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第四章 穏やかな生活の先に
アトリエ
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昼食を済ませた諒太はロークアットと共にエクシアーノを散策していた。流石に注目を浴びてしまうが、ロークアットはよく街を彷徨いているらしく、過度に人集りができるということはない。
「リョウ様、このアクセサリーを見てください!」
露店巡りをしていると、ロークアットが指をさす。
それは精霊をモチーフにしたブローチであった。精霊信仰が根強いエルフならではであろう。可愛らしい造形にロークアットは目を細めている。
利子を支払えなかった諒太の所持金は十万ナール弱。意外にも足りなかった場合は徴収されないらしい。300ナールのブローチくらい余裕で買えたのだが、諒太はある閃きを覚えていた。
「これくらいなら作れる――――」
完全な独り言であったものの、ロークアットが諒太を振り返る。確かに彼女は買ってもらおうとしていたのだが、諒太の話はそれ以上に彼女を期待させてしまう。
「本当でしょうか!? わたくし、これが欲しいです!」
迂闊だったかと思いつつも、諒太は頷きを返す。妖精女王のローブ(改)を作るよりもずっと楽だと思えたからだ。錬金術の練習にもなるし、引き受けたとして問題はない。
「じゃあ、素材を買いに行こうか……」
「リョウ様は何でもこなされるのですね? わたくし、実をいうと錬金術があまり得意ではないのですよ……」
ロークアットによると鍛造や加工が得意なドワーフとは異なり、エルフは基本的に錬金術を嗜むらしい。ただ錬金術は無属性魔法の括りであるため、少なからず得手不得手があるようだ。誓いのチョーカーを作り出したロークアットであるけれど、彼女は苦手なのだと話す。
ロークアットに連れられ、諒太は素材を購入する。下地となるゴールドやシルバーだけでなく、彩色用にカラフルなガラス玉も同時購入していた。
「じゃあ、一度城に戻るか。作業場がないし……」
「それなら、大通りに良い物件がございます!」
流石は王族である。エクシアーノという大都会のメインストリートに物件を持っているなんて。流石に諒太は呆れるしかなかった。
ロークアットに案内された先は、やはりメインストリート沿いである。しかし、想像していた豪華な建物ではなく、意外にも質素な一軒家であった。
スバウメシア聖王国ではよく見る尖った屋根の建物。赤い屋根が目立つくらいで、完全に景観の一部となっている。
「この建物はお父様が倉庫として使っていたものらしいのです」
「いちご大福閣下の倉庫なのか……?」
「売りに出されたこともあるらしいのですが、売れなかったそうで今に至ります。一応は聖王国の所有物になっていますね……」
元々、存在した建物をいちご大福が買ったのだろう。従って運営は所持品を抹消するだけで建物は残したのだと思われる。
「これは良い物件だな? 俺が欲しいくらいだ……」
「それでしたらどうぞ! どうせ使っておりませんので、リョウ様のお役に立てるのでしたら。ただし、奴隷契約が終了してからですよ?」
諒太は釘を刺されてしまう。ここで寝泊まりしようと考えていたのだが、残念ながら主人はそれを許してくれそうにない。
「ああ、分かってるって。それじゃあ、錬成を始めようか……」
一階の机に素材を並べる。シルバーとゴールドのインゴットを重ね、周囲にはガラス玉を配置している。
意匠があるのか分からないが、諒太は先ほど見たブローチのデザインを思い浮かべた。
輝く髪をなびかせるシルフ。オリジナル要素として色鮮やかなガラス玉にて彩色し、黄金の服を身に纏わせる。また諒太は髪留めとしてロークアットにプレゼントしようと考えていた。
「錬成……」
諒太は素材に手を当て、魔力を注ぎ込む。そんな今も完成品をイメージしながら、少しずつ注ぎ込んでいく。
次第に素材が輝き出す。それは魔力を注ぐほどに白く眩しい光となり、やがて全ての素材を輝きが包み込んでいった。
「彼女に似合う上品で高級感のあるものに……」
ロークアットに贈るものだ。ソラの服とは意味合いが異なる。絶対に失敗しないようにと、諒太は目を瞑ってイメージを明確にした。
目映い輝きが消え失せると、そこにあった素材はなくなり、代わりとしてロークアットが望んだままのアクセサリーが現れている。
『錬金術の熟練度が11になりました』
レベルアップの通知はそのまま錬金成功を意味している。目視による確認を肯定するだけであった。
諒太は一つ頷いてから、ロークアットと視線を合わせる。
「どうかな……?」
「す、凄いです! こんなにも速い錬成は見たことがありません! しかも、この精密さはどうなのです!?」
ロークアットはプレゼントに感激するよりも、作業工程に感動していた。諒太としては不本意だが、やはり錬金術のセンスはリナンシーが評価したままに十分であるらしい。
「驚きました! リョウ様はこれだけの技術を何処で学ばれたのでしょう!?」
今もまだロークアットは髪留めを気にすることなく、技術の由来を問い質す。せっかく作ったというのに、机に放置されたままだ。
「ああいや、リナンシーに習った……」
「リナンシー様ですか! それならば納得です! あの方は自然創造が得意ですからね!」
ポンと手を叩くロークアット。ようやく諒太の技術について納得したらしい。疑問を解消できた彼女は満足そうな笑みを浮かべている。
「ところで、ロークアットさん? せっかく作ったのに、ブローチの感想がないのはどういうことかな?」
「ああ、すみません! ……ってこの髪留め……」
言ってロークアットは息を呑んだ。先ほどは諒太の錬金術に感動したばかりの彼女。手に取った髪留めを見ては呆然と頭を振る。
「上位変換……?」
何だか分からぬ問いに、諒太は首を傾げる。しかし、聞き覚えがあった。そういえばリナンシーが話していた。諒太が錬金術にて性質を変換したことを。
