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最終章 勇者として
決戦当日
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土曜日になっていた。本日まで諒太はバーニングクラッシャーと打撃スキル、更にはフレイムキャノンの熟練度上げに徹している。結果としてフレイムキャノンは無詠唱であり、バーニングクラッシャーもLv15までスキルレベルを上げていた。
学校から戻るや、諒太はログインをする。いつものようにセイクリッド世界から彼の冒険は始まるのだ。
「カモミールへ行かないとな……」
納品書を確認した諒太は一度もココに会っていない。恐らくは彼女もイベント用途だと理解しているはずで、歴史的にも本日納品されるはずだ。
諒太はまず聖王城へと向かう。聖域へ入るのにロークアットを連れていく目的と最後の別れがあったからだ。
「勇者リョウ様、ご苦労様です!」
既に衛兵は諒太を勇者として認識している。正門から堂々と諒太は入城していく。
「リョウ様!」
広いエントランスにロークアットがいた。別に待っていたわけではないだろうが、彼女は諒太に駆け寄っている。
「ロークアット、今日は聖域に用事がある。けど、その前にソラと話がしたい」
ロークアットに連れられ、諒太はソラの部屋へと向かう。聞けばかなり具合は良くなっているとのこと。
部屋に入ると、ソラは身体を起こしていた。
金色に輝く大きな羽。品のある顔立ち。性格さえ改善できればと思わず考えてしまうけれど、変態天使こそがソラなのだと思い直す。
「よう、もう大丈夫そうだな……」
「マスター、またお見舞いに来てくださったのですか!?」
大きな声を出すところを見ると、かなり回復しているのだろう。
頷いた諒太は笑みを返している。
「まあ三百年放置していたしな。ところで、ソラはどこまで現状を理解した?」
苦しんだ原因はリナンシーに聞いたままだろう。この世界においてソラは二つの歴史を覚えているはずだ。
「はい。とんでもないことになりましたね……」
ロークアットがいたからか、ソラは言葉を濁した。気が触れたと思われるのを避けたに違いない。
「リナンシーが三百年前に顕現してしまってな。そこが起点となっている。俺たちの経験は全て三百年前に書き換えられた。ある程度確認したけど、間違いはない」
「マスターもやはり全てをご存じなのですね?」
「もちろん。俺は三百年前からソラをテイムしていたことになっている。お前の力が必要になるかもしれん。そのときは戦ってくれるか?」
現状のパーティーメンバーは数が揃っている。仮にソラを参戦させるのであれば、パーティー外となるけれど、回復などの単体指定が面倒なだけで同行は可能である。
「ワタシはマスターのために生きております。永遠の愛に溺れる哀れな奴隷。泥水に流れる一輪の薔薇はいつ何時もお側にありとうございます……」
ロークアットはキョトンとしている。先日、過去と現在が同時進行していると伝えたはずなのだが、やはり三百年を通して生きてきた彼女には理解し難い話であるようだ。
「ソラさんもルイナー討伐に参加できるのですか?」
「ソラは俺の従魔だからな。世界線の移行から取り残された。以前あった記憶に新しい歴史の記憶が流れ込んだから、ソラはあんなにも苦しんでいたんだ」
頷くロークアット。どうやらソラがうなされていた理由を理解できたらしい。二重の記憶が混乱を招くのは明らかであり、現状を整理するのに時間を要すのだと。
「わたくしは参加できないのでしょうか?」
言ってロークアットは諒太に懇願するような目を向ける。
現在の彼女はレベル80。一時はレベルマ直前であった彼女は過度な同質化によって、再びアルカナの設定通りとなっている。
「ロークアット、君は今を生きる人だ。三百年前には子供だった君がいる。同一人物が同じ時間帯に存在するとおかしくなってしまう」
「しかし、ソラさんも同じではないでしょうか?」
食い下がるロークアットはソラの現状を理解していない。やはり改変を受けた者には難しいのかもしれない。
「別にこのソラを連れていくわけじゃない。三百年前にいるソラを召喚するかどうかだ。改変を受けたロークアットにも記憶があるだろ? ソラが成長したり、老けたりしたか? いいや、何も変わっていないはずだ。なぜならソラは現在の存在であり、君の記憶にあるソラは矛盾を解消するためだけに、現在のソラをコピーして過去に存在させただけだからな」
諒太の説明にロークアットは頷いている。恐らく諒太が話す通り、彼女の記憶にあるソラは現在と少しも変わっていないのだろう。
「この世界はどうなっているのですか……?」
堪らずロークアットが質問を投げる。理解の範疇にない話。過去からいるはずのソラが今現在の彼女を模造して産み出されていたなど理解不能である。
流石に返答は躊躇してしまうけれど、諒太は伝えることにした。
