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最終章 勇者として
救済
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ログアウト先。普通のゲームであればベッドに横たわっているだけだ。けれど、諒太の場合は異世界にある聖域と呼ばれる部屋である。
例によって敷嶋奈緒子の姿をしたセイクリッド神が諒太を迎えてくれた。
「よう、仕事してきたぞ……」
彼女が何も話さなかったからか、諒太が声をかけた。
頷きを見せるセイクリッド神。その表情からセイクリッド世界の現状は汲み取れている。
「勇者リョウ、女神として感謝を。この世界に残るルイナーの残滓は全て無くなっております。晦冥神による罰はもうありません……」
それは望んだままの世界である。勇者として目指した世界。セイクリッド世界に生きる全ての人々を守ろうとした結果であった。
「安心した。もうこれで俺がやり残したことはないな?」
諒太は確認している。ようやく勇者業から解放されるのだと。
「勇者リョウが成すべき事象は何もありません……」
分かりやすい話が返されている。
もう何もない。諒太が戦うわけや、この場所にいる理由さえも。
「そっか。思いのほか世界は変わっちまっただろ? ベノンもダライアスもいない。プレイヤーの子孫が世界に溢れ、三大国は手を取り合っている。割といい改変だったのかな?」
「ふふ、そうですね。三国が仲違いをやめたのなら、もう晦冥神による罰を与えられることはないでしょう。世界はまた発展していくと考えています」
元々アルカナの世界観はセイクリッド世界を同質化したものだ。過去にいた大賢者や勇者は歴史から消されてしまったけれど、世界自体はそれほど大きな変化を生んでいないのかもしれない。
「じゃあ、俺は行くよ。流石に疲れたし……」
「勇者リョウ、明日また来てください。私から貴方へお礼をさせていただきます」
「断ったはずだぞ? 俺の望みは世界間の道を消すことだけだ……」
明日いっぱいまで召喚陣は残されることになっている。しかし、諒太としては未練などない。この世界で出会ったほぼ全ての人が諒太を忘れているのだ。特別な別れの挨拶など必要なかった。
「待っております。本当にそれが最後です。勇者としての務めとしてお越しください」
勇者としての務めといわれてしまえば諒太は頷くしかない。本当に大団円であるのだから、最後にもう一度セイクリッド神と語らうのも悪くはない。
「分かった。じゃあ、明日な……」
言って諒太は聖域をあとにする。
どうしてか笑みを浮かべながら。もう一日あることに安堵したかのように。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖域を出るや否にリナンシーが飛び出して来た。彼女としてもセイクリッド神は上位の存在らしく勝利の報告を邪魔する気はなかったようである。
「婿殿、本当に残らんのか?」
全てを知っているのはリナンシーだけである。その問いは彼女にとっても看過できない話であろうが、意外にもリナンシーは諒太の決断を尊重しているように思う。
「俺は異界人だからな。お前には世話になったと思う。ありがとな」
「む、婿殿! 妾は加護を残すつもりじゃ! たとえ世界間の道が失われようとも、婿殿が失われたとき、妾は約束を果たす!」
約束と言われてもピンと来なかったが、諒太は記憶を掘り返して彼女の話に見当を付けた。
「無理矢理に殺害しないのなら、そうしてくれ。死後の話なら問題ない。お前の気が済むように喰らいやがれ」
「むむぅ、婿殿……」
諒太の反応にリナンシーも別れが現実になることを知った。餞別として魂の予約をできたけれど、肉体を通しての交流は明日で最後なのだと。
「リョウさま、お帰りなさいまし」
聖域を出て騒いでいるとミーナが現れていた。彼女はまだ法衣のままであり、諒太を待っていたのかもしれない。
「待っていたのか? 別に構わなかったのに……」
「私の部屋は聖域の直ぐ近くですので。流石に姫殿下にはお帰り願いましたが……」
そういえばロークアットの姿がない。どうやら正教会は王女殿下が深夜まで居残ることを良しとしなかったようだ。
「それでリョウさま、お戻りになられたということは暗黒竜の問題が解決したのでしょうか?」
正教会としても確認しておきたい話であろう。セイクリッド神に直接聞いた話なのだ。この現在が過去の結果により窮地に陥るだなんて話を。
「もちろんじゃ! 婿殿が暗黒竜をやっつけたのを妾は見たぞ!」
