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最終章 勇者として
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諒太が語った通りに焔の祠はダンジョンにはなっておらず、少し歩いただけでボス部屋の大扉があった。
既に作戦は決定している。魔道士たちはSランク魔法を放ち、タルトと夏美は聖属性剣技を使うことになっていた。
躊躇うことなく扉を開くタルト。この辺りはメンバー全員を信頼しているからだろう。初めて挑むというのに、不安げな様子も気負う素振りすらなかった。
徐に開かれる大扉。中は記憶のままだ。少しも変わらないのであれば、もう勝利は揺るがない。諒太一人でも倒せる相手であるのだから。
「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す」
早速とディバインパニッシャーを詠唱し始める。だが、前衛の二人は気にすることなく悪魔王アスモデウスへと突撃していく。
「「ホーリーバスター!!」」
夏美とタルトが同時に攻撃。やはり繰り出されたのは聖属性のAランクスキルであった。
「赫々たる天刃よ大地を貫け。存在の全てを天へと還す光。万物を霧消せし灼熱を纏う」
チカが忙しなくバフ魔法をかける傍らで諒太は詠唱を続ける。
またアアアアと彩葉もまた長い詠唱文を口にしている。この度は彩葉もSランク魔法であるようだ。
「神の裁きは虚空を生み出す。神雷よ降り注げ……」
諒太が詠唱文を唱え終わった直後、彩葉が声を張る。
「アブソリュートアイスキャノン!!」
彩葉は先日手に入れた氷属性魔法を選択。聖属性は含んでいなかったけれど、威力は十分であった。
「よっしゃ、アシッドストーム!!」
アアアアは水魔法だ。彩葉に先を越されたけれど、別に順番なんて関係ない。連続で斬り付ける前衛の二人に構うことなく強大な水魔法を浴びせている。
「やば! 巻き込まれるとこだった!」
「勇者ナツ、またデカいのがくるぞ!」
タルトの指示に夏美は更に後退。魔法が静まるのを待ってから、再び斬り付けようとしている。
「ディバインパニッシャァアア!!」
ここで諒太の神雷が落ちた。微々たる加算であるコンボボーナスの表示を伴いながら、悪魔王アスモデウスへと突き刺さっている。
「わお! リョウちん君、刺激的!」
「いっけぇぇっ!!」
「畳み掛けろ!!」
このあとは総攻撃となる。剣士は斬り付け、魔法職は得意魔法を撃ち込むだけ。アスモデウスに攻撃の隙を与えなかった。
だが、攻撃の手が一時的に止んだそのとき、
「人族よ、やるではないか? しかし、この悪魔王に敵うと思うな?」
聞き覚えのある台詞をアスモデウスが口にした。それは猛攻撃へと繋がるサイン。長々とした詠唱のあと、隙間なく炎が吹き上がってくるのだ。
「全体攻撃だ! チカさんはリジェネレーションを! 可能なら火耐性バフをお願いします!」
「分かったんよ!」
前衛の二人は盾を構え、後衛の三人はチカの回復魔法エリアへと集まる。これにて猛攻撃はやり過ごせるはずであった……。
ところが、
『イロハが女の子を出産しました――――』
あり得ない通知が流れる。目を疑う内容が知らされていた。
「子供産んじゃった!!」
「えええ!?」
見るとイロハの腕の中には赤ちゃんがいた。出産日はランダムであったが、間が悪いことにアスモデウスの猛攻撃前である。
諒太は焦っていた。これより隙間なく地獄の炎が巻き上がるのだ。生まれたての赤子が耐えきれるとは思えない。
「マズい。子供が失われては……」
今にもアスモデウスの猛攻撃が放たれようとしていた。今からディバインパニッシャーを唱えたとして間に合うはずがない。
また諒太が危惧しているのは未来のこと。かつて夏美に聞いたのだ。結婚をして産まれる子供は一人だけ。死んでしまえばそれ以降は産まれないのだと。
ここでイロハの子供を死なせるわけにはならなかった。なぜなら、ここでイロハとアアアアの血が途絶えてしまえば、セリスは存在ごと消去されてしまうからだ。
『チカが女の子を出産しました――――』
