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第三章 希望を抱いて

条約

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 同刻、スバウメシア聖王国エクシアーノ聖王城。
 城門を潜った一台の馬車が正門前へと停車している。匠の技により細かな金箔が施された豪華な馬車から一人の美しい女性が降り立っていた。

 モストフォーマルな純白のドレス。一見すると彼女は人族のよう。しかし、彼女の取り巻きは屈強なドワーフであり、どうしてかエルフの国までやって来ている。

 対するエルフの衛兵も大勢が正門前に勢揃いしていたけれど、剣を向けることなく直立不動であった。

「セリス・アアアア様、ようこそおいでくださいました」
 馬車を降りたのはセリスであった。彼女は特使としてスバウメシア聖王国を訪れたらしい。また彼女を迎えたのは、その立場に相応しい女性。ロークアット第一王女殿下である。

「ロークアット殿下、お久しぶりです。急な訪問にもかかわらず、お出迎え恐悦至極に存じます」
「いえいえ、使者の伝えられた内容が内容でしたので……。さあこちらへ。女王陛下がお待ちです」
 一件和やかそうに見えつつも、空気は張り詰めていた。

 それもそのはずエルフとドワーフは犬猿の仲である。こうして王族レベルの話し合いが持たれるのは異例中の異例だ。物々しい警備は不測の事態を考えてのことであり、実状は彼女たちの会話ほど穏やかなものではない。

 セリスはロークアットに連れられ、謁見の間へと通される。事前に訪問日時を使者が伝えていたため、セシリィ女王の準備も整っていた。

「よくぞ来られた。皇国の使者セリス・アアアア……」
 セリスは外交官として出歩くことが多かった。よって女王陛下の御前であっても緊張で何も口を衝かないといった事態にはならない。見目麗しく第一皇子の婚約者でもある彼女は事前の伝達役として相応しかった。なぜなら皇国の姫君を使わすことは相手への誠意となるだけでなく、即答できる裁量を兼ね備えているからである。

「お久しゅうございます。セシリィ女王陛下。事前に皇の親書を届けさせていただいておりますが、改めて私めからお伝えさせていただきます」
 言ってセリスは持参した封書を開き、それを朗読していく。

 静まり返る謁見の間。セリスの甲高い声だけが木霊していた。
「まず第一にガナンデル皇国はスバウメシア聖王国に対し、停戦及び和平条約を結びたく存じます。次に我らガナンデル皇国は暗黒竜ルイナーの再封印に向け、聖王国と強固な同盟を結ぶ所存です。また度重なる侵攻による戦後処理をも受け持つ考えであります。それは既に送られている目録をご覧になっていただければと存じます」
 毅然とセリスが話す。全ては決定事項であった。緊急的に貴族院を開催し、可決事項をバーハイム・ボウ・ガナンデル皇が是認した格好だ。

「うむ、それは拝見した。しかし、どうして今になって皇国は我が国との和平を望む? かつての不可侵条約を破ったのは皇国ではないか?」
 セシリィ女王の疑問はもっともである。最初に条約を破棄したのはガナンデル皇国なのだ。別に劣勢でもない現在において、どうして和平を求めるのか分からない。ルイナーの再封印という条項であれば、過去の不可侵条約と同じである。

「もちろん、やんごとなき理由があってのこと。全ては我が国の国益、もとい存亡の機と申しましょうか。和平を望まざるを得ない事態となり、この度の運びとなっております」
 益々難解な話になった。使者より受け取った親書には和平を望む旨の内容しかなかったのだ。多大なる補償金について併せて記されていただけである。

「むぅ、存亡の機とな?」
「まさに存亡の機であります。度重なる戦争を繰り返した我が国は敵に回してはいけない者を敵としてしまったのです。和平条約を結ばないのであれば、彼らは皇国を滅ぼすと仰っておりました……」
 セシリィ女王はその容姿に不似合いな表情をする。眉間に何本もしわを寄せてはセリスの話を理解しようと考え込んでいた。

「いや、分からん。ガナンデル皇国が畏怖する相手だと? 申し上げにくいが、貴国は我がスバウメシア聖王国とも同等に戦える存在だ。そんな皇国を脅すような組織などあるまい?」
「まあその通りなのですが、事実なのです。彼らは腹に据えかねております。面会した私だけでなく、バーハイム皇でさえも脅迫されているのですから」
「その彼らとは何者だ?」
 セシリィ女王の問いが続く。大国のトップを相手に脅迫できる者の存在。そのような力を持つ者はそれこそルイナーか神にも匹敵する存在であると思う。

 少しばかり考えるようなセリス。しかし、幾ばくも時間を要することなく彼女は答えている。

「まず妖精女王リナンシー様……」

 ここでセシリィ女王はオッと声を漏らす。そういえば神に等しい存在がこの世界にいたことを思い出している。一応は納得したようなセシリィ女王だが、どうしてか彼女の質問は続く。