「地金はミスリルとなっていますし、ガラス玉は金剛石じゃないですか!?」
「金剛石ってダイヤモンド? 宝石ってことか?」
「とても高価な宝石です! 確かガラス玉を購入されましたよね!? レベルは低いのですが、わたくしの鑑定眼には金剛石と出ております!」
どうしてか装飾に使ったガラス玉は金剛石となってしまったらしい。だが、やはり諒太には思い当たる節があった。
『ソラは錬成により【セイレーン】から【エンジェル】に進化しました――――』
明らかにあの錬成はおかしかった。通常の進化形態とは違ったはず。悪属性が善属性となっただけでなく、種族まで変換してしまったのだ。
「イメージが反映されすぎたのか……?」
確かにソラの衣服は天使をイメージしていた。更には、この髪留めも高級感を意識していたのだ。結果として諒太が望んだままに錬成が完了している。
「特級の錬金術師にもあの素材から、この髪留めは錬成できませんよ!?」
そう言われても作ってしまったのだ。この件に関しての原因は間違いなくリナンシーであろう。元々の素質に加えて、リナンシーが持つ自然創造力が影響したのだと思われる。
「それでロークアット、この髪留めはいらんのか?」
いつまでもプレゼント自体を評価しないロークアットに諒太は意地悪を言う。流石の彼も気分を害してしまったようだ。
「ああいえ! そういうわけでは……」
「俺は別にインゴットに戻しても構わんのだが……」
「やめてくださいまし! 欲しいです! 買い取りたいくらいに! 寧ろ、お幾らでしょうか!?」
髪留めをギュッと握り締めたロークアットは絶対に返すつもりがないようだ。
さりとて諒太も本気ではない。気に入ってもらえたのなら本望である。
「それ売れると思うか?」
ロークアットの話に諒太は希望を見出していた。膨大な借金を抱える諒太は何かしらの金策が必要なのだ。
「この出来映えなら一万ナールはするかと思います。性質変換など一般的ではありませんし、普通に高価な商品として売れるかと……」
ロークアットの評価に諒太は決意する。借金完済の望みを錬金術に託してみようと。
起死回生とも言うべき光が射し込んできた。奴隷生活を早期に終えるため、諒太は取るべき行動を口にしている。
「ここで俺はアトリエを開こうと思う――――」
「本気でしょうか? 確かにこの製品なら、一万ナール程度の価値がございますけれど、このエリアに住む市民には手が出ないかと思われます。ここは一般階級層の生活エリアですので、貴族街のように高額品を買い求める者などおりません……」
ところが、意気込みを挫くかのような話が続く。いちご大福の倉庫がある場所は貴族たちが寄りつかないエリアであるらしい。一万ナールだなんて高額商品が売れるはずもなかった。
「じゃあ、どれくらいなら売れる?」
「一般階級ですと髪留めには出せても千ナール。一般的な相場でしたら500ナールまででしょうか。それでも市民には高級品です……」
一度に価値が下がってしまう。この度はロークアットに贈るため、シルバーとゴールドのインゴットを使用している。従って販売額を仕入れが上回ることになった。
「じゃあ、鉄と真鍮で作れば何とかなるか……」
「それならば市民にも手が届くかと。ですが、間違っても上位変換などしないようお願いしますね? 相場が崩れてしまいますので……」
流石に諒太も貴金属を大量生産するつもりはない。イメージするとき、必要以上に高級感を求めなければいいはずだ。
「了解した。ペンダントとか指輪とかも売れる?」
「もちろんです! わたくしが欲しいくらいですわ!」
「稼ぎが出たら、君にはちゃんとしたものを作るから……」
飛び跳ねて喜ぶロークアット。諒太が店を始めることに、もう異論はないようだ。
「それではリョウ様、買い出しに行きましょう!」
早速と髪留めを取り付けたロークアットに再び手を引かれる。市民には誤解を招くだろうが、奴隷の首輪がある以上は深読みされることなどないはずだ。
商品となる鋼材とガラス玉を大量に購入し、看板となる木の板と塗料も併せて手に入れた。あとは開店準備をするだけである。
まずは看板作りだ。かといって諒太は自分で書くつもりなどない。下手にDIYするよりも錬成した方が無難であるのだから。
「リョウ様、看板には是非、スバウメシア王家の家紋を入れてくださいまし! 王家の御用達とすれば、少しくらい高くても購買意欲を掻き立てるはずです」
「マジで? そりゃ俺は助かるけど、市民と喧嘩になるのは嫌だぞ?」
「問題ありませんよ。何しろ、もう近所の方々は、わたくしたちが一緒に行動しているところを見ているのですし」
そういえばそうかもと諒太。二人して何度も出入りしているのだ。諒太が使用人であり、姫殿下がオーナーであるという認識は少なからず持ってもらえるだろう。しからば、諒太はロークアットに甘える格好で王家の家紋を看板に錬成するべきだ。
「じゃあ、錬成を始める」
豪華になりすぎないように。かといってアピールできるほどには目立つイメージ。諒太は細心の注意を払いながら錬成を終えている。
「こ、これは……?」
またもやロークアットが息を呑む。それもそのはず、諒太はまたもやり過ぎてしまった。
木板であったはずが、どうしてかまたも貴金属的なものに変質してしまったのだ。
「まいったな……。余計なイメージが入ったみたいだ……」
「凄まじいですね……。上位変換は一段階引き上げるのも難しいのですよ? まして木材を金属化するだなんてリョウ様の錬成は……。まあでも、これはこれで良いではないですか? 術士の技量がよく分かりますし……」
ロークアットは驚きながらも、製作した看板を褒めてくれる。市場を混乱させる製品でなければ構わないのかもしれない。
「じゃあ、商品作りに取りかかろう……」
諒太は手始めにリングを製作。イメージは森の民。三枚の木の葉が中心から開いたようなデザインである。それぞれにガラス玉で色づけをすれば素敵なリングになりそうだと。
