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最終章 勇者として

イベント三時間前

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 三日ぶりのアルカナ。セイクリッド世界では常に単独行動をしていたけれど、クランメンバーは全員がレベリング中であったため、呼び出されることなどなかった。

 まずはクラフタットへと飛び、カモミールへと向かう。ココと会うのは初対面であるけれど、恐らくは問題ないはずだ。

「すみません……」
 店先にいたNPCに声をかける。すると彼女は、
「リョウ様、お久しぶりです。ココ様は工房の方にいらっしゃいます。ぽっ……」
 どうしてか顔を赤らめ面識があるかのように話す。やはり改変が進んだ結果、諒太はカモミールの常連なのだろう。恐らくはここで王者の盾を製作し、更には今回の依頼に繋がっているのだと思う。

「ココ様、リョウ様がいらっしゃいました……。ぽっ……」
「ライラちゃん、ありがとう。……って、リョウ君またライラちゃんにちょっかいだしたの?」
 割と心配していたのだが、予想通りでもあった。ココは諒太を知っている。しかも、かなり顔なじみである感じだ。

「ああいや、すまん。どうしても魅力値がヤバくてな……」
「何の情報もなくリナンシーを口説き落とすとかどうかしてるね? 他のサーバーも新規にプレイし直したりして躍起になってるけど、難しいみたいよ。ライラちゃん、完全にフラグ立ってるし……」
 用事を済ませたあと、ライラはジッと諒太を見つめている。頬を赤く染めながら、真っ直ぐな視線を向けたままだ。

「それでご依頼の鎧できたよ。かなり苦労したけどね。フェアリーティアをもらわなかったら、一ヶ月はかかったんじゃないかな……」
 どうやらココはフェアリーティアなしでも加工できたらしい。やはりプレイヤー自身は子孫とは異なる。ウルムよりもずっとステータスに恵まれているのだろう。

「ありがとう。特急で頼んで悪かった……」
「いやいいよ! こんな素材持ち込んでくれるのリョウ君しかいないしね。奴隷として使い倒したかったわ……」

 ココとしては冗談のつもりだったのだろう。しかし、諒太は気になっていた。
 改変を受けた世界でも諒太は奴隷であり、ロークアットが落札したことになっている。しかし、この世界のロークアットはNPC。彼女が一千万ナールを提示したなんてどうなっているのか分からない。

「ココさん、俺はあのときログインしてなくて、詳しく知らないんだ。どうしてロークアットが落札したんだ?」
 奴隷オークションはプレイヤーがログインしていなくても、時間になれば開催される。諒太はログインしていなかったと誤魔化しながら、話を聞くことにした。

「いやあ、あれはレア中のレアを引いたのよ。稀に貴族のNPCも参戦してくるでしょ? まさか王族が入札に入ってくるなんて思いもしなかったわ。私は砂海王の堅皮を持ち込まれた経験があったし、リョウ君をこき使ってやろうと考えてたんだけどね」
 アハハと笑うココ。やはりウルムに頼んだはずの王者の盾はココが製作したことになっているようだ。

「どうして一千万に? 流石にそこまで追いかけないだろ?」
「まあね。でも三百万ナールは用意してた。相手は越後屋さんだし、それくらいは必要だろうと思ってね。でも蓋を開けばあの通り。私が三百万で手を挙げたら、ロークアットちゃんは一千万だって。笑っちゃうよね?」
 どうやら競り合いすらなかった模様だ。未来の結果から、その価格が飛び出しただけ。同質化により、競売は成立しなかったらしい。

「マジっすか。まあ俺は早く解放されたから良かったけど……」
「好感度が上がってたんじゃない? 聖王城勤めだったし……」
 諒太は声を失っている。ロークアットと出会ったのは迷子イベントだと考えていたけれど、奴隷オークション以前から関わりがあったような話を聞かされていた。

「聖王城勤めだったのは迷子イベントの前だっけ? 何だか物忘れが激しい……」
 誤魔化せたかどうか分からないけれど、諒太は気になる話を続ける。上手く情報を引き出せるようにと。

「しっかりしてよね? アルカナⅡでも持ち込みして欲しいのに。君はナッちゃんが聖王国に移籍したあと、聖王城での役職を手に入れた。それも王女殿下の教育係。迷子イベントはそのあとよ」

 瞬時に諒太は思い出していた。そういえばロークアット自身もそのような話をしていたのだと。
『リョウ様はわたくしの教育係でしたし、オークションではリョウ様に相応しい価格を提示しております――――』
 あの話は奴隷として教育係をしていたわけではない。それ以前から教育係であったから、一千万ナールという金額で落札したという話であろう。

