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最終章 勇者として

火口

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 焔の祠へとやって来た三人。しかしながら、恒常の魔物すらいない。元々エンカウント率の低いエリアらしく、プレイヤーが寄りつかない場所であった。

 当てもなく彷徨くけれど、三人は散歩しているかのよう。
「もっかい、ニホ出して良い?」
 諒太曰く終末の実は強敵とのことでしまい込んでいたニホを再び喚び出す。彩葉はできる限りニホをレベリングするつもりらしい。

「クリアしたらアルカナⅡに移行すんだろ? 無駄じゃねぇのか?」
「馬鹿だねリョウちん君! メリットがあるから育ててんのよ!」
「馬鹿だねリョウちん君……」
 先ほどは一言も喋らなかったニホであるが、今回は母親である彩葉を真似ている。

「超うぜぇな……これ……」
「まあまあ、本当にあんまり喋んないのよ。いきなり強くなっちゃったし、AIがまだ赤ちゃん並なのよ」

「なるほどな。個別にAIがあるってのか……」
 少しばかり興味が出てくる。性格まで育成できるのなら、悪くないように思えていた。
 このあとも歩き回ってみたけれど、結局は恒常的な魔物しか湧いていない。ニホのレベルが数個上がっただけである。

「リョウちん、スクショ撮ろうよ! ニホちゃんも入れて!」
 どうしてか夏美はそんな話をする。間違ってもアーシェに嫉妬したというわけではないだろうが、四人でスクショを撮ろうと。

「まあいいけど、パーティーが揃ったときのがよくね?」
「それはそのとき! さあ並んで!」
 せっかくだから諒太も記念に撮ってみる。ゲーム世界のスクショはこれが初めてなのだ。少しばかり嬉しかったのはここだけの話である。

「ああ、そうだ。ナツ、ルイナーを見にいって良いか?」
 ここで諒太が要望を口にする。どうせ終末の実は現れないのだ。現状はダリヤ山脈の麓である。決戦の場かもしれない火口を諒太は見ておきたかった。

「リョウちんは行ったことないんだ?」
「ねぇよ……。ノースベンドで戦って以来だ……」
 諒太が答えると、またも夏美はリバレーション。歩いて行くのを面倒がってかダリヤ山脈の頂上へと飛んでいく。

 火口を見下ろしてみる。するとルイナーは丸まって寝ているような感じだ。しかし、斬りかかることが可能かというと、絶対的に不可能だと分かる。何しろ火口には見えない壁があり、見下ろすくらいしかできなかったからだ。

「マジか……」
「ま、プレイヤーなら一度くらいは見に来るとこだよ。だからか知らないけど、この辺りのエンカウント率は低めなんだよね」
 夏美の説明に頷きを返す。もう良いぞと口にしかけたそのとき、

『婿殿……』

 どうしてか念話が聞こえた。しかも、それは非常に厄介な人物。聞き慣れた呼び名に諒太は愕然としている。更には諒太に構うことなくそれは続けていた。

『妾も冒険して良いか?』――――と。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 同刻、冬葉原にある株式会社クレセントムーンではアルカナⅡの最終チェック報告が行われていた。

「チェック項目は全て問題ありませんでした。あとはアップデートで対処できるかと思います」
「思いますじゃ駄目なのよ。必ず対処しなさい。心構えがなってないわ!」
 部下の話に睨むような顔をする敷嶋。彼女は提出された書類をポンと叩き、彼の報告にダメ出しをする。

「すみません……」
「下がっていい。チームは解散となっても、引き継ぐチームがあるのよ? そこのところをよく考えなさいね……」
 退出を命じられた男は深く頭を下げてから部屋を出て行く。かといって、敷嶋が報告から解放されることはない。続いて大村という男がプロデューサー室へと入ってきた。

「大村君、何の用?」
 敷嶋の機嫌が悪いのは明らかであったが、彼はタブレット端末を敷嶋の前へと置いた。

「大賢者リョウがまた動いています……」
 大村の話に敷嶋の眉根がピクリ。先日も聞いたそのプレイヤーは敷嶋の興味を惹く。

「大村君、彼は別に卑怯な真似をするプレイヤーじゃないわよ?」
 敷嶋は大村の報告がどんなものであるかを理解していた。あり得ない確率でレアモンスターを引き続ける彼が不正をしていると疑っているのだと。

「しかし、おかしな動きをしているのです。クラン員を伴ってダリヤ山脈の火口にいるのですよ……」
「それがどうかした? よくある光景じゃない? 別に何ができるということもないのだから……」

 火口を見下ろせばルイナーが見える。しかしながら、それだけであった。火口に進入する方法を用意していないのだ。透明の壁が火口にはあって、ゲームマスターであっても中に入ることなど不可能である。

「そうなのですが、気になってしまいまして……」
 タブレットにはその様子が映し出されている。クラン員を引き連れて火口を覗き込む大賢者の姿がそこにあった……。
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