リングが完成した直後、ロークアットの薄い視線が突き刺さる。それは当然のこと錬成に失敗したからだ。さりとて造形をミスしたわけではない。諒太は質素にするといいつつも、至高の指輪を製作してしまったのだ。
「上質な白銀の下地にガーネットとエメラルド、サファイアの葉が色鮮やかで素敵ですわね。これ以上ないほど贅沢で素晴らしい逸品ですわ。社交界にて披露すれば、きっと上位貴族様にも大絶賛されましょう……」
「おかしいな……。特に豪華な指輪を作ろうとしたわけでもないのだけど……」
「リョウ様はこれまでまともに錬成されたことがあるのでしょうか?」
失敗は仕方がないとして、対策を立てるべくロークアットが聞いた。
熟練度はレベル11であるが、本日まで錬成したのは二回だけだ。まともにという括りであれば、竜魂を錬成した一回だけとなる。
「竜魂を無双の長剣に錬成した。これは普通に上手くできたと思う」
言って諒太は無双の長剣をロークアットに見せた。
受け取ったロークアットは早速と鑑定をする。整った顔つきに不似合いなシワを眉間に幾つも浮かべながら……。
「リョウ様、これが普通ですか? 与ダメージ200%増とかどうなっているのです?」
「いや、そのままの意味だと思うが……」
諒太の返答を受けて、はぁぁっと長い息を吐くロークアット。どうにも見当外れといった風に。諒太の認識が間違っていると言いたげだ。
「リョウ様、通常の付与錬成は100%に近付けるように錬成するのです。属性付与で200%増など聞いたことがありません……」
深く考えていなかったけれど、そういえば増となるのだから100%増で二倍であった。つまるところ、諒太の付与は三倍を意味している。
「何にせよ、リョウ様が普通の錬成をできないのは理解できました……」
「いや、リナンシーは俺なら余裕だっていってたぞ? 絶対に失敗しないとか、容易いだとか……」
「それは恐らくリナンシー様の尺度による解釈です。人外ですよ? あの方は……」
そういえば神に匹敵する存在というリナンシー。彼女が考える錬金術は一般のイメージと異なっているのかもしれない。
「流石に宝石を散りばめたアクセサリーを500ナールで売るわけにはなりません。やはり高級店とするしか……」
「マジか? 売れるかなぁ……」
一般市民のエリアとのことで、確かに行き交う人々は庶民的な格好をしている。どう考えても場違いな商品となるだろう。
「ちょっと待て、リナンシーと話をしてみる……」
確実に寝込んでいるはずだが、諒太は右手の痣に意識を集中し、心の中心へと話しかけてみる。念話よりも、もっと深く中心に……。
『む、婿殿……どれだけ妾を痛めつけるのじゃ……』
案の定、リナンシーは今も寝込んでいる感じだ。心に伝わる声も弱々しい。
『別に痛めつけてるわけじゃないが、ひょっとしてお前は俺が錬金術を使用すると魔力消費するのか?』
『そうなのじゃ……。供給を切断しておるはずなのに、婿殿が錬成するたびに奪われておる。婿殿、錬成はもう止めてくれ……』
やはり上位変換の原因はリナンシーにあるようだ。彼女が持つ自然創造という能力が発現しているらしい。また加護を取り消さなかったせいか、リナンシーは諒太が錬成するたびに魔力を奪われているという。
『残念だが、俺は借金を完済するためにアクセサリーショップを開くことにした。これからも錬金しまくる予定だ……』
『そういえば婿殿はドSであったな……』
嘆息しているはずだが、なぜだか諒太にはニタリと笑うリナンシーの表情が想像できた。またそれは恐らく現実だろうと思う。魂レベルで繋がった諒太にはどうしてか理解できている。
『聞きたいんだが、ガラス玉をガラス玉として錬成するにはどうしたら良い? お前の力が発動して、いつも宝石となってしまうんだよ』
『むぅ、それはそうだろうな……。妾の魔力が残っているうちは上位変換されるじゃろう。ちんけな錬成になるはずがない……』
『ん? てことは連続で錬成しまくれば、そのうち普通の錬成になるってことか?』
『や、やめろ! 死んでしまうではないか!?』
連発で錬成したというのに死んでいない。恐らくはリナンシーの自然回復力が並外れているのだろう。
『これより俺は超上位錬成を行う。お前の魔力を枯渇させたあと、通常の錬成を始める』
『お、鬼じゃ! 婿殿は鬼の化身じゃ!』
『嫌なら加護を取り消せ。できるんだろう?』
ここで諒太は交渉を始める。現実世界にまで粘着する残念妖精との縁を切るべく最後の言葉を告げた。
少しばかりの沈黙。その時間はリナンシーが真面目に思考している証しに違いない。
『嫌じゃ――――』
ところが、諒太の要請は却下されてしまう。このあと錬金術を連発されると知っても、リナンシーは受け入れなかった。
『どうしてだ? 楽になるぞ? 俺は錬金術を使うしかないのだし……』
『嫌じゃ! 婿殿は加護が切れると二度と会いに来ぬ! よって死んでも嫌じゃ!』
なかなか鋭い指摘である。魂レベルで繋がっているからか、諒太の思惑は筒抜けであった。
『じゃあ、覚悟しろ。とりあえず建物全体を上位変換するつもりだ……』
『あ、悪魔じゃぁぁぁっっ!!』
どうしても上位の物質に変換されてしまう原因が分かった。ならば諒太はリナンシーをカラッカラにするだけだ。高級アイテムも品揃えとしては必要だが、メインとなる一般市民の懐に配慮すべきなのは明らかである。
「ロークアット、俺はこれから建物全体を錬成する……」
「えええっ!? そんなこと可能なのでしょうか!?」
驚くロークアットを引き連れ、いちご大福の倉庫を出る。建物の外には見物人が多くいたけれど、諒太は構わず錬金術を使おうと思う。
「残念妖精、覚悟しやがれ……」
王女殿下の姿に見物人が集まっていた。ずっと空き家だった場所で何をしているのかと、全員が興味津々である様子だ。