「俺とロークアットの関係を無理矢理に当て嵌めたのか?――――」
 ようやく諒太は真相に行き着いていた。迷子イベントが最初の出会いではない。アーシェたちとは異なり、ロークアットは過去にも存在するのだ。諒太がロークアットと経験した全てを世界が無理矢理に同質化したのだと思われる。

 だとすれば諒太の対応は最悪である。教育係をしていたというのに、諒太はそれを忘れていたのだ。事情は説明したけれど、またも彼女を傷つけてしまったことだろう。

「それでこれがオーダーの鎧ね。最高傑作になったと自負してる。悪徳商会にもこれだけの鎧はないわよ。特別なスキルは付かなかったけど、デバフなんかないし」

【終末の鎧+91】
【DEF100+91(補正+100)】
【レアリティ】★★★★★
【耐性】火(微強)・水(強)・風(強)・土(強)・雷(微強)・氷(強)
【特殊錬成】★★★★★
【製作者】ココ

 ウルムに見せてもらったままだ。やはりココが製作していた。捻れた世界線は諒太の経験を全てアルカナへと当て嵌めているらしい。

「ありがとう。これでクリアできる……」
「いやいや、また持ち込み頼むねぇ。ウチの旦那は死に戻っちゃったからさ、リョウ君だけが頼りだよ!」
 どうやらココは結婚しているらしい。素材集めを夫に依頼していたのかもしれない。

 鎧を受け取り、早速と諒太は装備する。防御力が段違いだ。王者の盾と併せればダメージなど受けないのではないかと思う。

「しっかりと宣伝してね! 今後ともカモミールをよろしく!」
 三百年後にまた贔屓となるだなんて考えもしないことだろう。
 諒太は笑顔を返し、転移していく。まだイベント開始まで三時間以上あるのだ。先ほど聞いた話を確認してみようと。

 諒太は再び聖王城へと飛んでいくのだった……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 イベント開始まで三時間。冬葉原にある株式会社クレセントムーンの運営部には人集りができていた。

 なぜなら本日は運命のアルカナⅠの区切りである。毎週開催される予定であったのだが、この度エントリーしたのはセイクリッドサーバーだけのよう。

「やはりセイクリッドサーバーが一番乗りか……」
 敷嶋は納得した表情である。他のサーバーは今回のイベントにエントリーしていないのだ。

「二人目の勇者が問題ですね。勇者リョウの誕生が一ヶ月前。直ぐさま情報を公開し、大勢のプレイヤーがリスタートし始めましたが、第二の勇者はまだ三人ですからね。やはりリナンシーの攻略は難しいみたいです……」
 大村が敷嶋に返す。しかし、運営としても有り難いことであった。割と駆け込みで作業していたのだ。参加が一つだけであるのは問題が発生したとしても対処しやすかった。

「リナンシーの好感度設定は厳しすぎたかしら? 第二の勇者はリョウ君みたいに育ちきっていないのよね……」
 どうやら諒太に習って第二の勇者を目指すプレイヤーが他のサーバーにも現れたようだ。けれど、新規のプレイが必要であることや、リナンシーの攻略が非常に難しかったために十分な強さとなっていないらしい。

「勇者ナツと勇者リョウ。まるで隙がありません。近接から遠距離まで。ルイナーには見せ場を作ってもらいたいところですけど、呆気なく倒されてしまいそうです」
「かもね。特にルイナー討伐イベントは同士討ちを無効設定にしたから、魔法を幾ら撃っても仲間を殺めることにはならないし……」
 大乱戦となるため、この度のイベントは攻撃が仲間に当たらない特別ルールを敷いた。同士討ちの死に戻りは不満が噴出するだけだろうと。

「ミーチューブで実況配信もしますし、盛り上がるイベントになればいいのですが……」
「圧倒したとして盛り上がるでしょ? セイクリッドサーバーの馬鹿げた強さは十分に周知されてる。トップクランは全員がレベルマックスだし、セカンドクランにもレベルマックスがいるのよ? 寧ろ視聴者は圧倒することを望んでるかもしれない」
 敷嶋は笑っている。セイクリッドサーバーが難なくゲームクリアすると疑っていないようだ。

「本日のイベント次第で、私の仕事は概ね終わり。必ず成功させましょう」
 六月末まで仕事はあるのだが、ゲーム製作という括りにおいては区切りとなる。大成功すればという条件付きではあるけれど。

 和気藹々と会話が弾む運営部。誰も予期できないでいる。致命的ともいえるバグが残っているなんてことは……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 スバウメシア聖王国エクシアーノ城。荘厳なお城の前にある広場へと諒太は転移していた。

