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最終章 勇者として

最後の準備

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「フレアさん、アーシェを頼みます。これから魔物が現れますけど、俺に任せてもらって構いません。攻撃する必要はないので、しっかりと逃げ回ってください」
「魔物? 分かるのか?」
 フレアがそういった直後、木々がへし折れる音が響く。夜の森に鳴り響くこの音は既視感を覚えるに十分だ。

「またか……。フレアさんは不幸すぎるからな……」
 嘆息する諒太。レベル50という最低の魔物であれば楽であったが、ズシンズシンと迫る音は明らかにエンシェントドラゴンである。幸運値が2しかないフレアが引き当てたのだと思う。

「フレアさん、現れるのはドラゴンです。長い尻尾を振り回すので必ず距離を取ってください。また最後には倒れてきますので、方向をよく見て逃げてくださいね」

「ドラゴンだと? 一人で戦えるのか?」
「問題ありません。とにかくアーシェを頼みます……」
 エンシェントドラゴンとの戦いは範囲攻撃やSランク魔法を使えない。だが、諒太の武器は攻撃力が以前とは段違いであり、更には竜種特効も30%ある。ファイアーボールの熟練度も上がっているし、恐らくは楽勝だろうと思う。

「スキルを獲得できれば上出来だし、竜魂が手に入るかもしれない」
 以前はエンシェントドラゴンの討伐で竜魂を剥ぎ取っている。ロークアットがいないけれど、それは以前と変わらない。

「リョ、リョウ……?」
 流石にフレアは驚愕している。月夜に伸びるエンシェントドラゴンの影に。明らかな強敵が出現したことを。

【エンシェントドラゴン】
【竜種・Lv120】

 この度は亜種ではない。ようやく諒太は安堵していた。不幸すぎるフレアがいたために、またもや亜種の可能性を捨てられなかったが、ステータスを確認する限りは通常のエンシェントドラゴンであった。

「二人は下がっていてください!」
 言って諒太は殴りかかっていく。動きが少ない序盤でローリングアタックを習得してやろうと、夏美に聞いたままのモーションを試している。

「ローリングアタック!」
 一応は声掛けをするけれど、ただの殴りつけとなる。やはり数度の試行で習得できるほど甘くはない。

「ファイアーボール!!」
 諒太はスキルの真似事と魔法攻撃を交互に繰り出している。序盤に尻尾を振り回す攻撃はない。噛みつきと前足にて攻撃してくるだけだ。

 何度もローリングアタックの真似をし、着地するや魔法を撃つ。夜通し戦ったエンシェントドラゴンであったから、諒太は攻撃パターンを完全に覚えていた。

 約三十分が経過した頃、突如としてエンシェントドラゴンが尻尾を振り回す。以前は消化不良品にて防御した諒太だが、この度は王者の盾があった。
「金剛の盾!」
 思うがままに戦闘が進む。見守るフレアとアーシェは呆然と眺めているだけである。
 天にまで届こうかという巨大な竜を相手に諒太は一人で戦っていた。

「す、すごい……」
「娘ッ子、今頃気付いたのか? 婿殿はめちゃ凄いのじゃ!」
 リナンシーもまたアーシェたちの元にいた。本体ではない彼女だが、分身体に何かあると疲弊するらしく離れたところでの見物となっている。

 眼前で戦う諒太を見つめる三人は圧倒されていた。大木ほどある巨大な竜に対して優勢なのは明らかに諒太だ。エンシェントドラゴンの攻撃は全てが完璧に防御され、その都度カウンター攻撃が炸裂している。

「こんなにも強くなっていたのか……」
 フレアはもう不安など感じていない。騎士団長である彼女から見ても、諒太は一つとしてミスをしていないのだ。どちらかというとエンシェントドラゴンの方が無茶な攻撃を繰り出しているように思う。仮に焦っている方があるとすれば、間違いなく強大な竜の方であった。

 約一時間の戦闘。休憩することなく殴り続けた諒太。一度も攻撃を受けることなく、この戦闘を終えようとしている。

「どらぁぁあああっ!!」
 力一杯に振り下ろされた大槌がカウンターで突き刺さる。幾度となく狙い続けた腹部に強烈な一撃がヒットしていた。

 悲痛な咆吼が森に響いた直後、エンシェントドラゴンが立ち上がる。これは討伐のサイン。あとは倒れてくるエンシェントドラゴンから逃げるだけだ。

「よし! ……って!?」
 ふと視界にアーシェとフレアが入った。忠告していたというのに、呆然とエンシェントドラゴンを見上げている。

「クソッ!!」
 諒太は駆け出し、王者の盾と土竜叩きを収納。即座に二人を抱きかかえた。
 右腕と左腕に一人ずつ。まるで荷物のようになってしまったが、今はそれどころではない。