イメージを明確に。この度はできるだけ豪華な感じ。一応は街並みに配慮するけれど、諒太はシンプルながら高級感を出すつもりだ。
『や、やめるのじゃ……』
不意に声が届くも、諒太は無視して錬成を続ける。イメージしたあとは魔力を注ぎ込むだけだ。
手の平に強い魔力を感じている。けれど、もう慣れたものだ。ファイアーボールを初めて撃ち放ったときとは明確に異なる。今や立派な魔道剣士であり、魔力の扱いは習得できたといっても過言ではないだろう。
「錬成!!」
魔力を一度に注ぐ。残念妖精が干物となるように。ありったけの魔力を奪うために、諒太は錬成を続けた。
『ぐ、ぐぁぁぁああっっ!!』
何だかボスモンスターと戦っている気になってしまう。
錬成によってダメージを受けているのは明らかだが、脳裏に届く悲痛な声は錬成が彼女との戦いであるように感じさせている。
「さあ、全部吐き出せ!」
『やめるのじゃぁぁぁっっ!』
目も眩む輝きに包まれた小屋。ロークアットだけでなく、見守る市民たちも完全に見入っていた。ロークアットに興味を惹かれて集まった者たちだが、今や完全に錬成ショーの観衆となり、諒太の錬成にどよめいている。
「あ、あり得ませんわ……」
あり得ないと言われても実際に錬成中である。諒太は気にすることなく、リナンシーの魔力を奪っていった。
あまりの眩しさに誰もが目を逸らした直後、錬成の光が失われていく。
よくある三角屋根の丸い家だったはず。しかし、露わになるのはストリートの雰囲気に似つかわしくない建物。シックな黒壁の二階建てであり、通りに面した一階は重厚な出入り口を除けば全面ガラス張りである。またガラスの内側には商品を陳列する棚まで備えていた。
『む、無念じゃ…………』
そう聞こえたのを最後に残念妖精リナンシーからの念話は途絶えた。恐らくは魔力を使い切ったに違いない。
「ロークアット、直ぐに商品の製作に入る。今ならば普通の錬成ができるはずだ!」
「は、はい!」
観衆からは割れんばかりの拍手が贈られていたけれど、今は錬成を急ぐ。しばらくすればまた回復してしまうのだ。今のうちに作れるだけを作っておこうと思う。
「錬成!」
諒太は素材を加工台へと置き、即座に錬成を開始する。シンプルなリング。そよ風をイメージした流線型の指輪を作り上げていく。
此度の錬成は直ぐさま輝きが収まっている。失敗したのかと思うほど、輝きは一瞬で失われていた。
「どうだ?」
まずはロークアットに確認。問題がなければ量産していくだけである。
「ああ、これはまさしく錬金術です! 下地も装飾されたガラスも変質しておりません!」
ニヤリとする諒太は一度に十個をイメージしていく。色違いの指輪。ロークアットのお墨付きであれば、在庫を山ほど作ったとして相場に影響しないだろうと。
次々と指輪を製作し、諒太はペンダントや髪留め、更にはイヤリングなども製作している。全てがエルフをイメージした商品であり、棚に並べた直後から人気を博すると疑わない。
「こんなものでどうだ? かなりの数になったけど?」
「リョウ様、魔力は問題ないのでしょうか?」
ズラリと並べられた商品に、ロークアットが聞いた。確かに魔力を使うはずだが、錬成においては一度も目眩を覚えたことなどない。セイレーンをエンジェルへと進化させたときも、倉庫を高級ブティックに変貌させた今でさえも。
「全然、問題ないよ。これは普通の錬成だし……」
「どこが普通なのでしょう? これだけの数を錬成して平然としているなんて異常ですわ」
出鱈目な諒太の錬金術にロークアットはまたも呆れている。しかし、彼女が強気でいられるのはここまでであった。諒太の鋭い切り返しに彼女は態度を翻す。
「まあ確かに異常だったからさ、さっきの指輪を返してくれ。インゴットに戻すよ……」
「っ!?」
指輪は既にロークアットの左手に輝いていた。プレゼントするとは言っていないし、かといって、既に彼女のお気に入りとなっている。
どうしてもロークアットは三つ葉の指輪を返却したくなかった。
「い、嫌……じゃ……」
「急にリナンシー化すんな。君には何の変哲もない『そよ風の指輪』をプレゼントするよ。市場を混乱させる指輪は抹消しなければならないし……」
諒太の追撃にロークアットは顔を真っ赤にしている。彼女もまた頑固であり、負けず嫌いなのだ。完全に言い負かされている現状に悔しさを滲ませていた。
「もう、意地悪言わないでくださいまし! この指輪は社交界に着けていくと決めたのです! わたくしは返却したくありません!」
ぶぅっとらしくない声を出しながら、ロークアットは左手の指輪を右手で覆うように隠す。絶対に返すつもりがないという意思表示なのだろう。
「そ、そうですわ! これは没収いたします! 下手に市場へ出回ってはいけませんからね!」
流石に意地悪が過ぎたように思う。可愛らしく駄々をこねるようなロークアットに諒太は折れることにした。
「しゃーねぇな。それはロークアットにあげるよ。それで少しくらいは高級品を店に置いても良いだろう? 何百個も売れるわけねぇし、市場が混乱しない程度にするからさ」
ここで本題を切り出す。諒太が折れた格好にすることで、ロークアットは断れないはず。策士だと思わなくもないけれど、膨大な借金を抱える諒太は少しでも売り上げを伸ばしたかった。
「しょうがないですわね? まあリョウ様にお任せ致します。借金返済の件もございますし……」
やはり咎められることはない。これにより晴れて諒太は高級品も店頭に並べることができる。スバウメシア王家のお墨付き。下町のストリートであったけれど、いずれは買っていく人も現れるだろう。
ロークアットの同意を得たことで、諒太は商品を並べ始めた。プライスタグも錬成し、通りから見えるように配置していく。
何だかワクワクしてしまう。経営シミュレーションゲームをプレイしたことはあったけれど、戦闘系ゲームにおいて生産職をするのは初めてだ。
自分の店を持ったこと。それはやはり大きな原動力となった。自分の店を自分の力で大きくしていくことはキャラクターを成長させるのと同じような達成感があるだろうと。
