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第四章 穏やかな生活の先に
契約
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思いもしない落札から数分後のこと。
ロークアットが入った契約室にはグインの他に神職らしき者がいた。対象者である諒太と従魔のソラも既に連れられている。
「王女殿下、こちらにいらしてください」
ロークアットは護衛すら付けていなかった。中立都市アルカナの治安を信じているのか、或いは自身の強さを過信していたからか……。
「わたくしのパーソナルカードです。引き落としをお願いします」
真っ先に決済しようとする。ロークアットは素早い手続きを望んでいるようだ。
頭を下げたグインがカードを受け取り、彼女の申し出通りに決済が取られる。思わぬ高額落札に彼は上機嫌で処理を行っていた。
「ロークアット、無茶すんなよ……」
ここで諒太が声をかける。流石に容認できない金額なのだ。諒太は彼女が相当な資産家であるのは知っていたけれど、奴隷オークションに一千万も使ってしまうだなんて問題になりかねないと思う。
「リョウ様、わたくしは言ったはず。責任を持って落札しますからと……」
そういえばそんな話をしていた。けれど、金額があまりに非常識だ。競り合った結果とはいえ、彼女の立場を考えると文句も言いたくなる。
「王女殿下、処理が完了致しました。早速、手続きを始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
パーソナルカードを受け取り、ロークアットは微笑みを返す。これには流石にグインも顔を赤らめていた。
誤魔化すようにグインは神職らしき女性に頭を下げる。どうやら割と身分が高い神官らしく、彼女は掌で制止するようにして返事をするだけだ。
神官らしき彼女は一歩前へと進み、ロークアットに礼をする。
「お初にお目にかかります、ロークアット殿下。本日は私めが契約の仲介を努めさせていただきます」
奴隷契約は神が定めた法である。よって神職ジョブの仕事となるのだが、高位の神職者が出向くような役目ではない。
「ご高明はかねてから伺っております。ミーナ・チカ枢機卿……」
二人の会話に諒太は絶句していた。ロークアットが口にしたその名前に……。
夏美に聞いたものと同じ彼女の名前が気になってしまう。彼女の名字は日本人女性を連想させるだけでなく、夏美が呼んでいた名前や立場も合致していた。
「チカって……?」
「おい貴様、無礼だぞ! 奴隷の分際で軽々しく声をかけるな!」
思わず漏らした声を付き人らしき助祭に咎められてしまう。
ところが、またもミーナは片手で付き人を制し、諒太の方を振り返る。
「リョウといいましたね? お会いできて光栄です」
「ミーナ枢機卿!?」
どうやらミーナはリョウを知っている感じだ。頭を下げることから、ただの奴隷であるとは考えていないようだ。
「私がここに出向いた理由。それは神のお告げがあったからでございます」
ミーナは語る。正教会の権力者がわざわざ奴隷契約にやって来た理由を。
「神託というべきもの。今日ここで運命の出会いがあるとの内容でした。救うべきものに出会うだろうと……」
聞けばミーナは一日中、オークションの奴隷契約を行なってきたらしい。だが、これまでは運命の出会いを感じなかったという。
「それが俺なんですか?」
神という存在。今となっては諒太も信じるしかなかった。超常的な事象をこれまでも体験してきたのだ。
「恐らく。もしも、奴隷から解放されたならば、正教会に所属されませんか? 神はそうなることを望まれています」
どうしてか諒太はスカウトされている。聞いた話から推察するに彼女は諒太について何も知らないはずなのに。
「どうしてそんなことを? 俺は借金持ちの冒険者ですよ?」
ここは惚けて返すしかない。ロークアットは既に知っているけれど、この場にはグインの他に係員やお付きの助祭がいたのだ。
「その理由は明白。神は仰っておりました。暗黒竜の脅威に立ち向かう者の存在。勇敢であり、揺るぎない正義感を持ち合わせている方がいるのだと」
とんだ過大評価だと思う。しかし、諒太はその神とやらが、自身も関わる神なのだと疑わない。
聞き手に回る諒太にミーナが続けた。
「貴方様が勇者なのでしょう?――――」
契約室は騒然としてしまう。言うに事欠いて教会の権力者が奴隷を勇者と呼んだのだ。
公式な場ではなかったが、付き人たちが慌ててミーナを制するほどには衝撃的であった。
「どうかな? 俺は奴隷だ。早く契約をしてくれ」
