幼馴染み(♀)がプレイするMMORPGはどうしてか異世界に影響を与えている

坂森大我

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第三章 希望を抱いて

判断ミス

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【土竜(超大)】
【Lv100α】

 ここはアクラスフィア王国だというのに。初心者が戦うエリアであるはずなのに。
 どうしてかレベル100という魔物が諒太の眼前に現れていた。

「レアモンスターか……」
 恐らくそれしか考えられない。アクラスフィア王国内に出現する恒常の魔物にLv100の魔物はいないのだ。加えてαとの表示。つまりこの土竜はレアモンスターであり、亜種であるのは明らかだ。

 どう立ち回るべきかと諒太は思案している。レアモンスターの亜種が現れただけでなく、雑魚モンスターに囲まれたままだ。しかも猛毒を受けた状態だなんて、流石に笑えない。

「やるっきゃねぇな……」
 超大とのネーミングの通りに巨大な土竜。竜種と言われたら納得できる巨躯を誇っている。特大が5mらしいが、超大はその何倍もあった。

 一瞬のあと超大土竜は金切り声のような咆吼を上げる。またそれは一方的な戦闘開始の合図となった。そのあとは特大も大も中も関係なく、一斉に諒太へと襲いかかっている。

「クソッタレ!」
 流石に捌ききれない。諒太は魔法を使うしかなくなっている。できれば全ての剥ぎ取りをしたいと考えていたけれど、それは既に叶わない。

「ファイアーストーム!」
 諒太が繰り出す中級魔法に雑魚は漏れなく消し炭となってしまう。一度に二十頭は燃え尽きただろう。だが、特大は生き残ったらしく、諒太へと噛みついてきた。
 素早く盾で防御し、再び斬り付ける。しかし、生き残った特大土竜は一頭ではなかったらしく、闇に紛れて背後から諒太を襲う。

「痛えぇぇっ!」
 思い切り噛みつかれてしまう。特大であれば大したダメージもないはずが、猛毒で減っていたこともあり、諒太は一度に息切れ感を覚えていた。

「キュア!」
 ここでソラがキュアを二回。流石に回復のタイミングだと思ったらしい。
 噛みついた特大を振り払い、諒太はファイアーボールでとどめを刺す。これにて仕切り直しと行きたいところだが、生憎と第二陣が諒太を狙っていた。

「ファイアーストーム!」
 息つく暇もない。ソラの回復が尽きるまでに雑魚を一掃するか、若しくは超大を葬るだけ。こんなところで死ぬつもりはなかった。

「超大は仕掛けてこないな……」
 第二陣を一掃するや、諒太は八本目のポーションを飲み干す。超大が動かぬのなら攻めるだけ。撃てるだけのファイアーボールを撃つだけだ。
 眼前に88個のファイアーボールが生み出されている。流石に周囲を照らし、このエリアの奥行きまで明らかとなっていた。

「半分ずつ撃つべきか……」
 諒太は光源としてファイアーボールを半分残す作戦に。いざとなれば撃てばいいし、この度の殲滅には40個を撃ち放つだけだと。
「いけぇぇっ!!」
 次々と姿を消す土竜。生き残った特大は剣で処理をする。大と小の剥ぎ取りは惜しいが、特大だけでもと諒太は剣でとどめを刺していく。

「キュア!」
 ここでまたソラの回復がある。猛毒による体力の減少は想像よりも早く、また土竜の軍勢もポーションを飲む隙をなかなか与えてくれない。


【ソラ】
【エンジェル・Lv26】

 既に大と小ではレベルが上がりにくくなっていたものの、特大を倒すたびにソラのレベルが上がっていた。かといってレベルアップによる恩恵はない。MPを回復する手段がチャージしかない現状において、ソラのレベルアップ通知は耳障りなだけである。

「ファイアーストーム!」
 今度は目眩を覚えている。流石にMPの消費も激しい。まだMPポーションには余裕があったけれど、奥に控える超大のことを考えると焦りすら感じてしまう。

 光源のファイアーボールを撃ち放って距離を取ると、諒太はMPポーションを飲み干す。更には透かさずファイアーボールを生み出しては、その半分を土竜に向けて放つ。
「きりがねぇ……」
 周囲には死体の山。どうも土竜の軍勢はパーティー扱いであるらしく、全討伐するまで消失はしない感じだ。剥ぎ取りの必要がある諒太には有り難かったけれど、足場が悪くなっているのも事実である。