「わたしも産まれたんよ!!」
「嘘だろっ!?」
どうしようもなくなっている。ここに来てチカまで出産してしまうなんて。
全員が動揺しているけれど、諒太はこの危機を乗り越えるべく行動を始めていた。
「赤ちゃん貸して!!」
二人から赤ん坊を奪い取るようにする。諒太はできることをするだけだ。未来に影響を与えないように、信じるがまま行動していく。
「金剛の盾!!」
赤ん坊二人を抱きかかえながら、諒太は金剛の盾を実行。記憶にある発動タイミングに合わせてスキルを実行していた。
時を移さず地獄の業火が地面より吹き出す。諒太は純白の防御魔法に包み込まれながら、アスモデウスの魔法威力が過ぎ去る時を待つ。
身体を焼き続ける炎。今も諒太は両腕に赤ん坊の存在を感じている。できることなら、このまま失われないようにと願うだけであった。
「ホーリーバスター!!」
戦闘が再開された。周囲にはまだ炎が残っていたけれど、夏美はカウンター判定を狙っているのか、いち早い攻撃を繰り出している。
「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す」
諒太もまた詠唱を始める。赤子を抱いたまま詠唱を済ませていく。
「アシッドストーム!」
「アブソリュートアイスキャノン!」
アアアアと彩葉は詠唱を済ませていたのか、夏美に続いた。強大なSランク魔法が炸裂している。
諒太もまた詠唱を終えた。もう二度と猛攻撃を受けるわけにはならないと。いち早くこの戦闘を終わらせてやるのだと。
「ディバインパニッシャァアアア!!」
再び降り注ぐ神雷。明確な神罰がアスモデウスを貫いていた。
流石にSランク魔法の三連コンボでは一溜まりもないだろう。アスモデウスはよろめいたあと、徐に地面へと伏した。
「やった……」
確実に楽勝であったのだが、苦戦したような気がしてしまう。
唐突に産まれた二つの命は混乱を生じさせただけで今も健在であった。
「リョウちん君、すまんね!」
「リョウ君、悪かったんよ!」
母親二人が赤ん坊を諒太から受け取る。かといって物を扱うような乱雑さであった。
「おい、もっと丁寧に扱えよ?」
「へーきだって! 今、レベルが上がり続けてるから、一気に成長するはず!」
彩葉もチカも地面に赤ん坊を寝かせている。どうやらレベルに合わせて成長するらしい。さりとて二人とも女の子である。大きくなったとして抱えきれないような成長を見せるはずもなかった。
「アアアアさん、貴方の子供よ?」
「お、おう。何だか恥ずかしいな……」
演技を見せる彩葉にアアアアは頬を染めている。結婚するだけで産まれるのだから、特別な感情はなかったものの、自身が父親であるのは明らかであった。
「名前を決めなあかんのよ……」
レベルアップの最中にチカが言った。そういえば名前は夫婦で決めることになっている。チカの夫は僧兵であるから、彼女が名前を決めなくてはならない。
「インヴィタクスとチカやから、インチカにするんよ」
「お前は少しくらい考えたらどうだ? 確か相手がNPCだとプレイヤーの名前が名字になるんだぞ?」
アアアアのツッコミに、チカは驚いている。彼女の命名ならば、インチカ・チカとなってしまう。
「ああっ! もう変更できないんよ!!」
「知らねーよ。彼女が不憫だ……」
「アーちゃんの赤ちゃんはイイイイにしいな!」
「巻き込むんじゃねぇ。てか、うちの名字はイロハ一択だろうな……」
アアアア自身も苗字がアアアアだなんて嫌だと思う。自分だけなら問題なかったが、イロハが嫌がるだろうと。
「ところで、アアアアさんはどうしてアアアアなの? 入力なんて考えるだけっしょ? 逆に面倒だと思うけど」
彩葉が聞いた。わざわざアアアアとした理由。脳波入力に手間などなかったのだ。
「いや、面倒だったわけじゃねぇよ。子供の頃、初めてプレイしたゲームをアアアアにしてしまってな。以来、他の名前はピンとこねぇんだ……」
聞けばこれまで幾つものゲームでアアアアとしてプレイしてきたらしい。
「じゃあ、アアアアでいこう! 面倒がって付けたんじゃないならそれでいいよ!」
「イロハちゃん、甲斐甲斐しいんよ……」
「悪役令嬢のくせにな?」
