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第四章 穏やかな生活の先に

中ボス

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 地平線の彼方まで魔物が蠢いている。告知すらなかった緊急クエストとしては大規模だと言わざるを得ない。それはまるで、かつてこの地で起きた緊急イベントを彷彿とさせていた。この規模は三国を巻き込む大乱戦に発展した内乱イベントさながらである。

「やっぱ、聖王国軍は運営としても数が多すぎたんだね?」
 彩葉がポツリ。彼女はこのクエストの意味合いを推し量っているようだ。

 緊急クエストの目的は基本的にプレイヤーを飽きさせないためにある。ログインしてもらってこそのMMOなのだ。だからこそ告知イベント以外にもプレイヤーを驚かせる催しが色々と用意されている。だが、そうは言っても彩葉はこの緊急クエストがプレイヤーを楽しませるだけだとは考えていないようだ。

「まあ、そだね。とりあえず数を減らしたいんだろうなぁ……」
 夏美も同意見である様子。どうも二人は前回の戦争イベントから、深読みするようになってしまったらしい。

「若いの二人、安心せい! ここには我が存在するのだ!」
「割とロールが安定してきたね……」
「うん、今も違和感がもの凄いけど……」
 タルトの話は二人を落ち着かせるためのものだが、夏美と彩葉は別に心配していない。過去と同じように圧倒できると信じていた。

「誰一人として死に戻るなど許さん! さあ、いくぞっ!!」
 遂に戦闘が始まる。真っ先に斬りかかったのはタルトであった。以前とは異なり、剣士の素質を得た彼は堂々と斬り裂いている。

「よっしゃ! あたしも!」
 続いて夏美が剣を振った。両者とも通常攻撃であったけれど、問題なく一撃で仕留めている。

「僧兵ちゃん、突撃ぃぃっ!」
 治癒士であるチカもまた使役する僧兵に指示を出す。持てる最大である十体の僧兵が襲い来る魔物にメイスを振り回している。

 序盤はまさに隙なしであった。前衛の撃ち漏らしも、後衛であるアアアアと彩葉によって楽に殲滅できている。結果として後方に待機するプレイヤーたちは唖然と立ち尽くすだけであり、何もすることがなかった。

 三十分が経過し、徐々に魔物のレベルが上がっている。平均すると80程度となり、討ち漏らしが目立つようになっていた。

「勇者ナツ! まだいけるか!?」
 タルトが聞いた。自身はもう一撃で倒せなくなっていたのだ。だからこそメインアタッカーである夏美の状況を尋ねている。

「大丈夫! まだまだ余裕だよ!」
 流石にスキルを使用していたけれど、夏美はまだ迫り来る魔物を一太刀にて仕留めていた。

「そうか。やはり心強い! 我はこれからヘイトムーブに移行! 勇者ナツ、全てを切り捨てろ!」
「りょ! 任せといて!」
 ここに来て方針が変更となる。これまでタルトと夏美が切り捨てていたけれど、タルトは盾役に徹し、彼に群がる魔物を夏美が一掃するという作戦だ。当然のこと撃ち漏らしはチカの僧兵と魔道士による殲滅となっている。

「ディクリースディフェンス!」
「わたしはブーストアタック!!」
 彩葉とチカによる支援魔法。魔道士は魔物のステータスを下げ、治癒士は仲間のステータスをアップさせる。前衛の攻撃手を引き受ける夏美を強化し、群がる魔物を弱体化させることで殲滅能力を向上させていた。

「アイスランス!」
 アアアアも負けじとBランク魔法を作り出せるだけ撃ち放っている。数を倒すべきときにオーバーキルは必要ないのだと。

 永遠にも続くかと思われたスタンピード。開始から一時間は小物の一掃だけであったが、靄の向こうに見える一際大きな影が同じような雑魚であるようには思えない。

【ケルベロス】
【Lv90】

 レベルは少し高い程度であったが、明らかに大きな影。それが雑魚のように瞬殺できるはずはない。間違いなく中ボス的な扱いの魔物であった。

「吟遊詩人はいるか!?」
 ここでタルトが呼びかける。それはそのはずケルベロスは竪琴の音を聞くと眠ってしまうのだ。奏者のスキル次第で三つある頭の全てを眠らせることができた。
 しかしながら、タルトの呼びかけも虚しく、吟遊詩人は現れない。こうなると正攻法にて戦うしかなくなる。

「我が同志のイヌッコロを叩きのめすのは気が重いな……」
 同志とは無類の甘いもの好きという括りである。ケルベロスもタルトと同じく甘いものを好んでいたのだ。攻略法の一つとして甘い食べ物を与え、それを食べている隙に総攻撃を浴びせるという有効な作戦があった。

「じゃあ、甘味を使う?」
「ならん! イヌッコロが甘味を口にするなど千年早いわ!」
「さっき同志って言ったじゃん……」
 これにてガチンコの戦いが決定する。けれど、まだ余裕があるレベル帯だ。元より策を講じる必要などなかった。

「皆のもの! これより我らはイヌッコロの相手をする! よって相当数の魔物が漏れるだろうが、問題なかろうな?」
 タルトのエリアチャットには即座に反応がある。彼らもヤル気に満ちていた。伝説の一端を担おうと張り切っている。

「ならば、いくぞ! アアアア、デバフを頼む!」
「わたしはナッちゃんにバフなんよ!」
「さんくす! 中ボス倒すぞ!」
 張り切る前衛二人に思わずアアアアは笑みを零した。
 本当に懐かしいと思う。だが、そう考えた瞬間にそれは間違いだと気付く。

「懐かしいんじゃねぇな。これは……」
 懐かしいのは確かだが、これまで忘れていた感情がある。笑顔には明確な理由があったのだ。

「俺は楽しいんだ――――」

 やはりクランの解散は本意ではなかった。移動が面倒になったのが原因であったが、今になってアアアアはその決定を後悔している。

「ほらイロハ、俺たちも攻撃すんぞ!」
「分かってるって! 私はまだ無詠唱でAランク魔法が撃てないのよ!」
「イロハちゃん、わたしはもう攻撃しとるよ? 早くしないと倒しちゃうんよ!」
 もたつくイロハは新鮮であったけれど、戦闘に参加するチカもまた昔とは違う。
 二人の反応によりアアアアは再び考えを改めている。

「あの頃とは違うんだ。クラン名が変わっただけじゃなく、全員が変わってる。再結成までの時間は、この場所に戻るための過程であって、決して無駄な時間じゃない。俺たちはもうデカ盛りいちごパフェ団じゃねぇんだ……」
 いちご大福がタルトになり、聖騎士ナツは勇者ナツに。万能聖騎士イロハは悪役令嬢魔道士として生まれ変わり、超虚弱モンクであったチカは僧兵を従える大司教となった。

 自身もまた変貌を遂げている。大魔道士であるのは変わらなかったが、国務大臣になっただけでなく、公爵との地位まででに入れたのだ。何もかもが数ヶ月前とは異なっていた。

 もう過去とは繋がっていない。だからこそ、アアアアは声を張った。

「圧倒しようぜ! マヌカハニー戦闘狂旗団!」――――と。
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