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第三章 希望を抱いて

弁明

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 聖都エクシアーノへと夏美たちは転移していた。そこは今や彼女たちのホームである。
 急いで大聖堂へと向かい、司教に寄付をして猛毒を解いてもらう。これにより、ようやく二人して生き残るという目標が達成されていた。

 少しばかりエクシアーノを彷徨いていた二人だが、人影のないところで彩葉が話を始めている。
「さてナツ、説明してもらうよ?」
 やはり彩葉は気になっていた。地面を掘り返して獲得した装備。またそれは明らかに諒太の所有物であったはず。彩葉は確かに見ていたのだ。

「うん……」
 夏美も全てを伝えようと考えている。親友である彩葉にいつまでも隠し事はできないのだと。
「先に言っておくけど、あたしは別におかしくなんかないし、事実をそのまま伝えるだけだからね?」
 どうしてか前置きがある。かといって彩葉は真実が知りたいだけだ。だから何を聞いたとしても夏美の気が触れたとは思わないし、受け入れるつもりである。

「疑問に思うのは当然だと思う。通話してたのが、リョウちんだってイロハちゃんも分かってるでしょ? どうしてリョウちんの装備をあたしが使っていたかが気になるんだよね?」
 夏美の問いにも似た話に彩葉は頷いている。同じサーバーにいないはずの諒太。もとい同じサーバーにいたとして、ボス部屋にアイテムを送り届けるのは不可能だった。諒太がチーターであるのは理解していたけれど、そうだとしても納得できるものではない。

「何から伝えていいのか分からないけれど……」
 夏美はそう口にしてから言葉を繋げる。疑問の核心ともいえる話を……。
「リョウちんはさ、世界を救ってるの……」
 彩葉にはまるで意味が分からない。今は転送方法について聞いていたはず。なのに夏美は諒太が救世主であるように話すのだ。

「はぁ? どゆこと?」
「最初に断っておくけど、あたしは嘘を言わない。知っている事実を伝えるだけ……」
 頷く彩葉に夏美もまた頭を上下させた。もう気持ちは固まっている。誤魔化すのではなく、ただ真実を告げるだけだと。

「リョウちんがいるのはセイクリッド世界……」
 巻き込みたくはなかった。だから彩葉が望んだとして召喚なんて絶対にさせない。けれど、いつまでも嘘をつき通すことが良いとは感じなかった。

「セイクリッドなら同じじゃん?」
「違うの。セイクリッド世界だよ。サーバーじゃないの……」
 戸惑う彩葉。夏美が何を口にしているのか少しも理解できない。事前に聞かされていたように、夏美がおかしくなったのではと思う。

「異世界だよ――――――」

 彩葉は唖然として夏美を見ていた。ずっと異世界の存在を空想していた彩葉であるけれど、流石にその話は許容範囲に入っていない。

 呆然とする彩葉に夏美が続ける。
「大福さんのイベントがあった日、嵐があったじゃん? 雷が落ちて停電したやつ」
「う、うん……。緊急イベント前で焦った……」
 ようやく彩葉は言葉を絞り出せていた。それは彼女の記憶にもある。彩葉の家も停電となって、ログインできない状態であった。

「あの落雷のあと、リョウちんのクレセントムーンには召喚陣が浮かび上がったみたい。ログインしたらセイクリッド世界だったらしいの……」
 伝え聞いたままを彩葉に語っていく。信じてもらえるかは分からないけれど、親友としての責務を果たすかのように。

「あたしたちの世界もまた召喚の影響を受けてるって言ってた。もう既にどっちが本当の世界なのかも分からないくらい。セイクリッド世界はまるでゲームなの。スキルや魔法だけでなくシステムもそのまま……」
 彩葉はただ静かに聞いている。重苦しい口調は夏美らしくない。従って彩葉は夏美が冗談を口にしているとは思えなかった。