最後に看板を取り付けた諒太は絶対に成功すると疑わない。借金を返済できると信じていた……。
「リョウ様、このアクセサリーを見てください!」
露店巡りをしていると、ロークアットが指をさす。
それは精霊をモチーフにしたブローチであった。精霊信仰が根強いエルフならではであろう。可愛らしい造形にロークアットは目を細めている。
利子を支払えなかった諒太の所持金は十万ナール弱。意外にも足りなかった場合は徴収されないらしい。300ナールのブローチくらい余裕で買えたのだが、諒太はある閃きを覚えていた。
「これくらいなら作れる――――」
完全な独り言であったものの、ロークアットが諒太を振り返る。確かに彼女は買ってもらおうとしていたのだが、諒太の話はそれ以上に彼女を期待させてしまう。
「本当でしょうか!? わたくし、これが欲しいです!」
迂闊だったかと思いつつも、諒太は頷きを返す。妖精女王のローブ(改)を作るよりもずっと楽だと思えたからだ。錬金術の練習にもなるし、引き受けたとして問題はない。
「じゃあ、素材を買いに行こうか……」
「リョウ様は何でもこなされるのですね? わたくし、実をいうと錬金術があまり得意ではないのですよ……」
ロークアットによると鍛造や加工が得意なドワーフとは異なり、エルフは基本的に錬金術を嗜むらしい。ただ錬金術は無属性魔法の括りであるため、少なからず得手不得手があるようだ。誓いのチョーカーを作り出したロークアットであるけれど、彼女は苦手なのだと話す。
ロークアットに連れられ、諒太は素材を購入する。下地となるゴールドやシルバーだけでなく、彩色用にカラフルなガラス玉も同時購入していた。
「じゃあ、一度城に戻るか。作業場がないし……」
「それなら、大通りに良い物件がございます!」
流石は王族である。エクシアーノという大都会のメインストリートに物件を持っているなんて。流石に諒太は呆れるしかなかった。
ロークアットに案内された先は、やはりメインストリート沿いである。しかし、想像していた豪華な建物ではなく、意外にも質素な一軒家であった。
スバウメシア聖王国ではよく見る尖った屋根の建物。赤い屋根が目立つくらいで、完全に景観の一部となっている。
「この建物はお父様が倉庫として使っていたものらしいのです」
「いちご大福閣下の倉庫なのか……?」
「売りに出されたこともあるらしいのですが、売れなかったそうで今に至ります。一応は聖王国の所有物になっていますね……」
元々、存在した建物をいちご大福が買ったのだろう。従って運営は所持品を抹消するだけで建物は残したのだと思われる。
「これは良い物件だな? 俺が欲しいくらいだ……」
「それでしたらどうぞ! どうせ使っておりませんので、リョウ様のお役に立てるのでしたら。ただし、奴隷契約が終了してからですよ?」
諒太は釘を刺されてしまう。ここで寝泊まりしようと考えていたのだが、残念ながら主人はそれを許してくれそうにない。
「ああ、分かってるって。それじゃあ、錬成を始めようか……」
一階の机に素材を並べる。シルバーとゴールドのインゴットを重ね、周囲にはガラス玉を配置している。
意匠があるのか分からないが、諒太は先ほど見たブローチのデザインを思い浮かべた。
輝く髪をなびかせるシルフ。オリジナル要素として色鮮やかなガラス玉にて彩色し、黄金の服を身に纏わせる。また諒太は髪留めとしてロークアットにプレゼントしようと考えていた。
「錬成……」
諒太は素材に手を当て、魔力を注ぎ込む。そんな今も完成品をイメージしながら、少しずつ注ぎ込んでいく。
次第に素材が輝き出す。それは魔力を注ぐほどに白く眩しい光となり、やがて全ての素材を輝きが包み込んでいった。
「彼女に似合う上品で高級感のあるものに……」
ロークアットに贈るものだ。ソラの服とは意味合いが異なる。絶対に失敗しないようにと、諒太は目を瞑ってイメージを明確にした。
目映い輝きが消え失せると、そこにあった素材はなくなり、代わりとしてロークアットが望んだままのアクセサリーが現れている。
『錬金術の熟練度が11になりました』
レベルアップの通知はそのまま錬金成功を意味している。目視による確認を肯定するだけであった。
諒太は一つ頷いてから、ロークアットと視線を合わせる。
「どうかな……?」
「す、凄いです! こんなにも速い錬成は見たことがありません! しかも、この精密さはどうなのです!?」
ロークアットはプレゼントに感激するよりも、作業工程に感動していた。諒太としては不本意だが、やはり錬金術のセンスはリナンシーが評価したままに十分であるらしい。
「驚きました! リョウ様はこれだけの技術を何処で学ばれたのでしょう!?」
今もまだロークアットは髪留めを気にすることなく、技術の由来を問い質す。せっかく作ったというのに、机に放置されたままだ。
「ああいや、リナンシーに習った……」
「リナンシー様ですか! それならば納得です! あの方は自然創造が得意ですからね!」
ポンと手を叩くロークアット。ようやく諒太の技術について納得したらしい。疑問を解消できた彼女は満足そうな笑みを浮かべている。
「ところで、ロークアットさん? せっかく作ったのに、ブローチの感想がないのはどういうことかな?」
「ああ、すみません! ……ってこの髪留め……」
言ってロークアットは息を呑んだ。先ほどは諒太の錬金術に感動したばかりの彼女。手に取った髪留めを見ては呆然と頭を振る。
「上位変換……?」
何だか分からぬ問いに、諒太は首を傾げる。しかし、聞き覚えがあった。そういえばリナンシーが話していた。諒太が錬金術にて性質を変換したことを。
「地金はミスリルとなっていますし、ガラス玉は金剛石じゃないですか!?」
「金剛石ってダイヤモンド? 宝石ってことか?」
「とても高価な宝石です! 確かガラス玉を購入されましたよね!? レベルは低いのですが、わたくしの鑑定眼には金剛石と出ております!」