 もう一時間ばかり戦っていた。デネブの話では100匹はいるとの話だが、それは地上に現れる数だけであって、地下では想像以上に大規模なコロニーが出来上がっていたらしい。

 既にソラのレベルは47。諒太もまたレベル116となっていた。レベリングに来たつもりはないのだが、アクラスフィア王国のダンジョンにて二つもレベルアップするなんて少しも考えていないことだ。

「マスター、キュアです!」
 既に従魔へMPを供給するチャージ回数は使い切っていた。ソラのレベルアップのおかげでキュアの残数は十回と増えていたけれど、未だ軍勢の奥にいる超大土竜を考えると誤差としか思えない。

 諒太は決断するときが来たと思う。金策を諦めるべきだと。今は生き残ることを最優先に考えるべき場面だ。

「奈落に燻る不浄なる炎よ……幾重にも重なり烈火となれ……」
 もう時間がない。猛毒による目減りを考えると、一刻も早く超大土竜を仕留めるべき。
「可否は問わず……ただ要求に応えよ……」
 インフェルノならば、この無秩序な地下コロニーを一掃できるはず。地形変化は避けられないけれど、元より崩落して今の状態である。よって諒太は最大級の範囲攻撃を繰り出す決断をした。

「獄炎よ……大地を溶かし天を焦がせ……天地万物一片も残すことなく灰燼と化すのみ」
 逃げ回りながらであるけれど、既にインフェルノは暗唱可能だ。威力を損なわないためにもスクロールこそ手にしていたけれど、諒太はそれを見ていない。

「燃やし尽くせ! インフェルノォォオオオ!!」
 詠唱が終わるや、即座に手の平をかざした。向かい来る全てを焼き払うのだと。
 一瞬のあと、地鳴りと共に巨大な炎柱が視界を覆う。それは全てを焼き尽くす獄炎。ダンジョンとしては広大すぎる空間なのだが、少しの隙間もなく炎が立ち上っていく。

「マ、マスター……?」
 呆然としたソラが声をかけるも、諒太はまだ魔法の発動中。全てが完全に燃え尽きるそのときを待っていた。
 粉塵に加え、至る所が崩壊している。ダンジョンには数多の落石が雨粒のように降り注いでいた。

 刹那に響いたのは魔物の雄叫びである。あの獄炎を生き残るとすれば、答えは一つしかない。
「やっぱ亜種は一撃じゃねぇか……」
 これまで静観していた超大土竜。雑魚を一掃された現状で大人しくしてくれるはずもない。できれば一撃にてと考えていたけれど、亜種はやはり強大な魔物である。

「うおっ!?」
 粉塵の中から巨大な影。咄嗟に盾を構えるも、諒太は超大土竜の突進により、後方へと弾き飛ばされてしまう。どうやら金剛の盾を使用しなければ防げない攻撃のようだ。

「クソ、今のは中攻撃か……?」
 仮に強攻撃であれば超大土竜はあともう少しで討伐できる。だが、今の攻撃が弱や中であるならば、その限りではない。

「逃げるのも手だが……」
 雑魚を一掃した現状ではソラに救出を頼むことができる。しかし、インフェルノを撃ち放ったあとだ。幾らレア亜種であろうとも、討伐にそれほど時間はかからないように思う。

「いや、こいつには弁償してもらわねぇとな……」
 諒太は交戦を選択。逃げるよりも早いと判断している。討伐したあとでログアウトをし、ログインし直せば、そこはアクラスフィア王城であるのだから。

 大量の死体は今や消し炭である。金策に来た諒太としては超大の爪に期待したいところだ。
「魔法を撃ちまくって回避。ソラのキュアが切れるまでが勝負だ」
 ソラのキュアはあと九回。インフェルノの直撃を浴びた超大土竜なら、十分に倒せると思う。
 諒太は最後のポーションを飲み、再び剣を構えた。絶対に倒すのだと心に決めている。

 壁に激突した超大土竜が向き直っていた。恐らくはまたも突進であろう。猪のように土を掻く素振りは容易に推し量れている。
「かかって来やがれ!」
 時間が許す限りに戦う。諒太は突進を間一髪で避け、カウンター攻撃を見舞う。再び壁に激突する超大土竜にはファイアーストームを40発撃ち込んでいく。

