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第四章 穏やかな生活の先に

悪魔公爵の討伐

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 万全の態勢にて戦闘再開となった。
 両腕を天に突き上げたまま固まっていた悪魔公爵クロケルだが、全員が復帰したことにより、再び詠唱を始めている。加えて、クロケルは再び声を発し、プレイヤーたちを挑発するような台詞を口にした。

『矮小なる愚者よ! 喰らうが良い! アブソリュートアイスキャノン!!』
 フィールドに吹雪のようなエフェクトが起こり、空間には大量の氷刃が現れた。やはり範囲攻撃であり、数から察するにエリアの端にいたとしても回避できない感じだ。

 こうなると一カ所に固まったのは英断である。残す問題は防御スキルの発動タイミングだけであった。
「タルトさん!?」
「まだだ! 我慢しろ!」
 視界を埋め尽くす威圧的な氷刃に夏美は動揺を隠せない。しかし、タルトが話すように焦ってタイミングを早めてしまうのは愚策である。

 氷刃が僅かに輝いたその瞬間、
「勇者ナツ!」
 声掛けと共にタルトは金剛の盾を使用する。夏美もまた彼の合図に間髪入れず実行していた。

 そのタイミングは勘でしかない。何の根拠もなかったけれど、夏美は彼を信頼し金剛の盾を使用している。

 刹那に届く氷の刃。吹雪に混じって大量の氷刃が撃ち出されている。一つ一つの衝撃は凄まじく、気を抜けば瞬く間に吹き飛ばされてしまいそうだった。
 けれども、夏美は大丈夫だと思う。自身を包む光は純白のそれに違いないのだからと。

「皆の者、総攻撃だ!」
「おうよ! Sラン詠唱済み!」
「パワーバフ! インテリジェンスバフ!」
「私も参加するし!!」
 全員がそのときを待っていたようだ。まるで長い冬が終わり、一斉に芽吹き出す若葉のように。五人は瞬間的に動き始めていた。

 夏美が真っ先に攻撃を仕掛ける。クロケルの余力を警戒し、この度はAランクスキルだ。しかし、彼女はカウンター判定とクリティカルヒット判定をもぎ取り、後に続く者たちへと繋げている。

「サンダーカッター!!」
 続いて彩葉の魔法が炸裂。撃てるだけを放ち、その全てがカウンター判定となる。

「大トリいくぞ! シルヴェストルスピアァァ!!」
 クロケルには風魔法よりも雷属性魔法の方が効果的だ。しかし、アアアアはAランクの雷属性魔法よりも、Sランク風魔法を選ぶ。ここで仕留めて見せるのだと。

 風魔法シルヴェストルスピアによって、上空に強大な風槍が生み出されていく。
 吹雪よりも耳につく風切り音。巨大な風槍がクロケルに向かって撃ち出されていた。それは目で追うのも困難なほど速く、瞬く間に悪魔公爵クロケル突き抜いてしまう。

 シルヴェストルスピアは見事にクロケルの身体を貫通していた……。

「うおお! ラストアタックごっちゃん!」
 まだクロケルの消失演出が残っていたというのに、五人はハイタッチを交わしている。
 それはそのはず、首が飛んだり、胴体に穴が空いた場合には勝利が確定するのだ。レベルアップを待たずして喜ぶべき場面であった。

「剥ぎ取りはなしだな?」
「まあ、しょうがないよ。問題は……」
 地面に伏したクロケルが消失すると、そこには宝箱が残されている。

 瞬時に全員が大きな笑みを浮かべた。だが、宝箱の出現によってアイテムドロップが確定したからではない。何しろ、その宝箱は金色に輝いていたからだ。

「さっすが、レアアイテム召喚器!」
「レアアイテム召喚器さまさまだな!?」
「うっさい! もう開けるよ?」
 ぶつくさ言いながら、夏美が金箱に触れる。すると瞬く間に宝箱は失われ、中身が露わとなった。

