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第四章 穏やかな生活の先に

最終日

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 諒太は奴隷最後の日を迎えていた。ロークアットに起床を促されるという甘美な時間もこれが最後だ。

 奴隷の身でありながら、セシリィ女王と食卓を共にする。王族気分を味わえたこの一週間は戦いもなく穏やかな毎日であった。

「セシリィ女王陛下、俺はこれから奴隷契約を解除する予定なのですが、聖王国に恩返しがしたいと考えています。何か役に立てる仕事ってありますか?」
 現状はマヌカハニー衛士隊の隊長であったけれど、ゴールデンウイークが終わると朝のログインができない。従って諒太は代わりとなる仕事を求めている。

「ふむ、そうだな……」
 セシリィ女王はナイフとフォークを置き、視線をグルリと一周させた。見た感じは緊急を要する場面などないだろう。仮にあるとするならば、考える間もなく返答があったはず。

「リョウ、別に何も求めん。この先、聖王国に危機が訪れたのなら、そのときに助力してくれ。ナツ様も縛り付けたことなどないのだ。自由にしてくれて構わない」
 やはり聖王国に差し迫った危機はない。いずれ訪れるかもしれない場面しか想定できないようだ。

「それともローアの騎士をしてくれるか?」
 言ってセシリィ女王がニヤリとする。昨晩、断られた話を冗談として口にした。皮肉にも感じるけれど、諒太の返答は昨日口にしたままだ。

「それは申し訳ございませんけれど、返答に変わりはありません。できれば魔物退治とかにしていただければと……」
「ならば、自由にしてくれ。緊急事態が発生したときだけで構わん」
 現時点でセシリィ女王の要求はない。聖王国が危機にあるというのなら、頼まれずとも戦うつもりであったというのに。

「了解しました。どのような危機であろうと必ずや駆け付けます」
「それでいい。それでは食事を続けるとしよう」
 いつものように談笑しながら、食事を取る。その席に駆け引きはなかった。純粋に食事を楽しむいつもの光景であり、後腐れなど存在しない。お腹一杯に食べるだけであって、もう諒太が気を遣う場面もなかった。

「さて、行こうか。ロークアット……」
 食事を終えた諒太はロークアットに声をかける。いよいよ借金を完済し、奴隷契約を終えるとき。都市国家アルカナへと向かう時間であった。

 諒太がロークアットの手を取ると、彼女は顔を赤らめている。転移魔法による効果を手っ取り早く与えようとしただけなのに。

「リョウ様、大聖堂までなら迷子にはなりません……」
 どうやらロークアットは迷子の話をまだ気にしているようだ。よって彼女はパーティーへの招待を諒太が面倒がっただなんて考えていない。

「ああすまん。こうしないと転移魔法で俺だけ飛んでいってしまうんだよ」
「転移魔法をわたくしにもかけていただけるので!?」
「当たり前だろ? ポータルまで行くのも、司教の祝詞を聞くのも面倒だ……」
 諒太の話を聞くや、ロークアットはセシリィ女王を振り返る。

「お母様! わたくし転移魔法を体験できるそうです!」
「うむ、楽しんできなさい。羨ましいよ、ローア……」
 まるで幼女のようにはしゃぐロークアットは新鮮であった。諒太としては手間を省こうとしただけであるというのに。

「そんなに嬉しいのか? 別に大した体験じゃないぞ?」
「わたくし、実はずっと勇者様の転移魔法に憧れていたんです! 勇者一行の物語を読むたびに、ナツ様にお願いしなかったことを悔やんでおります!」
 どうやらロークアットは勇者一行に憧れを抱いているらしい。確かに彼女は創作話を描いてしまうほど心酔していたけれど、今もまだ同じ感情でいるとは思いもしないことだ。

「それではセシリィ女王、行ってきます」
「ああ、気を付けてな……」
 ロークアットの手を取り、諒太は呪文を詠唱していく。未だ熟練度は5と一向に上がらぬリバレーションであったけれど、既に暗記しており何の問題もない。

「リバレーション!」
 自信満々に唱えた諒太だが、どうしてか発動していない。視界には未だセシリィ女王の姿があり、朝食を取った場所から一ミリも動いていなかった。

「そういや奴隷だったな……」
 奴隷は明確にジョブである。つまりは勇者専用魔法を唱えられない。

「リョウ様、わたくしは期待しておりましたのに……」
「すまん! 帰りは転移魔法で送るから、勘弁してくれ……」
 余計な手間を省くつもりが余計に時間を浪費してしまった。流石に気恥ずかしかったものの、二人は当初の予定通りポータルを使って移動していく。

 諒太とロークアットは都市国家アルカナへと到着し、ポータルに程近い大聖堂へと向かう。
 荘厳というに相応しい天にまで届こうかという巨大な建造物。アルカナの象徴ともいえる大聖堂へと二人は入っていった。