「問題は名前! 呼ぶのは名前でしょ? 何にする?」
苗字はアアアアに決定。あとは名前を設定するだけであった。
「イイイイがええって!」
「お前は黙ってろ!」
「イロハちゃん、女の子だし、ニホとかいいんじゃない?」
ここで夏美が口を挟んだ。夏美にしては常識的な意見。チカの話を聞いたあとだから、悪くないように思えてしまう。
「確かに。ニホね……」
「ニホヘトのがええよ!」
チカの横槍を無視し、彩葉はアアアアと視線を合わせた。
「俺はニホでいいぞ?」
これにより赤ん坊の名前はニホ・アアアアとなった。
既にレベルは63。見る見るうちにニホとインチカが成長していく。
気付けば二人は大人になっていた。
「あちゃあ! 子ども期間ってレベル40までか!」
「ニホちゃん、めちゃ美人に成長したね?」
夏美は笑っている。強敵を倒してしまったために、いきなり大人なのだ。既に戦力となりそうである。
「イロハに似てんのか。ステは俺に似てる」
「ほう、いいとこ取りだな? 逆にならなくて良かったじゃないか!」
「るせぇ。どういう意味だ?」
タルトの話にアアアアは不服そうである。とはいえ、タルトの話には同意もしていた。
やはり彩葉と似ている。特徴的な青い髪色はそのままであった。自分に似ているよりは間違いなく当たりだと思う。
「しかし、母娘というより姉妹だな……」
素直な感想はそんなところだ。背丈も顔も似ているのだから、親子には見えない。
「わたしのインチカちゃんも見てよ!」
一方でチカの子供はどう見てもインヴィタクス成分が濃い。ランダムで比率が変わるらしいのだが、何となく目元が似ている以外はインヴィタクスの要素を受け継いでいる感じだ。
「グレなきゃいいな?」
「酷いんよ! 良い子なんよ!」
アアアアとチカの話に全員が笑みを浮かべていたけれど、諒太は一人考え込んでいる。
「今は八人パーティーになってないか? レベルアップしたのなら……」
パーティーは六人までと決まっている。チカの僧兵はその数に含まれないけれど、子供は間違いなくパーティーメンバーの頭数になるはずだ。
「ああ、それな。ニホは厳密にいうと共闘パーティー扱いみたいだ。名前が赤色で表示されている。恐らく戦闘中に産まれたからだろうな」
「インチカちゃんも赤色やねん!」
どうやらタイミング的恩恵であるようだ。普通ならボス部屋に入ることすらできないのだが、ボス部屋で生まれてしまった彼女たちは別パーティーの共闘メンバーとしてカウントされたらしい。
「なるほど、納得した。じゃあ、俺はこの辺で……」
諒太が言った。すったもんだのアスモデウス戦であったものの、彼自身は楽しめている。長居する必要もなかった諒太はキリの良いところでお暇することに。
「リョウちん、宝箱のアイテムはどうすんの? サイコロしていけば?」
どうやら夏美はアアアアたちが言い合っている間に宝箱の中身を改めたようだ。
「ああ、俺は別にいらない。金もアイテムも十分なんだ。Aランクスクロールなら欲しいけどな?」
「まあエクスポーションくらいだし。あとはゴミだよ!」
「それはみんなでサイコロしてくれ。俺はここまでにしとくよ……」
諒太は全員に手を振っている。ログアウトがここでも機能するか分からなかったけれど、その場合はダンジョンを出てからログアウトするだけだ。
「大賢者リョウ、助かったぞ。決戦の日もよろしくな?」
別れを告げる諒太にタルトが返している。
諒太は名残惜しそうな表情をしていたけれど、彼の話に頷く。諒太がアルカナの世界で戦う理由は仲間たちとゲームを楽しむためではない。彼はセイクリッド世界を過度に改変させないためだけにここにいるのだ。
「もう少し遊んでいたいが用事があるんだ。すまないけど、今日の所はここまでかな……」
二人は握手を交わす。一週間後には再び共闘するのだ。既にレベルマであり、用事があるという彼を引き留めるわけにはならない。
「我らも確実にレベルマにしておく。セイクリッドサーバーが一番乗りで封印するぞ!」
「もちろん、そのつもりだ……」
言って諒太がログアウトしていく。
諒太がどこへ消えていったのか、五人が知る術はない。世界線すら異なるサポートセンターに戻っていくなど誰も予想できないだろう……。