「ここにもハピル像があるのか……」
 三百年後にはマヌカハニー戦闘狂旗団の銅像が並んでいる場所。アルカナの世界ではハピル像があるだけであった。

「そいや、ソラを召喚してみっか……」
 メニュー画面にはテイムの項目があった。やはり諒太はテイムスキルを有したままであり、グレーアウトしていない項目は使用可能という意味である。

「召喚!」
 諒太はこの世界線においてソラを聖王国へと預けなければならない。歴史に残るままに聖王城でメイドをしてもらうべきであった。だからこそ、諒太は聖王国に赴き、イベントまでにロークアットと会っておかねばならない。

「マスター、こんにちは!」
 見た目はソラであるが、あの変態成分が残っているのか不明だ。今のところ普通であるように思う。

「ソラ、戦いが終われば、お前は聖王城で働け。いいな?」
「ご命令とあらば。ワタシは愛の奴隷。如何なるご命令にも背くことなどありません。たとえば恥辱的なポーズでアヘ顔をしろとか……」
 もう既に駄目なような気がしている。よく聞いた台詞に真っ当なアークエンジェルであることは諦めようと思う。

 二人して正門へと近付くと、
「勇者リョウ様、お疲れさまです」
 衛兵が声をかけてくれる。どうもまだ教育係の任は解かれていない感じだ。諒太は咎められることなく、普通に入城しロークアットの部屋まで来ている。

 ノックをすると、中から返事があった。加えて諒太が取っ手に手をやるよりも早く扉が開かれている。

「リョウ様!」
 満面の笑みを浮かべて飛び出してきたのはロークアット。諒太の腰ほどまでしかない幼い彼女であった。

「リョウ様、これを見てくださいまし!」
 言ってロークアットはスクリーンショットを諒太に見せた。驚いたことにNPCである彼女が自発的に行動している。

 スクリーンショットは何やらブローチの写真であるように思う。眉間にしわを寄せていると、

『ジョブクエスト【贈り物】を受注しました』

 脳裏に通知が流れた。どうやら教育係専用のクエストであるらしい。諒太は写真のブローチを探し出して、ロークアットにプレゼントしなければならないようだ。

「ロークアット、これが欲しいのか?」
「はい! でもわたくしお金持ってなくて……」
 諒太の記憶を掻き乱す話であった。諒太はこの場面を知っている。三百年後に間違いなく聞いたのだ。

『露店で見つけて欲しかったものです。当時は現金を持っていませんでしたので買えませんでした――――』

 前世界線にて聞いた話だ。かつて露店で見つけたブローチのデザイン。彼女は諒太の錬金術により再現してもらおうとしていた。しかし、諒太は彼女が望んだ黄金のブローチではなく、白銀のブローチを彼女に贈ってしまったのだ。

「ここから繋がっていたのか……」
 既にクエストは受注済みだ。であれば、諒太はエクシアーノの露店巡りをし、彼女が求めるブローチを探し出さねばならない。

「ロークアット、待っててくれ。俺は必ず見つけてくるから……」
「リョウ様、お願いします!」
 思えばこのクエストにより好感度が上がったような気がする。三百年後に続くクエストであるように思えてならない。

 幸いにもルイナー討伐イベントまで三時間が残されている。露店といえばアトリエがあった下町エリアに違いない。

 諒太はルイナー討伐イベントまでに、このクエストを完遂しようと思う。
 しかし、エクシアーノは三大国で一番巨大な街である。露店といわれても星の数ほど存在し、ロークアットが求めるブローチは見当たらない。

「予想以上に難題だったな……」
 このあとも諒太は探し続けるけれど、気付けばイベント開始時刻の三十分前となっていた。

【着信 九重夏美】

 いつまで経っても諒太が現れないからか、夏美からの通話が届く。流石に移動しておくべきだ。間違いなくこのコールは呼び出しの通知である。

「もしもし?」
『リョウちん、エクシアーノで何してんの? もうみんな集まってるよ!』
 やはり第二の勇者である諒太が現れないことで、現場は騒然としているのかもしれない。諒太にはリバレーションという移動手段があったのだが、プレイヤーは一時間前には集合しているとのことだ。

「悪い。妙なクエストを受けてしまってな。今から行くよ……」
『頼むね! リョウちんいないと始まらないし!』
 ブローチ探しに熱中するあまり、時間を忘れていた。諒太としても目立つ登場はしたくなかったのだ。全員が揃っている中へと転移するのは流石に恥ずかしい。

 イベントはワイバーンが必須である。諒太はストリートでワイバーンをレンタルし、イベント会場へと向かうことに。

「しゃーねぇ。どうせ目立たないように戦うなんて無理なんだ……」
 言って諒太はリバレーションを唱える。先日行ったダリヤ山脈の頂上へと。ルイナーが目覚めるその場所へと転移していった……。
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