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第四章 穏やかな生活の先に

次なる目的地

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 ライラに情報をもらった夏美たちは西門へと来ていた。当然のことながら、ロークアットはいない。酒を呑み寝転がった門番がいるだけである。

「こいつはいつも酔っ払って寝てるな……」
「まあでも、このドワーフに聞くしかないよね?」
 話半分に聞くべきだろう。西門名物の『酔いどれドワーフ』はいつも泥酔している。従って信憑性の高い話が聞けるとは思えない。

「おい酔っ払い、エルフの少女を見なかったか?」
 代表してアアアアが声をかける。すると、虚ろな目をしたドワーフは徐に腕を上げて、門の外を指さした。
 瞬時に顔を見合わせる三人。酔いどれドワーフを信頼するならば、ロークアットはクラフタットの外へと行ってしまったことになる。

「まあクラフタットだけで完結するはずもないね……」
「だとしたら、どこ行った? 西門から向かうとしたら、ジャスミス村だが……」
 正直に選択肢は多くない。西門から移動するのはジャスミス大鉱山があるジャスミス村か、或いはキャラバン商隊に乗ってアクラスフィア王国へと向かうくらいであった。

「あ! 妖精の国は? エルフだし、リナンシーに会ってるかも!」
 ポンと手を叩いた彩葉が言った。その意見には夏美もアアアアも頷いている。歩いてジャスミス村に向かったとするより、まだ現実的だと思えたからだ。

「確かにな。妖精の国へ入る最低限がレベル50だし。迷子イベントのレベル制限にも合致してる……」
 妖精の国へ入るには森を荒らす魔物の駆除が必須であった。だが、その魔物は一定というわけではなく、レベル50で入国するには50%の確率で現れるオーガを引くしか方法がない。残りの半分はパーティーでも組んでいないと倒せない魔物ばかりだ。

「よっしゃ! じゃあ、移動は任せてちょうだいな。あたしは勇者だし!」
「ナッちゃんにくっついてきて良かったぜ。リバレーションは初体験だよ」
 夏美の話を瞬時に汲み取ったアアアア。彼女が転移魔法を唱えてくれると疑わない。
 もちろん、夏美は転移するつもりである。一向に熟練度が上がらないリバレーションであったけれど、アアアアに自慢するかの如く詠唱を始めている。

「時空の精霊よ、我に応えよ。無限に拡がる大地、遙かなる稜線の頂、絶海に浮かぶ孤島。我望む場所へと導かん……」
 詠唱が終わるやニヤリと夏美。どうやら彼女のマウント気質は諒太にだけ向けられるものではなかったらしい。

「リバレーション!!」
 瞬く間に三人は妖精の国へと転移していた。出遅れた感のあるイベントであるが、夏美のおかげで巻き返せるかもしれない。

「勇者専用魔法とかねぇな? まあその分、辛い役回りもあるだろうけど……」
 常に命を狙われるなんてアアアアには考えられなかったが、やはりメリットも大きいのだと理解している。加えて、それだけにイビルワーカーに狙われてしまうことも。

「や、ひょっとして私、フェアリーティア貰えるんじゃない!? 死に戻ったから!」
「アホか。死に戻っても錬成したアイテムは失ってないだろ? お前はもう貰えない。つか入国制限者がパーティーに含まれていたら、転移魔法じゃ移動できないはず」
 アアアアの冷静な分析に彩葉は肩を落とした。彼女はフェアリーティアを剣と鎧に使ってしまったのだ。大魔道士となった現在のジョブでは宝の持ち腐れである。

「あーあ! 魔法剣士とか目指そうかなぁ……」
「ちょうどいい。リナンシーに器用さを調べてもらえよ? 今回も器用さが高ければライトソードを上手く操れるだろ?」
「それいいね! よし、どうか初期値4レベルでおなしゃす!」
 三人が転移した先は妖精の国の入り口。つまりは真っ暗闇である。案内役の妖精に女王が待つエリアまで連れて行ってもらわねばならなかった。

