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最終章 勇者として

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 同刻、マヌカハニー戦闘狂旗団は聖都エクシアーノの北東にある森林でレベリングをしていた。

「こりゃいいな! 今週中にレベルマまで行くんじゃね?」
 アアアアがご機嫌な声を上げる。

「ちょっと可哀相だけどねぇ……」
 イロハがアアアアに返した。それはそのはず、彼らはハメ技にてレベリングしていたのだ。

「うはは! 我はヒヨコタマゴ論争に終止符を打ったぞ!」
「タルトさん、あんま調子に乗らない!」
 夏美は本作戦においてやることがなかった。
 マヌカハニー戦闘狂旗団は最初に現れた超ハピルが仲間を呼ぶことを知るや、瀕死の超ハピルをタルトとナツで取り囲み、ひたすら仲間を呼ばせていたのだ。

 現れた超ハピルの仲間はINTバフを受けたアアアアのSランク魔法で一網打尽にしている。イロハの役割は稀に生き残る超ハピルをAランク魔法で仕留めることだった。

「あと少し上がれば、私もSランク魔法が唱えられるのに……」
 イロハは現状でレベル97。通常であればSランク魔法が唱えられるレベルであったものの、彼女が入手したスクロールは実装されたばかりだ。威力がある分、消費魔力も増加しており、彼女はまだ唱えられないでいる。

「ワハハ! イロハは残りカスの掃除を頼むな!」
「ひどい! 私は貴方の子供を身ごもっているというのに!」
「うっ!?」

 ことある毎にアアアアは妊娠について言われている。自身が何をしたという事実などなかったけれど、アルカナの世界は結婚をすれば直ぐさま妊娠してしまうのだ。イロハと結婚したアアアアはこれまでのようにイロハをからかえなくなっていた。

「女子高生を孕ませるなんて最低やねぇ……」
「チカ、これはゲームだし! 俺は何もしてねぇし!」
 こんな今も余裕がある。必要経費はアアアアの魔力回復だけなのだ。仲間がどれほどやって来ようと彼らの敵ではない。

 このあと十匹ばかりを狩ってから、隔離していた超ハピルを仕留める。一旦、仕切り直す意味合いでレベリングを中断していた。
「俺はレベル138になったぞ!」
 アアアアが言った。少しばかりの時間でレベルが7つも上がったのだ。これまでのレベリングが無駄であるように思えてしまう。

「わたしもレベル136になったんよ!」
「あたしはレベル138だね!」
 元から高レベル帯であった三人は今日にもレベル140を狙えそうだ。運営が用意したレベル上げイベントは本当にアルカナをクリアしてもらおうという意図を鮮明にしている。

「我は127だな」
「私も110に乗ったよ!」
 出遅れていたイロハも既にトッププレイヤーである。アタッカーを請け負うアアアアのINT値が傑出していたのは幸いであった。超ハピルが魔物を呼んだとしても、何の問題も起きなかったのだ。

「この様子だと14日の決戦には間に合うだろう。して勇者ナツよ、貴様のリアフレはいつになったら承認するのだ?」
 一息ついたところでタルトが聞いた。数日前にクランの入団要請を送ったものの、当人から一向に承諾通知が届いていないらしい。

「あー、リョウちんね……」
 夏美は戸惑っている。というのもログインしない限りは要請を確認できないのだ。諒太は出張でしかアルカナに入り込めないので、承諾できるはずがなかった。

「借金して奴隷になってんの!」
 ここで夏美は諒太の現状を伝えている。既に解放されたのは聞いていたけれど、言い訳として奴隷をしていると口にするしかなかった。

「なんと、借金奴隷か!? 確かに借金奴隷なら縛りがあるな。承諾したとして同流できんのなら、意味はないということか……」
「そゆこと! まあ、ほっといてもリョウちんはちゃんとレベリングしてくるよ。決戦の日にはレベルマになってんじゃない?」