「掻い摘まんでいうと、俺がいた世界とセイクリッド世界が異世界召喚により繋がった。だけど、俺がいた世界は少しばかり異質でな。現在だけじゃなく過去にも繋がってしまったんだ。だからこそ、現在と過去が同時に進行している。現在にいた暗黒竜が過去で討伐されそうになっているから、この現在は平穏を取り戻しつつある。しかし、過去の英雄が討伐に失敗すると、現在は再び暗黒竜の脅威に晒されてしまう。この現在は過去次第で揺れ動くという酷く危うい状態なんだ……」
ロークアットは小首を傾げている。まるで繋がっていない話は混乱するだけであろう。
「だからこそ俺は三百年前に行く。現在の勇者である俺は過去に向かい英雄たちの戦いに参加するんだ。現在の平穏を守るために……」
頭を振るだけのロークアット。彼女の記憶とはまるで異なっているはずだ。諒太は初めからマヌカハニー戦闘狂旗団の一員であって、二人目の勇者であったのだから。
「わたくしの記憶にある過去と今現在の過去は別物という意味でしょうか?」
「ある意味、過去は二つある。既に完結した過去と、これから完結する過去。もちろん、ルイナーの討伐はこれから完結する過去だ。俺は今からマヌカハニー戦闘狂旗団と合流する。未確定の過去を確定させ、この現在が平穏を保てるように……」
「未確定の過去……?」
「この時代の勇者としては悪くない話だ。全員が俺のことを忘れてしまったけど、世界からすると暗黒竜の呪縛から逃れられる最高の結果だと思う」
何しろセイクリッド神にとって歓迎すべき改変なのだ。諒太個人はともかくとして、この世界に住む者たちからすれば最高の結果に違いない。
「最高の結果でしょうか……?」
疑問符ばかりを並べるロークアットに適切な説明などありはしない。知り得る全てを口にしたとして、偽りの記憶を持つ彼女が理解できるはずもなかった。
「この時代のルイナーを俺は一人で倒すつもりだったんだぞ? だが、改変によって俺は三百年前の決戦に参加することになった。現在と違って三百年前には強者が揃っているだろ? だから俺にとってはソロで戦うよりも歓迎すべき改変なんだ。この時代の脅威であった暗黒竜ルイナーはマヌカハニー戦闘狂旗団によって討伐されるのだから……」
これが諒太の知り得る全て。仮初めの記憶を得た彼女に対して最善の返答であった。
「これからリョウ様は過去に行き、マヌカハニー戦闘狂旗団の一員として暗黒竜と戦うのですか……?」
「そういうことだ。俺は歴史と同じ結果を手に入れてくるから。君たちにとって、最高の結末を用意してやる。祝勝パーティーにはタルトも強制参加だ……」
ようやくロークアットも合点がいったようである。過去に失われたタルトを生かすという話。にわかに信じられなかったけれど、過去を変えることで悲しい結末がなかったことになるのだと理解した。現在は今も揺れ動いており、過去の結果次第で自身の記憶が変化するのだと。
「イレギュラーはいつだって起こり得るもの。だけど、俺はできる限り頑張るから……」
目指すべき未来は決定している。ルイナーを討伐し、更にはタルトを生かす。難しく考えることなく、諒太は全力を尽くすだけだ。
ここでロークアットが笑みを浮かべた。もしもタルトが決戦を生き残ったとすれば、話をする機会があるはずで、父親と知らずとも少なからず思い出が残るはずだと。
「リョウ様、わたくしは期待いたします……」
「まあ軽い気持ちでいてくれよ。未来を変えるのは簡単じゃないんだ……」
「分かっておりますが、期待させてくださいまし。何しろ貴方様は……」
ロークアットは諒太へと近付き、ジッと見つめている。
「わたくしの英雄なのですから――――」
真っ直ぐに見つめられた諒太はスッと視線を外してしまう。しかし、彼女の想いは伝わった。英雄として相応しい戦果を残さねばならないのだと。
今までも未来を変えるのは困難であった。けれども、ロークアットの期待には応えなければならない。世話になり続けた人への恩返しとして。
「任せろ……」
諒太は端的に返している。それ以上の言葉は必要ないのだと。足掻く時間など残されていない。現状にある全てを使い切り、ハッピーエンドを迎えようと思う。
「じゃあ、俺は戦いに行く……」
了解しましたとロークアット。彼女の着替えを待って、二人して聖域へと向かう。
意図せず戦い前にプレッシャーが増えたけれど、諒太はそれを原動力としている。
必ずやセイクリッド世界に幸福をもたらせるのだと……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ロークアットと共に中立国アルカナの正教会へと転移した諒太。今回も聖域の扉前へと飛んでいた。
「お、お前はいつぞやの!?」
どうやら僧兵は諒太のことを覚えていたらしい。いきなりメイスを構える彼は転移魔法についての知識がないのかもしれない。
「僧兵様、武器を下げてください。わたくしたちはミーナ枢機卿に話があります……」
ここでロークアットが前に出た。彼女は王族専用のパーソナルカードを提示し、自己紹介の代わりとしている。
