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第四章 穏やかな生活の先に
穏やかな一日
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アアアアをパーティーに組み入れた夏美と彩葉。三人はクラフタットでの聞き込みを始めている。
すれ違うプレイヤー全員が三人を振り返っていた。
皇国においてアアアアは最も有名な廃プレイヤーである。彼のレベリング自体は決して珍しくなかったけれど、勇者ナツとパーティーを組んでクラフタットを彷徨いているのだ。新鮮でありつつ、懐かしくも感じられている。
「ココちゃん!」
生産職通りにある人気店。カモミールの店先にフレンドを見つけた夏美が駆けていく。
「ナッちゃん、久しぶり! 贔屓を変えたのかと思ったよ?」
「いやいや、そんなことはないよ! じゃあ、何か買っていこうかな?」
夏美が商品を眺めていると、彩葉とアアアアもカモミールにやって来た。
「おお! これは豪華なパーティーだね? 何ヶ月ぶりだろ?」
ココが言った。やはり気になるのは夏美とアアアアがパーティーを組んでいることだ。βテスト時から何度も見た光景であるけれど、アアアアがガナンデル皇国に移籍してからは一度として見ていない。
「ココさん、久しぶりに楽しませてもらうよ。まあ戦闘イベントじゃないけどな?」
「アアアアさんのバイタリティは凄いですよね。PMしながら、ちゃんとレベリングもしてるし。わたしはなかなかレベリングまで手が回らないよ」
「ココさん! 私もいるんだけど!?」
三人の会話に彩葉が加わる。どうやら外見を変更しすぎたイロハは気付いてもらえなかったらしい。
「ああ、イロハちゃんだったの? ごめんごめん、すっかり悪役令嬢だね?」
「そうなの! 私に逆らうと、カモミールを営業停止にしますわ!」
四人が笑い合う。全員が懐かしく感じていた。βテストから一年。何度も見た光景を各々が思い出している。
「三人がパーティーってことはイベントに参加するのね? だったら、ウチのライラちゃんに話を聞いてみなよ? どうも情報提供NPCに選ばれたみたいよ」
ここで有益な情報がもたらされた。ココが雇っているNPCの女性。ライラはイベント情報提供者であるらしい。
「良い情報をありがとう。あとで俺も何か買うよ」
「はぁい、まいどありぃ!」
アアアアは早速とライラに話しかけてみる。
ライラはドワーフの少女。赤茶けた髪を後ろで三つ編みにしている。彼女はココが留守をする間の販売員であるようだ。
「えっとライラちゃん、俺たちはロークアット殿下を探しているんだが、何か知っているか?」
アアアアが話しかけると、ライラは顔を真っ赤にした。どうしてか質問に答えることなく、アアアアから視線を外している。
「ちょっと、アアアアさん! うちのライラちゃんを口説かないでくれるかな?」
「いやすまん! そういや今は好感度三倍キャンペーン中だったか……」
それはガナンデル皇国移籍キャンペーンにおける特典の一つだ。魅力値が通常効果の三倍となっており、既存の移籍済みプレイヤーにも適応されている。
「さっすが、受付嬢キラー!」
「るっさい! 嫌味を言うならイロハも口説いてやるぞ?」
かつてアアアアは冒険者ギルドの受付嬢を口説いた経験があった。それもアクラスフィア王国センフィスの冒険者ギルドだけでなく、スバウメシア聖王国エクシアーノの冒険者ギルドでも。
看板娘の二人を口説き落としてしまった彼は受付嬢キラーの称号を得たらしい。
「ほう、じゃあやってみなよ? キュンとさせられたら、結婚してあげよう!」
「言ったな? これから華麗なプレイでキュンキュンさせてやるぜ!」
またも大笑いの四人。ライラの話を聞くことも忘れ、雑談に花を咲かせていた。
本当に懐かしく楽しかった記憶を全員が思い出している。
「いやぁ、ベータの頃って一番楽しかったよね?」