「勇者ナツがそういうなら信じようか。我らは一度の挑戦でルイナーを封印せねばならんのだからな……」
 タルトは本気であった。全てのサーバーで一番乗りを果たす。セイクリッドサーバーの同志たちに報酬をもたらすこと。それが彼の贖罪であり、感謝の全てであった。

「しかし、リョウ氏は借金背負うとかβテスターじゃないのかよ?」
 アアアアが聞いた。βテストに参加していた者ならば、借金はしないだろうと。アルカナの雑務を任された奴隷たちの行く末を知らない者の行動だといった風に。

「リョウちんはβテストしてないよ。受験生だったからね」
「ナッちゃんは、ちゃっかりβも参加してただろ?」
「優先予約の魅力に抗えなかったんだよ。結局、パパがビンゴ大会で当ててきて、二台持ちになったんだけどね……」
 同級生である彩葉もまたβテスト参加者である。βテストは抽選にて参加者が決まっていたのだが、よもや夏美が外すはずもなかった。

「しかし、勇者ナツよ、リョウは本当にレベル119なのか? 我がクラン申請した折にはジョブ表示がなかったぞ?」
 夏美にとって説明しづらい話になってしまう。諒太のアカウントはキャラメイクしただけのもの。申請を出したタルトは疑問に感じていたらしい。

「えっと……」
「タルトさん、私はリョウちん君と一緒にプレイしたよ。そのときでもレベルは100を超えてた。装備もグレートサンドワーム亜種の盾を持ってるし、竜種特効の武器も持ってるから安心して」
 彩葉が助け船を出す。彼女自身も夏美の説明を完全に信用したわけではなかったが、確かにプレイヤーリョウを見たし、あり得ない遣り取りを目撃したのだ。

「ふむ、聖王騎士イロハがそういうのなら信じよう。決戦時に前衛が役に立たないではどうしようもない。あと一枚は屈強な前衛職が必要なのだ」
「ま、戦闘に関しては大丈夫だよ。問題はリョウちんのジョブ……」
「ナツ!?」
 イロハの鋭いツッコミに夏美は慌てて口を噤む。セイクリッドサーバーに諒太がいると伝えているのだ。勇者であるリョウの説明なんて勇者ナツにはできなかった。

 夏美が狼狽えていると、

『着信 水無月諒太』

 不意にコール音が鳴り響いた。どうしようかと悩んだものの、急用であるかもしれないのだ。とりあえず夏美は全員に着信の旨を伝えてから、通話を許可している。

『ああ、ナツか? ちいっとばかし、有益な情報があったから教えておこうと思ってな』
 通話に出るや諒太はそんなことを話す。今は誤魔化し方を考えているというのに、急用でもないだなんて通話を切ってしまおうかと考えてしまう。

「それどころじゃないんだよ。リョウちんのジョブはどうなってんの? クラン申請に出てきたキャラはジョブなしだよ?」
 思考を止め、夏美は諒太に丸投げしていた。皆に聞こえないような小声で聞く。
 少しばかりの沈黙。流石に意表をつかれたのか、諒太も考え込んでいるようだ。

『これってマルチ通話か?』
「ううん、許可してない」
 先に現状の確認があった。どうやら諒太は設定を考えてくれるらしい。
『ナツ、全員を誘え。説明する……』
「え?」
 意外な話になる。確かに本人からの説明がベストだが、全員を納得させる嘘なんて簡単なことではない。

 夏美は言われた通りに全員を通話に誘っている。既に通話相手が諒太であることを分かっていたから、即座に四人は入り込んでいた。

『皆さんお久しぶり。何か俺のキャラクタージョブについて疑問があるようですのでお話しようかと思います』
 夏美は鼓動を早めている。一体何を語るつもりなのかと。諒太は明確に勇者なのだ。セイクリッド世界が定めた三百年後の勇者。ジョブについて説明するなら、全てを明らかとしなければならないというのに。