 またもや落石が諒太を襲う。だが、怯んではいられない。インフェルノでも崩落しないここは恐らく最下層であり、既に上階の殆どは崩れ落ちたあとなのだ。

 諒太がMPポーションを飲み干していると、再び咆吼する超大土竜。流石にダメージを受けているはずだ。このあとに繰り出される攻撃によっては残りの体力を予想することができた。

 超大土竜は身体を震わせている。その隙に諒太はファイアーボールを準備。突撃するや、全弾を撃ち放ってやろうと思う。カウンター判定を誘発するために。

 ところが、超大土竜は突進してこない。それどころか、超大土竜は瞬く間に地面へと潜ってしまった。そういえばモグラである。すっかり忘れていたけれど、彼らは穴を掘るエキスパートに他ならない。

「逃げられた!?」
 慌てて近寄るも既に地中深くへと消えている。そこには巨大な穴が残っているだけだ。

「マジか……。まあ猛毒状態でもあるし、諦めて帰るか……」
 言って諒太はメニュー画面を開く。考えていた通りに、一度ログアウトをしてからログインし直そうと。
 しかし……、

「戦闘中!?」
 ログアウトボタンはグレーアウトしたままであった。選択できない状態なのは明らかである。
 刹那に足元が揺れ、地割れと共に諒太の身体を強大な力が襲う。
「っ!?」
 それは明確にカウンター攻撃となった。地中に消えていったはずの超大土竜が足元から襲ってきたのだ。

 諒太は再び壁へと激突し、途切れそうな意識で超大モグラを睨む。
「キュア!」
 透かさずソラがキュアを三回かけてくれる。もし仮に彼女がいなければ、恐らく猛毒によって諒太は死んでいただろう。

 ソラのキュアによって一命は取り留めたものの、窮地を乗り越えられたわけではない。
「マズい……」
 余裕だと考えていたMP回復ポーションも次第に数が減っていた。逃げるという選択肢が脳裏にちらつくけれど、今の攻撃が死に際の猛攻撃であるのなら、あと少しで討伐できるはず。金策だけでなくレベリングまで考えるならば、逃げるという選択を先送りしたくなる。

「まったく人間ってのは欲深いな……」
 逃げられたのなら仕方がないと割り切れた。けれど、かなりのダメージを与えた現状においては、金策とレベルアップを捨てて逃げ帰るなんて惜しいと感じてしまう。あと少しであればと……。

「ファイアーストーム!」
 諒太は徹底抗戦を選択。せめてMP回復ポーションが尽きるまでは戦おうと思う。
 しかし、それは間違いであった。逃げられるときに逃げるべきであったと諒太は思い知らされることになる……。


 戦闘が始まってから、かれこれ一時間と三十分が経過している。既に体力を回復する手段はソラのキュアが二回だけ。MP回復ポーションも残り一つとなっていた。
 諒太は逃げるという選択肢を失っている。先ほどまで確実にあったそれは、今や賭にもならない。
 なぜなら土竜は広大な畑を狩り場としており、地上に出たとしてエリア外判定になる可能性は低い。畑と酪農エリアから離脱するまで、ソラのキュア二回分で足りるはずもなかったのだ。

「なぜ……死なない?」
 考えられる唯一の回答。それは地中に潜る攻撃が最後の足掻きではないということ。最終的な猛攻撃と考えていたものこそが強攻撃であり、魔物の体力が半分になった場面で繰り出される攻撃に他ならない。

 インフェルノを撃ち放っていた諒太は間違いなく終盤であると考えていた。だからこそ逃げるという選択肢を外していたのだ。

「あれは強攻撃だったのか……?」
 今もなお地面に潜っての奇襲攻撃を繰り出す超大土竜に諒太は気付かされていた。
 初っ端以外にインフェルノは撃ち込んでいない。中級魔法のファイアーストームと初級魔法のファイアーボールを撃ち込んでいるだけだ。MPはそれなりに消費していたものの、インフェルノと同等のダメージを叩き出せたとは思えない。

「マズったな……」
 インフェルノではオーバーキルとなり、剥ぎ取りできなくなる可能性を考えすぎていた。しかし、二発連続で撃ち込んだところで討伐とはならなかっただろう。想定以上の体力を持っているなんて、諒太は予想しきれていなかった。