「ロ、ロークアット姫殿下!? 直ちにお呼びいたします!」
流石はロークアットである。諒太が何を言っても聞き入れてもらえなかったというのに、即座に態度を翻していた。
しばらくして現れたのは立派な法衣に身を包む女性。諒太もよく知るミーナ・チカ枢機卿であった。
「ロークアット姫殿下、お初にお目にかかります。私がミーナ・チカでございます」
どうやら面識はないようだ。世界線が異なった結果、彼女たちはここで初めて顔を合わせるらしい。
「ご高名はかねてより伺っております。実はこちらのリョウ様が聖域を使用したいらしいのです。使用許可をいただきたく思い参上した次第です」
「聖域でしょうか? どうしてまた……」
ミーナ曰く、聖域は神のお告げを聞く場所である。神託を得られない者が入ったとして意味はなかった。
ロークアットの視線を感じ、諒太は彼女の隣に立つ。
「ミーナ・チカ枢機卿、俺は勇者リョウだ。君は知らないかもしれないが……」
「はぁ!?」
少しばかり嫌味っぽい話にミーナは苛立ちを見せる。かつての英雄を正教会の人間が知らないわけがない。まして彼女は組織の頂点に近い役職であったのだから。
「貴方、勇者リョウを騙るつもり? 少しばかりイケメンだからって、流石に聞き捨てならないわよ?」
「別にイケメンだから言ってんじゃねぇよ。俺は第二の勇者。三百年前にマヌカハニー戦闘狂旗団でルイナーと戦ったメンバーの一人だ」
益々、不快感を露わにするミーナ。祖先も所属したクラン名を口にされては黙ってなどいられない。
「貴方、いい加減にしなさいよ? 姫殿下は騙せても、私には無駄よ。何しろ私は英雄の末裔なの。チカ大司教の家系といえば分かるかしら?」
「俺は別にざまぁ展開とか期待しちゃいないんだがな……」
言って諒太はスクリーンショットを表示し、ミーナへと見せる。夏美の思いつきで撮ったスクショは三百年後に大活躍であった。
「こ、これは……?」
ミーナとて知っているだろう。勇者ナツの容姿くらいは……。チカが一緒であれば良かったのだが、生憎と聖王騎士イロハと彼女の娘しかいない。
「ナツさまの隣はイロハさまにニホさまでは……?」
「その通りだ。俺はマヌカハニー戦闘狂旗団の一員だからな。チカについてもタルトについても、アアアアだってよく知っている」
よく知っているというのは語弊があったものの、歴史を考えれば全員が親友であるべきだ。よって諒太は少しばかり話を盛って答えていた。
「またそれは数日前のスクリーンショットだ――――」
畳み掛けるような諒太。ロークアットでさえ理解するのに時間がかかったというのに、ミーナにも同じような話を始めている。
「実をいうと聖域は三百年前と繋がっているんだ。また過去と現在という二つの時間軸は同時に進行している。俺はこの現在に喚ばれた勇者だが、二人目の勇者として三百年前に向かわねばならない。セイクリッド神もそれを望んでいる」
セイクリッド神の名を出した瞬間、ミーナの表情が一変した。この世界線でも彼女が神託を授かる巫女であるのは間違いない。
「セイクリッド神さまが? 貴方の前に顕現したことがあるというつもり?」
「そこの僧兵に聞いてみろ。俺は数日前、三百年前から帰還した。その折に僧兵に捕まりそうになったから、今度は姫殿下を連れて来ただけだ。セイクリッド神とは何度も話をしている。彼女は常にこの世界の存続を望んでいて、過去にある脅威を排除したいと考えているんだ」
訝しむような視線が諒太に突き刺さっている。以前の彼女は直ぐさま諒太の存在に気付いていたけれど、この世界線においてミーナは諒太に関する神託を受けていないのだろう。
「パトリック、彼が話すことは事実でしょうか?」
真偽を確かめるミーナ。もし仮に聖域から彼が現れたならと。
「は、はい。いつの間にか聖域から現れていました……」
「言っただろ? 何なら一緒に入っても構わんぞ。どうせお前はセイクリッド神の姿を見たことがないのだろう? 会わせてやるよ……」
ここまで言われてはミーナも頷くしかない。神力的にミーナは頼りない声しか聞こえなかったのだ。巫女としては不満もあったけれど、興味が湧いていた。
「良いでしょう。ならば聖域に入りましょう」
「わ、わたくしも構わないでしょうか? 真実を知りたく存じます」
どうしてかロークアットまでもが聖域への入場を希望する。まあしかし、構わないと諒太は考えている。連れて行くつもりはなかったのだが、何度も改変を受けた彼女には真相を知る権利があると思う。
「言っておくが、俺が三百年前に行く前には部屋から出て欲しい。君たちを連れて行けば歴史が混乱してしまう。約束できないのなら、俺は一人で聖域に入るからな」
「良いでしょう。貴方が真に勇者であるのか見極めさせていただきます」
最後までミーナの信頼は得られない。まるでセリスがそこにいるような気さえする。
頷いた諒太は聖域の扉を開く。彼に続いてミーナとロークアットもまた踏み入れていた。
「勇者リョウ、いよいよですね……」
