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第四章 穏やかな生活の先に

変化

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 連休二日目を迎えた諒太。朝食を取ったあと、ロークアットと共にマヌカハニー衛士隊の詰め所を目指す。

 だが、聖王城を出て諒太は思わず立ち止まっていた。
「何だ……これは?」
 そこには盾を構えた勇者ナツ像があったはず。しかし、そこには見慣れぬ四つの銅像が建てられていた。

「ああ、これはマヌカハニー戦闘狂旗団の功績を称えて建てられたものですわ」
 あたかも初めから存在したかのようにロークアットが語る。
 昨日の段階では間違いなく勇者ナツ像だけであった。しかし、盾を構えた彼女の姿はどこにもなくなっている。

「何が……あったんだ?」
 恐る恐る聞いた。昨日から激しく歴史が動いていたのだ。恐らくゲーム世界で起きた何かが影響しているはず。ならば諒太は内容を尋ねるしかない。

「三百年前の出来事なのですが、エクシアーノをスタンピードが襲ったのです。それはもう歴史的にも稀な規模であったと伝わっております」
 スタンピードとは魔物の暴走事故に他ならない。諒太は昨日あったイベントを予想している。事前に聞いていなかったから、間違いなく緊急クエスト。急にマヌカハニー戦闘狂旗団の話が出てきたことも、全てそのクエストが原因であろうと。

「勇者ナツを肩車してるのが、タルトってわけか?」
「ええ、その通りです。スタンピードの原因であったアースドラゴンはナツ様が討伐されたのですけれど、タルト様の盾スキルがあってこそでしょう」
 中央にある銅像は鎧の男が勇者ナツを肩車していた。例によって勇者ナツは気の抜けた表情をして剣を掲げている。

「右隣が大司教チカ様で、左隣が皇国の大魔道士アアアア様です」
 アアアアの隣にいる最後の一人は説明不要であった。それは諒太もよく知るイロハであったのだから。

「しかし、アアアア大臣の銅像まで建ててしまうのか……」
「どうしてです? 皇国とは三百年前から友好国ですよ?」
 そういえばロークアットに聞いた。イロハとアアアアが結婚したことにより、二国の関係が改善したのだと。

「そうだったな……。それでこの悪役令嬢みたいなのがイロハか……」
「その通りです。彼女は真に和平の使者。有り難いことですわ……」
 二週間前と比べたら雲泥の差があった。あの頃は三つ巴の戦いとなっていたのだ。世界線が戻り、イロハが聖王国に移籍した事実がこんなにも世界を変えるなど思いもしないことである。

「マヌカハニー戦闘狂旗団バンザイってとこだな?」
「今でも伝説として語り継がれております。実際に彼らと話をした市民も多いですし」
 盾部隊をマヌカハニー衛士隊としたのには民意が含まれているとセシリィ女王が話していた。
 ロークアットが教えてくれたのは補足するような内容である。彼らが使った本拠地を使用し、彼らの名を拝借したことで兵を志願するものが増えたのだと。

「流石はエルフだな。人族だと風化していそうな昔話なのに……」
「商店の店主などは顔見知りが多いですわね」
 当時を知るNPCが多くいる。サンテクトの道具屋にいた店主もいちご大福を知っていたし、エクシアーノでも同じような話が聞けるのかもしれない。

 雑談をしつつも、二人はマヌカハニー衛士隊の詰め所へと到着した。ここにかつて夏美がいたのかと考えると、何やら不思議な感じがする。

「中は当時のままなのか?」
 諒太は疑問を口にする。夏美の倉庫は三百年前のままなのだ。従ってここもリアルタイムで変化する場所なのではないかと。

「いえ、マヌカハニー戦闘狂旗団の解散時に所有権が放棄されました。団長であったタルトが全ての荷物を片付けたのだろうと思います」
 なるほどと諒太は返している。そういえば諒太のフレンドは夏美だけだ。従って彼女の所有物ではない建物は以降の歴史が刻まれている。現状とは異なる三百年が経過しているらしい。