「現実とゲームがごちゃ混ぜになってるの。信じられないでしょ? スバウメシア聖王国やアクラスフィア王国があんの。あの世界にはローアちゃんまでいるんだから……」

「嘘……でしょ?」
 ここでようやく彩葉が口を開く。夏美が夢を見ているとしか考えられない。なぜならロークアットは運営が生み出したNPC。今や幾つものサーバーに彼女はいるのだから。

「分かってもらえなくてもいいよ。あたしが事実を伝えたかっただけ。リョウちんが異世界で勇者になっていること……」
「いや、リョウちん君この前いたじゃん!? 一緒にゲームしたじゃない!?」
 どうにも受け入れられない。夏美のことは親友だと考えているけれど、自身が体験したことまで否定はできなかった。

「言ったじゃん……。ゲームのような世界だって。どうしてかセイクリッドサーバーには【リョウ】という正体不明のアカウントがあんの。レベルも何も表示されないキャラメイクしただけのアカウントがね。それを使ってリョウちんはアルカナに入れたし、あたしはリョウちんからアイテムを送ってもらえる。ミノころだってリョウちんがセイクリッド世界でドロップさせたものだから……」
 眉根を寄せる彩葉は考え込んでいる。実をいうと彩葉には思い当たる節があった。彩葉は諒太のキャラクターに違和感を覚えていたのだ。

「やっぱアレは気のせいじゃなかったんだ……」
 夏美の話を信用する唯一の根拠。縋るほどの価値もない事象に彩葉は囚われている。
「リョウちん君、レベルアップしてたと思う……」
 出張データであればあり得ないことだった。Lv200のグレートサンドワーム亜種を倒したとき。目まぐるしくレベルアップのログが流れていたから、見間違いかもと考えていた。しかし、あのとき確かに【リョウ】がレベルアップしたのだと思う。

「それに勇者……。チートで勇者に変更していたなら、運営が絶対に気付くはず。ステータスの隠蔽スキルを使ったとして、勇者にはできないもの……」
 ステータスを隠す隠蔽スキルを使用したとして【?】と表示されるだけだ。元よりそれはプレイヤーキル対策でしかなく、勇者に偽装するなんて不可能だった。

 何度も頭を振りつつも、彩葉は結論に至る。確認事項はもう多くない。彩葉は真っ直ぐに夏美を見つめて、最後の質問を投げていた。
「さっき召喚って言ってたけど、ナツは異世界を見たの……?」
 興味が湧くのは、その一点のみ。夏美が異世界を体験したのかどうか。
 即座に頷く夏美。嘘を口にするのを止めた彼女は同意するように頭を上下させている。

「あたしは救援に行ったから。ルイナーがノースベンドに現れたときにね。聖王国まで遊びにも行った。嘘みたいだけど、セシリィ女王やローアちゃんに会って話をしたの……」
 やはりまだ信じがたい話だが、夏美がこのような冗談を口にする理由はない。彩葉は相槌を打って話の続きを促した。

「あたしたちのゲーム世界はセイクリッド世界の過去。あたしをフレンド登録したせいで、あたしのプレイデータが三百年後になってんの。実をいうと先日の戦争ボイコットも、リョウちんに頼まれたからあんな形になった。あたしの移籍がセイクリッド世界をおかしくしたから、元に戻す手段としてあたしは誰も倒せなかったんだ。移籍のせいでアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国が敵対してしまったのよ……」
 巻き込んでごめんと夏美。彩葉は別に気にしていなかったけれど、よくよく聞けば納得もできた。もしもセイクリッド世界においてアクラスフィア王国とスバウメシア聖王国が戦争を始めてしまったなら、勇者としての活動に支障が生じただろうと。それこそ夏美のスキル習得を手伝いに来てしまうほどに。

「過去の遺恨がなくなったことで、今は平和になったみたい。でも両国の戦争を止めようとリョウちんは間に入ったからね。装備の製作に借金をしちゃったんだ。だから、さっきはジャスミス大鉱山で金策中だった。しかも、あたしたちと同じドラゴンゾンビと戦ったあと……」
 彩葉は息を呑む。諒太もまたドラゴンゾンビと戦ったとの話に。しかも自分たちよりも先に討伐していただなんて。