聖域に入るやセイクリッド神が声をかけた。やはり彼女はこの世界のことならば、何でも知っている。諒太が決戦に向かうことを分かっていた。
頷く諒太に声を失う女性陣。ロークアットは言うに及ばず、ミーナも口を半開きにして固まっている。
「おいミーナ、何とか言ったらどうだ?」
今まで声すら届きにくかったというのに、眼前にはハッキリと女性の姿が見える。
また彼女は聖域に入るや、諒太の名を呼んでいたのだ。
「セ、セイクリッド神さまでしょうか……?」
堪らず問いかけている。聖域に無関係な者がいるはずもなかったというのに。
「ええ、いつも私は貴方の前にいるのですけれど、リョウの神聖力によって可視化されぬ限り、貴方には姿を見ることなど叶いません。また彼が話した全ては真実です。セイクリッド世界は現在においても暗黒竜の脅威に晒されています。過去である三百年前の討伐を確定させなければ、平穏など訪れないのですよ」
優しく微笑むセイクリッド神。今も彼女はスーツ姿であり、敷嶋奈緒子の容姿をしているけれど、セイクリッド世界の人間からすれば自分たちとは異なる存在であると認識できたことだろう。
「では本当に聖域は三百年前と繋がっているのでしょうか?」
「もちろんです。全ては勇者リョウの功績です。彼はこの時代で人知れず戦ってきました。誰も知らぬ勇者。彼の献身にこの世界の住人全員は感謝をし、彼を称える必要があります」
セイクリッド神の話は諒太へのちょっとした褒美に違いない。最悪とまで称した諒太の世界に再び光が射すようにと。
「承知しました。勇者リョウを認め、私たちは正教会をあげて歓待したいと考えます」
「聖王国も異論などありません! セイクリッド神様、どうかリョウ様に加護をお与えください」
二人の信徒は神の声に従っている。加えてロークアットはこの先にある決戦を心配しているようだ。
「勇者リョウはセイクリッド世界最強の勇者です。心配など必要ありません。既に彼は勇者ナツよりもずっと強い。勇者リョウは必ずや務めを果たしてくれるでしょう」
「ちょっと、待ってくれ。フラグを立てんじゃねぇよ。俺は全力で戦うけれど、確約できるものなんてない。約束できるのは最善を尽くすってことだけだ……」
レベル150であったけれど、油断などできない。ルイナーとの決戦結果にセイクリッド世界の命運がかかっているのだから。
「それで勇者リョウ、貴方の望みはまだ変わっていないのですか? もし仮に世界へ残るというのなら、私はどのような望みも叶えるつもりです」
ここで妙な話となる。無事に戻ったあとのこと。どうやらセイクリッド神は部外者が二人いるこの場で約束を取り付けたいと考えているようだ。勇者に残ってもらいたい思惑が感じられている。
「いいや、変わってない。もしも世界に平穏が戻ったのなら、俺が行き来する召喚陣は消してくれ。俺の願いはそれだけだ……」
諒太の話にハッと顔を上げたのはロークアットだ。彼女は勇者一行が天界から召喚されることを知っている。だからこそ、諒太の話を理解していた。
「リョウ様、それは一体どういうことでしょう!?」
セイクリッド神の思惑通りとなっていく。諒太を繋ぎ止める役目。彼を慕うロークアットの気持ちを利用したとしか思えない。
溜め息を吐く諒太だが、どうせ別れを告げなければならない。セイクリッド神の策ともいえる状況であったが、実をいうと都合が良かった。
「そのままだよ。俺の使命はセイクリッド世界を救うことだ。だから、役目を終えたなら天界へと帰る。俺はこの世界において異界人なのだから……」
「リョウ様は立派な英雄です! セイクリッド世界になくてはならない存在なんです! 考え直してもらえませんか!?」
やはり止められてしまう。諒太としても名残惜しい話であったけれど、道が繋がったままでは平穏を取り戻したあとも改変を生むはずだ。夏美のフレンド登録を削除するわけにもならず、恐らくは接続が余計な事態を引き起こすだろう。
「ロークアット、俺は英雄だなんて大袈裟な存在じゃない。どこにでもいる一人だ。たまたまセイクリッド世界ではステータスに恵まれたけれど、偉人でもなければその素養もない」
「英雄です! わたくしにとってはずっと英雄なんです! 初めてお会いしたときからずっと!」
懇願され続ける諒太だが、首を振って返すしかない。諒太のステータスに魅入られたロークアットを説き伏せるなんて不可能であった。
「俺はもう行くよ。恐らく深夜まで戻らないと思う。君たちが待つ必要はない。僧兵に話をつけてくれるだけで構わないから……」
ロークアットには返事をせず、諒太はログインしようと思う。書き換えられた記憶に作られし魅力。彼女の想いを肯定する思考などできるはずもなかった。
「勇者リョウ、大いなる旅路に幸あらんことを……」
セイクリッド神がそう口にすると、彼女たちもまたそれに合わせた。
「「幸あらんことを――――」」
何とも送り出されるのは気恥ずかしい。諒太は彼女たちが聖域を出て行くのを見届けてから、
「ログイン……」
アルカナの世界へと旅立つ。