「まあ返済期間は長くないはず。その間にでも考えていてください。チカ家では勇者様の旅に同行することが悲願となっております。かつてチカ家の当主は、とある理由で勇者一行のパーティーから外れることになりました。大司教チカは彼女の旅に同行することを望んでいたと伝わっております。以来、勇者様に仕える機会をずっと当家は待ち望んでおったのです」
ミーナの話に諒太は確信していた。彼女こそが夏美と同じクラン員であったチカちゃんなるプレイヤーの子孫であると。
「同行? 仮に俺が勇者だとして、君は体力が不足しているだろう?」
「貴様、無礼だと言っただろうがっ!?」
「カイン、構いません!」
メイスを手に取った付き人を左手で制したミーナ。尚も諒太へと近づき、
「よくご存知で。やはり勇者様なのですね?」
自信満々に言った。しくった感は否めないが、もう別に隠す必要もないかと思う。彼女は教会の権力者らしいし、助力を求める場面があるかもしれない。
「さあ? 俺は大司教チカがBランク体術一回で息切れすることしか知らん」
惚けながらも自身が知る話を伝えている。恐らく冒険者失格の烙印は一族しか知らない汚点であろう。だからそれだけで察してもらえるはずと。
「なかなか意地悪い勇者様ですこと。まあしかし、今日はお目にかかれて良かったです。私は世界中を周り、数多の民を救う役目を請け負っております。そのうち聖王国にもお邪魔するかもしれません。どうかお見知り置きを……」
ミーナは同行を強く求めなかった。再会を期待する言葉をかけただけで、奴隷契約の準備を始めている。
「殿下はそちらに。リョウ様はこちらで。それでは奴隷契約を執り行わせていただきます」
「あっ! ソラはどうなるのです!?」
儀式が始まる前に諒太が聞く。ソラは従魔であり、一緒に契約するものだとばかり考えていた。
「従魔は契約外です。しかし、主人が従う者の命令には逆らえませんので、それで問題ありません」
なるほどと諒太は返した。ソラは諒太が付き従う者には逆らえないらしい。
「契約が成立しますと、取り消しができません。場合によっては人生を左右する場合がございますので、今一度契約内容をご確認ください」
言ってミーナは書面を見せた。彼女によると全ての契約はセイクリッド神の承認によって成立するという。よって一度成立すると条件が達成されない限り、解除方法は存在しない。
・債権はロークアット・スバウメシアが引き受け、債務者リョウは奴隷として仕える。
・債務者リョウへの給金百万ナールは月末に支払う。そのうち八割を借金へと充当し、残りはリョウの自由資産とする。
・奴隷としてリョウはロークアットの要求に応えなければならない。命の危険が伴うと判断された場合は断っても構わない。
・奴隷には一定の自由を与えること。旅に連れて行く場合は了解を得ること。それが奴隷の権利を奪う場合は給金を倍額にすること。
・奴隷が過失を犯した場合、ロークアットは適切な罰を与えられる。給金を減額する場合は最大半額まで。体罰は禁止とする。また食事は一日につき二回は十分な量を与えること。
・奴隷は主人に付き従い、いつ何時も主の目が届く範囲に留まるべし。
注意書きのような文言は主にロークアットに対するものであった。グインが話していたように、借金奴隷の権利は保証されているのかもしれない。
「わたくしは問題ございません」
先にロークアットが答えると、
「俺もそれで結構です」
諒太もまた了承している。基本的に考えていた通りだ。夏美によると奴隷は主人がいる国から出られなくなるらしいが、給金をもらう奴隷なのだから仕方がないことだろう。
両者の同意により奴隷契約が実行されることになった。
大きく頷いてから、ミーナが祝詞を唱え出す。
「大いなる神よ。世の理に従い、ここに契約を誓う……」
詠唱が進むたびに、諒太とロークアットを淡い輝きが包み込んでいく。
契約とは神との約束。祝詞のあと条件が読み上げられ、それを承認したのか輝きは徐々に失われていった。
視界が回復すると、諒太の首には奴隷を意味する輪っかが取り付けられていた。またロークアットの右手首には主人の証しなのが同種のブレスレットが現れている。
「これで契約は成されました。くれぐれも両者とも違反のないように……」
ミーナがそういうと、ロークアットが躊躇いながらも言葉を投げる。
「ミーナ枢機卿、リョウ様が中央に所属することなどございません」
一瞬、疑問符を浮かべるミーナだが、彼女の話が先ほどのスカウトに関することだと理解した。
