒太にミーナはお決まりの言葉を返していた。
大いなる旅路に幸あらんことを――――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖域に入るとセイクリッド神が待っていた。本当の姿を見たい気もするけれど、今もセイクリッド世界はアルカナの世界と繋がっており、彼女は敷嶋奈緒子であるままだ。
「勇者リョウ、その表情は決意が揺るがなかったということですね?」
セイクリッド神が言った。まるで揺さぶりをかけているかのよう。彼女は問うことで諒太に再考を願っている。
「いや、大いに悩んだよ。でも決めた。俺はやはり異界人なんだ……」
「そうですか……。以前は留まっていただきたいと考えておりましたが、現在におけるこの世界は貴方を誰も覚えておりません。従って、その決断は正解であると思います。勇者であると名乗ったとして、疑われるだけですからね……」
セイクリッド神もまた諒太を引き留めようとしなかった。世界が一変してしまったのだ。勇者リョウは過去の存在であって、尊敬も威光も過ぎ去りし時間の中である。
「貴方への褒美。何か一つ、この世界の物を持ち帰ってもらおうかと考えております。ただ効果は発揮できないでしょう。見た目だけの模造品でしかありません。ですが、貴方がこの世界を思い出すのに役立ってくれるかと思います」
セイクリッド神の褒美はゲーム世界とよく似ていた。効果まで持ち込めないのは仕方ないけれど、記念となる物を持ち帰っても構わないという。
「何でも構わないのか? 鎧とかでも?」
「もちろんです。ただし、伝えたように形だけです。本来あった性能は失っているでしょう。貴方の世界の理に則り、複製するだけですからね。持ち帰る物が決まれば世界を去るときに願ってください。私はそれを貴方への褒美とさせてもらいます」
どうやら願うだけで構わないようだ。宝石を錬成したり、金塊を持ち帰ったりもできる。勇者として世界を救った対価には十分な報酬が用意されていた。
「ならあとで決めるよ。それで俺がログアウトしたら、即座に召喚陣は消してくれ。俺は心が弱い人間なんでな。潔く切ってくれないと思い悩んでしまう」
「貴方が弱い人間だなんて思いません。誰よりも強くありました。お約束しましょう。貴方が戻ったのなら、召喚陣は抹消させてもらいます」
話は済んだ。こんな今も後ろ髪を引かれていたけれど、諒太はこの決断が間違いではないと思う。セイクリッド世界は今以上の改変を受けることなく、このまま繁栄していくべきなのだと。
「じゃあな。俺は一般の高校生に戻るよ……」
「勇者リョウに感謝を。水無月諒太に祝福を授けます……」
セイクリッド神がそう言うと諒太の身体に輝きが降り注ぐ。恐らくその祝福とやらは現実世界には関係ないだろうが、神様が施してくれたのだ。悪い気はしないし、寧ろ有り難いものである。
笑みを浮かべた諒太。もう迷いはない。現実世界の自分自身が取るに足りない人間であるのなら、今よりもずっと成長していけば良いだけだ。セイクリッド世界にいた勇者リョウと比べても遜色ないくらいになれるよう頑張るだけだと。
手を振ってから諒太は聖域をあとにする。晴れ晴れとした表情の彼はこのあと起こり得る事態を予測していない。心を揺るがすイベントが待っているなんて――――。
「これで良かったはず……」
ゲーム世界を模していたからこそ戦えた。ゲームキャラであったからこそ諒太は召喚された。水無月諒太としては評価されておらず、リョウというキャラクターが勇者になっただけだ。
「俺は平凡な高校生……」
あの世界との対比が諒太を落胆させてしまう。セイクリッド世界であれば最強の勇者であったというのに、現実は有象無象の一員。一介の男子高校生にすぎない。
ベッドに寝転がり、人知れず悩んでいると不意にスマホが鳴る。どうせ夏美だろうと手を伸ばすとそこには一通のメールが届いていた。
【クレセントムーンが入荷しました】
今さらではあったものの、そういえば諒太は予約していたのだ。夏頃になると聞いていたというのに、キャンセルが出たのか諒太の予約分まで順番が来たらしい。
「これを買えば召喚陣を残せる……」
今になって諒太の決意が揺らぐ。セイクリッド世界に残ることはセイクリッド神でさえ望んでいること。諒太が頼めば召喚陣はそのままになるだろう。
予約の有効期限は一週間。悩むに十分な時間があったけれど、生憎とセイクリッド神と会うのは本日の夜十時だ。諒太は今日中に決断しなければならない。
昼ご飯を食べて、ベッドに横たわったまま考え事をしていた諒太。満腹感からか眠気に襲われ、いつの間にか眠っている。晩ご飯だと起こされるまで一度も目覚めることはなかった。