「おいリョウ、どういうつもりだ!?」
「黙っててください! 逃げなきゃ押しつぶされますから!」
 必死で走る。こんなところで二人を死なせてはならない。エンシェントドラゴンの向きを確認した諒太は最短距離を全力疾走していく。

「うおぉぉおおおっっ!!」
 背後に影を感じた直後、地鳴りと共に身体が揺れた。
 どうやらエンシェントドラゴン最後の攻撃であるボディプレスを回避できたらしい。

「おぉぅ……」
 流石にフレアも面食らっている。巨大な竜の下敷きになるところであったのだと、ようやく理解した。

「すまん、リョウ。君の戦いに圧倒されてしまった……。それはそうと、そろそろ下ろしてくれないか?」
 言われて気付く。諒太は二人を抱えたままであったのだ。非常時であったのは確かだが、丸太のように運んでしまったことには申し訳ないと思う。

 即座に諒太は膝をつき、二人をゆっくりと下ろす。しかし、こんな今もアーシェは呆然としていた。
 どうしたのかと思うも、その答えは単純なこと。彼女は初めて体験したことに気を取られていたのだ。

「リョウ君、わたしレベル62になったんだけど?」
 きっとアーシェの脳裏には通知音が鳴り続けていたのだろう。レベルアップはフレアもしていたけれど、彼女はそれにさえ気付いていない。

「ふはは、アーシェ、もう一流の冒険者じゃないか?」
 フレアもまたレベルアップしている。ずっとレベル50から上がっていない彼女だが、エンシェントドラゴンの経験値だけでレベル77となっていた。

「フレアさんも、久しぶりに上がったんじゃないですか?」
「うむ、かなりステータスが上がったよ。これでまた王国民を守ることができる。まあ幸運値は一つも上がらなかったが……」
 やはり彼女は真っ直ぐな騎士である。強くなること。それは彼女にとって王国民を守ることなのだろう。

「婿殿、剥ぎ取りはしないのかえ?」
 不意にリナンシーが声をかけた。
 確かに討伐したけれど、パーティーメンバーに不幸が二人も含まれていたのだ。諒太は過度な期待をせずに戦ったはず。しかし、リナンシーはドロップではなく、剥ぎ取りと口にしている。

「マジ?」
「マジじゃ! 腹の割けたところを見てみぃ!」
 それは以前と同じ箇所である。期待感が高まっていく。諒太は剥ぎ取りナイフを取り出し、直ぐさま歩み寄った。

「不幸同士の掛け合いはまだ有効なんだな?」
 以前もミノタウロスの石ころを二つドロップさせたのだ。
 諒太は何だか笑ってしまう。負の二乗がプラスになるだなんて考えていたことを思い出して。

 剥ぎ取りが終わり、取り出されたのは同じ【石ころ???】。直ぐさまフレアの方を向き、
「フレアさん、石ころが剥ぎ取れましたけど?」
「私たちはいらん! 君にあげよう」
 期待通りの言葉が返ってきた。彼女は今回もレアアイテムを放棄している。アーシェの顔を見るも同じことであった。

 エンシェントドラゴンの死体が消え失せると、そこには宝箱が。以前は大興奮したものだが、この宝箱はリナンシーに手渡すキーアイテムに他ならない。
「よっしゃ、妖精の国へ入ろう!」
 古代竜の魔瘴をゲットしたあと、意気揚々と大木へと入っていく。真っ暗なエリアに二人が驚いているけれど、案内役の妖精が現れるのだから問題はない。

「あ、リナンシー様と若様!」
「若様はやめろと言っただろ?」
「でも、若様……」
 どうやら妖精の脳容量は夏美と変わらないらしい。諒太の言いつけなど何も覚えていないのだと分かった。