「ああ、それでしたらご心配なく。世界は常に運命と共にあるのです。私は予言者などではございませんので、リョウ様に伝えただけでございます。けれど、それにより未来が変わるとは考えておりません。この世の全てはセイクリッド神の御心のままに動いていく運命ですから……」
「それでも、わたくしはリョウ様を庇護下に置くでしょう。世界の救済という崇高な理念を持つリョウ様の役に立ちたく存じます。たとえそれが主神の意図に反していたとしても」
意外にもロークアットは正教会に楯突くような話を始めてしまう。だがしかし、彼女の意志の強さを知る諒太には不思議な光景ではなかった。彼女はどこまでも自分を貫く力を持っていたのだから。
「それはそれは……。殿下は勇者様に大層ご執心である様子。私は影ながら応援させていただきましょう。いずれ聖王国にも訪問させていただきますね」
まるで子供のようにロークアットを扱うミーナ。対するロークアットは図星を突かれたのか顔を赤らめてしまう。何か言い返そうと口を動かしたものの、生憎とそれは言葉になっていなかった。
「さあ、大聖堂へと戻りましょうか。皆様、本日は貴重なお時間をありがとうございました」
言ってミーナが部屋を出て行く。どうやら正教会の本部は都市国家アルカナにあるらしく、徒歩にて全員が戻っていった。
部屋に残された諒太たちだが、グインに促されるや契約室をでることに。
ロークアットに続いてポータルまで歩く。これまでの関係を一新する主人と奴隷という関係を諒太は掴みかねている。
「リョウ様、ジョブはやはり奴隷に?」
ここでロークアットから質問が向けられた。彼女は諒太が勇者であることを知っている。よってポータルを使用しなくても戻る手段があるのかと聞いているかのようだ。
「契約後に奴隷となった。ステータスはかなり下がったし、転移魔法は使えなくなっただろうな……」
「仕方ありませんわね? まあわたくしは悪いようにはいたしません。従魔の方も緊張なさらなくてよろしいですわよ?」
ロークアットは主人らしくソラを気遣う。ソラは割と責任を感じていたようで、ずっと下を向いていたのだ。
「ロークアット様、申し訳ございません。ワタシがあと10ナール稼いでいたとしたら、このようなことには……」
「ソラ、それは気にすんな。俺だってアイテムを整理して、あと二つ鉄鉱石を持ち帰っていたら良かったんだ。それに来月も再来月も同じような状況になっていただろう。元本を返済する暇なんて俺にはなかった。利子を返すだけなら、この現状はいつか訪れる未来に違いない」
諒太はかなり頑張ったけれど、利子すらも満足に貯められていない。元本の返済など永遠に不可能だと理解できる現実を味わったのだ。
ロークアットが落札者であるのは不幸中の幸いだといえる。彼女は諒太のことを熟知しているし、無茶をいうはずもなかったのだから。
「しかし、リョウ様には文句がございます。オークションにかけられること、どうして何も仰ってくれなかったのですか? お母様が教えてくれなければ、貴方様は今頃ガナンデル皇国にて奴隷となっていたのですから……」
何とセシリィ女王陛下までもが知っていたらしい。ならば、あの金額にも納得がいく。どうしてもガナンデル皇国に落札されるわけにはならないと考えていたことだろう。
「それな……。流石に情けなくて。利子くらいは貯められるつもりだったんだ」
「まったくリョウ様は……。ミーナ枢機卿の話ではありませんが、リョウ様はちゃんと考えるべきです。いつまでも個人で戦っているのは限界がございます。我ら聖王国では迎える準備が整っております。今後は資金に困ることもなくなるでしょう」
ロークアットは焦っているのかもしれない。ミーナが勧誘したことにより、勇者リョウが中央に所属するのではないかと。
「まあ確かにな。だが、今のところは無所属が望ましい。何処かに所属することで角が立つのなら俺は一人で戦うべきだ。三大国が手を取り合う状況にならなければ、俺は何処にも所属するつもりはない」
ロークアットは反論しなかった。諒太の意志は彼女も知る通り。秘密裏にガナンデル皇国を牽制していたことからも、彼が和平を求めいているのは明らかであった。
「了解しました。それではエクシアーノへと向かいましょう」
都市国家アルカナにある正教会本部のポータル設置棟。未だ多くのオークション参加者が順番待ちをしていたけれど、ロークアットは別室に通され、並ぶことなくポータルを利用できた。
これより諒太の奴隷生活が始まる。何の不安も覚えないのは主人がロークアットであったからだ。
諒太はこの現状に感謝をし、いち早く勇者として復帰しようと思う。もう二度と借金などしないと心に固く誓いながら……。
ロークアットが入った契約室にはグインの他に神職らしき者がいた。対象者である諒太と従魔のソラも既に連れられている。