夏美が笑みを浮かべながら言った。現状の彼女はレベリングに精を出すあまり、当時よりも楽しめていないらしい。
「それな。右も左も分からんかったし、毎日が冒険だったよな。まあでも、大福の声掛けでセイクリッドサーバーに入って良かったと思ってる……」
「それはありますねぇ。わたしや越後屋さんも贔屓が多かったセイクリッドサーバーを選びましたし」
どうやらセイクリッドサーバーに廃人が集まってしまったのは、いちご大福の声掛けによるものであったようだ。彼らに関連したフレンドたちもこぞってセイクリッドを選んだ結果、各サーバーに先んじてイベントが発生する事態を生んでいる。
「やっぱゲームは死ぬ気でやらないとね! 周りがヌルいと張り合いがないもん!」
「ナッちゃんの負けず嫌いは相変わらずか?」
「負けたら楽しくないよ。このイベントは全サーバー同時開催だけど、絶対にセイクリッドサーバーが一番にクリアしよう!」
再び笑い声が木霊する。夏美の話にアアアアはようやくと思い出していた。自分たちは談笑するために集まったのではないことを。
任せろと返答しつつも、アアアアはライラに質問をする。迷子のロークアットを見かけなかったかと。
「ロークアット殿下らしきエルフでしたら、今朝方見かけました。彼女は街の外へ向かっていたようです。西門の方向でしたね……」
考えていたより重要な情報であった。恐らくイベントはポイントとなる会話を聞くことによって進んでいくはず。ライラの話は次の目的地を暗に示す内容であった。
「西門? 他には?」
「いえ、それだけです。申し訳ございません。ぽっ……」
最後の『ぽっ』に彩葉が薄い視線を向けている。元来、魅力値が高めであるアアアア。三倍の効果は凄まじいなと彼女は呆れていた。
「とりあえず、西門へ行くよ。ココさん、ありがとう」
「いえいえ、色々買ってくれてありがとね!」
特に必要のないポーションケースや矢筒をアアアアは買っていた。恐らくは情報提供のお礼も兼ねていたのだろう。
三人はカモミールを離れて西門へと向かう。だが、西門は東門や北門に比べると寂れており、繁華街からも遠かったためイベントの中心になることはなかった。
とはいえライラの情報では迷子イベントの重要地点である。アアアアを先頭にして三人は西門へと向かっていく……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
店舗が完成した諒太はOPENと書かれたプレートを扉にぶら下げた。
お店の回りには既に人集りができており、タイミングさえ通知すれば押し寄せてくると思われる。
しかし、誰もが遠巻きに見ているだけ。近付いてすら来なかった。
「これだけ注目されているのに……」
「価格的にも適正だと思うのですが……」
恐らく原因は一つ。分かりきっていたことであるが、彼らが踏み込めない理由を諒太は推し量っている。
「きっと、お姫様が中にいるからだろう……」
「はい? わたくしが原因なのでしょうか?」
間違いないと思う。通りでは近付いてきても、小さな空間で一緒にいるなんて話は別である。全員が無礼になることを恐れているはずだ。
「では、わたくしはお城に戻った方がよろしいですか?」
寂しそうな表情を浮かべるロークアット。さりとて、それが最善策であるのは明らか。しかしながら、諒太は首を振って否定している。
「いや、ロークアットには頼みがある……」
こうなれば利用できるものは全て使う。たとえそれが王女殿下であろうと……。
「売り子をしてくれ――――」
王女殿下への頼み事としては最低の部類に入るだろう。しかも諒太は彼女の奴隷である。立場も義務もあったものではないけれど、彼女自身が買ってくださいと声をかけてくれるだけで状況は一変するはずだ。
「売り子……ですか?」
「とりあえず高級品はアイテムボックスにしまってくれ。代わりに店の商品を身につけて欲しい」
「ああ、モデルになるということでしょうか?」