 最後のMP回復ポーションはリバレーション用に残している。けれど、諒太は躊躇いなくそれを飲み干す。
「ここまで来たら倒すっきゃねぇ。残念妖精はウンともスンともいわねぇしな……」
 消え失せたリナンシーはあれから念話すら送ってこない。諒太との接続を断つほどに、魔力が枯れ果てた彼女には期待できなかった。だからこそ、強大な敵は自分自身で葬る。最大級の魔法によってとどめを刺すのだと。

「天に満ちし闇は神の怒り。茫漠たる雷雲を呼び寄せるものなり。天と地を引き裂く神の刃と化す」
 諒太はディバインパニッシャーを選択。単体攻撃であるディバインパニッシャーはインフェルノよりも魔力消費が少なかった。神の雷によりこの戦いを終わらせ、諒太はリバレーションないしログアウトしようとしている。

「赫々たる天刃よ大地を貫け。存在の全てを天へと還す光。万物を霧消せし灼熱を纏う」
 超大土竜は再び地面を掘り始めた。だが、おあつらえ向きである。既に奇襲攻撃は見切っているし、詠唱中は突撃されるよりも楽であった。

「神の裁きは虚空を生み出す。神雷よ降り注げ……」
 飛び出した瞬間を狙う。あわよくばカウンター攻撃となるように。この戦闘を早々に終わらせるため……。
 その刹那、直ぐ脇の地面に亀裂が走る。
「ディバインパニッシャァァアアア!!」
 即座に諒太が魔法を発動させる。発動ラグがあったけれど、距離を取りつつも諒太は狙いを外さない。

「貫けぇぇえええっっ!!」
 一瞬のあと、暗がりに光が射す。それは目も眩むほどの輝きを発しながら、上階から最下層へと突き刺さる。言わずもがな神の裁きであり、強大な雷撃魔法であった。

 刹那に声を上げる超大土竜。苦しげな声を出す姿にはディバインパニッシャーの威力を改めて感じてしまう。ファイアーストームを40発撃ち込もうとも、超大土竜は平然としていたのだから。

「やったか……?」
 これで倒せたのなら問題はない。まだ目眩はしていなかったし、リバレーションなら唱えられるはずだ。
 しかし、長い悲痛な雄叫びのあと、超大土竜は激しく頭を振って唾のようなものを飛散させ始めている。

「っ!?」
 意表を突かれた諒太。ちょっとした油断が仇となってしまう。倒したものだと決めつけていた彼は撒き散らされた唾のような液体をその身に浴びていた……。

「これは……!?」
 今もステータスには猛毒の表示しかない。しかし、明らかに減りが早いと思われる。体力が急激に失われていく感覚が諒太にはあった。

「重ねがけ有効とかチートかよ!?」
 だが、諒太はまだ諦めない。ファイアーストームを幾つも撃ち放ち、尚且つ斬りかかっている。魔力を少しでも温存しつつ、倒しきるのだと決めた。

「まだ死ぬわけにはならねぇぇんだよっ!!」
 紫電一閃、諒太の剣が超大土竜の頭部を捕らえた。今まではどれだけ斬り付けようとも怯むことすらしなかった超大土竜がここでまたもや声を上げる。

「マスター回復は!?」
「まだだ! 残しとけ!」
 ソラのキュアはあと二回。いつ使ったとしても満タンにはならなかったというのに、心の拠り所とするためか、諒太はそれを制止した。

「絶対に倒す!」
 怒濤の攻撃が繰り出されていた。僅かに目眩を覚え、息は絶え絶えである。
 諒太は現状を理解していた。満身創痍である現状。戦闘継続は間違った判断であったことを。
 
 ゲームであればやり直しがきく。しかし、この今は現実であった。命の重さを量りにかけ忘れた諒太は、ほんの少し欲を出したばかりに命の危機に晒されている。
 
 本当に情けなかった。けれど、諒太は攻撃を続ける。この生の集大成であるかの如く、執拗に超大土竜を斬り付けていた。

「死ぬときは前のめりだぁぁっっ!!」
 遂には夏美の信条すら口にしている。かといって、諦めたわけではない。超大土竜を倒し切れたならば、まだ諒太にはチャンスがあった。猛毒による体力減少はずっと早くなっていたけれど、ログアウトをしてログインし直したのなら、教会まで駆け込めるはずなのだと。