この大一番。やるべきことは二つ。暗黒竜ルイナーの討伐は元より、タルトを生かさねばならない。
せめてものお礼を。諒太に想いを寄せる彼女の記憶が悲しい結末を迎えないように。
祈るように手を合わせていたロークアットの姿を脳裏に再生しながら諒太はログインしていく……。
学校から戻るや、諒太はログインをする。いつものようにセイクリッド世界から彼の冒険は始まるのだ。
「カモミールへ行かないとな……」
納品書を確認した諒太は一度もココに会っていない。恐らくは彼女もイベント用途だと理解しているはずで、歴史的にも本日納品されるはずだ。
諒太はまず聖王城へと向かう。聖域へ入るのにロークアットを連れていく目的と最後の別れがあったからだ。
「勇者リョウ様、ご苦労様です!」
既に衛兵は諒太を勇者として認識している。正門から堂々と諒太は入城していく。
「リョウ様!」
広いエントランスにロークアットがいた。別に待っていたわけではないだろうが、彼女は諒太に駆け寄っている。
「ロークアット、今日は聖域に用事がある。けど、その前にソラと話がしたい」
ロークアットに連れられ、諒太はソラの部屋へと向かう。聞けばかなり具合は良くなっているとのこと。
部屋に入ると、ソラは身体を起こしていた。
金色に輝く大きな羽。品のある顔立ち。性格さえ改善できればと思わず考えてしまうけれど、変態天使こそがソラなのだと思い直す。
「よう、もう大丈夫そうだな……」
「マスター、またお見舞いに来てくださったのですか!?」
大きな声を出すところを見ると、かなり回復しているのだろう。
頷いた諒太は笑みを返している。
「まあ三百年放置していたしな。ところで、ソラはどこまで現状を理解した?」
苦しんだ原因はリナンシーに聞いたままだろう。この世界においてソラは二つの歴史を覚えているはずだ。
「はい。とんでもないことになりましたね……」
ロークアットがいたからか、ソラは言葉を濁した。気が触れたと思われるのを避けたに違いない。
「リナンシーが三百年前に顕現してしまってな。そこが起点となっている。俺たちの経験は全て三百年前に書き換えられた。ある程度確認したけど、間違いはない」
「マスターもやはり全てをご存じなのですね?」
「もちろん。俺は三百年前からソラをテイムしていたことになっている。お前の力が必要になるかもしれん。そのときは戦ってくれるか?」
現状のパーティーメンバーは数が揃っている。仮にソラを参戦させるのであれば、パーティー外となるけれど、回復などの単体指定が面倒なだけで同行は可能である。
「ワタシはマスターのために生きております。永遠の愛に溺れる哀れな奴隷。泥水に流れる一輪の薔薇はいつ何時もお側にありとうございます……」
ロークアットはキョトンとしている。先日、過去と現在が同時進行していると伝えたはずなのだが、やはり三百年を通して生きてきた彼女には理解し難い話であるようだ。
「ソラさんもルイナー討伐に参加できるのですか?」
「ソラは俺の従魔だからな。世界線の移行から取り残された。以前あった記憶に新しい歴史の記憶が流れ込んだから、ソラはあんなにも苦しんでいたんだ」
頷くロークアット。どうやらソラがうなされていた理由を理解できたらしい。二重の記憶が混乱を招くのは明らかであり、現状を整理するのに時間を要すのだと。
「わたくしは参加できないのでしょうか?」
言ってロークアットは諒太に懇願するような目を向ける。
現在の彼女はレベル80。一時はレベルマ直前であった彼女は過度な同質化によって、再びアルカナの設定通りとなっている。
「ロークアット、君は今を生きる人だ。三百年前には子供だった君がいる。同一人物が同じ時間帯に存在するとおかしくなってしまう」
「しかし、ソラさんも同じではないでしょうか?」
食い下がるロークアットはソラの現状を理解していない。やはり改変を受けた者には難しいのかもしれない。
「別にこのソラを連れていくわけじゃない。三百年前にいるソラを召喚するかどうかだ。改変を受けたロークアットにも記憶があるだろ? ソラが成長したり、老けたりしたか? いいや、何も変わっていないはずだ。なぜならソラは現在の存在であり、君の記憶にあるソラは矛盾を解消するためだけに、現在のソラをコピーして過去に存在させただけだからな」
諒太の説明にロークアットは頷いている。恐らく諒太が話す通り、彼女の記憶にあるソラは現在と少しも変わっていないのだろう。
「この世界はどうなっているのですか……?」
堪らずロークアットが質問を投げる。理解の範疇にない話。過去からいるはずのソラが今現在の彼女を模造して産み出されていたなど理解不能である。
流石に返答は躊躇してしまうけれど、諒太は伝えることにした。
「掻い摘まんでいうと、俺がいた世界とセイクリッド世界が異世界召喚により繋がった。だけど、俺がいた世界は少しばかり異質でな。現在だけじゃなく過去にも繋がってしまったんだ。だからこそ、現在と過去が同時に進行している。現在にいた暗黒竜が過去で討伐されそうになっているから、この現在は平穏を取り戻しつつある。しかし、過去の英雄が討伐に失敗すると、現在は再び暗黒竜の脅威に晒されてしまう。この現在は過去次第で揺れ動くという酷く危うい状態なんだ……」