察しが良いロークアット。モデルといえば聞こえは良いが、諒太が考えているのは完全な客寄せパンダである。よって苦い顔をしながらも、頷きを返していた。
「ロークアットは銀色の髪だからな。少し派手な金色の髪留めでも似合うはず。ブローチは青いドレスの邪魔にならない薄緑のこれにしよう……」
コーディネートなどしたことはない。あったとしてゲームのキャラメイクくらいだ。しかし、ここは知識など関係なく、感じるがままロークアットをコーディネートするだけ。メインヒロインを創造するつもりで諒太は仕上げていく。
「ネックレスもシンプルなデザインがいいな。指輪は好きなのを選んでくれないか?」
全体的な印象は派手すぎず、地味すぎず。自画自賛のキャラメイクが完成していた。
残りは指輪だけであったのだが、諒太は彼女に選んでもらうことにしている。
「それではこれを……」
ロークアットが手に取ったのは商品の中では高めの600ナールという指輪であった。
透明の極小カットガラスが幾つも輝く諒太の自信作。素材は安物であったけれど、出来映えは高級感に溢れている。だからこそ600ナールという値札を付けたのであり、それでも売れると考えていた。
「高額商品を選んでくれて助かる……」
「いえ、お値段じゃなく、単に気に入ったからですわ」
そう言われると悪い気はしない。諒太は照れ隠しに鼻先を掻きながら、控えめな笑顔を返している。
髪留めにネックレス、更にはブローチ。最後は指輪でロークアットのコーディネートが完成した。
改めて素材の良さが際立っているように思う。派手な金色の髪留めでさえ、霞むほどに彼女は美しかった。
ロークアット自身も全身鏡にて確認しているが、笑顔の彼女を見ると安物であっても気に入ってくれたのだと思える。
「リョウ様、髪留めは特に素晴らしいですわ。主張しながらも、シンプルに感じるデザインがとても良いです。凄く気に入りました……」
サイドの髪を後ろに集めて留めただけ。実をいうと、それは諒太の好みであった。ポニーテールのように一纏めにするのではなく、美しく長い髪を生かしたかったのだ。
「とても似合ってる。まあ君なら何を着ても付けても似合うだろうけれど……」
「リョ、リョウ様……」
諒太はまたもやらかしている。ついつい好感度を上げてしまうのは、やはり軟派士に昇格した称号のせいかもしれない。
兎にも角にも準備は整った。諒太はロークアットの肩をポンと叩く。
「姫君、それでは通りに出て客引きだ……」
「は、はぁ……。したことがありませんので、上手くできるか分かりませんけれど……」
とりあえず、やってみますとロークアット。一人大通りへと出ては客引きを始める。
「皆様、ロークアットでございます。本日はお集まりいただき恐縮です……」
何だか政治的な雰囲気だが、初めての客引きなのだから仕方がない。
諒太は申し訳ないと思いつつも笑ってしまう。だが、感謝もしている。断っても構わない役目を彼女は請け負ってくれたのだから。
「アトリエ『リョウ』が本日めでたく開店できましたことには感謝しかございません。地域振興の一環にもなればと王家御用達とさせていただいております……」
想像していた客引きとは一線を画する。まるで演説のようであり、住民たちは雑談一つすることなく、彼女の話に聞き入っていた。
「この髪留めをご覧ください。まるで黄金のようでございましょう? 繊細なデザインは女性の魅力を引き立ててくれるはず。これが僅か500ナールでございます」
言ってロークアットは身体を翻し、髪留めをお披露目する。
美しい銀髪がふわりと拡がっては、やがて彼女の小さな身体を優しく包み込んでいく。ファンタジー満載のセイクリッド世界であっても、幻想的な美しさを全員が感じていたことだろう。
続いてロークアットがネックレスとブローチ、そして指輪を紹介する。ようやくと彼女も宣伝に慣れてきたのか、笑顔で力説し住民たちから拍手をもらっていた。
「さあ、どうぞ! 実際にお手にとって見てくださいまし! 売り上げは店主リョウの利益となりますが、最終的にわたくしの元へと届きます。そのお金は地域振興に役立てたい。貴族街に負けぬ美しい街並みを作り上げたいと考えております」