「殿下にリョウ隊長、お疲れさまです!」
 詰め所へ到着すると、即座に前任者のキウカムが敬礼をした。リョウに立場を奪われたというのに、彼はまるで気にしていない様子だ。

「キウカム副隊長、全員揃っているか?」
「もちろんです。金剛の盾を習得できるかもしれないのですよ? 休暇だった連中まで来ております!」
 金剛の盾を教えるといった諒太だが、正直にNPCの流れを汲む者には難しいだろうと考えてもいた。

「後天的発現は難しいと言っておく。だが、防御のタイミングを覚えるのには役立つだろう。防御には適切なタイミングがあるんだ。スキルほどではないにしても、防御効果を高めることができる。早速と始めよう」
 スキルだけでなく、全ての行動はタイミングが重要である。ただ盾を構えるのではなく、ヒットする瞬間に防御と念じる。ゲーム世界と同質化したセイクリッド世界であれば、タイミングを覚えるだけで違いが生み出せると諒太は考えていた。

 三時間に亘り、徹底的にタイミングを覚えさせている。魔物の攻撃モーションは日を改めて教えるとして、今はただ互いに剣を打ち合い防御のタイミングを覚えさせていた。

「よし、本日はここまで! みんな、良くなったぞ!」
 諒太が訓練終了を告げると全員がひっくり返っている。休む間もなく剣を振り、防御に徹したのだ。雑兵である彼らには少しばかり激しすぎたのかもしれない。

「勇者リョウ、精が出るな?」
 ここで思わぬ来訪者があった。振り返るとそこにはソレルの姿がある。聖王騎士団長である彼がどうしてか下部組織である衛士隊に姿を見せていた。

「ソレル、どうしたんだ?」
「いや、貴様に用事ではない。殿下に話があったのだ……」
 移行前の世界線では完全に諒太を疑っていた彼であるが、セシリィ女王が勇者と認めるリョウをこの世界線では認めているらしい。

「殿下、例の件が締結したようです……」
「ああ、早いですね? 王国はそれで良かったのでしょうか?」
「使者によるとアクラスフィア王は大変満足されたと聞いております。正式な契約書を交わしておりますので、何の問題もありません」
 どうも諒太の目の前で諒太の話をしているように思う。しばし聞いていた諒太だが、流石に問いを投げるしかない。

「ロークアット、それって俺の話か?」
 アクラスフィア王が出てきたこと。契約書という不穏な単語は両国間の取り決めに違いない。敵対もしていないのだから、現状で契約するというのなら諒太の身の上話だと推し量れている。

「ええまあ……。アクラスフィア王国は奴隷オークションに参加されておりませんでしたからね。リョウ様が必要ないのかと思いまして、譲渡をお願いしたのですわ」
 やはり予想通りであった。アクラスフィア王は一貫して諒太にノータッチである。奴隷に落ちたとしても静観していた王国が諒太を評価しているとは思えない。

「落札金額と同じ一千万ナールで移籍をお願いしたのです。勇者候補リョウを我が国の家臣に欲しいと」
 聞けば納得の条件であった。そもそも騎士団主導で行われた勇者召喚なのだ。一千万ナールが転がり込むというのなら、王国は即決してしまうだろう。

「それ騙してねぇか? 俺は既に勇者だが……」
「アクラスフィア王国がリョウ様を重用されていたのでしたら、そんな話もしないのですけれど。勇者様に金策を強いるなんて馬鹿な話であって、奴隷オークションにも参加されなかった王国へのちょっとした嫌がらせですかね。興味があるようなら、勇者かどうかを調査したでしょうし、二つ返事で了承を得られた現状はリョウ様に少しも期待しておられないのだと思います」
 ロークアットの話す通りであり、ぐうの音も出ない。完全に放置されていた諒太は本当にただの冒険者であったのだ。

「そのうち司教を迎えまして転移の儀を執り行います。王国の書面を頂いておりますから、それほど日数はかからないかと」
 そういえば移籍するとアクラスフィア王国の召喚陣から転移すると夏美が話していた。それはどうやら高位の神職者が行うという設定のようだ。