「あたしとの通信接続はリョウちんをゲーム世界と繋げてもいるの。ちょうど同じ場所にいたのは幸運だったね。だからリョウちんは送ってくれた。ドラゴンゾンビに有効な竜種特効が付与された長剣と、一撃で仕留められる王者の盾をね……」
 どうにも理解が及ばないが、先ほどの武器には竜種特効が付与されていたらしい。
 また竜種特効といえば、彩葉にも覚えがあった。そういえば彼女は鑑定している。諒太が持っていた竜魂というレアアイテムを。

「ひょっとして私の鑑定も役に立ったの……?」
「だと思うよ。リョウちんの装備は元々あたしのだし、竜種特効なんか付いてなかったから……」
 はぁっと息を吐く彩葉。思えばおかしなことが多すぎた。
 出張データでアイテムは持ち帰りできない。夏美の剣と鎧を装備していた諒太が、他のサーバーに持ち帰るなんて不可能なのだ。しかし、彼は持ち帰っただけでなく、再びセイクリッドサーバーに送りつけている。しかも竜魂を錬成したあとで。

「リョウちん君、とんでもないな……。チーターでもバトル中のボス部屋にアイテムを届けるなんてできない。勇者だし目立ちまくるはずなのに、噂一つ聞かないのも納得だわ」
 勇者であれば運営は気付くだろうし、所属するサーバーでも騒ぎになるはず。リョウというプレイヤーの話題が一つもないことは夏美の話を肯定している。
 そもそも夏美がそのような創作話を始める理由がない。だとすれば、彩葉は彼女の話を受け入れるべきかもしれない。実際に色々と体験したあとであるのだから。

「何だか中学時代の妄想が現実になったみたいだね? ちょっと羨ましい。リョウちん君は大変だろうけど、痛い中学生だった私からすると夢が叶ったとしか思えないね……」
「アハハ、それはあたしもだよ! でもここだけの話にしてね? あたしはセイクリッド世界に存在した三百年前の勇者なの。あたしの銅像まで建てられてんだよ?」
「それガチアガるやつじゃん?」
 二人して笑う。喉元まで連れて行って欲しいという言葉が込み上げていたけれど、彩葉はそれを飲み込んでいる。
 告白には割と勇気を要したはず。だから夏美を困らせたくはなかった。

 さりとて正体不明の勇者【リョウ】については、とりあえず納得している。不正アイテムを持っていただけでBANされたいちご大福と違って、リョウがアカウントを停止させられたというニュースはまだ見ていない。凄腕のハッカーかとも考えたけれど、使用したアカウントがキャラメイクしただけの状態であれば停止させられるはずもなかった。

「リョウちん君には話を聞いていい?」
 ここで彩葉は話題の方向性を変える。疑うのではなく前向きに。彼女はもっと異世界の話を聞きたいと思う。
「それはもちろん。イロハちゃんの知識が役に立つときもきっとあるから。協力してあげて欲しい」
 クスッと笑ったあと、彩葉は拳を突き出す。それは言わずもがな了承であり、頑張ろうという合図だ。軽いフィストバンプにて二人は今後の共闘を誓い合う。

「じゃあ、リョウちん君の勇者業を手助けしてやりますか?」
「あたしもそのつもりなの。だから絶対に死に戻れないし、強くならなきゃいけない」
 話がついたところで彩葉が駆け出す。夏美が以前にも増して廃プレイをしている意味がようやく理解できた。ならば自分も及ばずながら頑張らねばならないと。

「ポーション買い溜めして、大鉱山に戻ろうか?」
「うん! もうドラゴンゾンビの攻撃は見切ったし、ドラゴンスレイヤーさえあれば余裕だよ!」
 このあと彩葉は弾むような口調で夏美に声をかける。今し方、苦労したダンジョンへ戻ろうというのに、何の脈略もないような話を……。
 しかしながら、夏美は同意するしかない。なぜなら、それは幼い頃から変わらない感情であったのだから。

「ナツ、やっぱゲームは面白いね?――――」
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