どうしてか装飾に使ったガラス玉は金剛石となってしまったらしい。だが、やはり諒太には思い当たる節があった。
『ソラは錬成により【セイレーン】から【エンジェル】に進化しました――――』
明らかにあの錬成はおかしかった。通常の進化形態とは違ったはず。悪属性が善属性となっただけでなく、種族まで変換してしまったのだ。
「イメージが反映されすぎたのか……?」
確かにソラの衣服は天使をイメージしていた。更には、この髪留めも高級感を意識していたのだ。結果として諒太が望んだままに錬成が完了している。
「特級の錬金術師にもあの素材から、この髪留めは錬成できませんよ!?」
そう言われても作ってしまったのだ。この件に関しての原因は間違いなくリナンシーであろう。元々の素質に加えて、リナンシーが持つ自然創造力が影響したのだと思われる。
「それでロークアット、この髪留めはいらんのか?」
いつまでもプレゼント自体を評価しないロークアットに諒太は意地悪を言う。流石の彼も気分を害してしまったようだ。
「ああいえ! そういうわけでは……」
「俺は別にインゴットに戻しても構わんのだが……」
「やめてくださいまし! 欲しいです! 買い取りたいくらいに! 寧ろ、お幾らでしょうか!?」
髪留めをギュッと握り締めたロークアットは絶対に返すつもりがないようだ。
さりとて諒太も本気ではない。気に入ってもらえたのなら本望である。
「それ売れると思うか?」
ロークアットの話に諒太は希望を見出していた。膨大な借金を抱える諒太は何かしらの金策が必要なのだ。
「この出来映えなら一万ナールはするかと思います。性質変換など一般的ではありませんし、普通に高価な商品として売れるかと……」
ロークアットの評価に諒太は決意する。借金完済の望みを錬金術に託してみようと。
起死回生とも言うべき光が射し込んできた。奴隷生活を早期に終えるため、諒太は取るべき行動を口にしている。
「ここで俺はアトリエを開こうと思う――――」
「本気でしょうか? 確かにこの製品なら、一万ナール程度の価値がございますけれど、このエリアに住む市民には手が出ないかと思われます。ここは一般階級層の生活エリアですので、貴族街のように高額品を買い求める者などおりません……」
ところが、意気込みを挫くかのような話が続く。いちご大福の倉庫がある場所は貴族たちが寄りつかないエリアであるらしい。一万ナールだなんて高額商品が売れるはずもなかった。
「じゃあ、どれくらいなら売れる?」
「一般階級ですと髪留めには出せても千ナール。一般的な相場でしたら500ナールまででしょうか。それでも市民には高級品です……」
一度に価値が下がってしまう。この度はロークアットに贈るため、シルバーとゴールドのインゴットを使用している。従って販売額を仕入れが上回ることになった。
「じゃあ、鉄と真鍮で作れば何とかなるか……」
「それならば市民にも手が届くかと。ですが、間違っても上位変換などしないようお願いしますね? 相場が崩れてしまいますので……」
流石に諒太も貴金属を大量生産するつもりはない。イメージするとき、必要以上に高級感を求めなければいいはずだ。
「了解した。ペンダントとか指輪とかも売れる?」
「もちろんです! わたくしが欲しいくらいですわ!」
「稼ぎが出たら、君にはちゃんとしたものを作るから……」
飛び跳ねて喜ぶロークアット。諒太が店を始めることに、もう異論はないようだ。
「それではリョウ様、買い出しに行きましょう!」
早速と髪留めを取り付けたロークアットに再び手を引かれる。市民には誤解を招くだろうが、奴隷の首輪がある以上は深読みされることなどないはずだ。
商品となる鋼材とガラス玉を大量に購入し、看板となる木の板と塗料も併せて手に入れた。あとは開店準備をするだけである。
まずは看板作りだ。かといって諒太は自分で書くつもりなどない。下手にDIYするよりも錬成した方が無難であるのだから。
「リョウ様、看板には是非、スバウメシア王家の家紋を入れてくださいまし! 王家の御用達とすれば、少しくらい高くても購買意欲を掻き立てるはずです」
「マジで? そりゃ俺は助かるけど、市民と喧嘩になるのは嫌だぞ?」
「問題ありませんよ。何しろ、もう近所の方々は、わたくしたちが一緒に行動しているところを見ているのですし」
そういえばそうかもと諒太。二人して何度も出入りしているのだ。諒太が使用人であり、姫殿下がオーナーであるという認識は少なからず持ってもらえるだろう。しからば、諒太はロークアットに甘える格好で王家の家紋を看板に錬成するべきだ。
「じゃあ、錬成を始める」
豪華になりすぎないように。かといってアピールできるほどには目立つイメージ。諒太は細心の注意を払いながら錬成を終えている。
「こ、これは……?」
またもやロークアットが息を呑む。それもそのはず、諒太はまたもやり過ぎてしまった。
木板であったはずが、どうしてかまたも貴金属的なものに変質してしまったのだ。
「まいったな……。余計なイメージが入ったみたいだ……」
「凄まじいですね……。上位変換は一段階引き上げるのも難しいのですよ? まして木材を金属化するだなんてリョウ様の錬成は……。まあでも、これはこれで良いではないですか? 術士の技量がよく分かりますし……」
ロークアットは驚きながらも、製作した看板を褒めてくれる。市場を混乱させる製品でなければ構わないのかもしれない。
「じゃあ、商品作りに取りかかろう……」
諒太は手始めにリングを製作。イメージは森の民。三枚の木の葉が中心から開いたようなデザインである。それぞれにガラス玉で色づけをすれば素敵なリングになりそうだと。
リングが完成した直後、ロークアットの薄い視線が突き刺さる。それは当然のこと錬成に失敗したからだ。さりとて造形をミスしたわけではない。諒太は質素にするといいつつも、至高の指輪を製作してしまったのだ。