ロークアットは小首を傾げている。まるで繋がっていない話は混乱するだけであろう。
「だからこそ俺は三百年前に行く。現在の勇者である俺は過去に向かい英雄たちの戦いに参加するんだ。現在の平穏を守るために……」
頭を振るだけのロークアット。彼女の記憶とはまるで異なっているはずだ。諒太は初めからマヌカハニー戦闘狂旗団の一員であって、二人目の勇者であったのだから。
「わたくしの記憶にある過去と今現在の過去は別物という意味でしょうか?」
「ある意味、過去は二つある。既に完結した過去と、これから完結する過去。もちろん、ルイナーの討伐はこれから完結する過去だ。俺は今からマヌカハニー戦闘狂旗団と合流する。未確定の過去を確定させ、この現在が平穏を保てるように……」
「未確定の過去……?」
「この時代の勇者としては悪くない話だ。全員が俺のことを忘れてしまったけど、世界からすると暗黒竜の呪縛から逃れられる最高の結果だと思う」
何しろセイクリッド神にとって歓迎すべき改変なのだ。諒太個人はともかくとして、この世界に住む者たちからすれば最高の結果に違いない。
「最高の結果でしょうか……?」
疑問符ばかりを並べるロークアットに適切な説明などありはしない。知り得る全てを口にしたとして、偽りの記憶を持つ彼女が理解できるはずもなかった。
「この時代のルイナーを俺は一人で倒すつもりだったんだぞ? だが、改変によって俺は三百年前の決戦に参加することになった。現在と違って三百年前には強者が揃っているだろ? だから俺にとってはソロで戦うよりも歓迎すべき改変なんだ。この時代の脅威であった暗黒竜ルイナーはマヌカハニー戦闘狂旗団によって討伐されるのだから……」
これが諒太の知り得る全て。仮初めの記憶を得た彼女に対して最善の返答であった。
「これからリョウ様は過去に行き、マヌカハニー戦闘狂旗団の一員として暗黒竜と戦うのですか……?」
「そういうことだ。俺は歴史と同じ結果を手に入れてくるから。君たちにとって、最高の結末を用意してやる。祝勝パーティーにはタルトも強制参加だ……」
ようやくロークアットも合点がいったようである。過去に失われたタルトを生かすという話。にわかに信じられなかったけれど、過去を変えることで悲しい結末がなかったことになるのだと理解した。現在は今も揺れ動いており、過去の結果次第で自身の記憶が変化するのだと。
「イレギュラーはいつだって起こり得るもの。だけど、俺はできる限り頑張るから……」
目指すべき未来は決定している。ルイナーを討伐し、更にはタルトを生かす。難しく考えることなく、諒太は全力を尽くすだけだ。
ここでロークアットが笑みを浮かべた。もしもタルトが決戦を生き残ったとすれば、話をする機会があるはずで、父親と知らずとも少なからず思い出が残るはずだと。
「リョウ様、わたくしは期待いたします……」
「まあ軽い気持ちでいてくれよ。未来を変えるのは簡単じゃないんだ……」
「分かっておりますが、期待させてくださいまし。何しろ貴方様は……」
ロークアットは諒太へと近付き、ジッと見つめている。
「わたくしの英雄なのですから――――」
真っ直ぐに見つめられた諒太はスッと視線を外してしまう。しかし、彼女の想いは伝わった。英雄として相応しい戦果を残さねばならないのだと。
今までも未来を変えるのは困難であった。けれども、ロークアットの期待には応えなければならない。世話になり続けた人への恩返しとして。
「任せろ……」
諒太は端的に返している。それ以上の言葉は必要ないのだと。足掻く時間など残されていない。現状にある全てを使い切り、ハッピーエンドを迎えようと思う。
「じゃあ、俺は戦いに行く……」
了解しましたとロークアット。彼女の着替えを待って、二人して聖域へと向かう。
意図せず戦い前にプレッシャーが増えたけれど、諒太はそれを原動力としている。
必ずやセイクリッド世界に幸福をもたらせるのだと……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ロークアットと共に中立国アルカナの正教会へと転移した諒太。今回も聖域の扉前へと飛んでいた。
「お、お前はいつぞやの!?」
どうやら僧兵は諒太のことを覚えていたらしい。いきなりメイスを構える彼は転移魔法についての知識がないのかもしれない。
「僧兵様、武器を下げてください。わたくしたちはミーナ枢機卿に話があります……」
ここでロークアットが前に出た。彼女は王族専用のパーソナルカードを提示し、自己紹介の代わりとしている。
「ロ、ロークアット姫殿下!? 直ちにお呼びいたします!」
流石はロークアットである。諒太が何を言っても聞き入れてもらえなかったというのに、即座に態度を翻していた。
しばらくして現れたのは立派な法衣に身を包む女性。諒太もよく知るミーナ・チカ枢機卿であった。