既に作戦は決定している。魔道士たちはSランク魔法を放ち、タルトと夏美は聖属性剣技を使うことになっていた。
躊躇うことなく扉を開くタルト。この辺りはメンバー全員を信頼しているからだろう。初めて挑むというのに、不安げな様子も気負う素振りすらなかった。
徐に開かれる大扉。中は記憶のままだ。少しも変わらないのであれば、もう勝利は揺るがない。諒太一人でも倒せる相手であるのだから。
「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す」
早速とディバインパニッシャーを詠唱し始める。だが、前衛の二人は気にすることなく悪魔王アスモデウスへと突撃していく。
「「ホーリーバスター!!」」
夏美とタルトが同時に攻撃。やはり繰り出されたのは聖属性のAランクスキルであった。
「赫々たる天刃よ大地を貫け。存在の全てを天へと還す光。万物を霧消せし灼熱を纏う」
チカが忙しなくバフ魔法をかける傍らで諒太は詠唱を続ける。
またアアアアと彩葉もまた長い詠唱文を口にしている。この度は彩葉もSランク魔法であるようだ。
「神の裁きは虚空を生み出す。神雷よ降り注げ……」
諒太が詠唱文を唱え終わった直後、彩葉が声を張る。
「アブソリュートアイスキャノン!!」
彩葉は先日手に入れた氷属性魔法を選択。聖属性は含んでいなかったけれど、威力は十分であった。
「よっしゃ、アシッドストーム!!」
アアアアは水魔法だ。彩葉に先を越されたけれど、別に順番なんて関係ない。連続で斬り付ける前衛の二人に構うことなく強大な水魔法を浴びせている。
「やば! 巻き込まれるとこだった!」
「勇者ナツ、またデカいのがくるぞ!」
タルトの指示に夏美は更に後退。魔法が静まるのを待ってから、再び斬り付けようとしている。
「ディバインパニッシャァアア!!」
ここで諒太の神雷が落ちた。微々たる加算であるコンボボーナスの表示を伴いながら、悪魔王アスモデウスへと突き刺さっている。
「わお! リョウちん君、刺激的!」
「いっけぇぇっ!!」
「畳み掛けろ!!」
このあとは総攻撃となる。剣士は斬り付け、魔法職は得意魔法を撃ち込むだけ。アスモデウスに攻撃の隙を与えなかった。
だが、攻撃の手が一時的に止んだそのとき、
「人族よ、やるではないか? しかし、この悪魔王に敵うと思うな?」
聞き覚えのある台詞をアスモデウスが口にした。それは猛攻撃へと繋がるサイン。長々とした詠唱のあと、隙間なく炎が吹き上がってくるのだ。
「全体攻撃だ! チカさんはリジェネレーションを! 可能なら火耐性バフをお願いします!」
「分かったんよ!」
前衛の二人は盾を構え、後衛の三人はチカの回復魔法エリアへと集まる。これにて猛攻撃はやり過ごせるはずであった……。
ところが、
『イロハが女の子を出産しました――――』
あり得ない通知が流れる。目を疑う内容が知らされていた。
「子供産んじゃった!!」
「えええ!?」
見るとイロハの腕の中には赤ちゃんがいた。出産日はランダムであったが、間が悪いことにアスモデウスの猛攻撃前である。
諒太は焦っていた。これより隙間なく地獄の炎が巻き上がるのだ。生まれたての赤子が耐えきれるとは思えない。
「マズい。子供が失われては……」
今にもアスモデウスの猛攻撃が放たれようとしていた。今からディバインパニッシャーを唱えたとして間に合うはずがない。
また諒太が危惧しているのは未来のこと。かつて夏美に聞いたのだ。結婚をして産まれる子供は一人だけ。死んでしまえばそれ以降は産まれないのだと。
ここでイロハの子供を死なせるわけにはならなかった。なぜなら、ここでイロハとアアアアの血が途絶えてしまえば、セリスは存在ごと消去されてしまうからだ。
『チカが女の子を出産しました――――』
「わたしも産まれたんよ!!」
「嘘だろっ!?」
どうしようもなくなっている。ここに来てチカまで出産してしまうなんて。
全員が動揺しているけれど、諒太はこの危機を乗り越えるべく行動を始めていた。
「赤ちゃん貸して!!」
二人から赤ん坊を奪い取るようにする。諒太はできることをするだけだ。未来に影響を与えないように、信じるがまま行動していく。