「上質な白銀の下地にガーネットとエメラルド、サファイアの葉が色鮮やかで素敵ですわね。これ以上ないほど贅沢で素晴らしい逸品ですわ。社交界にて披露すれば、きっと上位貴族様にも大絶賛されましょう……」
「おかしいな……。特に豪華な指輪を作ろうとしたわけでもないのだけど……」
「リョウ様はこれまでまともに錬成されたことがあるのでしょうか?」
失敗は仕方がないとして、対策を立てるべくロークアットが聞いた。
熟練度はレベル11であるが、本日まで錬成したのは二回だけだ。まともにという括りであれば、竜魂を錬成した一回だけとなる。
「竜魂を無双の長剣に錬成した。これは普通に上手くできたと思う」
言って諒太は無双の長剣をロークアットに見せた。
受け取ったロークアットは早速と鑑定をする。整った顔つきに不似合いなシワを眉間に幾つも浮かべながら……。
「リョウ様、これが普通ですか? 与ダメージ200%増とかどうなっているのです?」
「いや、そのままの意味だと思うが……」
諒太の返答を受けて、はぁぁっと長い息を吐くロークアット。どうにも見当外れといった風に。諒太の認識が間違っていると言いたげだ。
「リョウ様、通常の付与錬成は100%に近付けるように錬成するのです。属性付与で200%増など聞いたことがありません……」
深く考えていなかったけれど、そういえば増となるのだから100%増で二倍であった。つまるところ、諒太の付与は三倍を意味している。
「何にせよ、リョウ様が普通の錬成をできないのは理解できました……」
「いや、リナンシーは俺なら余裕だっていってたぞ? 絶対に失敗しないとか、容易いだとか……」
「それは恐らくリナンシー様の尺度による解釈です。人外ですよ? あの方は……」
そういえば神に匹敵する存在というリナンシー。彼女が考える錬金術は一般のイメージと異なっているのかもしれない。
「流石に宝石を散りばめたアクセサリーを500ナールで売るわけにはなりません。やはり高級店とするしか……」
「マジか? 売れるかなぁ……」
一般市民のエリアとのことで、確かに行き交う人々は庶民的な格好をしている。どう考えても場違いな商品となるだろう。
「ちょっと待て、リナンシーと話をしてみる……」
確実に寝込んでいるはずだが、諒太は右手の痣に意識を集中し、心の中心へと話しかけてみる。念話よりも、もっと深く中心に……。
『む、婿殿……どれだけ妾を痛めつけるのじゃ……』
案の定、リナンシーは今も寝込んでいる感じだ。心に伝わる声も弱々しい。
『別に痛めつけてるわけじゃないが、ひょっとしてお前は俺が錬金術を使用すると魔力消費するのか?』
『そうなのじゃ……。供給を切断しておるはずなのに、婿殿が錬成するたびに奪われておる。婿殿、錬成はもう止めてくれ……』
やはり上位変換の原因はリナンシーにあるようだ。彼女が持つ自然創造という能力が発現しているらしい。また加護を取り消さなかったせいか、リナンシーは諒太が錬成するたびに魔力を奪われているという。
『残念だが、俺は借金を完済するためにアクセサリーショップを開くことにした。これからも錬金しまくる予定だ……』
『そういえば婿殿はドSであったな……』
嘆息しているはずだが、なぜだか諒太にはニタリと笑うリナンシーの表情が想像できた。またそれは恐らく現実だろうと思う。魂レベルで繋がった諒太にはどうしてか理解できている。
『聞きたいんだが、ガラス玉をガラス玉として錬成するにはどうしたら良い? お前の力が発動して、いつも宝石となってしまうんだよ』
『むぅ、それはそうだろうな……。妾の魔力が残っているうちは上位変換されるじゃろう。ちんけな錬成になるはずがない……』
『ん? てことは連続で錬成しまくれば、そのうち普通の錬成になるってことか?』
『や、やめろ! 死んでしまうではないか!?』
連発で錬成したというのに死んでいない。恐らくはリナンシーの自然回復力が並外れているのだろう。
『これより俺は超上位錬成を行う。お前の魔力を枯渇させたあと、通常の錬成を始める』
『お、鬼じゃ! 婿殿は鬼の化身じゃ!』
『嫌なら加護を取り消せ。できるんだろう?』
ここで諒太は交渉を始める。現実世界にまで粘着する残念妖精との縁を切るべく最後の言葉を告げた。
少しばかりの沈黙。その時間はリナンシーが真面目に思考している証しに違いない。
『嫌じゃ――――』
ところが、諒太の要請は却下されてしまう。このあと錬金術を連発されると知っても、リナンシーは受け入れなかった。
『どうしてだ? 楽になるぞ? 俺は錬金術を使うしかないのだし……』
『嫌じゃ! 婿殿は加護が切れると二度と会いに来ぬ! よって死んでも嫌じゃ!』
なかなか鋭い指摘である。魂レベルで繋がっているからか、諒太の思惑は筒抜けであった。
『じゃあ、覚悟しろ。とりあえず建物全体を上位変換するつもりだ……』
『あ、悪魔じゃぁぁぁっっ!!』
どうしても上位の物質に変換されてしまう原因が分かった。ならば諒太はリナンシーをカラッカラにするだけだ。高級アイテムも品揃えとしては必要だが、メインとなる一般市民の懐に配慮すべきなのは明らかである。
「ロークアット、俺はこれから建物全体を錬成する……」
「えええっ!? そんなこと可能なのでしょうか!?」
驚くロークアットを引き連れ、いちご大福の倉庫を出る。建物の外には見物人が多くいたけれど、諒太は構わず錬金術を使おうと思う。
「残念妖精、覚悟しやがれ……」
王女殿下の姿に見物人が集まっていた。ずっと空き家だった場所で何をしているのかと、全員が興味津々である様子だ。
イメージを明確に。この度はできるだけ豪華な感じ。一応は街並みに配慮するけれど、諒太はシンプルながら高級感を出すつもりだ。
『や、やめるのじゃ……』
不意に声が届くも、諒太は無視して錬成を続ける。イメージしたあとは魔力を注ぎ込むだけだ。