「ロークアット姫殿下、お初にお目にかかります。私がミーナ・チカでございます」
どうやら面識はないようだ。世界線が異なった結果、彼女たちはここで初めて顔を合わせるらしい。
「ご高名はかねてより伺っております。実はこちらのリョウ様が聖域を使用したいらしいのです。使用許可をいただきたく思い参上した次第です」
「聖域でしょうか? どうしてまた……」
ミーナ曰く、聖域は神のお告げを聞く場所である。神託を得られない者が入ったとして意味はなかった。
ロークアットの視線を感じ、諒太は彼女の隣に立つ。
「ミーナ・チカ枢機卿、俺は勇者リョウだ。君は知らないかもしれないが……」
「はぁ!?」
少しばかり嫌味っぽい話にミーナは苛立ちを見せる。かつての英雄を正教会の人間が知らないわけがない。まして彼女は組織の頂点に近い役職であったのだから。
「貴方、勇者リョウを騙るつもり? 少しばかりイケメンだからって、流石に聞き捨てならないわよ?」
「別にイケメンだから言ってんじゃねぇよ。俺は第二の勇者。三百年前にマヌカハニー戦闘狂旗団でルイナーと戦ったメンバーの一人だ」
益々、不快感を露わにするミーナ。祖先も所属したクラン名を口にされては黙ってなどいられない。
「貴方、いい加減にしなさいよ? 姫殿下は騙せても、私には無駄よ。何しろ私は英雄の末裔なの。チカ大司教の家系といえば分かるかしら?」
「俺は別にざまぁ展開とか期待しちゃいないんだがな……」
言って諒太はスクリーンショットを表示し、ミーナへと見せる。夏美の思いつきで撮ったスクショは三百年後に大活躍であった。
「こ、これは……?」
ミーナとて知っているだろう。勇者ナツの容姿くらいは……。チカが一緒であれば良かったのだが、生憎と聖王騎士イロハと彼女の娘しかいない。
「ナツさまの隣はイロハさまにニホさまでは……?」
「その通りだ。俺はマヌカハニー戦闘狂旗団の一員だからな。チカについてもタルトについても、アアアアだってよく知っている」
よく知っているというのは語弊があったものの、歴史を考えれば全員が親友であるべきだ。よって諒太は少しばかり話を盛って答えていた。
「またそれは数日前のスクリーンショットだ――――」
畳み掛けるような諒太。ロークアットでさえ理解するのに時間がかかったというのに、ミーナにも同じような話を始めている。
「実をいうと聖域は三百年前と繋がっているんだ。また過去と現在という二つの時間軸は同時に進行している。俺はこの現在に喚ばれた勇者だが、二人目の勇者として三百年前に向かわねばならない。セイクリッド神もそれを望んでいる」
セイクリッド神の名を出した瞬間、ミーナの表情が一変した。この世界線でも彼女が神託を授かる巫女であるのは間違いない。
「セイクリッド神さまが? 貴方の前に顕現したことがあるというつもり?」
「そこの僧兵に聞いてみろ。俺は数日前、三百年前から帰還した。その折に僧兵に捕まりそうになったから、今度は姫殿下を連れて来ただけだ。セイクリッド神とは何度も話をしている。彼女は常にこの世界の存続を望んでいて、過去にある脅威を排除したいと考えているんだ」
訝しむような視線が諒太に突き刺さっている。以前の彼女は直ぐさま諒太の存在に気付いていたけれど、この世界線においてミーナは諒太に関する神託を受けていないのだろう。
「パトリック、彼が話すことは事実でしょうか?」
真偽を確かめるミーナ。もし仮に聖域から彼が現れたならと。
「は、はい。いつの間にか聖域から現れていました……」
「言っただろ? 何なら一緒に入っても構わんぞ。どうせお前はセイクリッド神の姿を見たことがないのだろう? 会わせてやるよ……」
ここまで言われてはミーナも頷くしかない。神力的にミーナは頼りない声しか聞こえなかったのだ。巫女としては不満もあったけれど、興味が湧いていた。
「良いでしょう。ならば聖域に入りましょう」
「わ、わたくしも構わないでしょうか? 真実を知りたく存じます」
どうしてかロークアットまでもが聖域への入場を希望する。まあしかし、構わないと諒太は考えている。連れて行くつもりはなかったのだが、何度も改変を受けた彼女には真相を知る権利があると思う。
「言っておくが、俺が三百年前に行く前には部屋から出て欲しい。君たちを連れて行けば歴史が混乱してしまう。約束できないのなら、俺は一人で聖域に入るからな」
「良いでしょう。貴方が真に勇者であるのか見極めさせていただきます」
最後までミーナの信頼は得られない。まるでセリスがそこにいるような気さえする。
頷いた諒太は聖域の扉を開く。彼に続いてミーナとロークアットもまた踏み入れていた。
「勇者リョウ、いよいよですね……」
聖域に入るやセイクリッド神が声をかけた。やはり彼女はこの世界のことならば、何でも知っている。諒太が決戦に向かうことを分かっていた。
頷く諒太に声を失う女性陣。ロークアットは言うに及ばず、ミーナも口を半開きにして固まっている。
「おいミーナ、何とか言ったらどうだ?」