「金剛の盾!!」
赤ん坊二人を抱きかかえながら、諒太は金剛の盾を実行。記憶にある発動タイミングに合わせてスキルを実行していた。
時を移さず地獄の業火が地面より吹き出す。諒太は純白の防御魔法に包み込まれながら、アスモデウスの魔法威力が過ぎ去る時を待つ。
身体を焼き続ける炎。今も諒太は両腕に赤ん坊の存在を感じている。できることなら、このまま失われないようにと願うだけであった。
「ホーリーバスター!!」
戦闘が再開された。周囲にはまだ炎が残っていたけれど、夏美はカウンター判定を狙っているのか、いち早い攻撃を繰り出している。
「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す」
諒太もまた詠唱を始める。赤子を抱いたまま詠唱を済ませていく。
「アシッドストーム!」
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アアアアと彩葉は詠唱を済ませていたのか、夏美に続いた。強大なSランク魔法が炸裂している。
諒太もまた詠唱を終えた。もう二度と猛攻撃を受けるわけにはならないと。いち早くこの戦闘を終わらせてやるのだと。
「ディバインパニッシャァアアア!!」
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流石にSランク魔法の三連コンボでは一溜まりもないだろう。アスモデウスはよろめいたあと、徐に地面へと伏した。
「やった……」
確実に楽勝であったのだが、苦戦したような気がしてしまう。
唐突に産まれた二つの命は混乱を生じさせただけで今も健在であった。
「リョウちん君、すまんね!」
「リョウ君、悪かったんよ!」
母親二人が赤ん坊を諒太から受け取る。かといって物を扱うような乱雑さであった。
「おい、もっと丁寧に扱えよ?」
「へーきだって! 今、レベルが上がり続けてるから、一気に成長するはず!」
彩葉もチカも地面に赤ん坊を寝かせている。どうやらレベルに合わせて成長するらしい。さりとて二人とも女の子である。大きくなったとして抱えきれないような成長を見せるはずもなかった。
「アアアアさん、貴方の子供よ?」
「お、おう。何だか恥ずかしいな……」
演技を見せる彩葉にアアアアは頬を染めている。結婚するだけで産まれるのだから、特別な感情はなかったものの、自身が父親であるのは明らかであった。
「名前を決めなあかんのよ……」
レベルアップの最中にチカが言った。そういえば名前は夫婦で決めることになっている。チカの夫は僧兵であるから、彼女が名前を決めなくてはならない。
「インヴィタクスとチカやから、インチカにするんよ」
「お前は少しくらい考えたらどうだ? 確か相手がNPCだとプレイヤーの名前が名字になるんだぞ?」
アアアアのツッコミに、チカは驚いている。彼女の命名ならば、インチカ・チカとなってしまう。
「ああっ! もう変更できないんよ!!」
「知らねーよ。彼女が不憫だ……」
「アーちゃんの赤ちゃんはイイイイにしいな!」
「巻き込むんじゃねぇ。てか、うちの名字はイロハ一択だろうな……」
アアアア自身も苗字がアアアアだなんて嫌だと思う。自分だけなら問題なかったが、イロハが嫌がるだろうと。
「ところで、アアアアさんはどうしてアアアアなの? 入力なんて考えるだけっしょ? 逆に面倒だと思うけど」
彩葉が聞いた。わざわざアアアアとした理由。脳波入力に手間などなかったのだ。
「いや、面倒だったわけじゃねぇよ。子供の頃、初めてプレイしたゲームをアアアアにしてしまってな。以来、他の名前はピンとこねぇんだ……」
聞けばこれまで幾つものゲームでアアアアとしてプレイしてきたらしい。
「じゃあ、アアアアでいこう! 面倒がって付けたんじゃないならそれでいいよ!」
「イロハちゃん、甲斐甲斐しいんよ……」
「悪役令嬢のくせにな?」
「問題は名前! 呼ぶのは名前でしょ? 何にする?」
苗字はアアアアに決定。あとは名前を設定するだけであった。
「イイイイがええって!」
「お前は黙ってろ!」
「イロハちゃん、女の子だし、ニホとかいいんじゃない?」