「おおお! 大豊作!」
「何が入ってた!? スクロールある!?」
 歓喜の声を上げた夏美に全員が群がった。全部で5個ある。つまるところ、全員が何かしらを引き当てたのか、或いはラストアタックの報酬に当選したものがそれに含まれているはずだ。

「ちゃぁぁ! ラストアタックねぇし!」
 ラストアタックを決めたアアアアは当選しなかった模様。もしも当選していたのなら、五個のうち一つは彼の取り分が決定しているのだ。見たところ、全てにサイコロマークがついており、希望が重複した場合は問答無用でサイコロ勝負となる。

「しかし、五個も出るのは珍しい……」
 全員が真剣に悩んでいる。第一希望が被ってしまうとサイコロ勝負となるのだ。ならば夏美の希望と重ならないものを選ぶ必要があった。

 戦利品の中でハイレアリティの★5は二つ。一つが【風のリング】であり、もう一つはクロケルが操っていた魔法【アブソリュートアイスキャノン】である。ハイレアスクロールは彩葉が狙っていたもので、アアアアもまた咽から手が出るほど欲しかったはず。

 次に★4も二つ。その一つは【劣化精霊石】である。ミノタウロスが恒常となってから、石ころはまるでドロップ報告がなかったけれど、劣化精霊石はごく稀に入手報告があった。
 劣化というだけあり、確実に死を回避できるわけではない。説明を読むとその確率は50%であるらしい。

 ★4のもう一つはクロケルの中攻撃であるアイスニードルであった。スクロールが二つ落ちたということは、★5のアブソリュートアイスキャノンを外した魔道士がこちらを受け取ることになるだろう。

 最後は明確にハズレである。レアモンスターペン子が交渉によってくれるというアイスクリーム。レア度は★2であり、食べたとしてもバフ効果などはない。

「我はアイスクリームだっ!!」

「「「「ええええっ!?」」」」
 真っ先にタルトがハズレを指名してしまう。これには全員が驚いていた。これだけの戦利品が揃ったというのに、アイスクリームを選ぶなんてと。

 しかし、これでサイコロ勝負は選びやすくなった。魔道士二人の重複は仕方がないとして、レアアイテムが入手できる可能性は高まっている。

「ナッちゃんもアレなん?」
「もち、アレだよ!」
 頭を抱えるチカ。記憶を掘り返したとしても、夏美にサイコロで勝った試しがない。かといって、ここは勝負すべきところ。負けたとして、戦利品がなくなるわけではない。明確なハズレをタルトが手に入れた今、最低でも★4のアイテムが手に入る。

「女は度胸やねん! わたしは風のリングで勝負なんよ!」
「チカちゃん、良い度胸じゃん? いつだったか至高のブーツを取り合ったの忘れちゃった?」
 攻めてきたチカに、ふふんと返す夏美。どうやら過去にも二人の勝負があったらしい。

「あのときはスリーセブンとかあり得ないことされたんよ! でもあんな奇跡は二度と起こらへん! 今回はわたしのものなんよ!」
 過去の対戦で夏美はスリーセブンを出したらしい。基本的にサイコロなのだが、どうしてか稀に7が出る。また全てに7が出るとスリーセブンという特役になり、ドロップしたアイテムの中からランダムで追加当選する場合があった。抽選ハズレもあったけれど、それは二割程度らしく追加的にアイテムをもらえる可能性は高い。

「なぁイロハ、お前は弱いんだからAランクスクロールで十分だろ?」
 魔道士二人の駆け引きも始まっている。二人共がアブソリュートアイスキャノンを狙っていたのだ。

「アアアアさん、私は冷血の悪役令嬢。ここだけは引けないわ……」
「ふっ、そうかよ……。全面戦争しかないってか?」
 どうやらこちらも譲るつもりは少しもないらしい。二人共がハイレアのスクロールを欲しがっていた。