諒太が答えるよりも先にリナンシーが興奮気味に語る。大雑把な説明であったけれど、ミーナには伝わったことだろう。暗黒竜をやっつけたからこそ、戻って来たはずである。
「流石は第二の勇者さまですね。歴史上ただ一人、妖精女王の加護を得た類い希なる存在……」
ミーナは少しも疑っていないようだ。やはりリナンシーの加護を受けた諒太は別格なのかもしれない。
「つかぬ事をお伺いしますが、このあとはどうされるのでしょう?」
妙な話となる。割と積極的な彼女のことだ。暇があると伝えるのは間違いであろう。
「いや、もう俺は元の世界に戻るよ。明日もう一度だけセイクリッド神に会うつもりだけどな……」
諒太の説明に頷きを返すミーナ。この世界線でも聞き分けは良いらしく、彼女は素直に聞き入れてくれた感じだ。
しかしながら、ミーナは問いを投げている。
「聖王国へは向かわれないので?」
どうしてかミーナは聖王国へ行かないのか聞いてきた。確かに従魔であるソラがいたけれど、もうロークアットに任せたのだ。諒太が今さら聖王国へと行き、すべきことなど残っていない。
「行く必要がないからな。俺は過去の人間であり、異界人だ。この現在に干渉する理由は少しだってない……」
毅然と返す諒太。ロークアットに会えば間違いなく彼女の気を惹いてしまう。もう二度と会うことができなくなる彼女に妙な感情を抱かせるわけにはならなかった。
諒太の返答にはぁっと長い息を吐くミーナ。諒太としては間違った回答をしていないはずなのに、彼女は薄い目をして諒太を見ていた。
「最強の勇者であるというのに、乙女心は少しも理解されていないのですね?」
少しばかり皮肉めいた言い方をする。ミーナが言わんとすることを諒太は察知できたけれど、諒太にだって明確な理由があるのだ。
「俺と会えば傷つくだけ。だから会えない。俺だって彼女の気持ちには気付いている」
「せめてサヨナラくらいは直接話されてはどうでしょうか? 姫殿下を聖王国へお帰りいただくのは、ものすごーーく苦労しました。彼女は何日でもここで待つと話していたのですよ?」
ルイナーと戦う裏側では、そのような遣り取りがあったらしい。ロークアットは諒太が戻るまで聖域を去りたくなかったようだ。
しかしながら、諒太の結論は変わらない。もう彼女と会うつもりはなかった。切り離される世界に、彼女との交流は生まれないのだと。
「乙女心とか知ったことか。俺は明日、セイクリッド神に会ったあと、もう二度とセイクリッド世界には戻れないのだから……」
明確な返答ならばミーナも分かってくれるはず。この世界に戻れないという理由ならば、分かってくれるだろうと。
「そうですか。了解しました。明日は何時頃のご訪問になるのでしょう? 番をする僧兵に伝えておかねばなりませんので……」
意外にも直ぐさま引き下がっている。ミーナはしつこく問いを返すことなく、明日の予定を聞く。第二の勇者リョウがこの世界から去ることを受け入れたかのようである。
「恐らく夜の十時くらい。多少前後するかもしれない。またセイクリッド神との話は五分もかからないだろう。最終確認くらいなものだからな……」
諒太がそういうと、ミーナは承知しましたと返している。
本当に聞き分けが良すぎる気がした。かといって諒太の希望通りだ。必要以上にかかわらない。諒太は異界人であり、セイクリッド世界に生きる彼女とは違うのだ。
「今日はこれで失礼するよ。僧兵には話をつけておいてくれ……」
「了解しました。三百年後までフォローしていただきありがとうございます。我らセイクリッドの民は勇者リョウを永遠に語り継ぎたいと思います」
「そういうのは止めてくれ。俺は別に偉人となるつもりなんかない。この世界の人々が幸せに暮らせること。俺はそれを望んでいる……」
諒太の言葉にミーナは再び深い礼をした。
それは世界を代表して感謝を伝えるようなもの。世界を危機から救ってくれた勇者に対するものであった。
「明日は出迎えなどいらない。俺は用事を済ませて自分の世界に戻るから……」
「了解いたしました。ただ僧兵は交代時間があるので、時間厳守でお願いいたします。最後のお勤めまで我ら正教会は勇者様と共にあるつもりです」
約束は夜の十時。その時間であれば問題なくログインできるはずだ。諒太はそれで頼むとミーナに返事をして、再びログアウトを選ぶ。
全てが終わったログアウト。こんな今もルイナーを討伐したなんて考えられなかった。しかし、明確にアルカナのルイナーは討伐されており、三百年後の現在でも問題はない。
少しばかり感傷的になってしまうけれど、もう決めたことだ。セイクリッド世界とは関わりを断ち、元の生活に戻るべきである。