盛大な拍手のあと、ロークアットが扉を開いた。すると、これまで遠巻きに見ていた民衆が少しずつ近付いてくる。
まず真っ先に中へと入ったのは若い女性であった。やはりモデルに感化されたのだろう。彼女はロークアットと同じ髪留めを手に取っている。
「いらっしゃい!」
諒太が声をかけると、彼女は会釈を返す。けれど、直ぐさま驚いた顔をして諒太を見ている。
「貴方が店主? 先ほど錬成していた……」
彼女もまた諒太が建物全体を錬成した瞬間を見ていたらしい。ならば店主が誰であるのか明らかであったはずが、問いを返さずにはいられなかったようだ。
「ああ、首のこれが気になるのか? 俺は店主であると同時に、殿下の借金奴隷だからね。お店の売り上げで返済していくつもりなんだ」
「ああ、そうだったのね。でもこの商品クオリティだったら、借金なんて直ぐに返済できそうよ? 私はこれが気に入ったわ!」
言って彼女は現金にて支払っていく。初の売り上げである。100ナール銅貨が五枚。幾度となく手にしていたけれど、この度の硬貨には重みを感じていた。
「ありがとうございました!」
彼女が店を出て行くや、見物人に徹していた女性たちがこぞって押しかけてくる。中には男性の姿もあり、狭い店内は客でごった返してしまう。
「リョウ様!」
「ロークアット、効果がありすぎだよ……」
瞬く間に商品が売れていく。カード支払いに対応していないため、現金がレジ箱に溢れそうになっている。
ロークアットが接客を手伝ってくれたことで過度に待たせることはなかったのだが、在庫がなくなるまで忙しなく働くことになった。
最後の指輪を手に取った女性。色も形も選べなかったけれど、彼女は商品が残っていたことを素直に喜んでいる。
「店主さんって、殿下の恋人なの?」
ニヤつきながら彼女が聞く。諒太が奴隷であるのは明らかだが、姫殿下と諒太が名前を呼び合っていること。更にはロークアットが敬称を付けて呼んでいることも、そんな憶測へと結びついているらしい。
「いやいや、借金奴隷である俺のご主人様だよ?」
「でも呼び捨てにしてるでしょ? 殿下を呼び捨てにできる人なんて女王陛下くらいよ」
そういえばそうかもしれない。最初に会ったときから、諒太は呼び捨てなのだ。ロークアットが構わないというから、そのまま呼んでいただけだが、やはり諒太は距離感を間違えているのかもしれない。
「俺は貴族でもないからね。殿下と恋人だなんておこがましいよ。俺は君と同じ一般人。だから、これからも贔屓にしてくれよ? 君の髪に似合う髪留めを用意しとくから……」
諒太の話に彼女は顔を紅潮させた。耳まで沸騰しているかのように真っ赤である。
どうしても二つ名の軟派士が仕事をしてしまう。分かっていたというのに、諒太は女性を魅了してしまうのだ。
刹那に背中に痛みを感じていた。かといって、それは気のせいなどではない。背後に立つロークアットが明確につねっていたからである。
「痛たたっ!」
「リョウ様、お客様を困惑させてはなりません!」
振り返ると膨れ顔をしたロークアットがいた。彼女の様子に購入者の女性はそそくさと去って行く。まるで全てを察したかのような表情をして……。
何はともあれ、完売である。相当な量を用意したというのに、売り切れてしまった。一日の売り上げが八万ナールになるだなんて考えもしないことである。
「これなら返済できる……」
諒太は自信を深めていた。明日には給金の百万が入ることだし、借金の残高はギルドカードを金額を含めると84万となる。
ズル休みをするならば、連休はあと九日残っている。売り上げを伸ばして行けたのなら、何とか連休中に返済できそうだ。
諒太は明日に期待をして、入り口の標識をCLOSEと裏返すのであった……。
すれ違うプレイヤー全員が三人を振り返っていた。