「婿殿、こっちじゃ!」
「リナンシー様、案内はあたしの役目なのー!」
 二匹の妖精について行った先。アーシェとフレアは息を呑んでいた。

 夜であったというのに、目映い輝きに包まれている。周囲には色とりどりの花が咲いており、まるで楽園のようであった。

「しかし、ここは夜とかないのか? ずっと明るいな?」
「ふはは! 全ては妾のおかげ! 眩しすぎる美貌を持つ妾が輝いておるからじゃ!」
 リナンシーの話は無視して、諒太は古代竜の魔瘴をリナンシーの本体へと手渡す。以前は寝込んでいた彼女だが、今回は泉の前に立っていた。

「婿殿! やはりリアル婿殿は格好良いのう!」
「纏わりつくな! 早くフェアリーティアを用意しろ」
「つれないのぉ。でもそこが良いのじゃ!」
 言ってリナンシーは古代竜の魔瘴を泉へと捨てる。やはりここも同じである。妖精女王の感謝の印をいただくためには、必要な儀式であるのだろう。

「ほれ、娘ッ子よ。一人ずつ泉に入るが良い。婿殿の顔を立てて褒美をやろう」
 リナンシーはピッとフレアを指さした。どうやら一人ずつ泉に入って拾うしかないようだ。
「リョウ、何があるのだ?」
「透明の宝石です。俺にはそれが必要なんです」
 諒太の話を聞くや、フレアが豪快に靴のまま泉へと入っていく。見た目は美人であるというのに、やはり性格は男勝りである。

「あったぞ! これがそうか?」
「ああ、それです! 助かります」
 フレアが戻ってくると、次はアーシェの番だ。好感度上げをしていないからか、数には期待できないのだと思われる。

 スカートの裾を気にしながら、裸足になったアーシェが恐る恐る泉へと入る。純白のワンピースが目に眩しい。薄桃色をした髪の毛のせいもあって、ファンタジー感が半端ない。

 諒太は完全に魅入っている。アーシェが見せる仕草や表情。初めてギルドで会った瞬間の感情が蘇っていた。

「やっぱ……可愛いな。ゲームならスクショを撮るシーンだ……」
 そう呟いた直後、カシャっとシャッター音がした。何事かと思うも、直ぐさま通知によって知らされている。

『スクリーンショットを保存しました』

「マジか……。俺って改造人間か何かなの?」
 諒太は生身である。しかし、通話もできるし、スクリーンショットまで撮れるらしい。今更ながらに自身の多機能ぶりを知ることになっていた。

「おいリョウ、嫌らしい目でアーシェを見るな……」
「いやいや、決してそのような……」
 諒太が弁明を並べていると、アーシェが泉から戻ってきた。

「リョウ君、わたしは二個見つけたよ!」
 弾むような声でアーシェ。意外にも彼女はフェアリーティアを二つ見つけたらしい。諒太は対価を一つ150万ナールで計算していたというのに。

「まいったな。俺は三つも買い取れないんだけど……」
「いいよ、別に。冒険に出たのは初めてだったし、面白かったよ? それに妖精の国に入るなんて経験は普通じゃできないもの!」
 本当に良い子すぎると思う。ゴミを押し付けてくる姉とは正反対であった。

「でもな、対価は払うべきなんだ。この宝石は生涯に一回しかもらえない貴重なものだからね」
「そうなの? じゃあ、カードに送金してくれる?」
 諒太はアーシェのパーソナルカードを受け取る。送金などしたことはないけれど、登録していない相手にはカードを重ねて送金するのだとロークアットが話していた。

 アーシェのカードと自身のカードを重ね合わせ、諒太は念じている。
「送金!」
 とりあえずは150万ナールを振り込む。仄かにカードが輝きを放ったことで送金ができたのだと思う。

 このあとフレアのカードにも送金し、諒太は二人にパーソナルカードを返却している。
 しかし、
「えええ!? 150万ナールって何!?」
 アーシェが声を上げた。それはそのはず一般人が一夜にして手にする金額ではない。彼女が驚くのも無理はなかった。

「リョウ、こんなにもらって良いのか?」
 流石にフレアも驚愕の金額であったらしい。だが、諒太としては払い足りないくらいだ。二つで良かったというのに、三つも手に入れたのだから。

「もらってください。俺は聖王国から支援金が出てるんで。それでも少ないくらいですよ」
「奴隷として王家に落札されたのは結果として良かったのだな……」
 かつて騎士団は諒太に千ナールしか支度金を渡せなかった。だからこそ、300万も一度に振り込んでしまう諒太が信じられない。ちゃんとした後ろ盾があれば、もっと強くなっていたかもしれないと思う。