「よっしゃ、サイコロ行くか!」
「フフ、よろしくてよ?」
 希望が重複したことで、目の前に三つのサイコロが浮かび上がる。直ぐさまアアアアはサイコロを手に取り、勢いのままに転がしていた。

【7】
【3】
【1】

「何だよそれ! 7出たのに1引くとか!?」
「アハハ! ざまぁないわね? 11とか敵じゃないわ!」
 言ってイロハがサイコロを振る。ここは勝負所。この先にあるどの場面よりも気合いが入っている。

【5】
「よし、こい!!」
 幸先の良いスタート。一つ目が高めであると、やはり盛り上がる。

【5】
「もらったぁぁっ!」
「マジか!?」
 二つ目で彩葉の負けがなくなっていた。同点の場合は振り直しであるけれど、気持ちの上では明確に勝者である。

「1こい!! 1だっ!」
「雑魚は黙ってな!」
 手に汗握る勝負。最後のサイコロがどこで停止するのかと……。
 気合いが入る二人とは対照的に、それは何の余韻もなく停止している。

【2】

「ヤバっ! 危なかったぁっ!!」
「くっそ! 1だろそこは!?」
 どうやら勝者が決定した模様。ハイレアリティの★5スクロールをゲットしたのは合計12の彩葉となった。

 二人の戦いを見守った夏美とチカ。彼女たちは風のリングに触れて、浮かび上がるサイコロを手にしている。

「前座は終わりなんよ。わたしのボス退治が始まる……」
「チカちゃん、何だったら豪運のイヤリングを外してあげようか?」

「ぐぅぅ……。そうしてもらえると嬉しいんよ……」
 意気込むチカであったが、夏美の申し出を受けてしまう。これには見守る三人も大笑いである。

 豪運のイヤリングは幸運値を二割プラスするレアアイテム。かといって夏美はそれを外したとしても幸運値200超えの猛者である。

「どっちから振る?」
「わたしからがええんよ。先に振られたら希望も何もなくなるやん……」
 風のリングはアクセサリーにしては防御力が+10もあった。更には精霊王ジンの召喚という意味不明なスキルまで付与されているのだ。風属性のプラス補正は特に必要なかったけれど、チカは防御力だけでもこのリングが欲しいと思う。

「お願いなんよ!」
 言ってチカがサイコロを振る。祈るように手を合わせて停止するのを見守った。

【6】
【5】

「や、やったんよ! 遂に幸運魔王を倒せるんよ!」
 最高の目が止まる。最後の一個次第でチカの勝利は濃厚となるはずだ。

【5】

「き、きたー! なぁ、みんな見た!? わたし16も出したん初めてや!」
「チカすげぇな。てっきり萎え萎えの目が止まると思ってたのに」
「アーちゃん、わたしもやるときはやるんよ!」

 ガッツポーズをするチカ。どうあっても負けないと考えているようだ。
 夏美を含めた四人も流石にこれはと考えてしまう。思わず拍手するほどに強いヒキであると彼女を称えていた……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 セイクリッド世界にいる諒太。正直に通話を切るタイミングを逃していた。とはいえ戦利品を分配する様子は聞いていて面白い。まさか彩葉がSランクスクロールを手に入れるだなんて思いもしないことであった。

 続く一戦も諒太の興味を惹く。普通であれば夏美の圧勝を疑わないのだが、先にサイコロを振ったチカが16を叩きだしたというのだ。夏美が勝利するにはほぼ最高値を出すしかない。

「あっ……?」
 ところが、諒太は思い出していた。その記憶を辿れば、どうしてかこのサイコロ勝負に意味を見出せなくなってしまう。

「ロークアットの創作本……」
 創作であるはずのクロケルと戦ったというのだから、残念ながら世界は同質化を図ったあとだろう。またロークアットの創作本にはキャラクター紹介的なページがあったのだ。