皇国においてアアアアは最も有名な廃プレイヤーである。彼のレベリング自体は決して珍しくなかったけれど、勇者ナツとパーティーを組んでクラフタットを彷徨いているのだ。新鮮でありつつ、懐かしくも感じられている。
「ココちゃん!」
生産職通りにある人気店。カモミールの店先にフレンドを見つけた夏美が駆けていく。
「ナッちゃん、久しぶり! 贔屓を変えたのかと思ったよ?」
「いやいや、そんなことはないよ! じゃあ、何か買っていこうかな?」
夏美が商品を眺めていると、彩葉とアアアアもカモミールにやって来た。
「おお! これは豪華なパーティーだね? 何ヶ月ぶりだろ?」
ココが言った。やはり気になるのは夏美とアアアアがパーティーを組んでいることだ。βテスト時から何度も見た光景であるけれど、アアアアがガナンデル皇国に移籍してからは一度として見ていない。
「ココさん、久しぶりに楽しませてもらうよ。まあ戦闘イベントじゃないけどな?」
「アアアアさんのバイタリティは凄いですよね。PMしながら、ちゃんとレベリングもしてるし。わたしはなかなかレベリングまで手が回らないよ」
「ココさん! 私もいるんだけど!?」
三人の会話に彩葉が加わる。どうやら外見を変更しすぎたイロハは気付いてもらえなかったらしい。
「ああ、イロハちゃんだったの? ごめんごめん、すっかり悪役令嬢だね?」
「そうなの! 私に逆らうと、カモミールを営業停止にしますわ!」
四人が笑い合う。全員が懐かしく感じていた。βテストから一年。何度も見た光景を各々が思い出している。
「三人がパーティーってことはイベントに参加するのね? だったら、ウチのライラちゃんに話を聞いてみなよ? どうも情報提供NPCに選ばれたみたいよ」
ここで有益な情報がもたらされた。ココが雇っているNPCの女性。ライラはイベント情報提供者であるらしい。
「良い情報をありがとう。あとで俺も何か買うよ」
「はぁい、まいどありぃ!」
アアアアは早速とライラに話しかけてみる。
ライラはドワーフの少女。赤茶けた髪を後ろで三つ編みにしている。彼女はココが留守をする間の販売員であるようだ。
「えっとライラちゃん、俺たちはロークアット殿下を探しているんだが、何か知っているか?」
アアアアが話しかけると、ライラは顔を真っ赤にした。どうしてか質問に答えることなく、アアアアから視線を外している。
「ちょっと、アアアアさん! うちのライラちゃんを口説かないでくれるかな?」
「いやすまん! そういや今は好感度三倍キャンペーン中だったか……」
それはガナンデル皇国移籍キャンペーンにおける特典の一つだ。魅力値が通常効果の三倍となっており、既存の移籍済みプレイヤーにも適応されている。
「さっすが、受付嬢キラー!」
「るっさい! 嫌味を言うならイロハも口説いてやるぞ?」
かつてアアアアは冒険者ギルドの受付嬢を口説いた経験があった。それもアクラスフィア王国センフィスの冒険者ギルドだけでなく、スバウメシア聖王国エクシアーノの冒険者ギルドでも。
看板娘の二人を口説き落としてしまった彼は受付嬢キラーの称号を得たらしい。
「ほう、じゃあやってみなよ? キュンとさせられたら、結婚してあげよう!」
「言ったな? これから華麗なプレイでキュンキュンさせてやるぜ!」
またも大笑いの四人。ライラの話を聞くことも忘れ、雑談に花を咲かせていた。
本当に懐かしく楽しかった記憶を全員が思い出している。
「いやぁ、ベータの頃って一番楽しかったよね?」
夏美が笑みを浮かべながら言った。現状の彼女はレベリングに精を出すあまり、当時よりも楽しめていないらしい。
「それな。右も左も分からんかったし、毎日が冒険だったよな。まあでも、大福の声掛けでセイクリッドサーバーに入って良かったと思ってる……」
「それはありますねぇ。わたしや越後屋さんも贔屓が多かったセイクリッドサーバーを選びましたし」
どうやらセイクリッドサーバーに廃人が集まってしまったのは、いちご大福の声掛けによるものであったようだ。彼らに関連したフレンドたちもこぞってセイクリッドを選んだ結果、各サーバーに先んじてイベントが発生する事態を生んでいる。