 小さな輝きを放つ妖精に導かれ、三人は妖精女王リナンシーが住む泉へと到着。
 流石にプレイヤーの姿が見える。ただ妖精の国は個別にイベントが発生するため、彼らは半透明であり、何を話しているのか分からない。

「これだけプレイヤーが溜まってるってことは、また女王を褒め倒すしかねぇのか? みんな苦戦してるようだな……」
「アアアアさん、任せた! 好感度上げ三倍チートよろ!」

「しゃーねぇ。運営はどうしてもガナンデル皇国移籍キャンペーンを成功させたいんだな。魅力値三倍の特典がこんなところに関係するとは考えもしなかったぜ……」
 大勢のプレイヤーがリナンシーに捕まっている模様。リナンシーの捻くれた性格は相変わらずのようだ。どうやら好感度上げ三倍の効果がなければ攻略は難しいのかもしれない。

「お美しいリナンシー様、お久しぶりでございます……」
 フェアリーティアのときと変わらず、少しもミスしてはいけない。前回、二個のフェアリーティアを手に入れたアアアアは今度もまた本気である。

「うわぁ、キモ……」
「イロハ、キモいうな。パーティーから外すぞ?」
「ああごめん! つい本音が……」
 ジロリと彩葉を睨むアアアアだが、リナンシーへと視線を戻した。

「おお、アアアアか! 久しぶりじゃの? ていうか、妾のことを放置しすぎじゃろ?」
 アアアアは感付いていた。恐らくそれがへそを曲げた原因であると。大半のプレイヤーはフェアリーティアをもらったあと、妖精の国など訪れない。まだ一人も妖精の泉でフェアリーティアを手に入れた情報がなかったからだ。

 つまりはリナンシーの好感度が駄々下がりしている。規定値に戻すまで慎重に会話をしないことには、更なる深みへと落ちていくはずだ。

「お美しいリナンシー様、私は怖かったのです……」
「なぬ? この妾を恐れておったじゃと?」
 アアアアを見守る夏美たちは息を呑んでいた。褒め倒すのかと思いきや、アアアアはどうしてか怖かったと語り始めている。

「今以上に貴方様を愛してしまうことが――――」

 思わず吹き出しそうになってしまうも、笑い声は堪えた。流石に予想していない。歯が浮くどころでない台詞は破壊力がありすぎた。
「ふぁぁっ! まことか!?」
 リナンシーの反応は悪くない感じだ。やはりレベル118という猛者であり、魅力値三倍中でもあるアアアアは強い。何しろ、リナンシーはいきなり顔を赤らめていたのだ。それは好感度が上がったサイン。この調子で口説き続ければ、難関と思われたイベントを軽く突破できるかもしれない。

「うわぁ、流石は受付嬢キラー……」
「乙女ゲーでもそこまで言わないよ……」
「お前ら、黙れつってんだろ!?」
 女子高生二人の横槍にも負けず、アアアアは更なる言葉を続けた。先んじて到着したプレイヤーたちをここで引き離すつもりだ。

「まことも何も、愛とは真実。怖がりな私をお許しください……」
「ふぉぉっ! やはりアアアアは格好良いのじゃ! 許す! 妾は其方を許すぞ!」
 難航するかと思われたリナンシーの攻略だが、アアアアはものの数分で攻略してしまう。
 魅力値三倍であったことを差し引いても、これには唖然とするしかない。他のプレイヤーを見る限り、攻略は容易でなかったはず。

「リナンシー様、一つ私めの話を聞いていただけますか?」
 ここで本題を切り出す。これ以上に好感度を上げても仕方がないだろうと。アアアアはロークアットの行方について聞く。

「なんじゃ? 申してみろ。妾の美に関することなら何でも答えてやろう!」
 ところが、時期尚早であったらしい。どうやら、まだリナンシーは攻略完了していない感じだ。プレイヤーたちが苦労している理由は褒め倒しが足りないからだろう。