「まずとはどういう意味だ? まさか精霊王とでもいうまい?」
 精霊王は存在が明確な妖精女王と対を成すもの。世界に伝わる話では二体いるらしい。実質的に地上を治める妖精女王とは異なり、精神体のような存在なのだという。

「流石に精霊王様ではございません。ですが、もう一人いるのです。もっともその方こそがお怒りなのですよ……」
 言ってセリスが言葉を続ける。溜め息混じりに語られる様子に、セシリィ女王は覚悟を持って聞く必要性を感じていた。

「その者とは勇者リョウ――――」

 思わぬ名前にセシリィ女王は絶句していた。確かに彼は勇者であるけれど、性格は温厚で思慮深い。同時に正義感を持ち合わせていることも彼女は知っている。

「リョウが? あの者が貴国を脅迫しているのか?」
「ああ、面識がおありでしたか……。今まさに彼が頭痛の種になっております。怒りに任せて皇都に程近い山林を禿げ山に変えてしまったのですよ。見せしめとばかりに……」
 全く意味が分からなかったけれど、セシリィ女王は興味を持つ。リョウがそれほどまでに怒り心頭に発するなんて考えられないと。

「伝説級の呪文は大地だけでなく天までもを焦がしました。それはクラフタット市内でも十分に確認できるほどの炎柱……、いや炎壁と申しましょうか。彼が本気を出せばクラフタットなどものの数分で制圧されてしまいます。我が国に不利な条項しかない和平条約案が満場一致で可決したのですよ? その事実だけで貴族院の誰しもが畏怖しているとお分かりになれましょう」
 その説明には頷くしかない。セシリィ女王は諒太の持つ力を把握しており、成長速度も理解している。その彼が大国をも相手に戦えるほど強くなったのだと思う。かといって疑問が少しも残らないというわけではない。

「どうしてリョウをそこまで怒らせた? あの者は決して好戦的な男ではないぞ? リナンシー様だけならまだしも、どうやったらリョウを激怒させられるのか知りたいくらいだ……」
 リナンシーの気分屋ぶりはセシリィ女王も熟知しているらしい。だが、諒太まで怒らせてしまったというガナンデル皇国の言動が気になってしまう。

「実は私が怒らせてしまったのです。勇者リョウの実力を過小評価していたばかりに……」
 随分と責められましたとセリス。彼女はそれなりの権力者であったけれど、父であるアアアア公爵だけでなく、バーハイム皇にも咎められたという。
 全ては天をも焦がす炎壁を見せつけられたから……。

「なるほどな。ようやく合点がいった。要するにリナンシー様が勇者リョウの後見人をされているということだろう? リョウの怒りを静めるため和平に乗り出せと……」
「まさしくその通りでございます。勇者リョウだけでなく、あのお方まで敵に回せば、領土が一瞬にして焼け野原になるだけでなく、不毛の大地へと変わり果てましょう」
 セリスはお手上げだと語る。三日以内に全てを呑んだ和平条約案を提示できなければ、国として存続できるか分からなかったのだと。可及的速やかに可決し、ポータルを開いて飛んできた経緯はそういう意味合いがあった。

「ならば了解した。聖王国は皇国の和平案を受諾しよう。我が国としても他人事ではないからな……」
 期日的な問題を考えてか、セシリィ女王は議会にかけることなく受諾を表明している。流石に謁見の間がざわついたけれど、彼女が咳払いをするだけで収まっていた。
 何しろ千年近くも王座につくセシリィ女王だ。意見できる諸侯など一人もいない。

「ありがとうございます。即答いただけるとは感謝しかございません」
「まあよい。だが、条件が二つある」
 承諾をしたセシリィ女王であるが、無条件とはいかないらしい。彼女は二つ条件を出すという。

「どのような条件でしょうか?」
「そんなに警戒しなくてもよい。立会人を用意すべきかと思ってな。まず調印式は聖王城で行うこと。次に立会人はリナンシー様と勇者リョウとする。我が国の条件はそれだけだ」
 セシリィ女王の話になるほどと頷くセリス。彼女としても当人二人を立会人とできるのなら有り難い。あとで文句を言われることもなくなるはずだ。

「しかし、勇者リョウは神出鬼没です。私どもは連絡を取る術がございません」
「それは任せておけ。抜かりなく調印式にはご足労いただけるだろう。また日時はおって知らせる。リョウとリナンシー様にも都合があるだろうからな」
「畏まりました……」
 これにて急な王族級会議ともいえる話し合いが終わる。調印式前の事前段階であったけれど、双方が納得したようだ。

 諒太が希望するセイクリッド世界。着々と彼が望む形へと変貌を遂げている……。
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