「やっぱゲームは死ぬ気でやらないとね! 周りがヌルいと張り合いがないもん!」
「ナッちゃんの負けず嫌いは相変わらずか?」
「負けたら楽しくないよ。このイベントは全サーバー同時開催だけど、絶対にセイクリッドサーバーが一番にクリアしよう!」
再び笑い声が木霊する。夏美の話にアアアアはようやくと思い出していた。自分たちは談笑するために集まったのではないことを。
任せろと返答しつつも、アアアアはライラに質問をする。迷子のロークアットを見かけなかったかと。
「ロークアット殿下らしきエルフでしたら、今朝方見かけました。彼女は街の外へ向かっていたようです。西門の方向でしたね……」
考えていたより重要な情報であった。恐らくイベントはポイントとなる会話を聞くことによって進んでいくはず。ライラの話は次の目的地を暗に示す内容であった。
「西門? 他には?」
「いえ、それだけです。申し訳ございません。ぽっ……」
最後の『ぽっ』に彩葉が薄い視線を向けている。元来、魅力値が高めであるアアアア。三倍の効果は凄まじいなと彼女は呆れていた。
「とりあえず、西門へ行くよ。ココさん、ありがとう」
「いえいえ、色々買ってくれてありがとね!」
特に必要のないポーションケースや矢筒をアアアアは買っていた。恐らくは情報提供のお礼も兼ねていたのだろう。
三人はカモミールを離れて西門へと向かう。だが、西門は東門や北門に比べると寂れており、繁華街からも遠かったためイベントの中心になることはなかった。
とはいえライラの情報では迷子イベントの重要地点である。アアアアを先頭にして三人は西門へと向かっていく……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
店舗が完成した諒太はOPENと書かれたプレートを扉にぶら下げた。
お店の回りには既に人集りができており、タイミングさえ通知すれば押し寄せてくると思われる。
しかし、誰もが遠巻きに見ているだけ。近付いてすら来なかった。
「これだけ注目されているのに……」
「価格的にも適正だと思うのですが……」
恐らく原因は一つ。分かりきっていたことであるが、彼らが踏み込めない理由を諒太は推し量っている。
「きっと、お姫様が中にいるからだろう……」
「はい? わたくしが原因なのでしょうか?」
間違いないと思う。通りでは近付いてきても、小さな空間で一緒にいるなんて話は別である。全員が無礼になることを恐れているはずだ。
「では、わたくしはお城に戻った方がよろしいですか?」
寂しそうな表情を浮かべるロークアット。さりとて、それが最善策であるのは明らか。しかしながら、諒太は首を振って否定している。
「いや、ロークアットには頼みがある……」
こうなれば利用できるものは全て使う。たとえそれが王女殿下であろうと……。
「売り子をしてくれ――――」
王女殿下への頼み事としては最低の部類に入るだろう。しかも諒太は彼女の奴隷である。立場も義務もあったものではないけれど、彼女自身が買ってくださいと声をかけてくれるだけで状況は一変するはずだ。
「売り子……ですか?」
「とりあえず高級品はアイテムボックスにしまってくれ。代わりに店の商品を身につけて欲しい」
「ああ、モデルになるということでしょうか?」
察しが良いロークアット。モデルといえば聞こえは良いが、諒太が考えているのは完全な客寄せパンダである。よって苦い顔をしながらも、頷きを返していた。
「ロークアットは銀色の髪だからな。少し派手な金色の髪留めでも似合うはず。ブローチは青いドレスの邪魔にならない薄緑のこれにしよう……」
コーディネートなどしたことはない。あったとしてゲームのキャラメイクくらいだ。しかし、ここは知識など関係なく、感じるがままロークアットをコーディネートするだけ。メインヒロインを創造するつもりで諒太は仕上げていく。