「それで俺が奴隷落ちしたのはアクラスフィア王国でも知れ渡ってんのか?」
 気になるのはそこだけだ。世話になったフレアが移籍の事実に落胆していないかどうか。
 さりとてフレアが奴隷落ちを知っていて、尚且つアクラスフィア王国が奴隷オークションに参加しなかったと分かっているのなら、彼女も理解を示してくれるはず。

「奴隷オークションのリストは王家や諸侯だけでなく、各種ギルドや集会所にも公開されますからね。所属も明確になっておりますし、ある程度の地位に就く者であれば、見逃すとは思えません」
 やはり世界的に知れ渡っているようだ。要職に就くフレアは当然のこと知っているだろう。まして彼女の妹は諒太が連行される場面を見ているのだし。

「それなら構わない。借金を返済したあと、各国を自由に動き回れたならそれでいい。俺の使命はルイナーの再封印なのだから……」
「期待しております。今後、金銭的な問題は女王陛下に陳情いただければと存じます。かつては勇者ナツ様も在籍しておられますし、我が国には勇者様の活動をバックアップする態勢が整っておりますから」
 ロークアットの話を聞く限り、移籍は悪くなかった。急な入り用は今後もあるはずで、その度に借金していたのでは勇者業に差し障りがある。ここは素直に彼女の申し出を受けるべきであった。

「ソレルもありがとうな。俺のために動いてくれて……」
「いや気にするな。女王陛下のご命令なのだ。まあ、感謝するというのなら、一つ手合わせを願えないか?」
 ここで妙な話となる。どうやらソレルは納得したようで実のところ不審にも感じているのだろう。三百年が経過し、勇者ナツの後継者が突然現れたと聞けば、疑いたくもなるはずだ。

「構わんぞ。ちょうど防御について訓練したところだ。ソレル、思いっきり打ち込んでくれ」
「ふはは! 流石は勇者。私はこれでも聖王騎士団長だ。少しばかり歯ごたえがあるぞ?」
 ここは彼の矜持を守りつつも、隊員に金剛の盾を見せる機会に違いない。圧倒するのではなく、防御とは何なのかを見てもらう場とするべきだ。

 ソレルと諒太は相対する。だが、対戦などではなく、剣を構えるソレルに対し、諒太は支給品の盾を構えるだけ。攻撃するつもりはないことをソレルに伝えていた。

「では、行くぞ!」
 早速とソレルが斬り掛かった。聖王騎士団長に相応しい力強い一撃。諒太は難なく受け止めている。

「やるじゃないか? 続けていくぞ!」
 次は連撃である。縦横と変化をつけた攻撃が繰り出されるけれど、ここも難なく防御できている。かといって諒太は通常攻撃など気にしていない。彼が持つ【疾風突】というスキルしか眼中になかった。

 少しばかり距離を取ったソレル。対する諒太はニヤリと笑みを浮かべる。さあ見ておけと言わんばかりに、諒太は盾を構えていた。
「疾風突っ!!」
 やはりスキルを繰り出してきた。しかし、スキルについて知っていた諒太は落ち着き払っている。

「金剛の盾!」
 諒太の身体が輝きを放つ。本当に一瞬の出来事であるが、隊員たちも諒太の身体がスキルの使用で輝いたことを確認している。

 真っ白な輝きと同時に金属音が木霊した。息を呑む展開であったけれど、隊員たちは声を漏らさずにはいられない。
 なぜなら目で追うのも困難な剣技を、諒太の盾はいとも容易く受け止めてしまったのだから……。

「今のを防御するか!? 天晴れだな、リョウ!」
「いやいや、素早くいい突きだったよ。何とか防御できた」
 一応は褒め称えておく。今後の関係を重視すれば見下すなんてすべきではない。

「ソレル、続きはまた今度な? 俺は借金返済に奔走する身だからさ」
「ああ、良い運動になった。また頼む」
 どうやらソレルの信頼も得られたように思う。防御するだけでも実力は示せただろうし、彼も納得したことだろう。

 昼ご飯を食べたあとは、再び工房での販売である。諒太は意気揚々と詰め所をあとにしていくのだった……。
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