風呂に入って部屋に戻り、再び考え事を始めるけれど、明確な決定には至らない。
気付けば時計は夜の十時を指している。ミーナ曰く時間厳守。諒太は曖昧な結論のままログインしていった。
約一日ぶりのセイクリッド世界。諒太はセイクリッド神との約束通りに聖域へとやって来た。
「リョウさま、ちょうど十時ですね?」
「君が待っているなら僧兵は関係なかったな?」
聖域の前にはミーナしかいなかった。正教会の人間として勇者を見送ろうとしているのかもしれない。
「セイクリッド神さまによろしくお伝えください。私はもう部屋に戻ります」
意外にもあっさりとしたミーナ。引き留める言葉をもらうのかと考えていたけれど、どうしてか彼女は既に諒太の決断を受け入れてしまっている。
少なからず揺れていた諒太であったものの、ミーナの反応は迷いを消す。やはり自分は異界人なのだと思い直していた。
「ああ、世話になった。セイクリッド世界に恒久の平和が訪れるように願っているから」
諒太の返答には頷きを返している。聖域の扉に手をかける諒太にミーナはお決まりの言葉を返していた。
大いなる旅路に幸あらんことを――――――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖域に入るとセイクリッド神が待っていた。本当の姿を見たい気もするけれど、今もセイクリッド世界はアルカナの世界と繋がっており、彼女は敷嶋奈緒子であるままだ。
「勇者リョウ、その表情は決意が揺るがなかったということですね?」
セイクリッド神が言った。まるで揺さぶりをかけているかのよう。彼女は問うことで諒太に再考を願っている。
「いや、大いに悩んだよ。でも決めた。俺はやはり異界人なんだ……」
「そうですか……。以前は留まっていただきたいと考えておりましたが、現在におけるこの世界は貴方を誰も覚えておりません。従って、その決断は正解であると思います。勇者であると名乗ったとして、疑われるだけですからね……」
セイクリッド神もまた諒太を引き留めようとしなかった。世界が一変してしまったのだ。勇者リョウは過去の存在であって、尊敬も威光も過ぎ去りし時間の中である。
「貴方への褒美。何か一つ、この世界の物を持ち帰ってもらおうかと考えております。ただ効果は発揮できないでしょう。見た目だけの模造品でしかありません。ですが、貴方がこの世界を思い出すのに役立ってくれるかと思います」
セイクリッド神の褒美はゲーム世界とよく似ていた。効果まで持ち込めないのは仕方ないけれど、記念となる物を持ち帰っても構わないという。
「何でも構わないのか? 鎧とかでも?」
「もちろんです。ただし、伝えたように形だけです。本来あった性能は失っているでしょう。貴方の世界の理に則り、複製するだけですからね。持ち帰る物が決まれば世界を去るときに願ってください。私はそれを貴方への褒美とさせてもらいます」
どうやら願うだけで構わないようだ。宝石を錬成したり、金塊を持ち帰ったりもできる。勇者として世界を救った対価には十分な報酬が用意されていた。
「ならあとで決めるよ。それで俺がログアウトしたら、即座に召喚陣は消してくれ。俺は心が弱い人間なんでな。潔く切ってくれないと思い悩んでしまう」
「貴方が弱い人間だなんて思いません。誰よりも強くありました。お約束しましょう。貴方が戻ったのなら、召喚陣は抹消させてもらいます」
話は済んだ。こんな今も後ろ髪を引かれていたけれど、諒太はこの決断が間違いではないと思う。セイクリッド世界は今以上の改変を受けることなく、このまま繁栄していくべきなのだと。
「じゃあな。俺は一般の高校生に戻るよ……」
「勇者リョウに感謝を。水無月諒太に祝福を授けます……」
セイクリッド神がそう言うと諒太の身体に輝きが降り注ぐ。恐らくその祝福とやらは現実世界には関係ないだろうが、神様が施してくれたのだ。悪い気はしないし、寧ろ有り難いものである。
笑みを浮かべた諒太。もう迷いはない。現実世界の自分自身が取るに足りない人間であるのなら、今よりもずっと成長していけば良いだけだ。セイクリッド世界にいた勇者リョウと比べても遜色ないくらいになれるよう頑張るだけだと。
手を振ってから諒太は聖域をあとにする。晴れ晴れとした表情の彼はこのあと起こり得る事態を予測していない。心を揺るがすイベントが待っているなんて――――。
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