「王女殿下、こちらにいらしてください」
ロークアットは護衛すら付けていなかった。中立都市アルカナの治安を信じているのか、或いは自身の強さを過信していたからか……。
「わたくしのパーソナルカードです。引き落としをお願いします」
真っ先に決済しようとする。ロークアットは素早い手続きを望んでいるようだ。
頭を下げたグインがカードを受け取り、彼女の申し出通りに決済が取られる。思わぬ高額落札に彼は上機嫌で処理を行っていた。
「ロークアット、無茶すんなよ……」
ここで諒太が声をかける。流石に容認できない金額なのだ。諒太は彼女が相当な資産家であるのは知っていたけれど、奴隷オークションに一千万も使ってしまうだなんて問題になりかねないと思う。
「リョウ様、わたくしは言ったはず。責任を持って落札しますからと……」
そういえばそんな話をしていた。けれど、金額があまりに非常識だ。競り合った結果とはいえ、彼女の立場を考えると文句も言いたくなる。
「王女殿下、処理が完了致しました。早速、手続きを始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
パーソナルカードを受け取り、ロークアットは微笑みを返す。これには流石にグインも顔を赤らめていた。
誤魔化すようにグインは神職らしき女性に頭を下げる。どうやら割と身分が高い神官らしく、彼女は掌で制止するようにして返事をするだけだ。
神官らしき彼女は一歩前へと進み、ロークアットに礼をする。
「お初にお目にかかります、ロークアット殿下。本日は私めが契約の仲介を努めさせていただきます」
奴隷契約は神が定めた法である。よって神職ジョブの仕事となるのだが、高位の神職者が出向くような役目ではない。
「ご高明はかねてから伺っております。ミーナ・チカ枢機卿……」
二人の会話に諒太は絶句していた。ロークアットが口にしたその名前に……。
夏美に聞いたものと同じ彼女の名前が気になってしまう。彼女の名字は日本人女性を連想させるだけでなく、夏美が呼んでいた名前や立場も合致していた。
「チカって……?」
「おい貴様、無礼だぞ! 奴隷の分際で軽々しく声をかけるな!」
思わず漏らした声を付き人らしき助祭に咎められてしまう。
ところが、またもミーナは片手で付き人を制し、諒太の方を振り返る。
「リョウといいましたね? お会いできて光栄です」
「ミーナ枢機卿!?」
どうやらミーナはリョウを知っている感じだ。頭を下げることから、ただの奴隷であるとは考えていないようだ。
「私がここに出向いた理由。それは神のお告げがあったからでございます」
ミーナは語る。正教会の権力者がわざわざ奴隷契約にやって来た理由を。
「神託というべきもの。今日ここで運命の出会いがあるとの内容でした。救うべきものに出会うだろうと……」
聞けばミーナは一日中、オークションの奴隷契約を行なってきたらしい。だが、これまでは運命の出会いを感じなかったという。
「それが俺なんですか?」
神という存在。今となっては諒太も信じるしかなかった。超常的な事象をこれまでも体験してきたのだ。
「恐らく。もしも、奴隷から解放されたならば、正教会に所属されませんか? 神はそうなることを望まれています」
どうしてか諒太はスカウトされている。聞いた話から推察するに彼女は諒太について何も知らないはずなのに。
「どうしてそんなことを? 俺は借金持ちの冒険者ですよ?」
ここは惚けて返すしかない。ロークアットは既に知っているけれど、この場にはグインの他に係員やお付きの助祭がいたのだ。
「その理由は明白。神は仰っておりました。暗黒竜の脅威に立ち向かう者の存在。勇敢であり、揺るぎない正義感を持ち合わせている方がいるのだと」
とんだ過大評価だと思う。しかし、諒太はその神とやらが、自身も関わる神なのだと疑わない。
聞き手に回る諒太にミーナが続けた。
「貴方様が勇者なのでしょう?――――」
契約室は騒然としてしまう。言うに事欠いて教会の権力者が奴隷を勇者と呼んだのだ。
公式な場ではなかったが、付き人たちが慌ててミーナを制するほどには衝撃的であった。
「どうかな? 俺は奴隷だ。早く契約をしてくれ」
「まあ返済期間は長くないはず。その間にでも考えていてください。チカ家では勇者様の旅に同行することが悲願となっております。かつてチカ家の当主は、とある理由で勇者一行のパーティーから外れることになりました。大司教チカは彼女の旅に同行することを望んでいたと伝わっております。以来、勇者様に仕える機会をずっと当家は待ち望んでおったのです」