「ネックレスもシンプルなデザインがいいな。指輪は好きなのを選んでくれないか?」
全体的な印象は派手すぎず、地味すぎず。自画自賛のキャラメイクが完成していた。
残りは指輪だけであったのだが、諒太は彼女に選んでもらうことにしている。
「それではこれを……」
ロークアットが手に取ったのは商品の中では高めの600ナールという指輪であった。
透明の極小カットガラスが幾つも輝く諒太の自信作。素材は安物であったけれど、出来映えは高級感に溢れている。だからこそ600ナールという値札を付けたのであり、それでも売れると考えていた。
「高額商品を選んでくれて助かる……」
「いえ、お値段じゃなく、単に気に入ったからですわ」
そう言われると悪い気はしない。諒太は照れ隠しに鼻先を掻きながら、控えめな笑顔を返している。
髪留めにネックレス、更にはブローチ。最後は指輪でロークアットのコーディネートが完成した。
改めて素材の良さが際立っているように思う。派手な金色の髪留めでさえ、霞むほどに彼女は美しかった。
ロークアット自身も全身鏡にて確認しているが、笑顔の彼女を見ると安物であっても気に入ってくれたのだと思える。
「リョウ様、髪留めは特に素晴らしいですわ。主張しながらも、シンプルに感じるデザインがとても良いです。凄く気に入りました……」
サイドの髪を後ろに集めて留めただけ。実をいうと、それは諒太の好みであった。ポニーテールのように一纏めにするのではなく、美しく長い髪を生かしたかったのだ。
「とても似合ってる。まあ君なら何を着ても付けても似合うだろうけれど……」
「リョ、リョウ様……」
諒太はまたもやらかしている。ついつい好感度を上げてしまうのは、やはり軟派士に昇格した称号のせいかもしれない。
兎にも角にも準備は整った。諒太はロークアットの肩をポンと叩く。
「姫君、それでは通りに出て客引きだ……」
「は、はぁ……。したことがありませんので、上手くできるか分かりませんけれど……」
とりあえず、やってみますとロークアット。一人大通りへと出ては客引きを始める。
「皆様、ロークアットでございます。本日はお集まりいただき恐縮です……」
何だか政治的な雰囲気だが、初めての客引きなのだから仕方がない。
諒太は申し訳ないと思いつつも笑ってしまう。だが、感謝もしている。断っても構わない役目を彼女は請け負ってくれたのだから。
「アトリエ『リョウ』が本日めでたく開店できましたことには感謝しかございません。地域振興の一環にもなればと王家御用達とさせていただいております……」
想像していた客引きとは一線を画する。まるで演説のようであり、住民たちは雑談一つすることなく、彼女の話に聞き入っていた。
「この髪留めをご覧ください。まるで黄金のようでございましょう? 繊細なデザインは女性の魅力を引き立ててくれるはず。これが僅か500ナールでございます」
言ってロークアットは身体を翻し、髪留めをお披露目する。
美しい銀髪がふわりと拡がっては、やがて彼女の小さな身体を優しく包み込んでいく。ファンタジー満載のセイクリッド世界であっても、幻想的な美しさを全員が感じていたことだろう。
続いてロークアットがネックレスとブローチ、そして指輪を紹介する。ようやくと彼女も宣伝に慣れてきたのか、笑顔で力説し住民たちから拍手をもらっていた。
「さあ、どうぞ! 実際にお手にとって見てくださいまし! 売り上げは店主リョウの利益となりますが、最終的にわたくしの元へと届きます。そのお金は地域振興に役立てたい。貴族街に負けぬ美しい街並みを作り上げたいと考えております」
盛大な拍手のあと、ロークアットが扉を開いた。すると、これまで遠巻きに見ていた民衆が少しずつ近付いてくる。
まず真っ先に中へと入ったのは若い女性であった。やはりモデルに感化されたのだろう。彼女はロークアットと同じ髪留めを手に取っている。
「いらっしゃい!」
諒太が声をかけると、彼女は会釈を返す。けれど、直ぐさま驚いた顔をして諒太を見ている。