今まで声すら届きにくかったというのに、眼前にはハッキリと女性の姿が見える。
また彼女は聖域に入るや、諒太の名を呼んでいたのだ。
「セ、セイクリッド神さまでしょうか……?」
堪らず問いかけている。聖域に無関係な者がいるはずもなかったというのに。
「ええ、いつも私は貴方の前にいるのですけれど、リョウの神聖力によって可視化されぬ限り、貴方には姿を見ることなど叶いません。また彼が話した全ては真実です。セイクリッド世界は現在においても暗黒竜の脅威に晒されています。過去である三百年前の討伐を確定させなければ、平穏など訪れないのですよ」
優しく微笑むセイクリッド神。今も彼女はスーツ姿であり、敷嶋奈緒子の容姿をしているけれど、セイクリッド世界の人間からすれば自分たちとは異なる存在であると認識できたことだろう。
「では本当に聖域は三百年前と繋がっているのでしょうか?」
「もちろんです。全ては勇者リョウの功績です。彼はこの時代で人知れず戦ってきました。誰も知らぬ勇者。彼の献身にこの世界の住人全員は感謝をし、彼を称える必要があります」
セイクリッド神の話は諒太へのちょっとした褒美に違いない。最悪とまで称した諒太の世界に再び光が射すようにと。
「承知しました。勇者リョウを認め、私たちは正教会をあげて歓待したいと考えます」
「聖王国も異論などありません! セイクリッド神様、どうかリョウ様に加護をお与えください」
二人の信徒は神の声に従っている。加えてロークアットはこの先にある決戦を心配しているようだ。
「勇者リョウはセイクリッド世界最強の勇者です。心配など必要ありません。既に彼は勇者ナツよりもずっと強い。勇者リョウは必ずや務めを果たしてくれるでしょう」
「ちょっと、待ってくれ。フラグを立てんじゃねぇよ。俺は全力で戦うけれど、確約できるものなんてない。約束できるのは最善を尽くすってことだけだ……」
レベル150であったけれど、油断などできない。ルイナーとの決戦結果にセイクリッド世界の命運がかかっているのだから。
「それで勇者リョウ、貴方の望みはまだ変わっていないのですか? もし仮に世界へ残るというのなら、私はどのような望みも叶えるつもりです」
ここで妙な話となる。無事に戻ったあとのこと。どうやらセイクリッド神は部外者が二人いるこの場で約束を取り付けたいと考えているようだ。勇者に残ってもらいたい思惑が感じられている。
「いいや、変わってない。もしも世界に平穏が戻ったのなら、俺が行き来する召喚陣は消してくれ。俺の願いはそれだけだ……」
諒太の話にハッと顔を上げたのはロークアットだ。彼女は勇者一行が天界から召喚されることを知っている。だからこそ、諒太の話を理解していた。
「リョウ様、それは一体どういうことでしょう!?」
セイクリッド神の思惑通りとなっていく。諒太を繋ぎ止める役目。彼を慕うロークアットの気持ちを利用したとしか思えない。
溜め息を吐く諒太だが、どうせ別れを告げなければならない。セイクリッド神の策ともいえる状況であったが、実をいうと都合が良かった。
「そのままだよ。俺の使命はセイクリッド世界を救うことだ。だから、役目を終えたなら天界へと帰る。俺はこの世界において異界人なのだから……」
「リョウ様は立派な英雄です! セイクリッド世界になくてはならない存在なんです! 考え直してもらえませんか!?」
やはり止められてしまう。諒太としても名残惜しい話であったけれど、道が繋がったままでは平穏を取り戻したあとも改変を生むはずだ。夏美のフレンド登録を削除するわけにもならず、恐らくは接続が余計な事態を引き起こすだろう。
「ロークアット、俺は英雄だなんて大袈裟な存在じゃない。どこにでもいる一人だ。たまたまセイクリッド世界ではステータスに恵まれたけれど、偉人でもなければその素養もない」
「英雄です! わたくしにとってはずっと英雄なんです! 初めてお会いしたときからずっと!」
懇願され続ける諒太だが、首を振って返すしかない。諒太のステータスに魅入られたロークアットを説き伏せるなんて不可能であった。
「俺はもう行くよ。恐らく深夜まで戻らないと思う。君たちが待つ必要はない。僧兵に話をつけてくれるだけで構わないから……」
ロークアットには返事をせず、諒太はログインしようと思う。書き換えられた記憶に作られし魅力。彼女の想いを肯定する思考などできるはずもなかった。
「勇者リョウ、大いなる旅路に幸あらんことを……」
セイクリッド神がそう口にすると、彼女たちもまたそれに合わせた。
「「幸あらんことを――――」」
何とも送り出されるのは気恥ずかしい。諒太は彼女たちが聖域を出て行くのを見届けてから、
「ログイン……」
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せめてものお礼を。諒太に想いを寄せる彼女の記憶が悲しい結末を迎えないように。
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