ミーナの話に諒太は確信していた。彼女こそが夏美と同じクラン員であったチカちゃんなるプレイヤーの子孫であると。
「同行? 仮に俺が勇者だとして、君は体力が不足しているだろう?」
「貴様、無礼だと言っただろうがっ!?」
「カイン、構いません!」
メイスを手に取った付き人を左手で制したミーナ。尚も諒太へと近づき、
「よくご存知で。やはり勇者様なのですね?」
自信満々に言った。しくった感は否めないが、もう別に隠す必要もないかと思う。彼女は教会の権力者らしいし、助力を求める場面があるかもしれない。
「さあ? 俺は大司教チカがBランク体術一回で息切れすることしか知らん」
惚けながらも自身が知る話を伝えている。恐らく冒険者失格の烙印は一族しか知らない汚点であろう。だからそれだけで察してもらえるはずと。
「なかなか意地悪い勇者様ですこと。まあしかし、今日はお目にかかれて良かったです。私は世界中を周り、数多の民を救う役目を請け負っております。そのうち聖王国にもお邪魔するかもしれません。どうかお見知り置きを……」
ミーナは同行を強く求めなかった。再会を期待する言葉をかけただけで、奴隷契約の準備を始めている。
「殿下はそちらに。リョウ様はこちらで。それでは奴隷契約を執り行わせていただきます」
「あっ! ソラはどうなるのです!?」
儀式が始まる前に諒太が聞く。ソラは従魔であり、一緒に契約するものだとばかり考えていた。
「従魔は契約外です。しかし、主人が従う者の命令には逆らえませんので、それで問題ありません」
なるほどと諒太は返した。ソラは諒太が付き従う者には逆らえないらしい。
「契約が成立しますと、取り消しができません。場合によっては人生を左右する場合がございますので、今一度契約内容をご確認ください」
言ってミーナは書面を見せた。彼女によると全ての契約はセイクリッド神の承認によって成立するという。よって一度成立すると条件が達成されない限り、解除方法は存在しない。
・債権はロークアット・スバウメシアが引き受け、債務者リョウは奴隷として仕える。
・債務者リョウへの給金百万ナールは月末に支払う。そのうち八割を借金へと充当し、残りはリョウの自由資産とする。
・奴隷としてリョウはロークアットの要求に応えなければならない。命の危険が伴うと判断された場合は断っても構わない。
・奴隷には一定の自由を与えること。旅に連れて行く場合は了解を得ること。それが奴隷の権利を奪う場合は給金を倍額にすること。
・奴隷が過失を犯した場合、ロークアットは適切な罰を与えられる。給金を減額する場合は最大半額まで。体罰は禁止とする。また食事は一日につき二回は十分な量を与えること。
・奴隷は主人に付き従い、いつ何時も主の目が届く範囲に留まるべし。
注意書きのような文言は主にロークアットに対するものであった。グインが話していたように、借金奴隷の権利は保証されているのかもしれない。
「わたくしは問題ございません」
先にロークアットが答えると、
「俺もそれで結構です」
諒太もまた了承している。基本的に考えていた通りだ。夏美によると奴隷は主人がいる国から出られなくなるらしいが、給金をもらう奴隷なのだから仕方がないことだろう。
両者の同意により奴隷契約が実行されることになった。
大きく頷いてから、ミーナが祝詞を唱え出す。
「大いなる神よ。世の理に従い、ここに契約を誓う……」
詠唱が進むたびに、諒太とロークアットを淡い輝きが包み込んでいく。
契約とは神との約束。祝詞のあと条件が読み上げられ、それを承認したのか輝きは徐々に失われていった。
視界が回復すると、諒太の首には奴隷を意味する輪っかが取り付けられていた。またロークアットの右手首には主人の証しなのが同種のブレスレットが現れている。
「これで契約は成されました。くれぐれも両者とも違反のないように……」
ミーナがそういうと、ロークアットが躊躇いながらも言葉を投げる。
「ミーナ枢機卿、リョウ様が中央に所属することなどございません」
一瞬、疑問符を浮かべるミーナだが、彼女の話が先ほどのスカウトに関することだと理解した。
「ああ、それでしたらご心配なく。世界は常に運命と共にあるのです。私は予言者などではございませんので、リョウ様に伝えただけでございます。けれど、それにより未来が変わるとは考えておりません。この世の全てはセイクリッド神の御心のままに動いていく運命ですから……」
「それでも、わたくしはリョウ様を庇護下に置くでしょう。世界の救済という崇高な理念を持つリョウ様の役に立ちたく存じます。たとえそれが主神の意図に反していたとしても」