「貴方が店主? 先ほど錬成していた……」
彼女もまた諒太が建物全体を錬成した瞬間を見ていたらしい。ならば店主が誰であるのか明らかであったはずが、問いを返さずにはいられなかったようだ。
「ああ、首のこれが気になるのか? 俺は店主であると同時に、殿下の借金奴隷だからね。お店の売り上げで返済していくつもりなんだ」
「ああ、そうだったのね。でもこの商品クオリティだったら、借金なんて直ぐに返済できそうよ? 私はこれが気に入ったわ!」
言って彼女は現金にて支払っていく。初の売り上げである。100ナール銅貨が五枚。幾度となく手にしていたけれど、この度の硬貨には重みを感じていた。
「ありがとうございました!」
彼女が店を出て行くや、見物人に徹していた女性たちがこぞって押しかけてくる。中には男性の姿もあり、狭い店内は客でごった返してしまう。
「リョウ様!」
「ロークアット、効果がありすぎだよ……」
瞬く間に商品が売れていく。カード支払いに対応していないため、現金がレジ箱に溢れそうになっている。
ロークアットが接客を手伝ってくれたことで過度に待たせることはなかったのだが、在庫がなくなるまで忙しなく働くことになった。
最後の指輪を手に取った女性。色も形も選べなかったけれど、彼女は商品が残っていたことを素直に喜んでいる。
「店主さんって、殿下の恋人なの?」
ニヤつきながら彼女が聞く。諒太が奴隷であるのは明らかだが、姫殿下と諒太が名前を呼び合っていること。更にはロークアットが敬称を付けて呼んでいることも、そんな憶測へと結びついているらしい。
「いやいや、借金奴隷である俺のご主人様だよ?」
「でも呼び捨てにしてるでしょ? 殿下を呼び捨てにできる人なんて女王陛下くらいよ」
そういえばそうかもしれない。最初に会ったときから、諒太は呼び捨てなのだ。ロークアットが構わないというから、そのまま呼んでいただけだが、やはり諒太は距離感を間違えているのかもしれない。
「俺は貴族でもないからね。殿下と恋人だなんておこがましいよ。俺は君と同じ一般人。だから、これからも贔屓にしてくれよ? 君の髪に似合う髪留めを用意しとくから……」
諒太の話に彼女は顔を紅潮させた。耳まで沸騰しているかのように真っ赤である。
どうしても二つ名の軟派士が仕事をしてしまう。分かっていたというのに、諒太は女性を魅了してしまうのだ。
刹那に背中に痛みを感じていた。かといって、それは気のせいなどではない。背後に立つロークアットが明確につねっていたからである。
「痛たたっ!」
「リョウ様、お客様を困惑させてはなりません!」
振り返ると膨れ顔をしたロークアットがいた。彼女の様子に購入者の女性はそそくさと去って行く。まるで全てを察したかのような表情をして……。
何はともあれ、完売である。相当な量を用意したというのに、売り切れてしまった。一日の売り上げが八万ナールになるだなんて考えもしないことである。
「これなら返済できる……」
諒太は自信を深めていた。明日には給金の百万が入ることだし、借金の残高はギルドカードを金額を含めると84万となる。
ズル休みをするならば、連休はあと九日残っている。売り上げを伸ばして行けたのなら、何とか連休中に返済できそうだ。
諒太は明日に期待をして、入り口の標識をCLOSEと裏返すのであった……。
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
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おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
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凡人がおまけ召喚されてしまった件
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