ここで夏美が口を挟んだ。夏美にしては常識的な意見。チカの話を聞いたあとだから、悪くないように思えてしまう。
「確かに。ニホね……」
「ニホヘトのがええよ!」
チカの横槍を無視し、彩葉はアアアアと視線を合わせた。
「俺はニホでいいぞ?」
これにより赤ん坊の名前はニホ・アアアアとなった。
既にレベルは63。見る見るうちにニホとインチカが成長していく。
気付けば二人は大人になっていた。
「あちゃあ! 子ども期間ってレベル40までか!」
「ニホちゃん、めちゃ美人に成長したね?」
夏美は笑っている。強敵を倒してしまったために、いきなり大人なのだ。既に戦力となりそうである。
「イロハに似てんのか。ステは俺に似てる」
「ほう、いいとこ取りだな? 逆にならなくて良かったじゃないか!」
「るせぇ。どういう意味だ?」
タルトの話にアアアアは不服そうである。とはいえ、タルトの話には同意もしていた。
やはり彩葉と似ている。特徴的な青い髪色はそのままであった。自分に似ているよりは間違いなく当たりだと思う。
「しかし、母娘というより姉妹だな……」
素直な感想はそんなところだ。背丈も顔も似ているのだから、親子には見えない。
「わたしのインチカちゃんも見てよ!」
一方でチカの子供はどう見てもインヴィタクス成分が濃い。ランダムで比率が変わるらしいのだが、何となく目元が似ている以外はインヴィタクスの要素を受け継いでいる感じだ。
「グレなきゃいいな?」
「酷いんよ! 良い子なんよ!」
アアアアとチカの話に全員が笑みを浮かべていたけれど、諒太は一人考え込んでいる。
「今は八人パーティーになってないか? レベルアップしたのなら……」
パーティーは六人までと決まっている。チカの僧兵はその数に含まれないけれど、子供は間違いなくパーティーメンバーの頭数になるはずだ。
「ああ、それな。ニホは厳密にいうと共闘パーティー扱いみたいだ。名前が赤色で表示されている。恐らく戦闘中に産まれたからだろうな」
「インチカちゃんも赤色やねん!」
どうやらタイミング的恩恵であるようだ。普通ならボス部屋に入ることすらできないのだが、ボス部屋で生まれてしまった彼女たちは別パーティーの共闘メンバーとしてカウントされたらしい。
「なるほど、納得した。じゃあ、俺はこの辺で……」
諒太が言った。すったもんだのアスモデウス戦であったものの、彼自身は楽しめている。長居する必要もなかった諒太はキリの良いところでお暇することに。
「リョウちん、宝箱のアイテムはどうすんの? サイコロしていけば?」
どうやら夏美はアアアアたちが言い合っている間に宝箱の中身を改めたようだ。
「ああ、俺は別にいらない。金もアイテムも十分なんだ。Aランクスクロールなら欲しいけどな?」
「まあエクスポーションくらいだし。あとはゴミだよ!」
「それはみんなでサイコロしてくれ。俺はここまでにしとくよ……」
諒太は全員に手を振っている。ログアウトがここでも機能するか分からなかったけれど、その場合はダンジョンを出てからログアウトするだけだ。
「大賢者リョウ、助かったぞ。決戦の日もよろしくな?」
別れを告げる諒太にタルトが返している。
諒太は名残惜しそうな表情をしていたけれど、彼の話に頷く。諒太がアルカナの世界で戦う理由は仲間たちとゲームを楽しむためではない。彼はセイクリッド世界を過度に改変させないためだけにここにいるのだ。
「もう少し遊んでいたいが用事があるんだ。すまないけど、今日の所はここまでかな……」
二人は握手を交わす。一週間後には再び共闘するのだ。既にレベルマであり、用事があるという彼を引き留めるわけにはならない。
「我らも確実にレベルマにしておく。セイクリッドサーバーが一番乗りで封印するぞ!」
「もちろん、そのつもりだ……」
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彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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