 修道女を見つけるや、ミーナ枢機卿を呼んでもらう。奴隷契約の解消は司教級であれば可能であったが、諒太は彼女に別の用事があったのだ。

「お待たせいたしました……。んん? ソラさんは同行されなかったのでしょうか?」
 僅か数分でミーナがやって来た。彼女は従魔であるソラの不在が気になっているらしい。

「ソラには仕事をしてもらっている。聖王国に対する恩返しの一環だよ」
「ああ、なるほど。契約解消には無関係ですし、問題ありません。さあ、こちらへどうぞ」
 諒太たちは大聖堂を抜けて、懺悔室のような小部屋へと通される。奴隷契約時と同じように、何もない殺風景な部屋で儀式を行うようだ。

「ステータスの借金は完済されていますか? リョウさまは債権者の項目がなくなっていること、姫殿下は債務者の項目がなくなっていることを確認してください」
 既に売り上げは借金に充当し、ミーナが話すように該当する項目は消えている。よって二人は彼女の問いに頷くだけだ。

 二人の返答を確認するや、儀式に入りますとミーナ。右手をかざしながら祝詞を唱えていく。

「大いなる神よ。世の理に従い、ここに契約の満了を報告し……」
 刹那に二人が輝きを帯びた。身体を透過するようなその光はしばらくすると消え失せ、心の中にあった異物感が取り除かれている。実に呆気ないと思うほど、儀式は簡単なものであった。

「さあ、これで契約は解消されております。お疲れさまでした」
 ミーナは儀式の終わりを告げ、小さく礼をした。それは恐らくロークアットに対してのものだろう。枢機卿という地位にある彼女が礼をするなんて機会はそうそうないはずなのだ。

「リョウさま、ジョブは勇者に戻っておられますか?」
「ああ、問題ない。それでロークアット、実はまだ用事がある。少し待っていてくれないか?」
 ここで諒太は確かめようと思う。せっかくアルカナに来たのだ。疑問であった大賢者について確認したかった。

 どうやらミーナは察してくれたらしい。直ぐさま立ち上がり、こちらへどうぞと諒太を案内する。長い通路を歩いた先。重厚な扉の前で彼女は立ち止まった。

「こちらが聖域です。唯一無二の場所。リョウさまが大賢者であるのなら、セイクリッド神さまとお会いできるはず……」
 ミーナの話にロークアットは驚いている。言葉もなく諒太に視線を合わせていた。
 大賢者は彼女も知るマヌカハニー戦闘狂旗団のメンバー。しかし、彼は三百年前に一度だけ現れた謎のクラン員に他ならない。

「リョウ様……?」
「ああ、疑問に思うのは俺もだ。だけど、どうやら俺は勇者であり、大賢者でもあるらしい。思い返せば俺はこれまでも神様と通じていたし……」
 戦い抜くことを約束しただけで、仕事を任せすぎだと諒太。冗談にも似た話によって、彼は説明を終えている。

「ミーナ、俺はどうすればいい? 部屋に入るだけで良いのか?」
「聖域は神に最も近い場所だと言われております。私などは瞑想をし、心を無にしなければ何も伝わりません。ですが、大賢者様であれば目の前に降臨されるはず」
 話を聞く限り、ミーナもまた疑いを持っているのかもしれない。必ずや降臨するとは考えていないようだ。

「分かった。ロークアット、しばらく待っていてくれ」
「はい。お気をつけて……」
 祈るようなロークアットを尻目に諒太は扉を開いた。一歩踏み込むや、どうしてか扉は自動的に閉じられていく。

 意外なことに聖域は真っ暗であった。しかし、諒太が歩き出すや、緑色に輝く星が天上から無数に落ちてくる。

「アルファベット……?」
 星に見えたそれは文字であった。半角の英数字的なもの。もの凄いスピードで流れていくそれを読み取るなんて不可能だ。けれども、見慣れた英数字であることだけは確認できている。

 程なく諒太の眼前が輝き出す。突如として現れた目映い光は徐々に失われ、その過程で人影を形成していく。

 もう既に諒太は理解した。自身が大賢者であること。目の前に現れた人影こそセイクリッド神であるのだと。

 またその人影は顕現するや、即座に言葉を発する。困惑する諒太に構うことなく。
「勇者リョウ、よくぞ詣られました……」
 現れたのはやはりセイクリッド神であるのだろう。第一声が勇者であったのは推理するに十分な根拠となる。

 だが、戸惑うしかない。この部屋の様子。更には現れた女性。諒太は全てに違和感を覚えてしまう。

「本当にセイクリッド神なのか……?」
 思わず問いを返してしまった原因は明らかだ。女神であるのは問題なかったけれど、このセイクリッド世界に彼女は相応しいと思えない。

 なぜなら長い黒髪をした彼女は現代的なスーツに身を包んでいたからだ……。
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