 諒太の力強い一撃が再び超大土竜の頭部を捕らえている。会心というべき一太刀を諒太は繰り出していた。
 一瞬のあと、超大土竜が天を仰ぐ。力のない動作をするそれは断末魔の声すら上げず、ただゆっくりと大地へ伏していく。

「勝った……」
 かといって完全勝利とはいえない内容だ。ようやく倒したものの、目眩がするこの状況でリバレーションは唱えられない。反則技ともいえるログアウトをしなければ、諒太が助かる手立てはなかった。

「早く剥ぎ取りをしてログアウトしないと……」
 幸いにもソラのキュアが二回残っている。だからこそ間に合うと思ったし、超大土竜を倒しておこうと思考できたのだ。
 ところが……、

「嘘だろっ!?」
 どうしてかログアウトボタンは今も灰色のままだ。グレーアウトしたままであり、諒太はそれを選択できない。

 本当に最悪の展開となっている。ようやく超大土竜を倒したというのに、どうもまだ戦闘中であるらしい。

「どこかに隠れてやがんのか……?」
 ログアウトを選択できないのは絶望的だった。それだけが唯一の生存手段であったのだ。既にリバレーションは使えないし、キュア二回分でセンフィスまで体力が持つはずはない。
 残りが何匹いるのか、どこにいるのかも分からない現状では、生き残る方法があるようには思えなかった……。

 疲れ果てた諒太は剥ぎ取りもせず、ただ大地に寝転がる。大の字になって脳裏に鳴り響くレベルアップの通知をただ聞いていた。

「はは……、やっちまったな……」
 諒太はふぅっと長い息を吐く。セイクリッド世界を救おうとして戦ってきたこと。勇者として邁進したこの数週間を思い返している。
  徐々に芽生えた責任感。戦うごとに得られた自信。それ以上に諒太はセイクリッド世界に魅せられ、本気でこの世界を救いたいと考えていた。

「神様、約束は守れなかったよ……」
 できる限りはやったつもりだ。しかし、諒太は世界を救えなかった。ルイナーの討伐どころか封印すらできないままだ。

「情けねぇ……」
 無意識に涙が零れ落ちる。それは迫る死への恐怖だけでなく、本当に無力感を覚えていたから……。諒太は虚ろな目をして、幾つもの涙腺を頬に残していた。

「死にたくねぇよ……」
 そう漏らした直後、再び脳裏に通知音が届く。鳴り止むことなく続いたそれは最後に結果を知らせている。

『ソラはレベル70となりました』

 通知はソラのレベルアップであった。諒太に続いて彼女も大幅にレベルアップを遂げている。それは本来なら、もう無駄な通知であったはず。だが、更に続けられた通知内容は諒太にとって福音となる……。

『ソラは【浄化】を習得しました――――』

 何気なく通知を眺めていた諒太はハッと目を見開く。
 浄化は司教クラスが詠唱できる上級魔法に他ならない。毒や麻痺といったステータス異常を回復する魔法である。

 諒太は咄嗟に声を張った。未だ上空を飛ぶ従魔に対して……。
「ソラ、浄化を唱えられるか!?」
 問題はソラの魔力残量であった。キュア二回分で何とかなるのかどうか。もしも可能であれば、諒太はこの窮地から脱することができる。

「はい! いけそうです!」
 完全に手詰まりと考えていた諒太に光が射していた。もう既に諦めていたはずが、諒太は笑みを浮かべる。司教クラスの浄化とソラの浄化が同等であるかは分からなかったけれど、手詰まりであった彼はそれに縋るしかなかった。

「いきます! 浄化!!」
 次の瞬間、光の粒が諒太を覆う。それは煌めきを発しながら、徐々に身体へと吸い込まれていく……。
 不思議な感覚であった。温かい何かが身体中を駆け巡っているかのよう。また身体が温まるにつれて、気分が良くなっている。

 恐らくは効果があったのだろう。諒太は寝転がったまま目を瞑った。どうせリバレーションは使えないのだ。ソラのキュアだってもう期待できないし、ならば少しだけ休もうと思う。

 命の危機を乗り越えたのだ。勇者にも休息が必要だろうと……。
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