諒太はミーナに了解の旨を伝え、その場でログアウト。もう名残惜しいなんて考えない。セイクリッド世界は自分が住む世界ではなく、加えて使命は果たし終えたのだから……。
例によって敷嶋奈緒子の姿をしたセイクリッド神が諒太を迎えてくれた。
「よう、仕事してきたぞ……」
彼女が何も話さなかったからか、諒太が声をかけた。
頷きを見せるセイクリッド神。その表情からセイクリッド世界の現状は汲み取れている。
「勇者リョウ、女神として感謝を。この世界に残るルイナーの残滓は全て無くなっております。晦冥神による罰はもうありません……」
それは望んだままの世界である。勇者として目指した世界。セイクリッド世界に生きる全ての人々を守ろうとした結果であった。
「安心した。もうこれで俺がやり残したことはないな?」
諒太は確認している。ようやく勇者業から解放されるのだと。
「勇者リョウが成すべき事象は何もありません……」
分かりやすい話が返されている。
もう何もない。諒太が戦うわけや、この場所にいる理由さえも。
「そっか。思いのほか世界は変わっちまっただろ? ベノンもダライアスもいない。プレイヤーの子孫が世界に溢れ、三大国は手を取り合っている。割といい改変だったのかな?」
「ふふ、そうですね。三国が仲違いをやめたのなら、もう晦冥神による罰を与えられることはないでしょう。世界はまた発展していくと考えています」
元々アルカナの世界観はセイクリッド世界を同質化したものだ。過去にいた大賢者や勇者は歴史から消されてしまったけれど、世界自体はそれほど大きな変化を生んでいないのかもしれない。
「じゃあ、俺は行くよ。流石に疲れたし……」
「勇者リョウ、明日また来てください。私から貴方へお礼をさせていただきます」
「断ったはずだぞ? 俺の望みは世界間の道を消すことだけだ……」
明日いっぱいまで召喚陣は残されることになっている。しかし、諒太としては未練などない。この世界で出会ったほぼ全ての人が諒太を忘れているのだ。特別な別れの挨拶など必要なかった。
「待っております。本当にそれが最後です。勇者としての務めとしてお越しください」
勇者としての務めといわれてしまえば諒太は頷くしかない。本当に大団円であるのだから、最後にもう一度セイクリッド神と語らうのも悪くはない。
「分かった。じゃあ、明日な……」
言って諒太は聖域をあとにする。
どうしてか笑みを浮かべながら。もう一日あることに安堵したかのように。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
聖域を出るや否にリナンシーが飛び出して来た。彼女としてもセイクリッド神は上位の存在らしく勝利の報告を邪魔する気はなかったようである。
「婿殿、本当に残らんのか?」
全てを知っているのはリナンシーだけである。その問いは彼女にとっても看過できない話であろうが、意外にもリナンシーは諒太の決断を尊重しているように思う。
「俺は異界人だからな。お前には世話になったと思う。ありがとな」
「む、婿殿! 妾は加護を残すつもりじゃ! たとえ世界間の道が失われようとも、婿殿が失われたとき、妾は約束を果たす!」
約束と言われてもピンと来なかったが、諒太は記憶を掘り返して彼女の話に見当を付けた。
「無理矢理に殺害しないのなら、そうしてくれ。死後の話なら問題ない。お前の気が済むように喰らいやがれ」
「むむぅ、婿殿……」
諒太の反応にリナンシーも別れが現実になることを知った。餞別として魂の予約をできたけれど、肉体を通しての交流は明日で最後なのだと。
「リョウさま、お帰りなさいまし」
聖域を出て騒いでいるとミーナが現れていた。彼女はまだ法衣のままであり、諒太を待っていたのかもしれない。
「待っていたのか? 別に構わなかったのに……」
「私の部屋は聖域の直ぐ近くですので。流石に姫殿下にはお帰り願いましたが……」
そういえばロークアットの姿がない。どうやら正教会は王女殿下が深夜まで居残ることを良しとしなかったようだ。
「それでリョウさま、お戻りになられたということは暗黒竜の問題が解決したのでしょうか?」
正教会としても確認しておきたい話であろう。セイクリッド神に直接聞いた話なのだ。この現在が過去の結果により窮地に陥るだなんて話を。
「もちろんじゃ! 婿殿が暗黒竜をやっつけたのを妾は見たぞ!」
諒太が答えるよりも先にリナンシーが興奮気味に語る。大雑把な説明であったけれど、ミーナには伝わったことだろう。暗黒竜をやっつけたからこそ、戻って来たはずである。
「流石は第二の勇者さまですね。歴史上ただ一人、妖精女王の加護を得た類い希なる存在……」