「勇者ナツは指輪をしていた……」
 諒太が知る限り、夏美は豪運のイヤリングしかアクセサリーを装備していなかった。けれど、創作本にある彼女の薬指にはどうしてか指輪が描かれていたのだ。

 それが風のリングかどうかは分からない。けれど、夏美が装備しようと思う指輪が数多くあるようには思えなかった。

「ナツのやつ、鬼ヒキするのか……」
 こうなるとチカが気の毒になってくる。既に大はしゃぎしている彼女は急転直下の悲惨な現実を迎えてしまうだろうと。

 諒太は小さく笑い声を上げている。パーティー内の遣り取り。諒太が望んだゲームの世界が通話先に拡がっていること。何だか自分も早くそこに加わりたい気になっていた……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「んじゃ、いくよ!」
 歓喜するチカを横目に夏美がサイコロを振る。特に夏美は期待していない感じであるし、他のメンバーもまた番狂わせがあるようには考えていない。
 ところが……、

【7】
 夏美はいきなり7を出してしまう。それは極小の確率でしか選択されないものであったというのに。

「マジか!? これは分かんねぇぞ!?」
 アアアアが興奮している。最初に7を引いたことで、同点になる確率が高まったのだ。残りの二つで合計9を引くこと。また夏美なら、それをやってしまいそうな気がしていた。

【7】
「うそ!? 何でなん!?」
 チカが頭を抱えた。既に彼女は追い込まれている。彼女のアドバンテージは2しかなくなってしまったのだ。夏美が1と2を引くだなんて考えられない。

「いや、待て。これはひょっとして……」
 タルトがゴクリと唾を飲み込む。かつて同じ対戦があったときを思い出している。
 サイコロを振る順番こそ違っていたけれど、あのときも夏美は引いていたのだ。

「スリーセブンが来る……」
 タルトは結末を予想していた。夏美の豪運が7を連続で引くだけだなんて、ちんけなヒキをするはずもないのだと。

 7が二つ。この並びはその先にある特役を引いてしまったのだと思えてならない。

【7】――――。

「えええ!? うそや! スリーセブンとかあり得へん!!」
 うわぁぁぁと大きな声を上げるチカ。夏美以外の三人は流石に可哀相だと思うも、最終的な結果は予想通りだとも感じている。

「チカよ、貴様は幸運大魔王に対してよく戦った。しかし、まだ諦めるのは早い! ファンファーレが鳴り響いたあと、貴様にはチャンスが巡ってくる!」

「そ、そうやった! ナッちゃん、リング被ったらちょうだい!」
 スリーセブンはドロップアイテムの中から再抽選を受けられる。二割はハズレであるけれど、残る八割を引けばチカが求める風のリングが二個になる可能性があった。

「ナッちゃん、スクロールを引いてくれ!」
「あかん! リングなんよ!」
 アアアアも参戦。これにて戦いはアアアアとチカという図式に変わっていく。とはいえ引くのは夏美であり、もらえるとも限らないのだが……。

「被ったらね。ハズレもあるんだし……」
「大魔王が外すわけないやん!」
「そうだぞ? 世界を混乱に陥れるほどの幸運値はハズレなんぞ引かねぇ!」

 絶大なる信頼があるようだ。二人は祈るようにしている。夏美は既に目当てを手に入れたあとであるし、少しも力むことなどなかった。

 長ったらしいファンファーレのあと、サイコロが輝き出す。それは記憶の通りだ。目映い光が失われたあと、そこにドロップアイテムが出現するはず。

「何かあるぞ! ハズレは回避した!」
「アイスクリームはやめてぇぇ!!」
 第一関門を突破。徐々に失われていく光に浮かび上がる影。二人は期待せずにはいられなかった。

 ところが、飛び出したのはスクロールでも指輪でもない。
「あ、劣化精霊石だ……」
 二人の願いも虚しく、出現したのは劣化精霊石であるようだ。アイスクリームは回避できたけれど、ハイレアリティアイテムの入手はならなかった。