 ところが、夏美が危惧した話にはならなかった。諒太は思いもしない嘘を口にしている。

『俺は大賢者です――――』

 全員が絶句している。それはそのはず、そんなジョブを誰も知らないのだ。大魔道士ならばまだしも、大賢者だなんてと。

「リョウ、我はそれなりにアルカナを理解しているつもりだ。大賢者なるジョブは本当に存在するのか?」
 代表してタルトが聞いた。大賢者なんて一人も存在しないのだ。従って疑うのは至極真っ当な反応である。

『もちろん。俺は大賢者でレベル130だからな』
 諒太には確信があった。
 セイクリッド世界が諒太を勇者と大賢者に選定したこと。後世には大賢者としてマヌカハニー戦闘狂旗団で戦った歴史が残っているのだ。
 セイクリッド神が語った時空をねじ曲げる力。諒太が真に願うだけで整合性が取れると信じている。

「しかしな、我が申請した折にはレベルの表示すらなかった。ジョブの表示もないではキャラメイクしただけではないか?」
 タルトは疑っている。実際に彼は見ていたのだ。入団申請をしたときに、間違いなく確認していた。

『んん? それはプレイヤー違いじゃないか? まだ俺のところには申請が届いていないんだが、確認してくれないか?』
「むぅ、確かによくあるプレイヤーネームだが……」
 タルトも自信がなくなっている。申請が届いていないというのならば、間違って送信した可能性を否定できない。
 諒太に促されるまま、タルトは今一度、プレイヤー検索を始めていた。

「っ!?」
 瞬時に息を呑む。タルトはしばらく声を発しない。検索に引っかかったのは前回と同じ一人であったものの、その内容は前回とまるで異なっていた。

【リョウ・大賢者】【Lv130】

 何度も頭を振って見るも、視界に現れた検索ウィンドウにはリョウという強者の名があるだけだ。聞いていたジョブに就いたキャラクターがそこに表示されていた。

『どうだ? 申請を送れたか?』
 諒太の確認には、ああっと返事をする。今もまだ半信半疑であったものの、申請メールが送付できたのだから幻ではない。

 狐につままれたようなタルト。しかし、尚も彼は戸惑うことになった。

『リョウがクラン【マヌカハニー戦闘狂旗団】に承認されました』

 次の瞬間、全員が声を上げてしまう。いち早い承諾通知に驚いていた。
 とりわけ驚いていたのはアアアアやチカではない。あろうことか、リョウの友人である夏美であった。

「うそ……?」
 諒太は異世界にいるはず。出張するには夏美のクレセントムーンと直結しなければならなかったというのに。

『承認されたか?』
 直ぐさま諒太から問いが向けられる。それは確認であり、大賢者リョウを操る者が彼だという証拠であった。

「ああ、早速の承諾感謝する。どうやら我は異なるプレイヤーに送信していたようだ」
『いや、構わない。14日にはキッチリとレベルマにしておく。それで俺がナツに連絡を取ったのは効率の良いレベリングを伝えようとしていたんだ』
 話を引き摺ることなく諒太は話題を転換している。それこそが本題だと言わんばかりに。

「ほう、大賢者リョウの叡智を聞かせてもらおうか?」
 タルトは乗っかっている。既に大賢者リョウに対する不信感は拭い去られていた。正式にクラン入りしたリョウは既に彼の仲間であるようだ。

『大したことじゃないが、知らないといけないと思ったんだ。超ハピルは仲間を呼ぶ。Sランク魔法を撃てば楽にレベルアップできる』
「ふはは! 残念だが、我らも同じようにしてレベリングしておる! しかし、流石だな? 我ら以外にこの方法を実践しているとは!」

『既に知っていたか。流石はトップクランだな?』
「何をいう? 貴様もその一員だぞ?」
 笑い合う二人につられ、チカやアアアアも声を出して笑っている。

 どうにも理解が及ばなかったけれど、夏美もまた笑顔になっていた。諒太が思わぬ行動を取るのは今に始まったことではない。常に彼は正しく、期待を超えてくるのだから。

 現実に承認された今となっては夏美が悩む必要などなかった……。
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