 瞬時に雰囲気を感じ取ったアアアア。かといって、攻略があと一押しであることくらいは分かっている。ならば甘い言葉を口にするだけだ。

「実は迷子を捜しているのです。恐らくは美しい貴方様を一目見ようとやって来たはず。子供というのは恐れを知らぬもの。美しすぎる貴方様に会いたいという願望のみに突き動かされ、無謀にもここまで来てしまったはずです。しかし、私めも見習わなくてはなりませんね。尊いリナンシー様を誰かに奪われてしまわないためにも……」
「くわぁぁぁっ! アアアア、良く分かっているではないか! そうなのじゃ! 頻繁に会いにこんと、誰かに取られてしまうのだぞ!? そこのところは今後もよく考えて行動するようにな!」
「もちろんでございます。私は永遠に貴方様の虜なのですから……」
 夏美たちは呆然と眺めているだけだ。確か大学生であると聞いたことがある。よって女性を口説くことにも長けているのだと思う。自分たちとはまるで違う世界に住んでいるような気さえした。

「完全にホストじゃん……」
「イロハちゃん、あれはナンパ慣れだよ! 超危険人物だ!」
 雑音には睨みを利かす。けれど、リナンシーへと視線を移す場面は心穏やかに。受付嬢キラーの称号に恥じない攻略ぶりを見せている。

「むむぅ! 汝の想いはしかと伝わったぞ! ならば、特別に教えてやろう。エルフの娘ッ子は確かにここへやって来た。しばらく話をしたのじゃが、飽きて出ていったぞ!」
 情報ではあったものの、苦労の割に報われない話だ。せめてどこへ行ったのかくらいは聞き出さねばならない。

「リナンシー様、具体的にどこへ向かったのかご存じないのでしょうか? 迷子の捜索は私の仕事でして、片付かねばリナンシー様に会いに来る時間が取れません……」
「むぅ!? それはいかんな! 確か娘ッ子は王国へと繋がる穴から出ていったぞ!」
 やはり続きがあった。運営のやり口を熟知しているアアアアは余すことなく情報を得ている。次の目的地はどうやらアクラスフィア王国であるようだ。王国と略される国はそこしかない。ならば三人の行き先は決まっている。

「ナッちゃん、次はセンフィスへと飛んでくれ!」
「あいな! まっかせなさい!」
 あとで文句が出かねない移動であるが、そもそも運営は早さを競うとは言っていないのだ。個々またはパーティーがロークアットを見つけ出せば良い。進捗状況によって報酬が各々受け取れるはずである。

 ただし、三人にはトッププレイヤーという自負があり、攻略ページを見ながらのクリアなんて望んでいない。真っ先にクリアするのだと全員が考えていた……。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 リナンシーから情報をもらいアクラスフィア王国へとやって来た夏美たち。一応は妖精の国へと繋がる大木の元まで転移している。

「この大木は辺鄙だし、誰も使ってないよね?」
「ああ、そもそも妖精の国に繋がる大木は全部アクセスが悪いからな。フェアリーティアを泉で手に入れたという報告でもない限り、誰も使わない」
 妖精の国への入国権を手に入れるとアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国の大木が解放される。しかしながら、どちらも主要なポータルから遠く、使用するプレイヤーは存在しないといっても過言ではなかった。

「さて、どこに行く?」
 大木の周りには誰もいない。彩葉が口にしたように三人は目的地を見失っていた。
 しばし悩むように黙り込むアアアア。ありきたりであったけれど、彼は考えられる最善を口にする。

「とりあえず、次の目的地はここから一番近い街だろうな」
「んん? ここからだとベイスタックかな? 直ぐそこだしね……」
 ベイスタックはアクラスフィア王国の東端にある港町だ。スバウメシア聖王国との貿易で栄えているという設定である。

「まあそうなる。ついでにリッチでも狩りに行くか?」
「おお、いいね! ってリッチ相手だとあたしが戦うしかないじゃん?」
 リッチは魔法を無効化してしまう。大魔導士であるイロハとアアアアは何もできないのだ。

「そういやイロハはジョブチェンしたんだったな。使えねぇ奴……」
「ひどっ! 自分だってリッチの前じゃ無能大臣っしょ!」
 三人は笑い合う。結果としてリッチの討伐は見送ることになったのだが、イベントは続行するらしい。