手の平に強い魔力を感じている。けれど、もう慣れたものだ。ファイアーボールを初めて撃ち放ったときとは明確に異なる。今や立派な魔道剣士であり、魔力の扱いは習得できたといっても過言ではないだろう。
「錬成!!」
魔力を一度に注ぐ。残念妖精が干物となるように。ありったけの魔力を奪うために、諒太は錬成を続けた。
『ぐ、ぐぁぁぁああっっ!!』
何だかボスモンスターと戦っている気になってしまう。
錬成によってダメージを受けているのは明らかだが、脳裏に届く悲痛な声は錬成が彼女との戦いであるように感じさせている。
「さあ、全部吐き出せ!」
『やめるのじゃぁぁぁっっ!』
目も眩む輝きに包まれた小屋。ロークアットだけでなく、見守る市民たちも完全に見入っていた。ロークアットに興味を惹かれて集まった者たちだが、今や完全に錬成ショーの観衆となり、諒太の錬成にどよめいている。
「あ、あり得ませんわ……」
あり得ないと言われても実際に錬成中である。諒太は気にすることなく、リナンシーの魔力を奪っていった。
あまりの眩しさに誰もが目を逸らした直後、錬成の光が失われていく。
よくある三角屋根の丸い家だったはず。しかし、露わになるのはストリートの雰囲気に似つかわしくない建物。シックな黒壁の二階建てであり、通りに面した一階は重厚な出入り口を除けば全面ガラス張りである。またガラスの内側には商品を陳列する棚まで備えていた。
『む、無念じゃ…………』
そう聞こえたのを最後に残念妖精リナンシーからの念話は途絶えた。恐らくは魔力を使い切ったに違いない。
「ロークアット、直ぐに商品の製作に入る。今ならば普通の錬成ができるはずだ!」
「は、はい!」
観衆からは割れんばかりの拍手が贈られていたけれど、今は錬成を急ぐ。しばらくすればまた回復してしまうのだ。今のうちに作れるだけを作っておこうと思う。
「錬成!」
諒太は素材を加工台へと置き、即座に錬成を開始する。シンプルなリング。そよ風をイメージした流線型の指輪を作り上げていく。
此度の錬成は直ぐさま輝きが収まっている。失敗したのかと思うほど、輝きは一瞬で失われていた。
「どうだ?」
まずはロークアットに確認。問題がなければ量産していくだけである。
「ああ、これはまさしく錬金術です! 下地も装飾されたガラスも変質しておりません!」
ニヤリとする諒太は一度に十個をイメージしていく。色違いの指輪。ロークアットのお墨付きであれば、在庫を山ほど作ったとして相場に影響しないだろうと。
次々と指輪を製作し、諒太はペンダントや髪留め、更にはイヤリングなども製作している。全てがエルフをイメージした商品であり、棚に並べた直後から人気を博すると疑わない。
「こんなものでどうだ? かなりの数になったけど?」
「リョウ様、魔力は問題ないのでしょうか?」
ズラリと並べられた商品に、ロークアットが聞いた。確かに魔力を使うはずだが、錬成においては一度も目眩を覚えたことなどない。セイレーンをエンジェルへと進化させたときも、倉庫を高級ブティックに変貌させた今でさえも。
「全然、問題ないよ。これは普通の錬成だし……」
「どこが普通なのでしょう? これだけの数を錬成して平然としているなんて異常ですわ」
出鱈目な諒太の錬金術にロークアットはまたも呆れている。しかし、彼女が強気でいられるのはここまでであった。諒太の鋭い切り返しに彼女は態度を翻す。
「まあ確かに異常だったからさ、さっきの指輪を返してくれ。インゴットに戻すよ……」
「っ!?」
指輪は既にロークアットの左手に輝いていた。プレゼントするとは言っていないし、かといって、既に彼女のお気に入りとなっている。
どうしてもロークアットは三つ葉の指輪を返却したくなかった。
「い、嫌……じゃ……」
「急にリナンシー化すんな。君には何の変哲もない『そよ風の指輪』をプレゼントするよ。市場を混乱させる指輪は抹消しなければならないし……」
諒太の追撃にロークアットは顔を真っ赤にしている。彼女もまた頑固であり、負けず嫌いなのだ。完全に言い負かされている現状に悔しさを滲ませていた。
「もう、意地悪言わないでくださいまし! この指輪は社交界に着けていくと決めたのです! わたくしは返却したくありません!」
ぶぅっとらしくない声を出しながら、ロークアットは左手の指輪を右手で覆うように隠す。絶対に返すつもりがないという意思表示なのだろう。
「そ、そうですわ! これは没収いたします! 下手に市場へ出回ってはいけませんからね!」
流石に意地悪が過ぎたように思う。可愛らしく駄々をこねるようなロークアットに諒太は折れることにした。
「しゃーねぇな。それはロークアットにあげるよ。それで少しくらいは高級品を店に置いても良いだろう? 何百個も売れるわけねぇし、市場が混乱しない程度にするからさ」
ここで本題を切り出す。諒太が折れた格好にすることで、ロークアットは断れないはず。策士だと思わなくもないけれど、膨大な借金を抱える諒太は少しでも売り上げを伸ばしたかった。
「しょうがないですわね? まあリョウ様にお任せ致します。借金返済の件もございますし……」
やはり咎められることはない。これにより晴れて諒太は高級品も店頭に並べることができる。スバウメシア王家のお墨付き。下町のストリートであったけれど、いずれは買っていく人も現れるだろう。
ロークアットの同意を得たことで、諒太は商品を並べ始めた。プライスタグも錬成し、通りから見えるように配置していく。
何だかワクワクしてしまう。経営シミュレーションゲームをプレイしたことはあったけれど、戦闘系ゲームにおいて生産職をするのは初めてだ。
自分の店を持ったこと。それはやはり大きな原動力となった。自分の店を自分の力で大きくしていくことはキャラクターを成長させるのと同じような達成感があるだろうと。
最後に看板を取り付けた諒太は絶対に成功すると疑わない。借金を返済できると信じていた……。
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