意外にもロークアットは正教会に楯突くような話を始めてしまう。だがしかし、彼女の意志の強さを知る諒太には不思議な光景ではなかった。彼女はどこまでも自分を貫く力を持っていたのだから。
「それはそれは……。殿下は勇者様に大層ご執心である様子。私は影ながら応援させていただきましょう。いずれ聖王国にも訪問させていただきますね」
まるで子供のようにロークアットを扱うミーナ。対するロークアットは図星を突かれたのか顔を赤らめてしまう。何か言い返そうと口を動かしたものの、生憎とそれは言葉になっていなかった。
「さあ、大聖堂へと戻りましょうか。皆様、本日は貴重なお時間をありがとうございました」
言ってミーナが部屋を出て行く。どうやら正教会の本部は都市国家アルカナにあるらしく、徒歩にて全員が戻っていった。
部屋に残された諒太たちだが、グインに促されるや契約室をでることに。
ロークアットに続いてポータルまで歩く。これまでの関係を一新する主人と奴隷という関係を諒太は掴みかねている。
「リョウ様、ジョブはやはり奴隷に?」
ここでロークアットから質問が向けられた。彼女は諒太が勇者であることを知っている。よってポータルを使用しなくても戻る手段があるのかと聞いているかのようだ。
「契約後に奴隷となった。ステータスはかなり下がったし、転移魔法は使えなくなっただろうな……」
「仕方ありませんわね? まあわたくしは悪いようにはいたしません。従魔の方も緊張なさらなくてよろしいですわよ?」
ロークアットは主人らしくソラを気遣う。ソラは割と責任を感じていたようで、ずっと下を向いていたのだ。
「ロークアット様、申し訳ございません。ワタシがあと10ナール稼いでいたとしたら、このようなことには……」
「ソラ、それは気にすんな。俺だってアイテムを整理して、あと二つ鉄鉱石を持ち帰っていたら良かったんだ。それに来月も再来月も同じような状況になっていただろう。元本を返済する暇なんて俺にはなかった。利子を返すだけなら、この現状はいつか訪れる未来に違いない」
諒太はかなり頑張ったけれど、利子すらも満足に貯められていない。元本の返済など永遠に不可能だと理解できる現実を味わったのだ。
ロークアットが落札者であるのは不幸中の幸いだといえる。彼女は諒太のことを熟知しているし、無茶をいうはずもなかったのだから。
「しかし、リョウ様には文句がございます。オークションにかけられること、どうして何も仰ってくれなかったのですか? お母様が教えてくれなければ、貴方様は今頃ガナンデル皇国にて奴隷となっていたのですから……」
何とセシリィ女王陛下までもが知っていたらしい。ならば、あの金額にも納得がいく。どうしてもガナンデル皇国に落札されるわけにはならないと考えていたことだろう。
「それな……。流石に情けなくて。利子くらいは貯められるつもりだったんだ」
「まったくリョウ様は……。ミーナ枢機卿の話ではありませんが、リョウ様はちゃんと考えるべきです。いつまでも個人で戦っているのは限界がございます。我ら聖王国では迎える準備が整っております。今後は資金に困ることもなくなるでしょう」
ロークアットは焦っているのかもしれない。ミーナが勧誘したことにより、勇者リョウが中央に所属するのではないかと。
「まあ確かにな。だが、今のところは無所属が望ましい。何処かに所属することで角が立つのなら俺は一人で戦うべきだ。三大国が手を取り合う状況にならなければ、俺は何処にも所属するつもりはない」
ロークアットは反論しなかった。諒太の意志は彼女も知る通り。秘密裏にガナンデル皇国を牽制していたことからも、彼が和平を求めいているのは明らかであった。
「了解しました。それではエクシアーノへと向かいましょう」
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これより諒太の奴隷生活が始まる。何の不安も覚えないのは主人がロークアットであったからだ。
諒太はこの現状に感謝をし、いち早く勇者として復帰しようと思う。もう二度と借金などしないと心に固く誓いながら……。
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異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
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(実践出来るかどうかは別だけど)
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