 目的地を見失った一行は大木に近いベイスタックへと転移していた。ここはリッチが住み着く魔道塔へと向かう船が出ている街であるが、ポータルもないし特別な狩り場もない。従ってプレイヤーが寄りつかない場所の筆頭となっている。

「ひっさしぶりだなぁ……」
「俺も移籍前に来たのが最後だ……」
 当時は最高難度であったリッチも、今や普通の強雑魚という位置付け。ドロップアイテムこそ優秀であったものの、確率がネックとなって挑むものは少なくなっていた。

 早速と聞き込みを始める三人。けれど、ロークアットの目撃情報はない。数時間を要して、NPC全員に話を聞いたにもかかわらず。
「これはひょっとすると日付が変わるまで進行しない系のイベントかもな……」
 アアアアが予想する。リナンシーからの情報が正解であるとするのなら、現状は故意的にイベントが進んでいないだけであると。

「どしてそう思うの?」
「このイベントは初心者以外は全員参加だろ? だったら全員が楽しめるようになっているはず。先走ったプレイヤーがネタバレしないように。だから今んところできるのはここまでだろう」
「ええ? 本当にそうかなぁ?」
 夏美に続いて彩葉も疑問を覚えている。アアアアが話すようなトロ臭いイベントがあるのだろうかと。

「考えても見ろ? リナンシーを攻略して導かれるのはベイスタックに違いない。仮にここではなかったとしても、大木から一番近いベイスタックには何らかの情報があって然るべきだ。それがないってことは更新まで何もないってことだよ」
「むむぅ、実はセンフィスにいるんじゃない?」
「いいや、そうは思わん。何しろロークアットは六歳という設定だ。徒歩でセンフィスまでは遠すぎる。やっつけ仕事が基本の運営だとしても、幼女にそこまで歩いて行かせるなんて無茶はしない。深く考えてセンフィスまで捜索するのは時間の無駄だぞ?」
 確かにアアアアが話す通りでもある。正直に六歳の子供が歩いて移動するとすれば、ベイスタックですら遠すぎた。王都センフィスは許容できる距離になく、消去法的にロークアットの目的地はベイスタックなのだといえた。

「じゃあ、もう解散する?」
「おいおいナッちゃん、せっかくパーティーを組んだんだ。盛り上がっていこうぜ?」
 アアアアの提案には頷く二人。どうせイベントはまだまだ続くのだし、久しぶりに共闘するのも悪くはなかった。

「どこ行くの? リアルJK二人を連れ回す悪い大学生さん?」
「んなこというな! 元クラメンだろうが? デカ盛りいちごパフェ団の再結成だぞ?」
 βテストから本サービス開始の二ヶ月くらいまでは『デカ盛りいちごパフェ団』という小規模クランで戦っていた。しかし、アアアアのガナンデル皇国移籍を機にクランは解散となっている。
 その後はリーダーであったいちご大福までもが王配となり、パーティーを組むことすらなくなっていた。

「再結成って三人しかいないし……」
「構わねぇだろ? 俺とナッちゃんがいれば、大抵のダンジョンはクリアできる。久しぶりにスバウメシアで俺は戦いたい!」
 難色を示すかのような彩葉にアアアアが返す。当時のようにダンジョン攻略をしようと。

「ああ、口説いた受付嬢に会いたいんだ……」
「違ぇよ! 全くお前らはノリが悪いな……」
 嘆息するアアアアだが、夏美に転移魔法を急かす。廃プレイヤーである彼にとって雑談など無駄な時間であるかのよう。

「しょうがないなぁ……」
 言って三人は聖都エクシアーノへと転移していく。
 このとき、まだ三人は共闘するだけだと思っていた。それこそレベリングをするだけなのだと。

 だが、エクシアーノへと転移した直後、三人は知らされている。王国や皇国にいるプレイヤーには分かるはずもない事態となっていたことを。

 エクシアーノに到着するや、エリア限定の通知が視界の上部に流れていたのだ。警報が鳴り響く中で、三人は聖王国が非常事態にあることを知った。

【緊急クエスト スタンピード警報――――】
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