「うそん! ここまで来たら引いて欲しかったんよ!」
「マジかぁ、でも熱かったな?」
「我はアイスクリームでも良かったのだがな……」

「じゃ、これはあたしがもらっとくね? ★5と★4をゲットできるなんてラッキーだよ」
「ナツ、とんでもない鬼ヒキだったね?」
 五人は笑い合っていた。一応は全員が納得できたのだ。悔しくは感じても、落ち込むほどではない。

『あー、それで俺はもう良いかな?』
 ここで諒太が話しかけた。彼の用事は借金を完済できたという話。トークルームに入った今となっては夏美にだけ伝えるのは難しい。

「リョウちん、まだいたんだ!」
『せっかく待ってたのに、それはないだろう?』
「リョウちん君、おひさ! 今は魔道士やってんのよ!」
 彩葉が諒太に返している。死に戻ってから話をするのは初めてなのだ。報告とばかりに彼女は現状を伝えた。

『あのときは悪かったな? 一応、反省してる』
「いやいや、補正君が仕事してくれてさ、ステータス的には大満足してるし!」
 直接謝罪できたのは諒太にとってプラスである。やはり彼女が死に戻った原因であったことは心苦しく感じていたから。

「リョウといったな? 後になったが、指示の数々は助かったぞ。感謝する」
『ああいや、礼なんて必要ない。俺としてもマヌカハニー戦闘狂旗団が失われては困るんでな?』
 タルトの謝辞に諒太が返す。流石に予想していなかったのか、タルトは小首を傾げている。

「我らのファンであったか? 其方は別のサーバーにいるのだろう? それとも他のサーバーでも我らの進撃が話題になっておるのか?」
 その質問返しには夏美だけでなく彩葉も苦い顔をしている。諒太が余計なことを口走ったとしか思えない。

『いや、俺はセイクリッドサーバー内にいる。リョウと検索してみろ? 今はログアウトしているが、俺は同じサーバーにいるんだ』
 諒太は判明している内容から話を進めている。どうやら彼には思惑がありそうだ。夏美と彩葉はそんな風に感じていた。

「おお確かにいるな! 貴殿は割と際どいプレイをしていると聞いたが?」
『際どいプレイはお互い様だろ? それで俺は一つ頼みがあるんだ……』
 どうしてか諒太には希望があるらしい。リーダーであるタルトに願いがあるという。

「まあ確かに。ならば頼みとは何だ? 今の我にできることなどしれているぞ?」
 タルトは諒太の頼みを聞いてみるようだ。さりとて無茶を聞くつもりはないらしい。

『大したことじゃない。一度だけ一緒にプレイしたいだけなんだ……』
 瞬間的に夏美と彩葉は視線を合わせている。異世界で戦う彼を知る二人には諒太が願うことの意味合いを推し量れない。

「一度だけ? 我らの団員になりたいわけではないと?」
『仮のメンバーにしてくれたら助かる。そうしてくれると都合がいい』
「我らに迷惑をかけないのなら考えてもいいが、一度だけであれば意味などないだろう?」
 即断はしてもらえない。それはそのはず、マヌカハニー戦闘狂旗団は公明正大なクランだと公言しているのだ。不穏な動きをするプレイヤーをおいそれと招くわけにはならなかった。

「絶対に迷惑はかけない。先ほどの借りを返すというのなら、一度だけ参加させてくれ」
 諒太の要望は少しも変わらない。難色を示すようなタルトに構わず、彼は伝えている。