ミーナは少しも疑っていないようだ。やはりリナンシーの加護を受けた諒太は別格なのかもしれない。
「つかぬ事をお伺いしますが、このあとはどうされるのでしょう?」
妙な話となる。割と積極的な彼女のことだ。暇があると伝えるのは間違いであろう。
「いや、もう俺は元の世界に戻るよ。明日もう一度だけセイクリッド神に会うつもりだけどな……」
諒太の説明に頷きを返すミーナ。この世界線でも聞き分けは良いらしく、彼女は素直に聞き入れてくれた感じだ。
しかしながら、ミーナは問いを投げている。
「聖王国へは向かわれないので?」
どうしてかミーナは聖王国へ行かないのか聞いてきた。確かに従魔であるソラがいたけれど、もうロークアットに任せたのだ。諒太が今さら聖王国へと行き、すべきことなど残っていない。
「行く必要がないからな。俺は過去の人間であり、異界人だ。この現在に干渉する理由は少しだってない……」
毅然と返す諒太。ロークアットに会えば間違いなく彼女の気を惹いてしまう。もう二度と会うことができなくなる彼女に妙な感情を抱かせるわけにはならなかった。
諒太の返答にはぁっと長い息を吐くミーナ。諒太としては間違った回答をしていないはずなのに、彼女は薄い目をして諒太を見ていた。
「最強の勇者であるというのに、乙女心は少しも理解されていないのですね?」
少しばかり皮肉めいた言い方をする。ミーナが言わんとすることを諒太は察知できたけれど、諒太にだって明確な理由があるのだ。
「俺と会えば傷つくだけ。だから会えない。俺だって彼女の気持ちには気付いている」
「せめてサヨナラくらいは直接話されてはどうでしょうか? 姫殿下を聖王国へお帰りいただくのは、ものすごーーく苦労しました。彼女は何日でもここで待つと話していたのですよ?」
ルイナーと戦う裏側では、そのような遣り取りがあったらしい。ロークアットは諒太が戻るまで聖域を去りたくなかったようだ。
しかしながら、諒太の結論は変わらない。もう彼女と会うつもりはなかった。切り離される世界に、彼女との交流は生まれないのだと。
「乙女心とか知ったことか。俺は明日、セイクリッド神に会ったあと、もう二度とセイクリッド世界には戻れないのだから……」
明確な返答ならばミーナも分かってくれるはず。この世界に戻れないという理由ならば、分かってくれるだろうと。
「そうですか。了解しました。明日は何時頃のご訪問になるのでしょう? 番をする僧兵に伝えておかねばなりませんので……」
意外にも直ぐさま引き下がっている。ミーナはしつこく問いを返すことなく、明日の予定を聞く。第二の勇者リョウがこの世界から去ることを受け入れたかのようである。
「恐らく夜の十時くらい。多少前後するかもしれない。またセイクリッド神との話は五分もかからないだろう。最終確認くらいなものだからな……」
諒太がそういうと、ミーナは承知しましたと返している。
本当に聞き分けが良すぎる気がした。かといって諒太の希望通りだ。必要以上にかかわらない。諒太は異界人であり、セイクリッド世界に生きる彼女とは違うのだ。
「今日はこれで失礼するよ。僧兵には話をつけておいてくれ……」
「了解しました。三百年後までフォローしていただきありがとうございます。我らセイクリッドの民は勇者リョウを永遠に語り継ぎたいと思います」
「そういうのは止めてくれ。俺は別に偉人となるつもりなんかない。この世界の人々が幸せに暮らせること。俺はそれを望んでいる……」
諒太の言葉にミーナは再び深い礼をした。
それは世界を代表して感謝を伝えるようなもの。世界を危機から救ってくれた勇者に対するものであった。
「明日は出迎えなどいらない。俺は用事を済ませて自分の世界に戻るから……」
「了解いたしました。ただ僧兵は交代時間があるので、時間厳守でお願いいたします。最後のお勤めまで我ら正教会は勇者様と共にあるつもりです」
約束は夜の十時。その時間であれば問題なくログインできるはずだ。諒太はそれで頼むとミーナに返事をして、再びログアウトを選ぶ。
全てが終わったログアウト。こんな今もルイナーを討伐したなんて考えられなかった。しかし、明確にアルカナのルイナーは討伐されており、三百年後の現在でも問題はない。
少しばかり感傷的になってしまうけれど、もう決めたことだ。セイクリッド世界とは関わりを断ち、元の生活に戻るべきである。
諒太はミーナに了解の旨を伝え、その場でログアウト。もう名残惜しいなんて考えない。セイクリッド世界は自分が住む世界ではなく、加えて使命は果たし終えたのだから……。
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