「さて、送っていきます。今日はありがとうございました」
「ああいや、良い経験ができたよ」
「怖かったけど、楽しかった!」
 諒太は二人に礼を言い、リバレーションにて家まで送る。ここまで五百万ナールを使った諒太だが、彼の散財はまだ続く。カタストロフィの欠片の製作依頼を済ませるまで、この夜は終わらない。

 次なる目的地はカモミールだ。金属素材以外はウルムに任せて問題ないはずである。
「すみません! ココさんのお店と聞いてやって来たのですが……」
 この世界線にてウルムと会うのは初めてだった。しかし、ココの名を出せば機嫌が良くなるのは分かっている。

「おお、婆ちゃんを知ってるのか! てことは難素材の加工だな?」
「そうなんです。他じゃ加工できないと思いまして……」
 察しのいいウルムに諒太は笑みを浮かべる。早速とカタストロフィの欠片を取り出してウルムに見せた。

「アイテムボックス持ちか! しかし、これは凄い素材だな……」
「加工用のフェアリーティアも持っています。幾つ必要ですか?」
「んん? 良く分かってるんだな。確かにこいつを加工するのにはフェアリーティアが必要になる。とりあえず一つあれば何とかなるかもしれないが、場合によっては追加で必要になるかもな……」
 鑑定眼持ちのウルム。彼は直ぐさま素材が超レアであることに気付いている。

「俺はリョウと言います。とりあえずフェアリーティアは二つ渡しておきます。俺はこの素材で鎧を製作して欲しいのですけど……」
「リョウは凄い冒険者なんだな。このようなレア素材を持ち込んでくれて感謝するよ。職人冥利に尽きる」
 やはりウルムは断らない。プレイヤーの血を色濃く残す彼は自信ありげに返している。

「製作費はどれくらいでしょう?」
「ま、そうだな。吹っ掛けるつもりはないんだが、鎧なら90万ナールは欲しいところだ」
 割と高額であった。かといって残金は百万からあるので、諒太はカードを提示する。早速と引き落としてもらおうと。

「うお! リョウはスバウメシア王家の庇護下にあるのか!? ひょっとして奴隷オークションに出品されていた冒険者か?」
 諒太のパーソナルカードは既にギルドカードではない。スバウメシア王家が直々に発行してくれたものである。だが、それだけにウルムは諒太が奴隷オークションに出品されていたことを思い出していた。

「ええまあ……。確かウルムさんも入札されてましたね?」
「ふはは! レア素材を手に入れて欲しかったんだよ。流石に超一流冒険者だ。まさかセリス様や聖王国の王女殿下まで入札されるとは、俺もエチゴヤも考えてなかったよ。一千万ナールだなんて、ひっくり返っても出せやしねぇ……」
 二人は笑い合った。王女殿下が落札したことには諦めがついたとウルム。しかも、最終的にレア素材を持ち込んでくれたのだから、彼としては寧ろ得をしたと考えている。

「とりあえず時間をくれ。一週間くらいかかるはずだ」
「一週間ですか!?」
 流石に考えていなかった。王者の盾は数日で完成したのだ。鎧は色々と大変だと思うけれど、一週間もかかるとは想定外も甚だしい。

「俺は14日までに鎧が欲しいのですが……」
「ふむ、それなら何とかしよう。できるだけ急ぐことにする。それで加工時に素材を染色できるがどうする? せっかく新調するんだ。今と同じような赤を基調としたものでいいか?」
 聞けば加工前に薬品に浸ける時間が必要とのことで、その折に染色も同時にできるらしい。

「お願いします。あとこの指輪のようなマークを入れていただけると助かります」
「ほう、紋章持ちか。いいだろう。肩の辺りに入れておこう」
 全てを歴史と同じように。ミーナが話していたのだ。色違いの三つ葉が大賢者の意匠であるのだと。その身に纏っていたと彼女は確かに話していた。

 このあと諒太は採寸をして、ウルムに頭を下げた。
「よろしく頼みます。できる限り早期に……」
「ああ、任せとけ。久しぶりに大きな仕事ができる。中途半端は性に合わん。最高の鎧を作ってやろう」

 握手をしてウルムと別れる。まだ夜の九時を回ったところであったけれど、大きな仕事をやり終えた気がした。

 これにてルイナー封印作戦への準備は整ったといえるだろう。レベルを上げきった諒太には懸念すべき事項が一つとして存在していない……。
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