『ルイナーとの決戦には――――』

 一様に言葉を失っている。どうしてここでルイナーの名がでてくるのか、なぜに最後の話をしているのか。五人には諒太の狙いが少しも分からなかった。

『そこまで先の話じゃないと考えている。それに俺は決戦のあと引退するつもりだ。現時点でゲームクリアの最前線はマヌカハニー戦闘狂旗団。引退の花道にしたいんだよ』
 むぅっと声を上げるタルト。確かに引退するというのなら、迷惑をかけることもないように思う。後に色々と炎上したとして、知らなかったと誤魔化せばいいだけだ。

「ならばリョウ、貴殿は何ができる? 幸いにも我らマヌカハニー戦闘狂旗団には空きが一つある。また我も最終決戦には最大人数で挑みたいと考えていた」
 ようやく話が進み出す。諒太の返答によっては一考する価値があるとタルトは感じているようだ。

 パーティーは最大六人。パーティー内ではアイテムの手渡しが自由に行えるし、ボイスチャットもオープンにする必要がない。連携が容易になるだけでなく、人数が増えることはタゲが集中する危険が減るのだ。諒太の申し出は悪くない提案でもあった。

『装備は大槌に盾を持つ戦士型だが、基本は魔道士だ。初期値は力4で賢さが5だったからな』
「ふはは! それなら我らにとっても好都合だ。レベルはどれくらいある?」
 話し合いは徐々に同意へと近付く。足りなかった前衛を務められるのであれば、残す問題は純粋なレベルだけである。

『現在は119。これでは不満か?』
 最終的な返答を求める諒太に、タルトは小さく笑ったあと頷きを見せている。

「ならばリョウ! クランの入団承認を送っておく。そのときが来たら頼むぞ!」
 タルトは受け入れていた。ゲームクリアはやはり目指すべきところ。優秀すぎるプレイヤーはこちらから勧誘したいくらいであった。

『ああ、任せて欲しい。あと個人的な話をしてもいいか?』
 同意を得られた諒太だが、どうしてか彼にはまだ話があるらしい。しかも個人的というのだから、彼が何を口にするのかまるで理解できなかった。

『タルトたちは迷子イベントをしてるだろ? それをクリアしたあとのこと。恐らく聖王城へ報酬を取りにいくことになるだろう……』
 今もまだ五人は困惑している。個人的といった諒太はどうしてか自身に関係のない話を始めていた。

『タルトは必ず聖王城に行け――――』

 どうしてか命令するような諒太。彼にメリットがあるとは思えない話だ。タルトがクリア報酬を手に入れたとして、何の意味があるのか分からない。
 ところが、一人だけ理解する者がいた。彼女は直ぐさま諒太に返している。

「リョウちん、タルトさんは引っ張ってでも連れて行くから安心して!」
 夏美は直に聞いたのだ。セシリィ女王がいちご大福との再会を望んでいること。切実な彼女の想いに夏美は応えられなかった。けれども、約束したのだ。セシリィ女王の想いをいちご大福に伝えると。

 だからこそ、夏美は二人を会わせたい。いちご大福とタルトは明確に別人であるけれど、中身は同じなのだ。勘の鋭いセシリィ女王であれば、何かを感じ取るかもしれない。

『ナツ、頼む。三人を会わせてやってくれ……』
 諒太は改変を望むようだ。世界線に残る未練の数々。彼はそれを解消したく思っている。

「もちろん! リョウちんも頑張ってね!」
『俺は上手くいった。明日からは自由だ……』
 ここで諒太は当初の要件を告げている。濁していたものの、夏美にはそれで伝わるだろうと。

『それじゃ、俺はこの辺で。皆に会える日を楽しみにしてるよ……』
 夏美以外の四人はまだ聞きたいことがあったけれど、諒太が話を打ち切ろうとしているのに口は挟めなかった。

 夏美のリアフレだという情報以外、リョウというプレイヤーは謎である。かといって、それでも構わなかった。オンラインゲームは基本的に匿名であるのだし、彼の身元を保証するのが勇者ナツであればそれだけで十分だ。

 いずれ訪れるだろう邂逅を全員が待ち焦がれている……。
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